洋17-39 (ショートコメント)

「マン・ダウン 戦士の約束」
    

                  2017(平成29)年3月14日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:ディート・モンティエル
ガブリエル・ドラマー(米軍の海兵隊員)/シャイア・ラブーフ
ナタリー・ドラマー(ガブリエルの妻)/ケイト・マーラ
デビン・ロバーツ(海兵隊員)/ジェイ・コートニー
ペイトン大佐/ゲイリー・オールドマン
チャールズ/クリフトン・コリンズ・Jr.
ミラー/トリー・キトルズ
ジョナサン・(ガブリエルとナタリーの一人息子)/チャーリー・ショットウェル
2015年・アメリカ映画・91分
配給/アルバトロス・フィルム/クロックワークス

◆アメリカが「世界の警察官」として行ったアフガン戦争やイラク戦争には国内外からの批判がある上、帰国した兵士たちの多くが戦場と平和な日常との極端な違和感のためにPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しむことが大きな社会問題になっている。それをテーマとして取り上げた映画が、クリント・イーストウッド監督の『アメリカン・スナイパー』(14年)(『シネマルーム35』24頁参照)やトミー・リー・ジョーンズ主演の『告発のとき』(07年)(『シネマルーム19』260頁参照)、ジェームズ・C・ストラウス監督の『さよなら。いつかわかること』(07年)(『シネマルーム19』255頁参照)等だ。
 本作もそんなテーマの映画だが、「あらゆる意味でインディーズ映画として、24日間という撮影期間に、少数精鋭のプロデューサーたちと1台のカメラで走り回って、目にしたものを撮影した」という本作は、あっと驚く視点からそんな問題を映像化した異色作だ。本作を見れば、なるほどその狙いは十分理解できるがさてその成否は・・・?

◆愛する妻ナタリー(ケイト・マーラ)と一人息子ジョナサン(チャーリー・ショットウェル)を残してガブリエル・ドラマー(シャイア・ラブーフ)は海兵隊員としてアフガニスタンに出征していくことに。海兵隊での過酷な訓練ぶりはデミ・ムーアが女性兵士に扮した『G.I.ジェーン』(97年)等で有名だが、それを耐えてこそアフガニスタンの戦場で兵士として働けるもの。『アメリカン・スナイパー』や『ハート・ロッカー』(08年)(『シネマルーム24』15頁参照) では英雄的な米軍兵士の活躍ぶりが描かれたが、インディーズ映画で上映時間91分の本作ではそれはほとんど描かれない。そしてアフガニスタンでの過酷な任務が終了し、やっと帰還できるようになったところから本格的ストーリーが始まっていく。それは一体なぜ?

◆帰るのは妻子が待つ懐かしい故郷のまち。当然ガブリエルはそう考えていたが、行動を共にする海兵隊員デビン・ロバーツ(ジェイ・コートニー)と共に帰ってきた故郷は、「荒れ果てた街。消えた人々」だったからアレレ・・・?「この絶望に満ち溢れた世界は、終末を迎えたの・・・?」本作のチラシにはそんな刺激的な文言が躍っていたが、それって一体ナニ?
 本作は帰還したガブリエルがデビンと共に荒廃した街で妻子の行方を探し始めるストーリーと、ペイトン大佐(ゲイリー・オールドマン)から「事情聴取」を受けるストーリーが平行しながら進んでいくがこれも一体ナニ?
 ブルース・ウィリスが主演した『シックス・センス』(99年)は、「実は主人公は幽霊だった」という謎にいつ気づくかが大きなポイントだったがさて本作のポイントは?

◆アフガニスタンでの任務を終えてやっと故郷に帰ってきたのに、故郷が「荒れ果てた街」となり、人々が消え去り、妻子もいなくなってしまったのは、ひょっとしてアメリカ本土がアフガニスタンやその支援国から報復を受けたため・・・?一方ではそんな現実論(?)も頭に浮かんでくるが、本作のストーリーがそんなものでないことは明らかだ。
 ちなみに、2月19日に観た婁燁(ロウ・イエ)監督の『ブラインド・マッサージ(推拿)』(14年)は視覚障害者の目線を強く意識したため(?)スクリーン自体をぼやかした映像が強烈な印象を残したが、さて本作で私たちが見ているスクリーンは誰の目線?デビンと共に妻子を捜し求める中で、ガブリエルが見聞している風景は、どこまでがホンモノで、どこまでがガブリエルの幻想・・・?
 ある日、遠くの建物から息子のジョナサンが何者かに連れさられているのを発見したガブリエルはその後をつけ、ジョナサンとナタリーを救出しようと懸命になったのは当然だが、さて本作のラスト7分46秒に見る驚愕の展開とは?
                               2017(平成29)年3月17日記