[3日目]・・・2015年3月9日(月)
                                      写真3ー1~32

1 ホテルで朝食
 (1)6:00起床
 (2)6:30「華山」でバイキング
 (3)7:30ホテルを出てバス乗り場へ
                -バス移動(8:00~8:15)-

2 鹿児島港から桜島港へカーフェリーで移動(8:15~8:35)
 (1)住民の足となっている桜島カーフェリー(写真3-1
 (2)人気の高い船内のうどん屋(写真3-2
                -バス移動(8:35~8:40)-

3 桜島海軍基地跡見学(8:40~8:55)
 (1)桜島海軍基地は、アメリカ軍の本土上陸を阻止するために編成された、海軍特攻戦
   隊の一つである「第五特攻戦隊」の司令部として、大東亜戦争末期に作られた基地。
 (2)桜島海軍基地跡見学(写真3-3、4
   ・南京錠がかけられており、中を見学することはできず、格子の扉から壕の中をのぞ
   くだけの見学。
   ・壕の高さ・幅は2~3mほど。内部は手掘りによって作られたトンネルが網の目状に
   張りめぐらせている。魚雷保管室や動力室がある。
                -バス移動(9:00~9:50)-
             9:40 鹿屋市役所の平和学習のガイドが乗り込む

4 小塚公園(旧海軍鹿屋航空基地、特別攻撃隊戦没者慰霊塔)見学(9:50~10:10)
 (1)特別攻撃隊戦没者慰霊塔は、鹿屋基地から特別攻撃のため沖縄へ飛び立った若
   者たちの御霊を祀るために昭和33年に建立された。
   ・小塚公園では毎年4月に慰霊祭が行われている。
 (2)特攻隊攻撃隊戦没者慰霊塔(写真3-5
    塔の上には南海の空に向かって飛び立とうとしている翼を広げた白鳩がのっており
   、銘板には旧鹿屋航空基地から出撃した特別攻撃隊戦没者908名の氏名などが刻
   まれている。
                -バス移動(10:10~10:20)-

5 桜花の碑(神雷特別攻撃隊別盃の地)見学(10:20~10:30)
 (1)バス移動の途中でバスを降りて見学。
    桜花の碑は、人間爆弾「桜花」の神雷部隊として出撃した隊員たちが宿舎としてい
   た旧野里国民学校跡地に昭和20年春に建立された(写真3-6)。
 (2)山下部落跡地の碑(写真3-7
                -バス移動10:30~11:00)-

6 鹿屋市観光物産総合センター食堂で昼食(11:30~12:00)
 (1)昼食は海軍カレー。レストランには、近々3夜に分けてTV放映される『永遠の0』の
   宣伝ポスターが(写真3-8)(11:30~12:00)。

7 海上自衛隊鹿屋(かのや)航空基地史料館(旧海軍鹿屋航空基地跡)見学(12:00~13:40)
 (1)海上自衛隊鹿屋航空基地史料館の入口(写真3-9)(12:00~13:40)
 (2)鹿屋市には3つの飛行場が存在し、日本で最も多くの特攻隊が出撃している。鹿屋
   海軍航空基地からは908名、串良海軍航空基地からは363名の特攻隊員が出撃し
   た。
    海上自衛隊鹿屋航空基地史料館は昭和47年に設立され、平成5年に新史料館
   としてリニューアルした。屋内には、昭和11年の海軍鹿屋航空隊開隊から現在の海
   上自衛隊鹿屋航空基地に至るまでの史料が展示されている。また、屋外には世界で
   唯一現存する「二式大型飛行艇」も展示されている。
   ・1階入口を飾っているステンドグラス「夕映桜島」の原画は平山郁夫画伯のもの(
   真3-10

 (3)海上自衛隊鹿屋航空基地史料館には、昭和11年に海軍鹿屋航空隊が開隊して以
   来、現在の海上自衛隊鹿屋航空基地に至るまでの抱負な資料を展示している。
 (4)旧海軍については、海軍精神発露の史実、先の大戦における特別攻撃隊にまつわ
   る遺品や零戦の実機が展示してある。また、自衛隊については、災害派遣や我が国
   周辺海域における警戒監視、海外派遣任務等の海上自衛隊の現在の活動などを紹
   介している。
 (5)1階にある自衛隊の紹介では、「現代を生きる若い海鷲たちの躍動」と題して、①海
   上自衛隊の発展について年表で示し、②海上自衛隊が使用した航空機や装備品の
   変遷③実際の仕事ぶりや役割について紹介している。
 (6)2階は、「時代を翔けた勇士たちの航跡」と題して、①海軍航空隊の誕生と以後の発
   展、②神風特別攻撃隊について紹介している。とりわけ目立つのは、航空技術の発
   展を象徴するものとして、当時世界でも名機といわれた零戦の誕生した経緯を示し、
   「零式艦上戦闘機五二型」を復元したものを展示していること。
 (7)零式艦上戦闘機五二型丙(写真3-11~14
 (8)ちなみに、映画『永遠の0』(13年)では、特攻を決意した主人公・宮部(岡田准一)
   が、自分の乗る新型の52型と、予備士官の大石(染谷将太)が乗っていた旧型の21
   型とを交換してくれと依頼したシーンが印象的。これによって、エンジン不良で不時着
   した52型に乗った大石のみが生き残ることができたわけだが、なぜ宮部はそんな交
   換を大石に申し出たのだろうか?(『シネマルーム31』132頁参照)

8 海上自衛隊鹿屋(かのや)航空基地史料館の屋外展示を見学(13:40~14:00)
 (1)屋外展示には、10機ほどの海上自衛隊で使われなくなった航空機が展示されてい
   る。
 (2)「二式大型飛行艇12型(HBK2)」(写真3-15、16
   昭和15年に初飛行した当時世界一の高性能を誇った大型飛行艇で、大型飛行艇と
  しては前例のない長大な航続距離と高速性能を誇り、偵察、哨戒、輸送まで多方面に
  活躍した。
 (3)HSS-2A(対潜哨戒機)(写真3-17
   昭和38年から平成2年まで使用された。
 (4)P-2J型対潜哨戒機(写真3-18
   昭和41年から平成5年まで使用された。ホーミング魚雷備えることができる。
 (5)US-1(A)(救難飛行艇)(写真3-19
   昭和49年から使用されている。
 (6)SNJ(練習機)(写真3-20
   昭和29年から昭和40年まで使用された。
 (7)R4D-6(多用機)(写真3-21、22
   昭和33年から昭和46年まで使用された。

9 地下壕電信司令室跡見学(14:30~14:45)
 (1)鹿屋海軍航空基地から飛び立った隊員が突撃前に送る最後の通信を受け取ってい
   た地下壕(写真3-23、24)。ここは中に入っての見学も可能。
 (2)内部にはこうもりやゲジゲジがいると言われていたが、現実に2つとも発見。ぶらさ
   がっているこうもりを、フラッシュをたいて、こわごわ撮影(写真3-25)。
                -バス移動(14:45~14:50)-

10 串良平和公園(旧海軍串良航空基地跡)見学(14:50~15:15)
 (1)串良海軍航空基地では、約5000人の飛行予科練習生が訓練を受け、終戦までの
   半年間に363名の特攻隊員、一般攻撃隊202名の計565名が出撃した。
    東西1300m、南北1200mの滑走路跡には、関西に移住した串良出身者により
   桜が植えられている。
 (2)平和公園に並ぶ出撃部隊の慰霊碑(写真3-26
 (3)旧海軍串良航空隊出撃戦没者慰霊塔(写真3-27
    串良海軍航空基地から特別攻撃隊として飛び立った御霊を祀るために、昭和44年
   10月に建立された。
 
11 日本初の黒酢レストラン「黒酢本舗 桷志田(かくいだ)」(16:15~17:00)
 (1)黒酢の郷 福山町で作られた黒酢を試飲。おみやげ購入(写真3-28)。
 (2)200年前から同じ製法で続く、黒酢の製造過程で使われる陶器製のかめ壷が、熟
   成の段階順に並べられた壷畑を見学(写真3-29)。
 (3)桷志田の壷畑からは桜島を一望することができる(写真3ー30)。
                -バス移動(17:00~17:30)-
      バスの車窓から、西郷公園にある西郷隆盛像を見学(写真3-31


12 鹿児島空港に到着(17:30~18:40)
 (1)鹿児島空港おやっとさぁ(おつかれさま)で天然足湯に浸る(写真3-32)。
 (2)エアポート山形屋ファミリーレストランにて、さつまラーメンを食べる。

13 鹿児島空港(19:35発JAL2414便)→伊丹空港(20:35着)
              -タクシーで自宅へ(21:00~21:20)-