地方分権時代のまちづくりの指針として

 私は昨年(2001年)12月の愛媛大学における坂和章平弁護士による集中講義「都市法政策」を二つの側面から聴講した。
 ひとつは前著『実況中継 まちづくりの法と政策』の読者としてである。当時私は行政マンであり、氏が「法律をシンプルに伝えるのも弁護士の役割だ」と述べる新聞の紹介記事を読んで即座に買い求めた。とりわけ関心をひいたのは、震災復興まちづくりにおける氏の実践とそれを通しての幾多の提言である。周知のように、これからも予測される大震災対策への法政策提言としては、阿部泰隆教授が震災の直後に政策法学の立場から書かれた『大震災の法と政策』(日本評論社、1995年)がある。阪神・淡路大震災においてはとりわけ都市計画決定のあり方をめぐって多様な議論がなされた。氏の主張は、単なる反対論を超えて、限られた時間とリソースのなかで、最大限実現可能な政策メニューを提示する点で、阿部教授の提言と響きあうものを感じた。本書と出会うことにより、多くの人々と同様に大震災への記憶が風化しつつあった自分を恥ずかしく思ったことも告白しておこう。

 もうひとつの側面は、坂和氏に再度「都市法政策」の講師をお引き受けいただいた愛媛大学法文学部の教官、しかも都市法政策と密接に関係する行政法、地方自治の担当者としてである。私は昨年10月に30年間勤めた広島市役所を退職して愛媛大学の一員となっていた。前著で矢野達雄教授が紹介され、現在私が所属している総合政策学科(Department of Comprehensive Policy Making)は、1996年に「これまでの学問の枠組みにとらわれず、社会の中から問題を発見し、それを解決する能力を養成することを目指して」全国に先駆けて創設されたもので、「都市法政策」科目はいわばその看板講座として位置づけられている。かねてから政策法学に関心をいだいていた私は、その後愛媛大学の教官に採用されるとは露とも思わずその学科の理念に共鳴したのであるが、氏もやはり意気に感じられたのではなかろうか。
 授業は、21世紀という新しい世紀を迎えた大学・学問にふさわしいものであった。氏は何箱にもこん包して送り込んだ資料を駆使し、100枚近くのレジュメを準備してまる4日間語り、対話した。テキストとして使用された前著が学生の理解促進に役立ったことは言うまでもない。教室で何人かの学生に感想を求めたが、話題が豊富で、話の内容は具体的でわかりやすく、何よりも情熱的であるとの返事がすぐさまはね返ってきた。これではプロ顔負けであり、駆け出しの私はもちろん、ベテランの先生方も見習わなければならない点が多々あったと思われる。

 さて、私としてはこのような講義が全国の大学に拡がることを願うものであるが、大学での集中講義を「実況中継」というかたちをとって前著に続いて本著を公刊された氏の企図は、まちづくりの主役たる市民、専門家、そしてマスコミ関係者、更には政策形成の主要な担い手である自治体職員に、まちづくりの“現場体験”に裏打ちされた熱いメッセージを伝えることにあると思われる。
 前回1999年11月の集中講義から2年を経て、世紀の替わり目になされたこのたびの集中講義は、世紀末的かつ新世紀的な内容となっている。前者は言わずと知れたバブルはじけと中心市街地の衰退であり、各地の駅前再開発事業の破綻はその象徴である。後者は、地方分権の「目玉」とされる都市計画・まちづくりの分権である。(もっとも他方で、「都市再生」といった威勢のいい政策が打ち上げられていることにも留意する必要がある。)
 都市計画事務の自治事務化、とりわけ市町村中心主義への移行によって、都市計画制度は自治体が主体的に、地域の課題に的確に対応できるよう柔軟な仕組みに改められた。氏はこうした分権時代の新しい都市計画法のわかりやすい解説書としていち早く『Q&A 改正都市計画法のポイント』(新日本法規出版)を編まれており、実務家、市民の良き指針となっている。
 地方分権はスタートしたものの目に良く見えない、実感を伴わないといった感想が述べられることが多いが、新法の下でのまちづくり条例の制定や独自の開発許可制度の運用などは、まさに政策的アプロ−チを主眼とする「政策法学」の展開の場であり、地方分権時代の自治体運営のパイオニアとなる分野である。本書のタイトルに言う「まちづくりの法と政策」の実践がすべての自治体に試されているのであり、氏の著作が多くの市民、自治体職員に読まれ、21世紀のこれからのまちづくりのアイデアの源泉となることを願うものである。

2002(平成14)年5月27日
                               愛媛大学法文学部教授 本田博利