旅行記  .

第3 中国(西安(シーアン、せいあん)・敦煌(トゥンホアン、とんこう))旅行記
            (2001(平成13)年8月9日〜14日)

                                        法苑第127号

〔旅行の動機〕

 吉川英治や北方謙三の『三国志』、柴田錬三郎の『英雄生きるべきか死すべきか』、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』などの愛読書の面白さとは別に、昔読んだ、井上靖の小説『敦煌』や『蒼き狼』では中国やモンゴルへのロマンをかきたてられた覚えがあります。
 『敦煌』は、見たことのない夢のような都市だったのです。
 また、1988(昭和63)年に上映された佐藤浩市、西田敏行、渡瀬恒彦、中川安奈(新人)らが出演した映画『敦煌』もすぐに観に行き、感動しました。
 これらが伏線として自分の頭の中にあったところ、2001(平成13)年に知り合った、中国西安からの留学生の友人から、「夏休み西安に帰るので、よかったら西安旅行に来ませんか」と誘われました。

 西安とは、玄宗皇帝と楊貴妃が暮らした、中国が、隋・唐の時代の長安の都です。つまり西安は最も華やかなりし時代の中国の都であり、秦の始皇帝の陵や兵馬俑のある歴史都市です。
 そして、西安から更に西北へ飛行機で2時間半飛んだところにある敦煌は、中国の最も西端に位置し、シルクロードの拠点として長い長い歴史の移り変わりを見てきた都市です。
 小説の『敦煌』や映画の『敦煌』で描かれた莫高窟の中の一つの窟(16・17窟)に密かに隠されていた膨大な仏教の経典は1000年近く、そこに眠っていたもので、その発見は20世紀最大の発見といわれ、当然、世界遺産に指定されたものです。
 また、鳴沙山をはじめ、一面に広がる砂漠とそこを行くラクダの隊商は、本当に歴史のロマンを感じさせるすばらしい風景で、日本では絶対見ることができないものです。

  最初は「行きたいな」と思いつつ、「西安・敦煌のような遠いところまでは大変だ」、また「食事も恐いし、暑いし、電話も通じないし....」と考えていましたが、ガイド本を読み、いろいろ資料を見ているうちに、「思い切ってこの際、西安まで行こう。また、どうせ行くのなら敦煌まで....」と決断。お盆休みを利用して行くことを決心しました。

 西安へは、最近JASで大阪からの直行便がありますが、週2便ずつの出発便と帰国便しかありません。そこで8月9日〜8月14日と決定。友人は8月6日に中国に帰り、8月24日に日本に帰ることになったため、結局私は一人で行き、一人で帰ることになりました。
 中国旅行は、昨年の大連(旅順を含む)・瀋陽への旅行に続いて2度目。
「何とかなるワ!」と覚悟を決めて出発。一眼レフのカメラに36枚撮りフィルム30本をもって、とにかく何でも見てやろう、の精神で旅立ちました。


〔旅行日程メモ〕

 以下、8月9日から14日までの西安・敦煌への旅行で、見学した場所と動きのメモだけをお知らせします。
 これらの詳細な見聞記は、別のページで、お楽しみ下さい。


(1日目)2001(平成13)年8月9日   西安というまち

  @陜西歴史博物館
  A大雁塔
  B小雁塔
  など西安市内


(2日目)2001(平成13)年8月10日   西安

  @兵馬俑博物館・兵馬俑(1号坑・2号坑・3号坑・銅車馬館)
  A華清池(玄宗皇帝と楊貴妃の避暑地=温泉地)
  B西安半坡博物館
  C清真寺(イスラム寺院)
  D鐘楼・城壁


(3日目)2001(平成13)年8月11日   崋山と西安市内

  @華山への登山
  A青龍寺
  Bホテル唐華賓館
  C唐楽宮


(4日目)2001(平成13)年8月12日   敦煌・莫高窟


  @敦煌歴史博物館
  A沙州市場
  B莫高窟
  C敦煌古城
  D玉門関
  E漢の長城


(5日目)2001(平成13)年8月13日   敦煌 鳴沙山、月牙泉
                              
  @鳴沙山   写真 大阪弁護士会会報219(会員写真作品展) に出品
  A月牙泉
  B白馬塔
  C漢の古城


(6日目)2001(平成13)年8月14日   西安

  @碑林博物館


(敦煌旅行余話)〜演歌『望楼の果て』との出会い   敦煌旅行余話

(西安旅行記補記)〜「西安事件」の立役者 張学良氏 100歳で死去!
                                    西安旅行記補記