洋17-44

「草原の河(河/River)」
    

            2017(平成29)年3月24日鑑賞<ビジュアルアーツ大阪試写室>

監督・脚本:ソンタルジャ
ヤンチェン・ラモ(娘)/ヤンチェン・ラモ
ルクドル(母)/ルンゼン・ドルマ
グル(父)/グル・ツェテン
2015年・中国映画・98分
配給/ムヴィオラ

<チベット人の若手「第一世代」監督に注目!>
 チベット人の若手監督による映画が、4月29日から岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開!1973年に「草原のチベット」ともいわれるアムド地方、行政区では青海省海南チベット族自治州の同徳県に生まれ、牧畜民の中で育ったソンタルジャ監督は、北京電影学院で学べる奨学金を受けて、幼い頃から夢見た映画の世界に踏み出し、美術監督や撮影監督として働く中でチベット映画人の「第一世代」の重要なメンバーとなり、2011年に初監督作『陽に灼けた道』(10年)を発表した。劇場公開に先立って鑑賞した本作は、そんな彼の長編第2作だ。
 章子怡(チャン・ツィイー)、徐静蕾(シュー・ジンレイ)、周迅(ジョウ・シュン)と並ぶ「中国四大名旦」の一人として有名な安徽省出身の美女・趙薇(ヴィッキー・チャオ)は、北京電影学院の俳優科を卒業した後、長年の夢であった監督業をやるについて同学院の監督科に大学院生として再入学。そして、普通の学生として正規の授業を受けて卒業した後、『So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~(致我們終將逝去的青春)』(13年)(『シネマルーム34』385頁参照)を監督した。これはいかにも1976年生まれの若手女流映画監督らしく明るく楽しい「青春群像劇」だったが、ほぼ同じ世代のチベット人の若手監督ソンタルジャが監督した本作のテイストは?またそのテーマは?

<小さな家族の物語!6歳の女の子が主演女優賞を!>
 本作の注目の的は、本作で本名のまま娘役を演じた、出演時6歳だったというヤンチェン・ラモ。彼女はソンタルジャ監督の遠い親戚で、もちろん映画は初出演だ。しかし、監督に「天性のものを持っている」と言わしめた彼女の撮影は、ほぼ1テイクOKのくり返しだったらしい。そんな天性の演技によって、彼女は本作で第18回上海国際映画祭でアジア新人賞と最優秀主演女優賞を受賞!
 ソンタルジャ監督が本作を企画した出発点は、母親ルクドル(ルンゼン・ドルマ)が2人目の子供を妊娠したため、自分への愛情がお腹の子供に移っていくことに不安を抱く、まだ乳離れできない娘ヤンチェン・ラモと母親との関係を描くことだったそうだから、極めて個人的な体験にもとづく小さな物語。それが少し膨らんで、ヤンチェンが「お父さんはお祖父ちゃんが嫌いなの?」と質問するほど微妙な関係にあるヤンチェンの父親グル(グル・ツェテン)と、多くの人たちから「行者様」と慕われているもののグルと疎遠になっているヤンチェンの祖父との関係も映画の中に描くことになったが、それでも本作は家族だけの小さな物語だ。舞台も、祖父が入院した病院を見舞うシーンで少しだけ「都会」が登場するが、その他はすべてチベットの放牧地のみ。移動手段はもっぱらグルが運転するバイクだ。しかも、本作は中国映画だが全編チベット語での会話だから、多分中国人もその言葉は理解できないだろう。
 そんな映画が、なぜ2015年ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門でのワールド・プレミアに出品されて大好評を?さらに、出演時6歳だったズブの素人のヤンチェン・ラモが、なぜ第18回上海国際映画祭で賞を?

<奥地(?)の四川省や雲南省は映画の宝庫!>
 中国には北京、上海等の大都会があり、そんな大都会を舞台とした映画も多いが、中国奥地(?)の四川省や雲南省を舞台にした映画も多い。中国第六世代監督の旗手である賈樟柯(ジャ・ジャンクー)は、初期の頃は『一瞬の夢(小武)』(97年)(『シネマルーム34』256頁参照)、『プラットホーム(站台)』(00年)(『シネマルーム34』260頁参照)、『青の稲妻』(02年)(『シネマルーム5』343頁参照)等、彼の出身地である山西省の地方都市・大同(ダートン)を舞台にした映画が多かったが、いつの頃からか『長江哀歌(ちょうこうエレジー)(三峡好人)』(06年)(『シネマルーム15』187頁参照)、『四川のうた(二十四城記)』(08年)(『シネマルーム22』213頁)、『山河ノスタルジア(山河故人)』(15年)(『シネマルーム38』220頁参照)等、四川省や長江を舞台とした映画が多くなっている。ちなみに、馮艶(フォン・イェン)監督の『長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語(秉愛)』(08年)(『シネマルーム22』206頁参照)も長江を舞台にした映画だ。
 また、雲南省を舞台とした映画も多い。王兵(ワン・ビン) 監督の『三姉妹~雲南の子(三姉妹)』(12年)(『シネマルーム30』184頁参照)は強烈な問題提起作だったが、「大催涙弾映画」と呼ばれた張加貝(チャン・ジャーベイ) 監督の『さくらんぼ 母ときた道(桜桃)』(07年)(『シネマルーム22』201頁参照)や章家瑞(チアン・チアルイ)監督の『雲南の花嫁(花腰新娘)』(05年)(『シネマルーム20』182頁参照)は涙を誘う素朴な映画だった。

<内モンゴルやチベットも映画の宝庫!>
 他方、内モンゴルやチベット(の貧しい村)を舞台にした素朴な映画も多い。まず、内モンゴルを舞台にした、寧才(ニンツァイ)監督の『白い馬の季節(季風中的馬)』(05年)(『シネマルーム17』375頁参照)や王全安(ワン・チュアンアン)監督の『トゥヤーの結婚(图雅的婚事)』(06年)(『シネマルーム17』379頁参照)は、素朴ないい映画だった。ちなみに、内モンゴル出身の監督には、①『幸せの絆(暖春)』(03年)(『シネマルーム17』180頁参照)の烏蘭塔娜(ウーラン・ターナ)監督、②『胡同の理髪師(剃頭匠)』(06年)(『シネマルーム17』409頁参照)の哈斯朝魯(ハスチョロー)監督、③『白い馬の季節(季風中的馬)』(05年)(『シネマルーム17』375頁参照)の寧才(ニンツァイ)監督等がいる。
 次に、チベットを舞台にした映画も多い。ブラッド・ピットが主演したハリウッド映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(97年)は大きな社会問題提起作だったが、そこでも描かれていたダライラマ14世をめぐる中国とチベットとの対立は、今なお大きな政治的テーマになっている。近時のチベットを舞台とした映画には、陸川(ルー・チューアン)監督の『ココシリ』(04年)(『シネマルーム10』242頁参照)や張楊(チャン・ヤン)監督の『ラサへの歩き方 祈りの2400km(冈仁波齐)』(15年)(『シネマルーム38』225頁参照)等がある。
 しかして、本作はチベット人監督によるチベットの家族を描いた映画だが、さてそこに描かれるチベットの風景と遊牧民たちの生活は?

<素朴さが一番!それを本作でタップリと!>
 1980年代に「中国第五世代監督」である陳凱歌(チェン・カイコー) 監督の『黄色い大地(黄土地)』(84年)(『シネマルーム4』12頁参照)と張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『紅いコーリャン(紅高梁)』(87年)(『シネマルーム4』16頁参照)から始まった「中国映画ニューウェーブ」は、その後大きく変容しながら全世界に広がった。そして、「午前10時の映画祭」への登場を見てもわかるとおり、日本人に今なお最も親しまれている中国映画は、張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『初恋のきた道(我的父親母親)』(00年)(『シネマルーム3』62頁参照)と霍建起(フォ・ジェンチイ)監督の『山の郵便配達』(99年)(『シネマルーム1』56頁参照)の2本。この両作は、日本では失われてしまった素朴さが、今なお懐かしまれているわけだ。
 中国は今や政治、経済、軍事的にアメリカに対抗しうる唯一の大国になったし、映画の世界でも立派にアメリカに対抗しているが、その反面「失われたもの」も多い。しかし、チベット映画人の「第一世代」となるソンタルジャ監督が演出する全編チベット語による本作は素朴そのもの。妊娠した母親ルクドルとまだ乳離れしていない6歳の少女ヤンチェンの微妙な心の動きはソンタルジャ監督ならではの繊細な視点だが、「行者サマ」と呼ばれるグルの父親とグルとの父子関係の微妙さは男の私にもよく理解できる。本作が描くそんな小さな家族2つのテーマは万国共通の素朴なものだ。
 本作で描かれるチベットの風景は日本の都会生活では絶対にお目にかかれないもの。そうだからこそ、その中における微妙な母子関係と父子関係における素朴な感情の動きを、これまで見たことのないチベットの遊牧地の生活ぶりとその舞台の風景の中でタップリと味わいたい。
                               2017(平成29)年3月28日記