日17-4

「浪人街」
    

                     2017(平成29)年1月9日鑑賞<シネ・ヌーヴォ>

監督:黒木和雄
原作:山上伊太郎
荒牧源内/原田芳雄
赤牛弥五右衛門/勝新太郎
お新/樋口可南子
母衣権兵衛/石橋蓮司
土居孫左衛門/田中邦衛
おぶん/杉田かおる
伊勢屋/佐藤慶
小幡七郎右衛門/中尾彬
お葉/伊佐山ひろ子
おとく/絵沢萠子
倉田平七郎/長門裕之
琵琶法師/天本英世
お仙/紅萬子
1990年・日本映画・117分
配給/松竹

<平成末期に平成初期の本作を観賞!>
 私は朝日、読売、日経、産経の4紙を愛読しているが、2017年1月10日付産経新聞のトップには「新元号 平成31年元日から」「皇室会議経て閣議決定へ」「譲位関連法案 5月上旬にも提出」との見出しが踊った。これは「天皇陛下が在位30年を節目として譲位を希望されていることを受け」たためらしいが、なぜ産経新聞だけがこれを一面トップに?(なお、他の3紙も1日遅れの翌1月11日付でトップ面にその記事を掲載した。)
 それはともかく、昭和64(1989)年1月7日の昭和天皇の崩御によって昭和から平成の時代に入ったが、昨年大ヒットした『64―ロクヨン―前編』(16年)(『シネマルーム38』10頁参照)、『64―ロクヨン―後編』(16年)(『シネマルーム38』17頁参照)で確認したように、昭和64年は1月1日から7日までのわずか7日間しか存在しなかった。しかして、本作の公開は平成2(1990)年だから、まさに平成が始まったばかりの時期。そのため、奇しくも平成末期の2017年1月9日に、シネ・ヌーヴォで開催されている「没後十年 黒木和雄映画祭」で、平成初期の本作を観賞することに!

<「反権力の映画作家」には、格好の素材!>
 「戦争三部作」と呼ばれる①『TOMORROW/明日』(88年)、②『美しい夏キリシマ』(02年)(『シネマルーム11』159頁参照)、③『父と暮せば』(04年)(『シネマルーム4』288頁参照)や、遺作となった『紙屋悦子の青春』(06年)を観れば、黒木和雄監督には「反戦の映画作家」というイメージが強い。しかし、学生運動の高揚期である1960年代後半から映画を撮り始めた彼は、当初から「反権力の映画作家」というスタンスが貫かれていた。
 学生運動(?)をモロに扱った映画の代表作は、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(07年)(『シネマルーム18』56頁参照)や『突入せよ!あさま山荘事件』(02年)『シネマルーム2』204頁参照)だが、反権力の映画作家・黒木和雄作品にはそんな作品はない。もっとも、本作と同時に観た『泪橋』(83年)では、若き日の渡瀬恒彦演じる主人公は10年前の羽田闘争で警察に追われた全共闘学生という設定だったことでわかるように、「全共闘色」がプンプン・・・?そんな「立場」のため、初の時代劇である『竜馬暗殺』(74年)には彼独特の興味深い視点がたくさん含まれていた。
 『浪人街』は、1928年に「日本映画の父」と呼ばれるマキノ省三が監督して大ヒットしたサイレント映画で、「日本映画史上に残る名作」と言われている映画だが、そこに登場する4人の浪人たちの「反権力」の姿は黒木監督にとって魅力的で、映画化(リメイク)するのに格好の素材だったに違いない。私が高校時代にテレビでよく見ていた『三匹の侍』(63~69年)も似たような「反権力」のテイストの浪人を主人公にした物語だったが、さて彼は1928年版をどのようにリメイクして本作を作ったの?また、4人の浪人を演じる俳優には誰を起用したの?

<4人の浪人たちの強烈なキャラに注目!>
 本作のネット評はたくさんあるし、ストーリーは結構複雑だから、ここでは本作のストーリー紹介はしない。本作で目立つのは、何よりも4人の浪人たちのキャラの強さ(濃さ)だ。前述したように黒木監督自身のキャラも濃いが、荒牧源内(原田芳雄)、母衣権兵衛(石橋蓮司)、 土居孫左衛門(田中邦衛)、赤牛弥五右衛門(勝新太郎)という4人の浪人たちのキャラの濃さはずば抜けている。1928年版では片岡千恵蔵ら大スターの集団退社のため、無名の若手俳優を起用したことがかえって浪人街のリアリティを感じさせ、日本全国で大ヒットし、同年のキネマ旬報でベストワンを獲得したそうだ。
 本作にキャスティングされた勝新太郎は別格の大スターだが、原田芳雄と石橋蓮司は「黒木組」常連の看板スターだし、東宝で加山雄三の「若大将」に対して、口をとがらせた「青大将」を演じた田中邦衛の起用もいかにもピッタリだ。もっとも、本作では日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した石橋蓮司のカッコ良さが際立っているのに対し、勝新太郎のカッコ悪さが際立っているのは一体なぜ?それはひょっとして当時話題を呼んだ勝新太郎パンツ事件のせい?そんなことはないだろうが、とにかく本作では勝新太郎演じる赤牛弥五右衛門のキャラの異色さ(いやらしさ?)が際立っている。
 ちなみに、クライマックスで邦画初の「集団殺陣」というジャンルを切り開いたマキノ省三監督の1928年版では、たまりかねた赤牛弥五右衛門が助太刀のために殴り込み、「おのれ裏切ったな!」と叫ぶ旗本たちに対して「馬鹿ァ抜かせ、表返ったのじゃッ!」と答える場面でドッと歓声が上がり、拍手が鳴りやまなかったそうだ。ところが、それに比べると本作では、赤牛弥五右衛門は誰もがあっと驚く「死に方」をするので、赤牛弥五右衛門のハッキリ言って卑屈すぎる態度への賛否を含めて、4人のキャラの濃さに注目!

<浪人たちの出身地は?教養と武芸は?>
 私は昨年12月21日、阪神梅田本店8階催場で「没後20年 司馬遼太郎展『21世紀“未来の街角”で』」を見学し大いに感激した。そこで購入したのが、彼が新聞記者時代に書いた『ビジネスエリートの新論語』。そこでは、「サラリーマンの元祖」として鎌倉幕府の初代別当だった大江広元を登場させ、彼が武士政権の中で生き残ることができた理由は「保身家のくせに遊泳家でなかった」からだと解説した。すなわち、彼は社内遊泳ばかりに気を取られているサラリーマンとは異なり、私利私欲ではなく組織のために尽くすという筋が一本通っていたというわけだ。鎌倉幕府から始まった武家社会において、武士は要するに藩(主)に仕えるサラリーマン。したがって、武士は給料を払ってくれる雇い主(藩主)があってはじめて成り立つ職業なのだ。『三匹の侍』を観ていた頃もそのことがよくわかったが、奇しくも同書を読み、本作を観てあらためてそのことを再確認!
 他方、4人の浪人がしゃべっている言葉(方言)を聞けば、荒牧源内は会津、母衣権兵衛は土佐、 土居孫左衛門は薩摩、赤牛弥五右衛門は大坂の出身だということがすぐにわかる。薩摩、土佐、会津と、幕末から明治維新にかけて大活躍した藩の出身者を3人もそろえているのに、なぜか赤牛弥五右衛門だけは関西弁。これは本作で演じる赤牛弥五右衛門のキャラには長州弁ではカッコ良くなりすぎ、関西弁が最適と判断されたため?それはともかく、本作では母衣権兵衛の武芸のすごさが突出しているが、同時にいかにもカッコ悪い、一見女たらしのように見えながら随所で見せる荒牧源内の知識と教養が目立つし、店で働く女たち(夜鷹たち?)に文字を教える赤牛弥五右衛門の教養の高さも目立っている。
 時代は彼らが生きた数十年後に明治維新を迎えるわけだが、はぐれもののため(もっとも、土居孫左衛門はそうではなく、上司の罪を1人でかぶって浪人になっているらしい)やむをえず浪人となり、日々の金に困っている(もっとも、母衣権兵衛は「試し斬り」というイヤなアルバイトをしているため、飲む金には困らないらしい)彼らの教養のレベルと武芸のレベルについては、さすがと感心!

<2人の女優にも注目!>
 『三匹の侍』にも、藤田まことが主演し続けた『必殺』シリーズにも、「夜鷹」がよく登場していたが、「あの時代」の浪人もの、はぐれもの、アウトサイダーものの映画にキャスティングされる女優陣は、夜鷹という職業がよく似合うようだ。本作で荒牧源内と母衣権兵衛の両方にホレられながら、結局荒牧源内一筋の女(?)お新(樋口可南子)は、昼間から夕方は一膳めし屋(居酒屋)「まる太」で働き、夜は夜鷹をしているらしい。もっとも、ござ1枚で春を売る女たちは大概ババア中心だから、お新クラスになると相場の4倍の100文もするらしいが、さてその値打ちは・・・?
 『戒厳令の夜』(80年)で映画デビューした樋口可南子は、その後『卍』(83年)でのレズビアン役、『ベッドタイムアイズ』(87年)での大胆な濡れ場シーン等で話題をさらい、勝新太郎が監督した『座頭市』(89年)でもヒロインを演じたが、本作ではクライマックスで「牛裂きの刑」に処せられる(かもしれない)ジャンヌ・ダルクなみのヒロインとして登場!その色気はもちろん、小幡七郎右衛門(中尾彬)を代表とする極悪旗本たちに対する抵抗や怒りの面でもトップを切り、十分な存在感を見せてくれるので、それに注目!
 もう1人、毎日けなげに働き、任官にこだわり続ける頼りない兄・土居孫左衛門を励まし、クライマックスでは颯爽と馬に乗って決闘場に駆けつける決断をさせる妹のおぶん(杉田かおる)も、本作では近時のバラエティ番組の熟女ぶり(厚かましさ)とは異質の可憐さをタップリと見せているから、それにも注目!
                               2017(平成29)年1月13日記