─坂和的独断と偏見による─

第81回アカデミー賞の考察と総括

弁護士 坂 和 章 平

1.はじめに

 私は2001年10月のホームページ開設以来、映画評論家としての活動を開始した。そして、02年6月『SHOW−HEYシネマルーム1』を出版して以降、『シネマルーム』はシリーズ化され、2009年5月までに21巻を出版した。その中に収められた映画の数は1501本。ちなみに、08年1年間で観た数は330本。当然私の訟廷日誌は、法廷よりマスコミ先行試写の予定でいっぱいだ。09年2月22日(日本時間23日)に発表された第81回アカデミー賞は、滝田洋二郎監督の『おくりびと』が外国語映画賞を、加藤久仁生監督の『つみきのいえ』が短編アニメーション賞を受賞したため日本でも話題が沸騰したが、別表のとおり今回は5本の作品賞と監督賞ノミネート作がピッタリ重なっていたことをご存知だろうか?これは史上5回目だが、この現象はそれほど候補作が充実していたことを示すものだ。また、主(助)演男優賞と主(助)演女優賞候補者も多くがこの5作品に主(助)演している。私はこれまで一定期間内に作品賞、監督賞、主(助)演男優賞、主(助)演女優賞候補作をすべて観たことがなかったが、今回は08年12月19日〜09年4月10日の間に『ザ・ビジター』と『フローズン・リバー』を除くすべてを鑑賞したから、映画評論家として第81回アカデミー賞を論ずる資格があるはず。そんな勝手な前提の下に小稿では、坂和的独断と偏見による第81回アカデミー賞主要部門の考察と総括をしたい。

別表   第81回アカデミー賞主要ノミネート(★受賞作・受賞者)
作品賞 ベンジャミン・バトン 数奇な人生
フロスト×ニクソン
ミルク
愛を読むひと
スラムドッグ$ミリオネア ★
監督賞 デビッド・フィンチャー(ベンジャミン・バトン 数奇な人生)
ロン・ハワード(フロスト×ニクソン)
ガス・ヴァン・サント(ミルク)
スティーヴン・ダルドリー(愛を読むひと)
ダニー・ボイル(スラムドッグ$ミリオネア) ★
主演男優賞 リチャード・ジェンキンス(ザ・ビジター)
フランク・ランジェラ(フロスト×ニクソン)
ショーン・ペン(ミルク) ★
ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン 数奇な人生)
ミッキー・ローク(レスラー)
主演女優賞 アン・ハサウェイ(レイチェルの結婚)
アンジェリーナ・ジョリー(チェンジリング)
メリッサ・レオ(フローズン・リバー)
メリル・ストリープ(ダウト〜あるカトリック学校で〜)
ケイト・ウィンスレット(愛を読むひと) ★
助演男優賞 ジョシュ・ブローリン(ミルク)
ロバート・ダウニーJr.(トロピック・サンダー 史上最低の作戦)
フィリップ・シーモア・ホフマン(ダウト〜あるカトリック学校で〜)
ヒース・レジャー(ダークナイト) ★
マイケル・シャノン(レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで)
助演女優賞 エイミー・アダムス(ダウト〜あるカトリック学校で〜)
ペネロペ・クルス(それでも恋するバルセロナ) ★
ヴィオラ・デイヴィス(ダウト〜あるカトリック学校で〜)
タラジ・P・ヘンソン(ベンジャミン・バトン 数奇な人生)
マリサ・トメイ(レスラー)
外国語映画賞 THE BAADER MEINHOF COMPLEX(ドイツ)
THE CLASS(フランス)
おくりびと(日本) ★
REVANCHE(オーストリア)
戦場でワルツを(イスラエル)

2.なぜ、『スラムドッグ$ミリオネア』が圧勝?

 激戦の末ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』が作品賞・監督賞・脚色賞等最多8部門を受賞した。これは、インドのムンバイ(旧称ボンベイ)でつくられるためボリウッド映画と呼ばれ、今やハリウッドを上回る年間千本近くを制作するボリウッド映画の実力を審査員たちが認めたため?みのもんたの司会で日本でも有名となった『クイズ$ミリオネア』で、ジャマール青年の15問目のファイナルアンサーが正解ならば、獲得賞金は2000万ルピー(約4000万円)!しかし、なぜスラム街の負け犬(=スラムドッグ)が、過去どんな知識人も為しえなかった難問を突破できたの?きっと何らかの不正があったのでは?そんなテーマを、英国人監督が番組風景、尋問シーン、回想シーンを巧みに織り込み、そこに純愛と兄弟愛を絡めながら躍動感いっぱいに描いた本作はたしかに面白い。しかし、保守的と言われるアカデミー賞審査員が、なぜ今回はそんなインド発の異色作に高い評価を?それが大切な検討の視点だ。「CHANGE」を掲げたオバマ大統領と同じように、アカデミー賞もCHANGEしたの?私の独断と偏見によれば、最多13部門候補とされた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』が大本命で、ニクソン元大統領と全米進出を狙うTV司会者フロストが「激突」する白熱の討論バトル『フロスト×ニクソン』と、ケイト・ウィンスレットが熱演した『愛を読むひと』が対抗馬。そして、差別が厳しかった70年代のアメリカで同性愛者であることをはじめてカミングアウトして市会議員となり、華々しい実績を上げながら48歳の若さで凶弾に倒れた実在の人物を描いた『ミルク』と、『スラムドッグ』が大穴。そんな位置づけだったが、大穴が見事に作品賞と監督賞をゲットしたわけだ。ちなみに、外国語映画賞について私は他の候補作を観ていないが、圧倒的本命と予想されていたのは、イスラエル人監督がイスラエル軍兵士としてのレバノン内戦の体験を回想したドキュメンタリーの話題作『戦場でワルツを』で、『おくりびと』は大穴だった。つまり、外国語映画賞でも大穴が本命を出し抜いたわけだ。これをCHANGEを目指す米国における厭戦気分の高まりと同盟国日本に対するサービスと見るのは、うがちすぎ?

3.主演男優賞のイチオシはミッキー・ローク!

 『スラムドッグ』と『おくりびと』はアカデミー賞受賞効果によって、09年4月末現在日本で大ヒット中。とりわけ、『おくりびと』は09年2月以降の凱旋再公開によって興行収入が急激に伸び、従前の38億円から60億円以上となったため、松竹の09年2月期の業績が黒字に転換したほどだ。しかし09年2月時点の日本では、作品賞・監督賞候補5作品の中では『ベンジャミン』が圧倒的に有名で観客を集めていた。85歳の老人の姿で生まれ、年々若返っていくというありえねえ設定のブラッド・ピット演ずるベンジャミンと、ケイト・ブランシェット演ずる運命の女性デイジーとの切なくも美しい愛というテーマは、特殊メイクや最新の撮影技術を合わせていかにもハリウッド的映画。美男美女としての接点を持つ一瞬に観客がしびれたのは当然だろう。しかし、多くの関係者が主演男優賞の本命としたのは『レスラー』のミッキー・ロークだった。もっとも、『レスラー』の日本公開は09年6月でマスコミ試写も4月。『フロスト』も『ミルク』も日本公開は3月末〜4月だから、関係者以外の日本人に主演男優賞の予想は無理。結果的に『ミルク』のショーン・ペンが受賞したが、これは05年の作品賞にアン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』を「ゲイ差別」によって選ばなかったことのお詫びの意味を込めているのでは?『ザ・ビジター』以外の主演男優賞候補作4作を観た私としては、下馬評どおり、復活を目指す落ち目のプロレスラー役を文字どおり身体を切り刻みながら熱演したミッキー・ロークにあげたかった。シンプルなストーリーだが、シルベスター・スタローン主演の『ロッキー』シリーズとはひと味もふた味も違う哀愁に満ちた中年男の生きザマは、彼自身の人生体験と重なっているらしい。政界復帰を目指して新米司会者を議論で打ち負かす老獪な元大統領役のロン・ハワードもすばらしかったが、やはり私は主演男優賞にはミッキー・ロークがイチオシ。

4.主演女優賞はアンジェリーナ・ジョリーでは?

 『フローズン・リバー』のメリッサ・レオを除く主演女優賞をめぐる4人の女の闘いは、私の独断と偏見によれば『チェンジリング』のアンジェリーナ・ジョリーと『愛を読むひと』のケイト・ウィンスレットがトップ争い。『ダウト〜あるカトリック学校で〜』で、すべての物事を疑惑の目で見るべきという価値観を持つ厳格なシスター役を演じたメリル・ストリープと、『プラダを着た悪魔』(06年)などそれまでの華やかなイメージをかなぐり捨てて、『レイチェルの結婚』で姉の結婚式の足を引っ張るばかりのヤバイ麻薬中毒の女を熱演したアン・ハサウェイも良かったが、やはりこれは2番手争い。15歳の男の子の前で大胆なヌード姿を披露したうえ、「読み書きができない」という人には絶対に知られたくない秘密を持ち、その秘密を守るためにナチ親衛隊の看守としてユダヤ人を虐殺した責任をかぶってしまうハンナ役を熱演したケイト・ウィンスレットはたしかにすごかった。しかし私的にはやはり、失踪した息子がやっと発見されたのに、その「チェンジリング」を主張する母親役を熱演したアンジェリーナ・ジョリーを推したい。舞台は1920〜30年代のロサンゼルス。権力と癒着し腐敗したLA市警は「取り換えられた子供」事件を隠蔽するためいかなる策動を?息子の生存を確信し、それに敢然と立ち向かう母親の生きザマとは?結果的に6度目のノミネートにしてはじめてケイト・ウィンスレットが主演女優賞をゲットしたのは、原作の『THE READER(朗読者)』が世界的ベストセラーになっていたことの強みと、『タイタニック』(97年)以降の地道な精進が認められたため?そんな私の見立ては少しヘン?

5.助演男優賞は本命レース。しかし助演女優賞は?

 ヒース・レジャーは『ブロークバック・マウンテン』で同性愛のカウボーイ役を繊細に演じて主演男優賞候補となったが、結局受賞できなかった。その彼が主役のバットマン役クリスチャン・ベールを喰ってしまうほどの存在感をみせてジョーカー役を演じたのが、日本でも大ヒットした『ダークナイト』。ところが彼はその完成前の08年1月22日に28歳の若さで死去。『ダークナイト』での圧倒的な存在感と前作で主演男優賞を逃したことへの同情票で、助演男優賞はヒース・レジャーに決まり。もともとそんな本命レースだったが、下馬評どおりこれは本命がゲット。

これに対し、助演女優賞をめぐる5人の女の闘いは激烈だった。そもそも、超保守的で何事にも鉄のように厳格なシスターとフィリップ・シーモア・ホフマン演ずる進歩的な神父との「ある疑惑」をめぐる対決を描いた『ダウト』から、主演女優賞候補のメリル・ストリープの他、純真な新人シスター役のエイミー・アダムスとヴィオラ・デイヴィスの2人が助演女優賞候補になったのは異例。それほど人気舞台劇を映画化した『ダウト』の出演者たちの演技が光っていたわけだ。神父との「不適切な関係」を疑われた少年の母親役を演じたヴィオラ・デイヴィスと、『ベンジャミン』でベンジャミンの母親役を買って出たタラジ・P・ヘンソンは実にいい味の演技を見せていた黒人女優だが、出番が少なかったのが決定的に不利?他方、『レスラー』のマリサ・トメイはストリッパー役として、1964年生まれとは思えない見事な肢体を魅せて熱演。落ちぶれたプロレスラーとの恋の絡みもスレ違いばかりだったが、いかにも「これぞ人生」と感じさせる熱演だった。これに対して、『それでも恋するバルセロナ』で天性の美貌をバルセロナの太陽の下で輝かせたのが、ウディ・アレン監督が見い出した新たなミューズ、スカーレット・ヨハンソンに絡むケッタイなアーティスト(?)役のペネロペ・クルス。やはり審査員も人の子、こんな圧倒的な美しさの魅力にはやはり弱いのだろうか?ちなみに、2016年五輪候補地はシカゴ、東京、リオデジャネイロ、マドリードの4つに絞られ、現在激しい誘致合戦を展開中だが、スペインの華ペネロペ・クルスが助演女優賞をゲットしてバルセロナを宣伝したことは、マドリード開催の一助にも?                     以上