[2日目]・・・2015年3月8日(日)
                                      写真2-1~55

1 ホテルで朝食(6:30~7:10)
 (1)起床(6:00)
 (2)ホテル内レストラン「華山」で朝食バイキング(6:30~7:10)
 (3)ホテルを出発(8:10)
                ―バス移動(8:10~9:00)―

2 万世(ばんせい)特攻平和祈念館(旧陸軍万世飛行場跡)見学(9:00~10:10)
 (1)万世特攻平和祈念館見学
   ・万世特攻平和祈念館は、鳥取県の鳥取砂丘、千葉県の九十九里浜と並ぶ日本三
    大砂丘の1つである鹿児島県南さつま市吹上浜に建てられている。
   ・吹上浜は、昭和18年夏から19年末にかけて建設された陸軍最後の特攻基地「万
    世飛行場」があった場所。万世飛行場はわずか4カ月しか使われなかったが、17
    歳の少年飛行兵を含め、200人近い特攻隊員が“祖国のため”を合言葉に、沖縄
    の空に飛び立った。その跡地に平和への想いを込めて、当時の遺品や関係資料を
    展示するために平成5年に万世特攻平和祈念館が建てられた。
   ・祈念館の外観は、当時練習機として使用された複葉型「赤とんぼ」を模し、その大屋
    根は平和を祈る合掌をシンボル化したユニークな「複葉合掌型」の形をしている(
    真2-1~3
)。
 (2)万世特攻平和祈念館の中を見学。そこには、吹上浜から引き揚げられた海軍零式
   水上偵察機などが展示されている(写真2-4)。
 (3)万世特攻平和祈念館の外にある、万世特攻慰霊碑「よろずよに」を見学(写真2-
   5、6

                ―バス移動(10:10~10:40)―

3 ホタル館富屋食堂を見学(10:40~11:10)(写真2-7~9
 (1)「特攻の母」として慕われた鳥浜トメが経営する富屋食堂は軍の指定食堂として特攻
   隊員たちに使われていた。トメは娘たちとともに、出撃する特攻隊員をあたたかく迎え
   、送り出していた。
 (2)ホタル館富屋食堂と特攻隊員との触れ合いについては、映画『ホタル』(01年)(『シ
   ネマルーム2』34頁参照)、『俺は、君のためにこそ死ににいく』(06年)(『シネマルー
   ム14』134頁参照)等で有名。とりわけ、
   ①「明日ホタルになって帰って来るよ」と言い残し出撃した宮川三郎軍曹、
   ②「俺は朝鮮人だよ」と言い、故郷の歌『アリラン』を歌った光山文博少尉、
   ③「日本は負けるよ」といつも言っていた上原良司少尉
   は、有名だ。
 (3)鳥浜トメの生涯と特攻隊員とのふれあいの遺品・写真を織り交ぜ、今まで語られなか
   った真実の特攻隊員を、トメの証言どおり、後世に残すため、当時の場所に資料館「
   ホタル館」が復元された。
                ―バス移動(11:10~11:20)―

4 知覧(ちらん)パラダイスで昼食(11:20~12:00)
 (1)知覧パラダイスで昼食(豚しゃぶ)
 (2)知覧パラダイスから徒歩で知覧特攻平和会館へ

5 知覧特攻平和会館(旧陸軍知覧飛行場跡)見学(12:00~13:50)
 (1)知覧特攻平和会館見学(写真2-10、11
   ・知覧特攻平和会館は、南九州市知覧町にある。大東亜戦争(太平洋戦争)末期の
    沖縄戦で、爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、
    遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示して当時の実情を後世に正しく伝え、
    世界恒久の平和に寄与するための施設として、昭和50年に建てられた。展示され
    ている遺影、遺品のほとんどは、知覧特攻平和会館初代館長である板津忠正(元
    特攻隊員)氏が集めたもの。
   ・昭和16年、大刀洗陸軍飛行学校知覧分教所を開校。少年飛行兵、学徒出陣の特
    別操縦見習士官らが操縦訓練を重ねていた。しかし、戦況が緊迫し、険悪となる中
    、知覧は遂に昭和20年、本土最南端の陸軍特攻基地となり、20歳前後の若い隊
    員たちが満州・日本内地から集結しては、家族・国の将来を思いながら出撃した。
   ・沖縄戦で特攻戦死した1036名の隊員は、知覧基地を主軸として万世・都城基地か
    ら、第8飛行師団は台湾各基地、義烈空挺隊は健軍(熊本)基地から出撃した。
   ・館内には、若き特攻隊員の英霊コーナーや戦史資料室等に分かれて多くの資料が
    展示されている。
   ・また、館内には陸軍三式戦闘機「飛燕(ひえん)」(キ-61Ⅱ 改)、陸軍四式戦闘
    機「疾風(はやて)」(キ-84甲)、陸軍一式戦闘機「隼(はやぶさ)」(キ43-Ⅲ甲)
    が展示されている。
 (2)三角兵舎(写真2-12、13
   ・特攻平和会館の隣に復元されている三角兵舎は、満州や日本の各地から知覧に集
    められた特攻隊員が、出撃までの数日間を過ごした場所。空襲を避けるため飛行
    場から少し離れた松林の中に造られた。
   ・三角兵舎は半地下式木造のバラック建てで、屋根には偽装用の幼木をのせていた
    。
 (3)庭にある平和の鐘(写真2-14
 (4)初等練習機(T-3)(写真2-15
 (5)特攻勇士の像(写真2-16
    昭和49年に建立。伊東五百亀(いおき)氏制作。
 (6)陸軍一式戦闘機「隼」(写真2-17、18
    2007(平成19)年に公開された映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』(製作総
   指揮・脚本:石原慎太郎)で忠実に復元された陸軍戦闘機。
                 ―バス移動(13:50~14:30)―
                途中、車窓から弾薬庫、給水塔を見る

6 火之神(ひのかみ)公園・平和祈念展望台(戦艦大和殉難鎮魂之碑)見学(14:30~15:15)
 (1)火之神公園(坊野間県立自然公園)入口(写真2-19)と平和祈念展望台入口(
   真2-20

   ・火之神公園は、枕崎市火之神岬町にある、東シナ海に突き出た岬の先に広がる半
    島屈指の雄大な景観を誇る公園。 
 (2)火之神公園・平和祈念展望台見学   
   ・昭和20年4月7日、沖縄決戦へと向かう戦艦大和を旗艦とする第二艦隊は、米軍と
    の死闘の末、枕崎市の200km沖合に撃沈した。その際に亡くなった3721名の供
    養と平和への願いを込めて、戦艦大和沈没50周年にあたる平成7年に、東シナ海
    を臨む高台にある火之神公園の一角に平和祈念展望台がつくられた(写真2-21
    )。
 
 (3)平和祈念展望台の殉難鎮魂の碑(戦艦大和殉難鎮魂之碑)(写真2-22
 (4)平和を願うシンボルの女神像(写真2-23
 (5)さまざまな慰霊碑(写真2-24、25
            ―徒歩で『男たちの大和/YAMATO』のロケ地へ―

7 『男たちの大和/YAMATO』(05年)ロケ地見学(写真2-26、27
 (1)仲代達矢と鈴木京香が登場する冒頭シーンのロケ地を見学。
 (2)この海の彼方(南西方面)にて、戦艦大和が沈没。
                 ―バス移動(15:15~16:00)―

8 花瀬望比(はなせぼうひ)公園(フィリピン戦没者慰霊碑)見学(16:00~16:35)
 (1)花瀬望比公園の入口(写真2-28) 
 (2)花瀬望比公園見学
   ・花瀬望比公園は、指宿市(いぶすきし)開聞(かいもん)町にある。
   ・昭和41年8月、比島(フィリピン)の地に散華し眠る英霊を慰めようと「比島戦没者
    遺骨収集並びに慰霊碑建立期成会」が結成され、遺骨収集を行った。
   ・昭和43年春、花瀬海岸で47万6千余柱の象徴遺骨として4千余柱の英霊をまつる
    慰霊碑の除幕式と慰霊祭が行われ、毎年慰霊祭が行われることになった。
   ・開聞岳の西側の花瀬海岸に比島戦没者慰霊碑が建設され、死生の扉、想比之像、
    安らぎの鐘、大鐘楼等が整備されたのを契機として、花瀬公園を花瀬望比公園と改
    称した。
 (3)殉国戦士面影の像(写真2-29
    日本芸術院会員、鹿児島大学教授の中村晋也先生の作品。この像は、英霊の更
   なる鎮魂と世界民族の永久の平和を祈念する証として、激戦地フィリピン群島で生命
   をかけて戦い矢玉尽き、ついに尊い生命を落とした殉国戦士の面影を象徴したもの。
 (4)死生の扉(写真2-30
 (5)五重塔(写真2ー31
 (6)想比之像(従軍兵士の妻子像)(写真2-32
    戦時中、従軍兵士の妻子は、夫や父の安全と終戦をひたすら望み、無事の帰還を
   祈っていた。フィリピン群島に向かって祈るモンペ姿の母子像はその姿を象徴したも
   の。
 (7)大鐘楼(「安らぎ之鐘(望比鎮魂之鐘)」)(写真2-33
    高さ2m39cm、直径1m15cm、重さ1,950kgの大きな梵鐘。大鐘楼の鐘韻(し
   ょういん)、松籟(しょうらい)とともに雲烟万里1900kmの彼方、比島の島々に響き
   渡り、地下に眠る勇士の霊を慰め、併せて世界平和と万民の平穏功徳を祈る望比鎮
   魂之鐘(平安之鐘)として建立された。
 (8)望比観音像(写真2-34
    この像は、人類の平穏功徳を願う真の世界平和の道祖神として、全世界に向けて『
   平和宣言』を行い、来るべき次世代につづく恒久平和を象徴したもの。
 (9)戦士の像、日本軍の機関銃(写真2-35、36
   遺骨と共に収集した鉄兜
   遺骨とともに収集した、日本軍の遺留武器。
 (10)レイテ島の密林を摸したレイテの森入り口(写真2-37)、石燈籠(写真2-38
                 ―バス移動(16:35~18:00)―

9 鹿児島市(ブルーウェーブイン鹿児島泊)着、休憩(18:00~18:30)
 (1)ブルーウェーブイン鹿児島着
 (2)部屋に荷物を置いて鹿児島中央駅方面へ散策に出る。

10 東郷平八郎誕生地の石碑、大山巌元帥誕生地の石碑等を見学(18:30~19:00)
 (1)東郷平八郎誕生地の石碑(写真2-39
 (2)大山巌元帥誕生地の石碑(写真2ー40
 (3)村田新八誕生之地の石碑(写真2ー41
 (4)西郷隆盛誕生地(写真2ー42

11 歴史ロード“維新ふるさとの道”散策(19:00~19:30)
 (1)歴史ロード“維新ふるさとの道”入口(写真2-43)、ゲート前(写真2-44
 (2)維新ふるさとの道を散策(写真2ー45~48
   ・「時代をにらんだウドメサア」を掲示(写真2-45
   ・「多くの偉人を輩出した町」を掲示(写真2-46
   ・「西郷、大久保らが巣立った学び舎」を掲示(写真2-47
   ・「歴史ロード“維新ふるさとの道”」を掲示(写真2-48

12 鹿児島中央駅見学(19:30~19:40)
 (1)ネオンに輝く夜の観覧車(写真2-49
 (2)鹿児島中央駅前の若き薩摩の群像(写真2ー50
 (3)ダイエー鹿児島中央店で夕食(握りずし、幕の内、野菜など)を購入

13 ふるさと鹿児島屋台村見学(19:40~20:00)
   ふるさと鹿児島屋台村を見学(写真2-51~53

14 ホテルへの帰路(20:00~20:10)
 (1)高見橋見学(写真2ー54
 (2)大久保利通銅像見学(写真2-55

14 ホテルに戻って夕食(20:10)
   ホテルの部屋に入り、テレビで『花燃ゆ』を見ながら食事。

15 就寝(21:00)