洋17-34

「はじまりへの旅」
    

                       2017(平成29)年3月9日鑑賞<松竹試写室>

監督・脚本:マット・ロス
ベン(6人の子供の父親)/ヴィゴ・モーテンセン
ジャック(ベンの妻レスリーの父親)/フランク・ランジェラ
ボウドヴァン(ボウ)(長男、18歳)/ジョージ・マッケイ
キーラー(ヴェスパーと双子の姉妹、15歳)/サマンサ・アイラー
ヴェスパー(キーラーと双子の姉妹、15歳)/アナリス・バッソ
レリアン(次男、12歳)/ニコラス・ハミルトン
サージ(三女、9歳)/シュリー・クルックス
ナイ(三男、7歳)/チャーリー・ショットウェル
クレア(ボウが知り合う美少女)/エリン・モリアーティ
ハーパー(ベンの妹)/キャスリン・ハーン
デイヴ(ハーパーの夫)/スティーヴ・ザーン
2016年・アメリカ映画・119分
配給/松竹

<子育ては大自然の中で!それが憧れだが・・・>
 わんぱくでもいい、子供は元気で丈夫に育って欲しい。そのためには、子どもは大自然の中で育てるのが一番。子を持つ父や母はおおよそ誰でもそう考えているが、現実は両親の仕事や幼稚園、保育園、そして義務教育等の制約の中、多くの人はがんじがらめの社会システムの中に組み込まれてしまっている。さらに、テレビ番組の氾濫、スマホやゲームを中心としたSNS社会への突入など、現在の子供の生活環境や教育環境は大きく変化し、その弊害の大きさが目立っている。ところが、そんな今の時代でも、ベン(ヴィゴ・モーテンセン)とその6人の子供たちは、どこを見渡しても雄大な自然が広がるアメリカ北西部の、電気やガスはおろか、携帯の電波さえ届かない大森林の中で、自給自足のサバイバル生活を送っていた。
 本作の脚本を書き、監督したのは、米バラエティ誌が選ぶ「2016年注目の監督10人」に選ばれ、本作で第69回カンヌ映画祭「ある視点」監督賞を受賞した、1970年生まれのマット・ロス。本作の脚本は「僕の母は普通とは違った生活環境に興味を持っていた。僕自身、子供の頃に北カリフォルニアとオレゴンのコミューンで生活し、テレビや最新テクノロジーのない人里離れた場所にいたんだ」と語る彼自身の体験を踏まえて書かれたものらしい。彼は本作の脚本を書くにあたり、現代のアメリカで親になることについての疑問に正面から向き合ったそうだから、あらゆる犠牲を払って子育てする本作の主人公ベンは彼にとって憧れでもあるそうだ。なるほど、なるほど・・・。日本でも都会を離れて田舎暮らしに憧れる人が多いから、ベンのような生活に夢を見い出す人は多いだろうが、さて本作に見る、子育てに人生を捧げた父親と6人の子供たちのサバイバル生活は?

<大自然での生活は過酷!子供たちの教育は?>
 私は事前にそんな本作のストーリーの大枠を知っていたが、本作冒頭、長男のボウドヴァン(ボウ)(ジョージ・マッケイ)がいきなり生きた鹿に襲い掛かり、ナイフでその首を掻っ切るシーンを見てビックリ!ベトナム戦争の狂気をえぐり出したフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(80年)では、川の中に身を隠した主人公が突如泥だらけの顔で姿を見せるシーンや原住民が牛の首を切り落とすシーンに驚かされたが、それを彷彿させるすごいシーンだ。日本では今、矢口史靖監督の『サバイバルファミリー』(17年)が公開されているが、それとは全然レベルが違う、本作冒頭に見る「サバイバル」生活の過酷さにビックリ!
 今や日本の学校では、鉛筆を削るのにナイフを使うことを禁止したり、ケガを恐れるあまり鉄棒や跳び箱等もやめてしまったりしているが、ベンたちの大森林の中での生活は生きるための闘いの連続。したがって、ロック・クライミング中に誤って指をケガしても、そこからの脱出は自力のみ。キャッシュ家では三女サージ(シュリー・クルックス)や末っ子ナイ(チャーリー・ショットウェル)への誕生日プレゼントも、サバイバル生活に不可欠なナイフというから徹底している。そのため、6人の子供たちはナイフ1本で生き残る術まで身につけているほど身体能力は抜群だがさて学力の方は?
 本作を見ていると、それも全くノープロブレムだ。18歳の長男ボウドヴァン、15歳の双子姉妹キーラー(サマンサ・アイラー)とヴェスパー(アナリス・バッソ)、12歳の次男レリアン(ニコラス・ハミルトン)、9歳の三女サージ、そして7歳の末っ子ナイは学校に通わずとも、先生変わりのベンの熱血指導のもと、古典文学や哲学を学び、6ヵ国語をマスターしているというからすごい。ちなみに本作のプレスシートには、キーワードとして①ノーム・チョムスキー、②ロリータ、③銃・病原菌・鉄、④権利章典、⑤バッハ ゴールドベルク変奏曲(グレン・グールド版)、⑥スポック博士、⑦国家、が解説されているが、さてあなたはこれらについてどこまで説明できる?私は②ロリータ、④権利章典、⑤バッハ ゴールドベルク変奏曲(グレン・グールド版)、⑦国家、はある程度説明できるが、それ以外の①ノーム・チョムスキー、③銃・病原菌・鉄、⑥スポック博士、については全く知らなかった。しかし、何と6人の子供たちはベンの授業によってこれらすべての知識を・・・。

<本作中盤は風変りなロードムービーに!>
 ベンたちが生活しているのはアメリカ北西部のワシントン州にある大森林の中だが、本作中盤のストーリーは入院していた母親レスリーの死亡を聞かされたベンと6人の子供たちが“スティーブ”と名付けたバスに乗ってカスケード山脈を出発し、オレゴン州を海岸沿いに南下し、レスリーの葬儀が行われるニューメキシコ州ラスクルーセスまで出かける2,400キロのロードムービーとなる。本作は全体を通じて何とも風変りな映画だが、ベンと6人の子供たちがニューメキシコ州ラスクルーセスに向かった目的は仏教徒だったレスリーを教会から“救出”することというからそりゃ一体ナニ?その救出ミッションの内容は?
 それが本作ラストのテーマになるが、本作中盤のロードムービーで描かれる挿話の1つは、“食べ物を救え!”作戦の実行。子供たちははじめて入ったダイナーの中で、ホットドッグやハンバーガーに目を輝かせたが、コーラを“毒液”と見なすベンは何も注文せず店を出てしまったからアレレ・・・。その挙げ句に、ベンはスーパーマーケットに入って“食べ物を救え!”作戦を実行したが、それって一体ナニ?こりゃちょっとヤバイのでは・・・?
 もう1つ面白い挿話は、ハイウェイを走り続けた一家がキャンプ場に泊まった夜、ボウドヴァンが美少女クレア(エリン・モリアーティ)との間で展開する一晩限りの恋物語。女の子の苦手なボウドヴァンがそこでとったあっと驚く行動とは・・・?

<子供の教育についての妹の意見は?>
 現在「全国版」として大問題になっている、大阪府豊中市に小学校の建設を計画していた学校法人「森友学園」の籠池泰典理事長が見せた教育方針も特異だが、6人の子供たちに対するベンの教育方針も特異。アメリカでも小学校、中学校は義務教育だから、それを無視すれば「犯罪」だが、ベンは自分が教師だと主張しているし、現にその職務を立派に全うしている。その結果、前述のとおり6人の子供たちは学力も身体能力も同世代の子供たちに比べれば抜群のレベル。長男のボウドヴァンに至っては、(ベンに内緒で)いくつもの一流大学に合格するほどの秀才に育っていた。
 しかし、旅の途中でベンの妹ハーパー(キャスリン・ハーン)とその夫デイヴ(スティーヴ・ザーン)の自宅に泊まりディナーになると、ハーパー夫妻の子供たちに比べて、ベンの子供たちの特異性がクッキリと!ベンの子供たちの「特異ぶり」を見たハーパーは、ベンに対して「子供たちは学校へ行くべきよ」と意見したが、それに対してベンは双方の子供を呼んで、「権利章典とは?」と尋ねると、双方の子供たちの知識の差は歴然。そのためハーパーはそれ以上意見できなくなったが、それはベンの教育方針を承認したものでないことは明らかだ。ベンはホントに子供たちの教育方針についての妹からの善意の意見(アドバイス)を無視していいの・・・?

<葬式は土葬?火葬?祖父との「対決」の行方は?>
 ニューメキシコ州ラスクルーセスに到達したベンたちの「ミッション」は、レスリーの葬儀が進行している教会に乗り込み、キリスト教にのっとった埋葬を阻止し、仏教徒であったレスリーの遺言に則って火葬にし、その遺灰を水洗トイレに流すこと。そのためには土葬されるはずのレスリーの遺体を奪って火葬しなければならないがそんなことが可能なの?
 真っ赤なスーツに身を包んだベンとそれぞれ工夫を凝らしたド派手な服装の6人の子供たちが教会の中に乗り込んでくるのを見た神父さんはビックリだが、葬儀委員長になっていたレスリーの父親、つまり6人の子供たちの祖父であるジャック(フランク・ランジェラ)はベンに対する怒りを隠さず猛反発!その結果、ベンたちは葬儀への出席を拒否されたばかりか、ジャックから「子供たちの養育権を法的に争う」と宣言されたからベンは大変だ。
 他方、そんな状況下、次男のレリアンははじめて従来の父親の教育方針への猛反発を見せ、祖父の家に残ると言い始めたから大変。また、長男は密かに母親の支援を受けて大学進学への夢を着々と実行していたことを告白。さらに、「レスリーの遺体を奪うミッション」を遂行する中で双子姉妹の一人ヴェスパーが大ケガを負ったためベンは窮地に。しかして、子供たちの養育をめぐるベンと祖父ジャックとの「対決」の行方は・・・?

<ヴィゴ・モーテンセンの演技と子供たちの奮闘に拍手!>
 ベン役を演じたヴィゴ・モーテンセンは『ロード・オブ・ザ・リング(第1部)ー旅の仲間ー』(01年)(『シネマルーム1』29頁参照)、『ロード・オブ・ザ・リング(第2部)ー二つの塔ー』(02年)(『シネマルーム2』54頁参照)、『ロード・オブ・ザ・リング(第3部)ー王の帰還ー』(03年)(『シネマルーム4』44頁参照)のアラゴルン役で高い評価を受け、『イースタン・プロミス』(07年)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた(『シネマルーム19』199頁参照)名優。そんな彼が、本作前半ではひげぼうぼうの野性味あふれる姿で登場する一方、6人の子供たちの教師としてあらゆる方面に博識な父親像を見事に演じている。ところが、ラストに至って、それまでの特異な教育方針が一転して窮地に陥ると、自らひげをキレイに剃って大変身!そして、レスリーの遺灰を水洗トイレで流すという「ミッション」を達成した後、ベンはボウドヴァンの大学進学を認めた他、子供たちの養育権もジャックに委ねることに・・・。そんな中でいったんは心が離れかけていた次男レリアンとベンとの絆は・・・?
 冒頭に見たベンたち家族の自給自足のサバイバル生活は過酷なものに思われたが、本作ラストで再度見られる雄大な自然の中でのベンたち家族の生活はすごく楽しそう。遠くの大学に旅立った長男のボウドヴァンはいなくなったものの、今後はベンと5人の子供たちは文明社会と雄大な大自然をバランスよく使い分けていくことができるのでは・・・。『サバイバル・ファミリー』では「外部の要因」によって主人公たち家族の生活は東京で復元できたが、本作に見るベンたち家族は自力で文明や大都会を学びかつ家族の危機を克服したから万々歳!第89回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたヴィゴ・モーテンセンの演技と6人の子供たちの奮闘に心からの拍手を送りたい。
                                  2017(平成29)年3月13日記