日17-45

「グッバイエレジー」
    

            2017(平成29)年3月24日鑑賞<ビジュアルアーツ大阪試写室>

監督・脚本:三村順一
深山晄(映画監督)/大杉漣
井川和代(道臣の妻)/石野真子
山口淳子(<小倉昭和館>の館主)/藤吉久美子
井川道臣(晄の親友)/吉田栄作
虎さん(道臣の面倒をみる漁師)/中村有志
清美(道臣の行きつけのBARの女将)/仁科亜季子
高木(晄の高校時代の親友)/大和田獏
やまだホームのオーナー/森田順平
圭一郎(道臣の息子)/森永悠希
道臣の中学時代/遠藤健慎
晄の中学時代/飛葉大樹
晄の母親/佐々木すみ江
2016年・日本映画・118分
配給/マジックアワー

<故郷、映画館、赤木圭一郎!>
 本作を監督した、福岡県北九州市出身の三村順一は1948年10月13日生まれだから、1949年1月26日に愛媛県松山市で生まれた私と同学年。彼は早稲田大学を中退して映画の道へ進み、私は大阪大学を卒業して弁護士の道へと進んだが、還暦を過ぎたころから故郷を思う気持ちが強くなるのは、私たち団塊の世代に共通のものらしい。
 彼が制作中の映画『花と龍』はかつて何本も制作されているが、私が中学時代に観たかったのは、石原裕次郎が浅岡ルリ子と共演した『花と龍』(62年)。さすがにこれは1人で映画館に行って観ることはできなかったが、本作冒頭に登場する映画館「小倉昭和館」で上映されている、トニーこと赤木圭一郎主演の『霧笛が俺を呼んでいる』(60年)は私も中学時代に観ている。私が故郷松山で通っていたのは日活映画を上映する映画館と洋画専門の映画館の2つで、両社とも3本立て55円だったから、日曜祝日ごとによく通っていた。
 1974年の弁護士登録以降弁護士の世界にどっぷり浸かった私は2001年から映画評論を書くようになったが、それはそんな中学時代からの映画愛に目覚めたためだ。すると、私と同学年で、大学中退以降ずっと映画愛を持って東京の映画界で過ごしてきた三村順一監督が、70歳近くになって、故郷、映画館、赤木圭一郎という3つのキーワードにこだわったのはある意味当然。その結果、本作が完成したわけだが、さてそのきっかけは・・・?

<故郷を見つめ直すきっかけは、幼馴染の死!>
 私たちの時代には集団就職という道があり、北海道や東北地方からは「金の卵」と言われた大量の中卒の若者が東京へ巣立っていった。それに対し、三村順一監督や私そして五木寛之の大河小説『青春の門』の主人公である伊吹信介のように、地方都市から都会の大学を目指した受験生たちは高校を卒業する18才で上京(私は上阪し)、それぞれの道を目指して努力し、それなりの社会的立場についている者が多い。しかし、サラリーマンとしてそれなりに出世した者も60~65歳で定年を迎えるし、弁護士や映画監督のような自由な世界で生きてきた人間(?)も還暦を過ぎ70歳近くになると、地方出身者の多くは故郷(とそこに住む両親やお墓)や幼馴染のことを考え、多少なりとも故郷へのUターンを考えるものらしい。
 『花と龍』は時代劇だから膨大な金が掛かることもあって、約40年ぶりに故郷の小倉に戻った三村順一監督が「北九州フィルムコミッション」や高校の同窓会で「一度みんなで何かやろう」と話が盛り上がる中で考えついたのが本作の企画らしい。その物語の骨格は、映画監督の深山晄(大杉蓮)と、その親友で吉田栄作扮する井川道臣の40数年の人生を描くもの。死んでしまった井川道臣の生き様を振り返り、深山晄の残りの人生をどう生きるかを問いかけるものだ。本作で描かれる井川道臣の生き様のほとんどは「True story」らしいが、井川道臣が殺されてしまうのは、本作の脚本上でのでっちあげ。したがって、スクリーン上で殺されてしまう井川道臣は迷惑かもしれないが、そんな脚本によって①井川道臣とそのその妻・井川和代(石野真子)、②深山晄とその母親(佐々木すみ江)、さらに③「小倉昭和館」を守り続ける館主の山口淳子(藤吉久美子)らを軸とする人間ドラマが重層的に絡み合い、起伏に富んだ濃厚なストーリーが積み上げられていくことに。しかして、三村順一監督(=深山晄)が本作につけたタイトルが『グッバイエレジー』。なるほど、なるほど、こりゃピッタリのタイトルだ。

<トニーに憧れた男の生きザマは?>
 石原裕次郎の映画を観て映画館から出ると、必ず手をポケットに突っ込み、少し片足を引きずり気味にしながら歩いたもの。それは、あの長身で足の長い裕ちゃんこと石原裕次郎独特の歩き方だったから・・・。
 本作冒頭では、『霧笛が俺を呼んでいる』に主演したトニーこと赤木圭一郎に憧れる中学生井川道臣(遠藤健慎)が、親友の晄(飛葉大樹)と共にトニーばりにカッコ良くケンカするシーンが描かれる。「これで俺も映画スターになれる」とは考えず、「映画スターは(しょせん)夢だ」と現実的に割り切った道臣は、中学校を卒業した後船員の世界に入り、漁師の虎さん(中村有志)たちと交流していたのは立派。ところが道臣は、ある日ヤクザの鉄砲ダマとしてうまく使われる中で殺人罪を犯してしまい、小倉の少年院に入れられることに。そんな男は出所した後もヤクザの世界に戻るケースが多いが、その点道臣は立派なもので、組織からのさまざまな誘惑をはねのけて立派に堅気の道を。
 それを支えたのが、道臣の中途半端な求婚を小倉の女らしくきっぱりと受け入れた鉄板屋「和(かず)」の一人娘・井川和代(石野真子)だった。和代との結婚を契機に海から陸に上がった道臣は、漁師をやりつつ不良少年たちを生まないための「夜回り」の仕事をボランティア的に続けていた。「夜回り」の仕事はチンピラやヤクザとの確執を生む危険な仕事だから警察との連携が不可欠だが、道臣の場合は「昔取った杵柄」(?)でケンカも強いから、そこらのチンピラなら自分だけで対処していた。ところが、かつての勢いだけのチンピラで人を刺した道臣のような若者はいつの時代もいるもので、ある日あるケンカを収めた道臣が帰りかけると、トコトン粋がるチンピラが背後からナイフを突きつけてきたから大変。何ともあっけなく、道臣は和代と長男・圭一郎(森永悠希)を残して死んでしまうことに。
 東京での映画撮影中にそんなニュースを新聞で読んだ晄は懐かしさにかられて故郷・小倉へ帰ることになったわけだが、なぜかその最初の帰省先は母親(佐々木すみ江)が住む家ではなく、昔行きつけだった清美(仁科亜季子)が経営するBARに。それは一体なぜ?

<故郷に残る母親と上京した一人息子との確執は?>
 中学時代の親友だった道臣は地元の小倉に残ったが、上京し念願の映画監督になった晄はそれなりの作品を撮って有名になったから、これは道臣の誇りだったらしい。しかし、映画監督はかなりリスクの多いヤクザな職業(?)だから、ある時期晄の監督業は行き詰まり倒産の危機に陥った。そんな時に晄は故郷に戻り母親に応援を頼んだが、母親はハッキリそれを拒否。その後晄は何とか立ち直り健康も回復したものの、これによって母親と一人息子との確執が続くことに・・・。
 そんな事情のため、40年ぶりに小倉に戻ってきた晄は母親の家を訪れず、①まず清美が経営するBARを、次に②道臣の家だった和代が営む鉄板屋「和(かず)」を、続いて③今は淳子が経営している映画館「小倉昭和館」を訪れ旧交をあたためるとともに、道臣の生きザマと死にザマをしっかり聞き、整理していくことに・・・。その中で晄の頭の中で少しずつ構想されてきたのが、道臣の生き方を映画にしたいということだ。そんな思いを抱く中で晄がハラを決めて母親の家を訪ねてみると、意外にも既に90歳となった母親の対応は・・・?
 松山市に住んでいた私の母親は2013年7月16日に90歳で死亡し、父親はつい先日2月20日に102歳で死亡したが、私も両親とはさまざまな確執があり、ほとんど実家に戻ることはなかった。そんな自分の体験があり、現在は松山のお墓や自宅の整理等をやっている最中だけに、本作に見る晄と母親が40年ぶりに再会する姿を見ていると私の気持ちは・・・。本作の親子の物語は「お互い年をとったから・・・」をキーワードとして、すべてがいい方向に収れんしていくから、そりゃちょっとキレイ事すぎるだろうと思いつつ、うらやましい限り・・・。

<昔ながらの映画館の存続は大変!>
 1980年代の中曽根アーバン・ルネッサンスの展開に伴うすさまじい地価高騰は、一方では未曾有のバブル景気を生んだが、他方で「地上げ」という社会問題を発生させた。そんな情勢下で次々と①1987(昭和62)年10月、緊急土地対策要綱、②1988(昭和63)年6月、総合土地対策要綱、③1989(平成元年)12月、土地基本法が制定され、地価上昇は沈静化しストップ、以降デフレ経済に入っていった。こんな土地問題や都市住宅問題は私のライフワークだが、それによって私が松山で通っていた2つの映画館もあっけなくつぶれてしまった。それと同じように、「小倉昭和館」も今は閉館し、おやじも一人娘も連絡がとれないことに・・・。そう思っていると、意外にも昭和館は淳子が館主として頑張っていたから喜ばしい限りだが、昭和館も今は地上げの危機に・・・。
 そんな中、映画監督の晄が突然里帰りしてきたことに淳子は大喜び。晄監督を特集する企画をやることや新作の企画に乗り気になったから、そりゃ晄も渡りに船で大喜び。さらに、晄がバツイチなら淳子もバツイチで、2人のデート(?)中には淳子が独身主義者でないことも告白されたから、この2人の今後の展開はミエミエ・・・?しかして、本作に見るこの2人の人間模様(男女関係)の進展は・・・?

<少し膨らましすぎ?しかしタイトルどおり!>
 映画は時間軸を自由自在に設定できるから便利な芸術だ。本作導入部では、中学時代の晄と道臣が登場し、昭和30年代、40年代の風景を懐かしく描き出してくれる。また、もともと大杉漣と吉田栄作を同級生の設定にするのは少しムリがあり、吉田栄作に失礼だが、チンピラから「じじい!」と罵られながらも、道臣はトニー(赤木圭一郎)が年をとったらこうなるだろうなと思わせるカッコいい「夜回り」役を演じている。他方、本作の主役として終始出ずっぱりの晄を演じる大杉漣は、実年齢相当の本作ピッタリの役を表現力豊かに演じている。映画製作にカネがかかるのは常識だから、たまたま故郷に戻り、親友の死をきっかけとした男の人生ドラマを脚本にまとめ映画をつくろうとしても、それは企画だけで終わるかもしれない。晄が道臣の「お別れ会」で、虎さんのあいさつに続いて語る「スピーチ」はすごく説得力のあるものだが、そこで語る映画の話はあくまで企画にすぎないもの。ところが、本作はホントに実現したからすごい。それは、たまたま三村順一監督の高校の先輩である、株式会社フジコー代表取締役会長の山本厚生氏がエグゼクティブプロデューサーになってくれたことが大きく影響しているようだが、大ヒットしたうえ、第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞等を受賞した片渕須直監督の『この世界の片隅に』(16年)がクラウドファンディング方式による金集めに成功したように、映画づくりのやり方はいろいろある。
 本作には①シネコン全盛時代の今なお二本立て上映など独自の路線で運営を続けている「昭和記念館」、②映画・芸能の貴重な資料を公開している<松永文庫>、③火野葦平と『花と龍』の資料館となっている火野葦平の旧居<河泊洞>等が登場するが、これは福岡県北九州市が「映画の街」であることと、「北九州フィルムコミッション」が優秀な活動をしていることが大きく関連している。これらの「コマーシャル」を含めて、『グッバイエレジー』とタイトルされた本作が描くエピソードは少し膨らましすぎの感もあるが、そのすべては懐かしいものばかりで飽きることはない。本作は故郷の小倉でのすべての出会いを終えた晄が最終稿にタイトルを書き入れるところで終わるから、本当の映画づくりの闘いはこれからだが、それが現実にこんな映画として完成したことに拍手!

<三村順一監督版『花と龍』の完成を期待!>
 石原裕次郎主演の『花と龍』(62年)を中学時代に観たかった私は、結局大学に入ってからそれを劇場で観ることになったが、同作はその後何度もテレビで鑑賞している。火野葦平と太平洋戦争との関係については賛否両論があるが、彼が書いた『花と龍』という小説を、私は中学時代に血湧き肉躍らせながら読んだものだ。私は1966年に中村錦之助の主演で作られた2部作『花と龍』(東映)も観ているが、①藤田進主演の『花と龍』(54年)2部作(東映)、②高倉健主演の「日本俠客伝」シリーズの1つである『日本俠客伝 花と龍』(69年)、『日本俠客伝 昇り龍』(70年)、③渡哲也主演の『花と龍 青雲篇 愛憎篇 怒涛篇』(73年)(松竹)は観ていないので、本作を契機として是非DVDを借りて鑑賞したい。
 原作もの、マンガもの、アニメものが主流で若者向けの映画ばかりが目立っている現在の邦画界では、大型時代劇はもとより『花と龍』のようなヤクザ映画の製作は企画面でも資金面でも難しいが、三村順一監督はそれをじっくり時間をかけて進めているらしい。本作に登場した火野葦平の旧居<河泊洞>には、火野葦平の父親である玉井金五郎が作った「玉井組」のハッピも残されているようだから、是非それを使って本格的かつ現代的な三村順一監督版『花と龍』の完成を期待したい。
                               2017(平成29)年3月29日記