実況中継3部作の完成に寄せて

 坂和弁護士の愛媛大学での隔年の集中講義「都市法政策」も3回目を迎え、師走のキャンパスに矢野達雄教授の命名になる「坂和節」が戻ってきた。100人余りの学生を対象とした4日間の講義と公開市民講座のすべてがテ−プ起こしされ、ここに予告どおり「パ−トV」として実現し、全国に「実況中継」されることを何よりも喜びたい。

 私は、3度の実況中継を異なるポジションから聴講させていただいている。1度目(1999)は、広島市役所に勤務する読者として、新しい都市法学の誕生に目を開かれた。パ−トTが日本都市計画学会「石川賞」と日本不動産学会「実務著作賞」をダブル受賞したのは、弁護士としての現場経験に裏打ちされた不断の勉強の当然の成果であろう。続く2度目(2001)は、愛媛大学の教官のひとりとして学生と一緒に講義を聞き、プロ顔負けの情熱的な語り口に圧倒された。地元松山出身のオモロイ「なにわの熱血弁護士」の人柄に直に接したのも、この時がはじめてである。そして3度目(2003)は、私が隔年で氏と交互に都市法政策の授業を担当することから、講師のお手伝いを矢野教授から引き継ぎ、実況中継の舞台裏の坂和ワ−ルドをかいま見るチャンスに恵まれた。しかし、この役目は、大阪一ハ−ドと評判の坂和法律事務所の仕事ぶりを伺わせるもので、アシスタントとして同行した2人の阪大生(娘さんとインタ−ンシップの学生)とともに、私を含む4人総掛かりで、毎朝早くから授業の準備、すなわちテ−プ録音、大部なレジュメの配付、膨大な資料の配置、著書の販売などに取りかかったものである。

 さて、ここで私なりに実況中継3部作のガイダンスを試みよう。そのパ−トTは、いわゆる「失われた10年」の最後の時期に当たり、氏は、この著作を出発点にその後の5年間、日本の都市問題、そして広く政治・経済・社会問題について、大学での集中講義を節目として定点観測している。パ−トTでは、「法律をシンプルに伝えるのも弁護士の役割だ」との信念のもとに、日本の都市法制を鳥瞰してその特質を明らかにし、まちづくりの多様な手法が紹介される。なかでも、震災復興まちづくりにおける氏の実践を通じての幾多の提言は圧巻である。続くパ−トUでは、底無しの様相を見せ始めたバブル崩壊と中心市街地の衰退、とりわけ再開発の破綻が取り上げられる。他方、地方分権のスタ−トと都市計画法の大改正への期待も語られている。なお、この時点では小泉政権は発足したばかりである。

 本書パ−トVは、パ−トT、Uの単なる続編ではなく、前2著と合わせ読まれるべきであろう。パ−トVでは、日本の都市・住宅問題の基底をなす待ったなしの諸改革、とりわけ金融、財政、道路など公共事業、年金、郵政などが俎上にあげられる。端的には、小泉構造改革なる自民党政治の評価である。これらの諸課題は、新聞記事各紙を比較しながら、丁度山場にかかった三位一体改革のごとくリアルタイムで縦横に語られる。学生に毎日新聞を読む習慣がついていればより理解が増すものをと残念であるが、有権者として政治の世界に目を向けるきっかけとするに十分な内容である。加えて、「二足のわらじをはきたくて」という映画大好き人間である氏の映画評論家への飛躍の願いを込めた「坂和シネマル−ム」が毎回の授業で展開された。坂和流「法律と映画」が学生の脳裏に深く刻まれたことは必定である。

 以上の3冊に共通するものは、日本における民主主義とは何か、という現在最も切実に問われるべきテ−マを学生に問いかけ、自らもその解を見つけようとする懸命な姿勢である。本書の最後で、氏は「都市問題や土地問題は日本の民主主義を考えるバロメ−タ−」であり、また「都市問題は、理念と現実とのバランス、本音と建前を考えるよきテ−マ」であると述べ、学生にはなによりも良く勉強を!とメッセ−ジを送り講義を締めくくっている。ここに、市民とともに歩む坂和流「まちづくり説法」(秋田光彦住職)の真骨頂を見ることができるであろう。

 終わりに、「山高ければ谷深し」(大野喜久之輔教授の教示による)とは、単に土地問題のみならず、日本経済の現状をまこと言いえて妙である。バブル崩壊の底が見えない現在、経済問題ならずとも都市計画においても、再開発ひとつにしてもあえて「地獄絵」を描いてみることも必要ではないか。たまたま本稿を書いている1月17日は阪神大震災から9年目を迎えるが、近い将来確実に発生すると言われる関東地方の大地震への備えは大丈夫であろうか。あの災害から学ぶものがないのであれば、死者はいつまでも浮かばれまい。「小泉都市再生」も他の構造改革に比べれば影が薄く、固有名詞をわざわざかぶせるほどの熱意は感じられないし、六本木ヒルズなどはただのエピソ−ドでしかない。

 21世紀に持ち越された真に必要な都市再生とは、地方都市の中心部の活性化のための住機能の強化、そして、都市の規模を問わず依然多数残された木造密集市街地の再整備であろう。また、大都市に目を向けても、たとえば著者が愛する大阪のまちづくり(阿倍野再開発のストップや三セクの破綻など)は再起できるのであろうか。イラク派兵に象徴される国民への説明責任を放棄した政権が長く続くとは到底思われないし、望みもしない。小泉流都市再生も他の改革課題とともに投げ出され、また別人によって新たな装いのもとに一から始められるのであろう。次回の集中講義−パ−トWでは、政府からどのような構想が打ち出されており、坂和弁護士がそれをどう料理するかが楽しみである。しかし、まちづくりの法と政策の創造を氏ひとりにまかせきりでは、今の政治の丸投げ手法と変わりはない。講義を聞いた次世代を担う学生や全国の本書の読者がこれからの2年間の都市問題を氏と共に確実にフォロ−し、次回の講義に集うことを期待したい。
                  2004(平成16)年2月17日
                  愛媛大学法文学部 教授 本田 博利(ほんだ ひろかず)