3 第6回更新(2012年5月記)
<9年ぶりの更新にあたって>
1.9年ぶりの更新の契機
(1)5年半にわたった小泉政権が2006年9月に安倍政権に引き継がれた後は、2009年8月30日の民主党への政権交代を含めて、安倍ー福田ー麻生ー鳩山ー菅ー野田と1年毎にコロコロと総理大臣が交代する異常な政治状況となりました。この間、2008年9月のリーマンショックによって世界的金融危機が広がるとともに、日本では円高・株安が進行し経済は低迷の度を深めていきました。1947~1949年生まれの団塊世代である私たちは、定年を迎え年金生活を始めた同級生もいます。そんな時代状況の中で、かつてのように飲み屋に行ってカラオケを楽しむという時間が少なくなっていったのは当然です。私自身のカラオケに対する愛着(執念?)も少し薄れてきましたが、それでも節目節目ではしっかりとヒット曲をチェックしてきました。他方、2006年からは羽佐間氏主催の愛声会ゴルフコンペでフルバンドをバックに歌う栄誉が与えられ、また同じ2006年から株式会社オービック恒例の野田会長宅で12月に開催されるクリスマスパーティーの余興として約100名の参加者を前に歌う機会が与えられました。
(2)今回9年ぶりにこのカラオケのコーナーを更新することになりましたが、これは私のホームページの読者であるY氏から、下記のお手紙を受けたことが契機です。
                             記 
『メールによる御意見、御感想、御要望などは歓迎。どしどしお寄せ下さい』とのことでしたので、失礼を省みずメールをさせていただきます。
現在54歳になります。先生の『趣味のページ』の『カラオケ』のページをかねてから愛読させて頂いており、先生が推薦されている曲はほぼ一通り愛唱させて頂いております。先生が推奨されている曲は、どれもが大変すばらしく、ただただ感心しております。
ただ、残念ながら、2003年9月から更新がないようにお見受けします。
大変お忙しいかと思いますが、できれば更新して頂きたく、お願い申し上げます。
勝手なお願いで恐縮ですが、よろしくお願いします。

2.ZARDの曲あれこれ
(1)初期の頃からZARDの曲が大好きで、2004年4月30日に大阪フェスティバルホールで開催されたZARDのコンサートにも行ったことのある私は、2007年5月にZARDのボーカルである坂井泉水が死亡したのは大ショックでした。そんなZARDの曲を意外にも私の友人で東京に住むK氏が大好きだというので、ある日銀座のクラブのカラオケ室で「ZARD合戦」をやることになりました。ZARDの曲オンリーで機械が出すどちらの点数が高いかだけのガチンコ勝負をやったわけですが、結果は私の圧勝。こんなこともあってZARDの曲を歌いなれた私は毎年12月はじめに開催される阪大の留学生パーティー後のカラオケ大会に参加し、今やすっかり私の定番となったZARDの8thシングル『揺れる想い』を熱唱し、若い学生諸君の拍手喝采を浴びました。
(2)ZARDの歌では6thシングルの『負けないで』が最も有名ですが、私は1stシングルの『Good-bye My Loneliness』、11thシングル『この愛に泳ぎ疲れても・Boy』、18thシングル『心を開いて』、22ndシングル『永遠』などが私の持ち歌です。2006年に株式会社オービックの監査役に就任してからは、毎月1度東京に通うことになったため、iPodに入れたZARDのアルバムをヘッドホンでよく聴いていました。
(3)坂井泉水の死後5年を経た2012年4月14日(土)、朝日新聞の「be」は「song うたの旅人」でZARDの坂井泉水を取りあげました。見出しには「歌い継がれる応援歌 ZARD『負けないで』」「等身大の言葉をつづった『負けないで』」という文字が躍り、『負けないで』の直筆の歌詞ノートも載せられています。手書きで付け足したり消したりしたこの歌詞ノートを見れば、何度も推敲した様子がよくうかがえました。今やまさに「永遠のヒロイン」になった坂井泉水に合掌。

3.新幹線では?
(1)ZARDのアルバムの他に新幹線の中でよく聴いていたのは、『オペラ座の怪人』のオリジナル・サウンドトラックと「PRINCESS PRINCESS」のアルバム『SINGLES1987ー1992』です。『オペラ座の怪人』のサントラ版の臨場感はすばらしく、大阪への帰りの新幹線の中で半分酔った状態で大音響でこれを聴いていると最高でした。
(2)逆に、東京に行く時は「プリプリ」のアルバムの各曲を小声で口ずさみながら、新聞に目を通すのが楽しみでした。1980年代後半のバブル時代に大ヒットした「プリプリ」の曲は『DIAMONDS〈ダイアモンド〉』と『世界でいちばん熱い夏』が有名でカラオケでのノリは最高ですが、私が一番好きでよく歌っていたのは『M』。「いつも一緒にいたかった となりで笑ってたかった」で始まるバラードの名曲を切々を歌い上げれば、拍手喝采まちがいなしです。若い人たちとカラオケに行った時は時々「プリプリ」メドレーも歌っていましたが、そのすべてに対応するのはさすがの私でもムリでした。しかし、『SINGLES1987ー1992』に入っている16曲は、すべて覚えやすいいい曲ばかりです。
(3)なお、2011年の3・11東日本大震災を契機として「PRINCESS PRINCESS」が再結成され、16年ぶりにライブ公演を行うことが2012年1月6日に発表されました。このライブは東京では武道館で2012年の11月20~24日まで行われるため、もしこの時期に合わせて何か東京での仕事があれば、是非行きたいと思っています。

4.歌手「う~み」との交際の中で次々と新曲を
(1)歌手「う~み」とのお付き合いが次第に親密になる中、音楽に造詣の深い当事務所の事務局長であった嶋津淳子の作詞で、う~みが曲をつくることになりました。その結果完成し、『なとわ』のアルバムに収録され発売されたのが『SOME~ミマモッテイルヨ・・・』です。これは坂和事務所に勤務していた某男性事務員をイメージしてつくられた曲ですが、今風の実に味わい深いものです。天神祭パーティーではう~み自身が披露してくれたうえ、私の持ち歌となりました。下記にその歌詞を掲載します。
                             記 
 『SOME~ミマモッテイルヨ・・・』
1 君は何をみているの? 何を考えているの?
  君の瞳をじっとみても 僕の目には何もうつらない
  君はどうして笑わないの? どうして怒らないの?
  君の言葉を待ってみても 僕と君は圏外なんだね

  子供の頃の君は かわいい笑顔で
  まわりのみんなを幸せにしたはず
  君から笑顔を、そして言葉をうばったのは
  僕たち大人なのかもしれない 悪かった悪かった

2 君は何がしたいの? 君の夢はなんですか?
  君のなにか夢中な姿 僕は見たことがない
  君は今、幸せなの? 今を、若さを楽しんでいるの?
  僕をみつめる君の目は 責めることさえしないんだね

  子供の頃の君は かがやく瞳で
  光あふれる未来をみんなに話したはず
  君から夢を、そして希望をうばったのは
  僕たち大人なのかもしれない 悪かった悪かった

  僕の心の声が君に届くまで
  僕は何度でも話しかけよう
  君がいつか子供たちに
  自分の言葉で話しかけて欲しいから

  今僕ができることは
  君や君の子供たちに
  夢をもつことの そのすばらしさを伝えること
  ただそれだけ
                           (『なとわ』収録)

(2)この頃はう~みとの曲づくりが一時的ブームとなり、何と『SAKAWA DESU』も完成しました。残念ながら、これはCDとしては発売はされませんでしたが、う~みが歌ったCDは残っています。その歌詞は下記のとおりです。
                             記 
『SAKAWA DESU』
1 ねぼけ眼(まなこ)の事務員の 目覚まし時計はどなり声
  コートビルには冬だって 大型台風 雨 あられ
  
  台風すぎて一安心 したのも束の間 地雷爆発
  会議室のお客様 次は我が身か ハラハラドキドキ

  どうしてそんなにこわがるの
  別に怒っているわけじゃない
  俺の話しをきいてくれ
  君の意見を聞かせて

  伝えたいんだ 君たちに 熱い思いを 学ぶ心を
  届けたいんだ 君たちに 熱い思いと 俺の力で

2 弁護士かたわらに映画評論家 24時間仕事です
  愛車の自転車すっとばす フットワークは20代
  
  しゃべって書いてチェックして どんなことにも一生懸命
  坂和ファンの皆皆様 販促FAXに ワクワクドキドキ

  おい、そこの老若男女 興味があること何でもいいんだよ
  あつい君を見せてくれ あつい心を見せてくれ

  ※伝えたいんだ 君たちに 熱い思いを 学ぶ心を
   伝えたいんだ 君たちに 熱い思いを 学ぶ心を

  ※くりかえし

(3)さらに、坂和事務所に長年勤務した女性事務員Mさんの結婚式のためにつくられ、結婚式で坂和が熱唱したのが『♡♡お幸せに!♡♡~がんばった君へ』です。この曲も発売されたCDには収録されませんでしたが、適当に歌詞を変えれば誰の結婚式でも歌うことができる便利な曲です。今後もそういう機械があれば、是非この歌を歌ってあげたいと思っています。
                             記 
『♡♡お幸せに!♡♡~がんばった君へ』
  朝早くから夜遅くまで
  時には涙ながして
  仕事してた君が嫁いでいくのは
  少しくやしいけど

  きっと彼があの日の涙を
  ぬぐってくれたんだね
  大きな愛に包まれて君は
  ほんとうに幸せそうで

  たくさんの祝福の拍手とともに
  2人の人生のドアが今開く
  誓いの言葉わすれないで
  幸せの果実 たくさん実るように

  誓いの言葉わすれないで
  幸せの果実 たくさん実るように

  心から祝うよ
  結婚おめでとう!

5.竹内まりやの『人生の扉』
(1)ある日テレビのコマーシャルで目にしたのが、竹内まりやが歌う『人生の扉』です。1度聴いたらすぐに覚えられるメロディーラインと歌詞のすばらしさに興味を覚えた私はすぐにこのCDを購入し、完璧にマスターしました。そして、事務所の恒例となっていた7月25日の天神祭パーティーでさっそく披露。以降カラオケでは毎回のように歌っています。また2006年の羽佐間氏のパーティーでは、河島英五の『酒と泪と男と女』を歌いましたが、2007年からは4年連続歌詞カードを全員に配布して『人生の扉』を熱唱しました。
(2)その時に会場の皆様に配布した歌詞カードを下記に掲載します。

                             記 
 女性アーティストとして広く愛されている竹内まりやさんも、05年には遂に50歳に!そんな彼女がそれまでの人生を振り返り、「50歳って意外といいんじゃない!」と思う気持を表現したのが、07年に発売されて大ヒットしたこの曲です。
 1番が50歳まで、そして2番は何と90歳以上生きていくのかナというすばらしい歌詞!ちなみに、ラストの「worth living」という英語の歌詞は「生きていく価値がある」という意味。弱っていくことは悲しい、年老いていくことは厳しい、そこでみんなは人生なんて意味がないよと言う。しかし、私は信じている。生きていくってことは、それだけで価値があるのだということを・・・。こんなすばらしい歌詞を、本日お集まりの皆様にじっくりとかみしめていただき、明日への糧としてもらいたいものです。

                 『人生の扉』    作詩・作曲・歌:竹内まりや

 1 春がまた来るたび ひとつ年を重ね  2 満開の桜や 色づく山の紅葉(もみじ)を
  目に映る景色も 少しずつ変わるよ    この先いったい何度 見ることになるだろう
                             ひとつひとつ 人生の扉を開けては
  陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く      感じるその重さ
  気がつけば五十路を 越えた私がいる    ひとりひとり 愛する人たちのために
                               生きてゆきたいよ
  信じられない速さで 時は過ぎ去ると         
   知ってしまったら                   I say it’s fine to be 60
  どんな小さなことも 覚えていたいと       You say it’s alright to be 70
   心が言ったよ                    And they say still good to be 80
                                But I’ll maybe live over 90
    I say it’s fun to be 20                     
   You say it’s great to be 30           君のデニムの青が 褪せてゆくほど
   And they say it’s lovely to be 40        味わい増すように
   But I feel it’s nice to be 50           長い旅路の果てに 輝く何かが
                               誰にでもあるさ
      
                              I say it’s sad to get weak
                              You say it’s hard to get older
                              And they say that life has no meaning
                              But I still believe it’s worth living
                              But I still believe it’s worth livin
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6.いきものがかりの『ありがとう』
(1)2010年の3月から9月までNHKの朝ドラは『ゲゲゲの女房』で、その主題歌が「“ありがとう”って伝えたくて あなたを見つめるけど 繋がれた右手は 誰よりも優しく ほら この声を受けとめている」で始まるいきものがかりの『ありがとう』です。これも1度聴いたら忘れられないメロディだったので、ICレコーダーに録音しすぐに覚え、カラオケの定番曲となりました。
(2)2012年5月には、この曲が2012年7月から開催されるロンドンオリンピックのテーマ曲に選ばれたことを聞き、あらためてこの曲の「元気」を感じました。

7.植村花菜の『トイレの神様』
 2010年には『トイレの神様』に出会いました。植村花菜がギター1本で歌う『トイレの神様』は9分52秒とメチャ長い曲ですが、テレビで歌う姿を見ながらじっと聴いていると、クライマックスでは思わず涙が出てくる名曲です。同じメロディのくり返しが多いからすぐに覚えられそうですが、実はこの曲をきっちり歌うのは結構難しい。また9分52秒とあまりに長いため、パーティーで歌うわけにはいかないうえ、カラオケでもよほど集中して聴いてくれる友人と一緒でなければ座が白けてしまいますので、しっかり練習する必要があります。2011年の第61回NHK紅白歌合戦では植村花菜がフルバージョンで歌いましたから、ご記憶の方も多いかと思います。かなり長いですが、下記にその歌詞を掲載します。
                             記 
『トイレの神様』
小3の頃からなぜだか
おばあちゃんと暮らしてた
実家の隣だったけど
おばあちゃんと暮らしてた

毎日お手伝いをして
五目並べもした
でも、トイレ掃除だけ苦手な私に
おばあちゃんがこう言った

トイレには
それはそれはキレイな女神様がいるんやで
だから毎日キレイにしたら
女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

その日から私は
トイレをピカピカにし始めた
べっぴんさんに絶対なりたくて
毎日磨いてた

買い物に出かけた時には
二人で鴨なんば食べた
新喜劇録画し損ねたおばあちゃんを
泣いて責めたりもした

トイレには
それはそれはキレイな女神様がいるんやで
だから毎日キレイにしたら
女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

少し大人になった私は
おばあちゃんとぶつかった
家族ともうまくやれなくて
居場所がなくなった

休みの日も家に帰らず
彼氏と遊んだりした
五目並べも鴨なんばも
二人の間から消えてった

どうしてだろう?
人は人を傷つけ、大切なものをなくしてく
いつも味方をしてくれてたおばあちゃん残して
ひとりきり
家 離れた

上京して2年が過ぎて
おばあちゃんが入院した
痩せて細くなってしまった
おばあちゃんに会いに行った

「おばあちゃん、ただいまー!」ってわざと
昔みたいに言ってみたけど
ちょっと話しただけだったのに
「もう帰りー。」って
病室を出された

次の日の朝
おばあちゃんは静かに眠りについた
まるで まるで
私が来るのを待っていてくれたように

ちゃんと育ててくれたのに
恩返しもしてないのに
いい孫じゃなかったのに
こんな私を
待っててくれたんやね

トイレには
それはそれはキレイな女神様がいるんやで
おばあちゃんがくれた言葉は
今日の私をべっぴんさんにしてくれてるかな

トイレには
それはそれはキレイな女神様がいるんやで
だから毎日キレイにしたら
女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

気立ての良いお嫁さんになるのが夢だった私は
今日もせっせと、
トイレをピカピカにする

おばあちゃん
おばあちゃん
ありがとう、

おばあちゃん
ホンマに

ありがとう



8.『ふるさと』と『ふるさとの はなしをしよう』
(1)日経新聞夕刊の「私の履歴書」にオービックの野田順弘会長の「物語」が掲載されたのが2010年6月です。それをまとめた『転がる石は玉になる』(日本経済新聞出版社)は、2011年1月に出版されました。その野田会長が大好きな歌が「兎追いし かの山 こぶな釣りし かの川」で始まる『ふるさと』で2008年4月に開催されたオービックの40周年記念パーティーでは全員合唱されました。
(2)2011年の3・11東日本大震災を契機として、コバケンこと小林研一郎さんが指揮するオービック主催の「春のコンサート」では、ラストに『ふるさと』を会場全体で歌うことが恒例となりました。
(3)そんな事情で『ふるさと』を歌う機会が増えました。そんな中、羽佐間氏の愛声会ゴルフコンペの懇親パーティーでは既に『人生の扉』を4年続けて歌っており、少し変化をつける必要性があったため、2011年の懇親パーティーでは北原謙二の『ふるさとの はなしをしよう』を選曲しました。これは「ナニワのモーツァルト」ことキダ・タロー唯一のヒット曲で、1965年に北原謙二が歌ってヒットした名曲です。私は松山市の生まれですが、この歌詞からは愛媛県南予の宇和島や八幡浜の風景がイメージできます。司法修習生になった1972年、弁護士登録した1974年頃は宴会の席で歌を指名されれば時々歌っていた曲ですが、それから40年近くたった今歌うと、あらためてその良さがわかります。これについても、その時に会場の皆様に配布した歌詞カードを下記に掲載します。
                             記 

第25回愛声会 表彰式・懇親パーティー

歌詞カード

                                            2011.10.31
 3月11日の東日本大震災によって日本国のあり方そのものが大きく変容せざるをえない中、第25回愛声会が開催されたことを心からうれしく思います。羽佐間正雄会長はじめ、関係者皆様のご努力に敬意を表します。
 私は過去4回皆様の前で竹内まりやさんの『人生の扉』を歌わせていただきましたが、今回は「ふるさと」をテーマとした北原謙二さんの『ふるさとの はなしをしよう』を歌わせていただきます。「兎追ひし かの山 こぶな釣りし かの川」ではじまる『ふるさと』は国民的愛唱歌ですが、なにわのモーツァルトことキダ・タローが作曲した唯一のヒット曲(?)である『ふるさとの はなしをしよう』も、日本人のふるさとへの想いと美しいふるさとの風景が自然に浮かびあがってくる名曲です。下手クソな歌唱力は横におき、1度聴いたらすぐに覚えられる美しいメロディラインと、徐々に失われつつある日本語の美しい響きを楽しんでいただければ幸いです。本日お集まりの皆様がそれぞれの「ふるさと」を思い出し、子供や孫たちに「ふるさとの話」をしていけば、東日本大震災からの復興も足取りを速めることができるのではないでしょうか。
                                       弁護士 坂 和 章 平

『ふるさとの はなしをしよう』

作詞:伊野上のぼる

作曲:キダ・タロー

歌:北原謙二

1.砂山に さわぐ潮風 かつお舟 はいる浜辺の

夕焼けが 海をいろどる きみの知らない ぼくのふるさと 

ふるさとの はなしをしよう

2.鳴る花火 ならぶ夜店に           3.今頃は 丘の畑に
     縁日の まちのともしび              桃の実が 赤くなるころ               
     下町の 夜が匂うよ                 遠い日の夢の数々
     きみが生まれた きみのふるさと    くは知りたい きみのふるさと

ふるさとの はなしをしよう           ふるさとの はなしをしよう


9.尾崎豊と『I LOVE YOU』
 死亡後20周年を迎えた2012年4月、テレビ各局は尾崎豊の特集を組みました。1992年4月、26歳での若すぎる死はファンに大きな衝撃を与えましたが、その当時私は尾崎豊の歌を歌うことは全くありませんでした。しかし、当時よく通っていたラウンジの若い女の子は尾崎豊の熱狂的なファンで、2人で歌いにいくと彼のラインナップを次々と歌っていたものです。尾崎豊の曲で私が唯一ちゃんと歌えるのは11thシングル『I LOVE YOU』。これはもともと1983年リリースされた尾崎豊のファーストアルバム『十七歳の地図』に収録されていた作品で、1991年にシングルとしてリリースされたもの。そして、尾崎豊の死亡後大ヒットした曲です。バラードの名曲は私にはもってこいなので、早速歌い込み完璧にマスターしました。座を白けさせることなく歌うのは結構難しいものですが、そこはあなたの努力次第・・・。

10.徳永英明の試みと、一青窈(ひととよう)の試み
(1)透き通った高音がメチャキレイな歌手が徳永英明です。バブルの頃、私の親しい弁護士は『壊れかけのRadio』を、私は『輝きながら・・・』をよく歌っていました。そんな徳永英明が女性ボーカルの曲をカバーしたCD『VOCALIST』1、2、3、4が2006年から2010年にかけて大ヒットしましたが、そこに収録されている女性ボーカル曲は、私の大好きな曲がいっぱいです。もちろん原曲を聴くのが1番ですが、手っ取り早くこれらの名曲を覚えようと思えばこの4枚のCDは最適ですから、『VOCALIST』1~4の曲名を下記に掲載しておきます。
                             記 
『VOCALIST』
01. 時代 (作詞・作曲:中島みゆき)
02. ハナミズキ  (作詞:一青窈/作曲:マシコタツロウ)
03. 駅  (作詞・作曲:竹内まりや)
04. 異邦人  (作詞・作曲:久保田早紀)
05. シルエット・ロマンス  (作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお)
06. LOVE LOVE LOVE  (作詩:吉田美和/作曲:中村正人)
07. 秋桜  (作詞・作曲:さだまさし)
08. 涙そうそう  (作詞:森山良子/作曲:BEGIN)
09. オリビアを聴きながら  (作詞・作曲:尾崎亜美)
10. ダンスはうまく踊れない  (作詞・作曲:井上陽水)
11. 会いたい  (作詞:沢ちひろ/作曲:財津和夫)
12. 翼をください  (作詞:山上路夫/作曲:村井邦彦)
13. 卒業写真  (作詞・作曲:荒井由実)

『VOCALIST2』
01. 雪の華 (作詞:Satomi/作曲:松本良喜)
02. いい日旅立ち (作詞・作曲:谷村新司)
03. あの日にかえりたい (作詞・作曲:荒井由実)
04. 未来予想図II (作詩・作曲:吉田美和)
05. かもめはかもめ (作詞・作曲:中島みゆき)
06. セカンド・ラブ (作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお)
07. シングル・アゲイン (作詞・作曲:竹内まりや)
08. あなた (作詞・作曲:小坂明子)
09. 恋人よ (作詞・作曲:五輪真弓)
10. なごり雪 (作詞・作曲:伊勢正三)
11. M (作詞:富田京子/作曲:奥居香)
12. 瞳はダイアモンド (作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂)
13. for you… (作詞:大津あきら/作曲:鈴木キサブロー)

『VOCALIST3』
01. 恋におちて-Fall in Love- ( 作詞:湯川れい子 作曲:小林明子 編曲:坂本昌之 )
02. PRIDE (作詞・作曲:布袋寅泰 編曲:坂本昌之)
03. 桃色吐息 (作詞:康珍化 作曲:佐藤隆 編曲:坂本昌之 )
04. わかれうた ( 作詞・作曲:中島みゆき 編曲:坂本昌之 )
05. やさしいキスをして ( 作詩:吉田美和 作曲:中村正人 編曲:坂本昌之)
06. Time goes by ( 作詞・作曲:五十嵐 充 編曲:坂本昌之)
07. たそがれマイ・ラヴ ( 作詞:阿久 悠 作曲:筒美京平 編曲:坂本昌之 )
08. 元気を出して ( 作詞・作曲:竹内まりや 編曲:坂本昌之)
09. ENDLESS STORY ( 作詞・作曲:Dawn Ann Thomas 日本語訳:ats- 編曲:坂本昌之)
10. まちぶせ ( 作詞・作曲:荒井由実 編曲:坂本昌之 )
11. 月のしずく ( 作詞:Satomi 作曲:松本良喜 編曲:坂本昌之 )
12. 迷い道 ( 作詞・作曲:渡辺真知子 編曲:坂本昌之 )
13. CAN YOU CELEBRATE? ( 作詞・作曲:小室哲哉 編曲:坂本昌之 )

『VOCALIST4』
01. 時の流れに身をまかせ (作詞:荒木とよひさ 作曲:三木たかし)
02. 赤いスイートピー (作詩:松本 隆 作曲:呉田軽穂)
03. First Love (作詞/作曲:宇多田ヒカル)
04. 翳りゆく部屋 (作詞/作曲:荒井由実)
05. セーラー服と機関銃 (作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお)
06. 誰より好きなのに (作詞/作曲:古内東子)
07. あばよ (作詞/作曲:中島みゆき)
08. 月光 (作詞/作曲:鬼束ちひろ)
09. やさしさで溢れるように (作詞:小倉しんこう/亀田誠治 作曲:小倉しんこう)
10. 未来へ (作詞/作曲:玉城千春)
11. 待つわ (作詞/作曲:岡村孝子)
12. あの鐘を鳴らすのはあなた (作詞:阿久悠 作曲:森田公一)
13. 未来予想図 (作詩/作曲:吉田美和)

(2)そんな徳永英明の試みに対して、「もらい泣き」や「ハナミズキ」という大ヒット曲を持つ一青窈は、昭和の歌謡曲のカバーを試みました。すなわち、2012年4月18日に一青窈『歌謡曲』が発売されたのです。その収録曲は下記のとおりです。
                             記 
『歌謡曲』
1. 喝采
2. 他人の関係
3. 終着駅
4. 赤い風船
5. 星影の小径
6. 逢いたくて 逢いたくて
7. 天使の誘惑
8. リンゴ追分
9. アカシアの雨がやむとき
10. 竹田の子守唄
11. 時代

私はテレビで一青窈が黛ジュンの『天使の誘惑』やちあきなおみの『喝采』を歌うのを聴き、やっぱり原曲の方がいいなと思う反面、今の時代にこんな昭和歌謡の名曲を歌い継いでいくためには、「たしかにこんな方法もあり」と納得しました。私はたしか1977年に加古川の市民会館で開催された石川さゆりのコンサートに行き『津軽海峡・冬景色』の熱唱を聴きましたが、そこからずっと40年間第一線で活躍している歌手はそれほど多くありません(和田アキ子くらい・・・?)。そんな状況下テレビでは、かつてのアイドルを次々と登場させて、かつての持ち歌を歌わせることが今ブームになっています。これはこれで、「今でもキレイだな」、「懐かしい歌だな」と思いながら一緒に楽しめる反面、時には「こんなに老けてしまったのか?」とゾッとすることも・・・。そんな時代状況の中での一青窈のこの試みには、大きな拍手を送りたいものです。