『法苑』(新日本法規)149号より

『シネマから学ぶ生きた法律』出版構想ノート「その1」

弁護士 坂 和 章 平


1.私の構想は・・・?
 私は02年6月に『SHOW−HEYシネマルーム1』を出版したが、07年10月には『シネマルーム』13と14が二冊同時刊行されることに(以下、シネマ@、Aと省略)。これは作品ごとに自由な私の評論を書いたものだが、五年半でその鑑賞本数は遂に延べ1000本を突破した。そこで次なる私の出版構想は『シネマから学ぶ生きた法律』。つまり、法律上のさまざまな論点について、あの映画・この映画を紹介しながら楽しく整理して理解し、印象強く記憶に刻もうという構想だ。そこで今回はその一端を紹介したい(詳しくはシネマ@〜Mを参照)。

2.『ダブル・ジョパディー』(99年)から学ぶ「二重処罰の禁止」(シネマ@38頁)

日本国憲法39条は、「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑法上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と定め、刑事訴訟法337条は「『確定判決を経たとき』は判決で免訴の言渡しをしなければならない」と定めている。これは、アメリカ合衆国憲法修正第5条の「何人も同一の犯罪について、再度生命身体の危険に臨まされることはない」という「一事不再理」の原則をとり入れたもので、「二重処罰の禁止」とも呼ばれている。『法苑』の読者諸氏はよくご存知の法理だ。01年の司法制度改革審議会の提言を受けて、日本では04年に法科大学院(ロースクール)が発足した。法科大学院は、「法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的」として発足したものだから、そこでは二重処罰禁止の法理はきちんと学んでいるはず。しかし、法学部の授業ではそこまできちんと講義することは少ないし、しても理解することはかなり困難だったはず。そこで、映画『ダブル・ジョパディー』といういい教材がある。このタイトルはズバリ「二重処罰の禁止」だ。

映画の冒頭、やさしい夫ニック(ブルース・グリーンウッド)とヨット上での濃厚なセックスを楽しみながらリッチなセーリングを満喫している美人妻リビー(アシュレイ・ジャッド)の姿が登場する。ところがそこでニックが死亡し、夫殺しの容疑がリビーにかけられたから大変。夫には多額の保険金がかけられていたことも大きなマイナス要因だった。その結果、リビーは逮捕―裁判―有罪―刑務所へ。服役したリビーは4歳の息子を親友のA女に養子にしてくれと頼み、電話で時々その声を聞くのを楽しみにしていた。ところがある日A女と突然連絡がとれなくなったうえ、何と死んだはずの夫ニックがA女と一緒に甘い生活をしていることが判明した。そんなリビーに対して元弁護士の服役囚がアドバイスしたのが、「ダブル・ジョパディー」。つまり、既に1度夫殺しで有罪判決を受けたリビーは、再度ニックを殺しても殺人罪に問われることはありえないというわけだ。これを知ったリビーは以降刑務所の中で心身の鍛練に意欲を燃やし、仮釈放後はニックに肉迫し、遂に・・・。こんな映画を観れば、「二重処罰禁止の法理」の理解はバッチリ。したがって、法学部でのくだらない講義を聴くより、こんな映画を1本観た方がよほどマシ・・・?

3.『黒い家』(99年)から学ぶ保険金詐欺(シネマ@87頁)

 私は、認知症に罹患していた妻が特別養護老人ホームに短期入所中、ホームで提供された朝食のメロンパンを喉に詰まらせて死亡した案件で、損保会社が「これは急激かつ偶然な外来の事故に当たらない」として、夫からの保険金請求の支払を拒絶した事件について訴訟を提起し、05年11月完全な勝訴判決を獲得した(判例タイムズ1237号304頁参照)。これは理論的に重要な論点についての一事例を提供した他、近時社会問題化している損保会社の保険金不払い問題に対して警鐘を鳴らしたものだ。

 それはともかく、生命保険約款における自殺免責期間については、1930〜40年は1年、1940〜71年は2年、1971年以後は1年というのが通例だったが、1999年以降免責期間経過直後の自殺が増加傾向にあったことから、免責期間を2年に復帰させた生命保険会社が多い(ちなみに日本生命では3年)。自殺免責期間の趣旨は、仮に保険契約締結の際は自殺の意思を有していても、○年以上その意思を維持し○年後にそれを実行するケースは少ないと考え、保険約款では○年以内の自殺は保険金取得目的の不法なものとみなすが、○年経過後の自殺はそうではないとして免責事由にしないとしたものだ(これを不可争約款という)。これは逆にいえば、免責期間経過後の自殺であれば当然保険金は支払われるということだ。そんな前提知識がなければ、この映画の冒頭、大竹しのぶ扮する女性が「自殺でも保険金は下りるの?」と保険会社に質問したことの意味が理解できないはず。さて、彼女は保険金詐欺?それとも・・・?

4.『不撓不屈』(06年)から何を学ぶ?(シネマJ205頁)

 05年11月に勃発した耐震強度偽装問題は建築確認制度を核とした建築基準法の根幹を揺るがす大問題となり、ピアチェックや建築士の罰則強化を中心とした第1弾、第2弾の法改正を実現させた。また注目の第3弾は、民法の瑕疵担保責任に実効性をもたせるため、07年6月「特定住宅瑕疵担保責任履行の確保等に関する法律」(履行確保法)が制定されたこと。これは、新築住宅の売主や工事の請負者に対して、住宅販売(建設)瑕疵担保保証金を供託するか、車の自賠責保険と同じような保険加入を義務付けるという画期的な法律だ。事件発覚後、姉歯元一級建築士は「弱い自分がいた」と有名なセリフを吐いた。これは、建築士という専門職にありながら、ついお金のために動いてしまう弱い自分を指した名文句。たしかにカネボウ事件やライブドア事件で粉飾決算に加担した公認会計士をはじめ、弁護士だって税理士だってそんな弱い自分は心の中にいるものだ。しかし、『不撓不屈』の飯塚毅税理士は、そんな弱い自分とは全く無縁だった。不撓不屈とは、貴乃花が大関昇進時の口上で使った言葉で、高杉良原作の小説のタイトル。この映画は、飯塚毅税理士が中小企業の節税のために提案した「別段賞与」が脱税指南にあたるとして国税局から糾弾され、昭和38年以降7年間の裁判となった「飯塚事件」に焦点をあてたもの。「租税法律主義」は憲法84条の大原則だが、戦後間もない日本では法的整備が不十分。その上、日本の税法では通達や先例が重要。そんな中、「別段賞与」は合法だと一介の税理士が主張しても、それをもって国税局(庁)と対決するなど、とてもとても・・・?税務当局は訴訟の取下げ強要のため、@飯塚会計事務所や関与先企業への徹底した税務調査、A法人税法違反教唆罪による4人の職員の起訴等の弾圧を次々と。ここまでやられたら、どんなに強い人間でも普通は闘いを諦めるもの。しかし飯塚は最後まで闘い、遂に勝訴した。それは、彼を支え続けた家族や友人先輩そして正義の追及に燃えた国会議員たちのおかげ。この映画はそんな姿を感動的に描いている。

改正会社法が施行されたのは06年5月1日だが、ブルドックソースVSスティール・パートナーズの対決をはじめとして、敵対的買収をめぐる07年6月の株主総会は大きく変容した。この仮処分事件における東京地裁・東京高裁そして最高裁の各決定を中心とした法律論の勉強も大切だが、私がそれ以上に大切にしたいのは、飯塚税理士が言う「法律を動かすのは心をもった人間」、そして「正義はまさに人間の行為」という言葉。そのための絶好の教材が、映画『不撓不屈』だ。すべての法科大学院の会社法の授業で、このビデオを議論の教材として活用してもらいたいものだ。

5.『ジョンQ』(02年)にみる国民皆保険の必要性(シネマA137頁)

 天下分け目の政治決戦となった07年7月29日の参議院選挙は予想以上の自民党の歴史的大敗となり、今後の政治状況は激動必至?ちなみに、韓国では07年12月の大統領選挙、台湾では08年3月の総統選挙に注目。またアメリカでは08年の大統領選挙に向けた指名獲得争いで民主党のヒラリーとオバマがしのぎを削っている。その争点の1つが日本では1927年から実施され定着している国民皆保険導入の可否。日本人にはアメリカのそんな争点はわかりにくいが、『ジョンQ』を観ればバッチリ。オスカー黒人俳優デンゼル・ワシントン扮する通称ジョンQの最愛の息子マイクが心臓疾患で突然倒れたが、手術には目を剥くような費用が必要。そこで、国民健康保険がないジョンQは、家財道具・車・指輪を次々と売ったが所詮ムリ。すると、病院はマイクを強制退院させるという血も涙もない通告を。そこでジョンQがとった行動は?それは何と病院ジャックと医師を脅迫しての手術の強要だ。拳銃を手に医師と共に病院に立て籠もるジョンQの行方とその結末は・・・?論点はわかりやすく整理され、人間味もタップリ、その上あなたのお勉強にもピッタリのこんな映画を観ないでどうするの・・・?

6.『それでもボクはやってない』(06年)から何を学ぶ?(シネマM74頁)

 09年5月までの裁判員制度の実施を控え、最高裁判所は目下その啓蒙に大わらわだが、現状はかなり危険信号?そんな中、07年6月には「犯罪被害者支援法」が成立し、被害者が検察官と共に刑事法廷に登場することに。他方、満員電車の中で吊り革を持ち立ったままウトウトしている中、突然「この人痴漢です!」と叫ばれたら?そんな、近くて遠い現実を、遠くて近い現実として世の男性諸君の前に示したのが、『それでもボクはやってない』。この被告人は、役所広司や瀬戸朝香扮する優秀で献身的な弁護士の弁護があったが、それは極めてマレなこと。あなたがこの映画を観ながら、もし自分が裁判員になったらどう裁くだろうと考えていたとしたら立派なもの。そんな勉強は、ひょんなことであなたが被告人席に座った時に、きっと役に立つはず・・・?

7.飲酒・暴走運転の撲滅と厳罰化はこの映画で・・・

 07年6月30日なんばパークスシネマで『0(ゼロ)からの風』が公開された。これは、01年4月、酒酔い・暴走運転によって早稲田大学に入学したばかりの息子零クンを失った母親が37万人の署名運動を展開し、加害者の厳罰化を求めて危険運転致死傷罪を立法化させた姿を描いたもの。交通事故は業務上過失致死傷罪として処理されてきたため、その最高刑は懲役5年。しかし、01年12月の危険運転致死傷罪の創設により致死の場合は最高20年、致傷の場合は15年となった。また、07年5月の自動車運転過失致死傷罪の新設により最高刑が7年に、さらに07年6月の道路交通法改正により酒酔い、ひき逃げ等の刑期は2倍近くに引き上げられた。多くの法科大学院生は法律の勉強は暗記するものだと理解しているようだが、それは大間違い。法律の勉強で何よりも大切なことは感じる心、すなわち感性だ。交通事故は被害者と加害者の代替性が最大の特徴だが、飲酒検問を突破するような暴走運転やひき逃げによる事故死もそう言えるのか?それが根源的な問題のはず。そう考えた場合、あなたの考えるあるべき法律の姿は?この映画を観てそんなコトに思いが至れば、法科大学院でのあなたの勉強レベルは相当高いし、覚えるべき知識も自然に頭の中に入っているのでは・・・?

8.死刑の是非と安楽死問題はどの映画で・・・?

 広島高裁に差し戻された光市の母子殺害事件における安田好弘弁護士ら21名の死刑廃止論者で構成された弁護団の活動に対して、世間の非難が集まっている。これに限らず、死刑の廃止をめぐる本質的な議論は洋の東西を問わず盛んだから、それをテーマとした映画は数多い。例えば、『グリーン・マイル』(99年)や『ザ・ハリケーン』(99年)、日本では『39―刑法第三十九条』(99年)など。他方、日本は世界一の長寿国だが、少子高齢化に伴う介護問題が今や最大の社会問題。その中で、安楽死の是非が今後大きな焦点になってくること必至だ。これについては、平成7年の東海大学安楽死横浜地判により、@耐えがたい肉体的苦痛、A死期の切迫、B代替手段なし、C患者本人の意思という4要件がある。他方、死刑については、昭和58年の永山最高裁判決により、被害者が1人の場合は死刑にならないという「基準」があるものの、光市の事件のように必ずしもそれに依拠できないケースがあり、それは安楽死問題も同じ。そしてそのことは例えば、『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)や『海を飛ぶ夢』(04年)を観ればよくわかる。それ以上述べないが、是非これらの映画を観たうえでその議論を深めてもらいたいものだ。

9.その他にも、あるわ、あるわ・・・。

 相続や遺言をめぐる紛争は世界中どこでも共通だから、これは映画で描かれることが多い。日本で最も有名な「事件」は過去3度映画化された横溝正史原作の『犬神家の一族』。法科大学院生なら一度は佐兵衛翁の遺言状と相続関係図をノートに書き写し、そこから抽出される論点を整理してみる必要があるのでは?面白いのは、サンティアゴへの巡礼を遺産相続の条件としたために起こる3人兄弟間の争いと和解を描いた『サン・ジャックへの道』(05年)やブドウ畑の相続をめぐる芳しい薫りいっぱいの『プロヴァンスの贈りもの』(06年)そして、子供の親権の争奪をめぐる『アイ・アム・サム』(01年)や倦怠期の夫婦の離婚を描く『不完全なふたり』(05年)など。またアルツハイマーと介護問題の『明日の記憶』(06年)や『そうかもしれない』(05年)も格好の素材。さらに、参議院選挙の争点となった格差問題では『昭和枯れすすき』(75年)や『赤い文化住宅の初子』(07年)、教育問題では『あるスキャンダルの覚え書き』(06年)、公務員改革問題では『県庁の星』(05年)を素材として、誰に投票すべきかを考えることも可能だったのでは・・・?その他あるわ、あるわ・・・。内部取引なら『インサイダー』(99年)、援助交際なら韓国の天才キム・ギドク監督の『サマリア』(04年)、不倫なら『愛の流刑地』(06年)や『失楽園』(97年)等々・・・。こう書いていくと、私の出版構想ノートは膨れていくばかり・・・。
                                                     以上