日17-2

「竜馬暗殺」
    

                      2017(平成29)年1月3日鑑賞<シネ・ヌーヴォ>

監督:黒木和雄
坂本竜馬/原田芳雄
中岡慎太郎(陸援隊隊長)/石橋蓮司
幡(遊女)/中川梨絵
右太(幡の弟、中村半次郎の配下の暗殺者)/松田優作
妙(近江屋の娘)/桃井かおり
富田三郎(新撰組隊士、幡の客)/粟津號
藤吉/野呂圭介
大久保利通/田村亮
中村半次郎(薩摩藩士・暗殺者)/外波山文明
岩倉具視/山谷初男
近江屋新助/天坊準
叶屋市兵衛/田中春男
密偵・梅/平泉征
密偵・松/石井宣一
密偵・桜/伴勇太郎
陸援隊士・野田/秋元健
陸援隊士・西野/西村克己
陸援隊士・中西/赤石武生
老姿/田中筆子
公家の妻/川村真樹
1974年・日本映画・118分
配給/ATG

<1974年のATGの話題作を今やっと鑑賞!>
 1974年と言えば、私が弁護士登録をした年。そんな時期の私に映画館に行って映画を観る暇など全くなかったのは当然だ。他方、1974年当時斜陽産業化していた日本映画界は、一方では日活ロマンポルノが席巻していたが、他方では従来の商業主義に反発するATG(日本アート・シアター・ギルド)のような映画づくりの手法が生まれていた。
 学生運動が下火になる中で反権力を貫き、問題提起作を作り続けた黒木和雄監督の『竜馬暗殺』という興味深い映画が公開されていることは当時の私もよく知っていた。そんな映画を弁護士登録42年後の今はじめて鑑賞できたのは、シネ・ヌーヴォが「没後十年 黒木和雄映画祭」を開催してくれたおかげだが、同作で竜馬を演じた原田芳雄も右太を演じた松田優作も既に他界。3人の主役のうち今なお異才を放つ俳優として生き残っているのは石橋蓮司ただ一人だ。もっとも、本作冒頭に初々しい娘役で登場する桃井かおりは、年を経たとはいえ、今なお美しい裸の背中のラインを見せるCMで頑張っているから、女優はすごい。とまあ、映画の中身にはいる前にそんな感慨が・・・。

<竜馬像あれこれ!本作の竜馬像の異色さに注目!>
 坂本竜馬を主人公にした小説や映画のドラマは多い。最もオーソドックスな小説は司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』(63~66年)。NHK大河ドラマでは北大路欣也主演の『竜馬がゆく』(68年)と福山雅治主演の『龍馬伝』(10年)が最もオーソドックスで、いずれも竜馬はカッコ良く描かれていた。
 そんな竜馬像に対して、私がメチャ面白いと思ったのは、自らのグループを海援隊と名付けたほどの無類の竜馬ファンである武田鉄矢が念願の竜馬役を演じた、日本テレビの『幕末青春グラフィティ 坂本竜馬』(82年)。そこでは「青春グラフィティ」とタイトルされていたとおり、田舎のガキ大将のようなハチャメチャな竜馬像が強烈だった。しかして、チラシに「黒木の最高傑作とも言える一本。」と書かれている本作も、冒頭の雨の中での「引っ越しシーン」からして、原田芳雄演じる竜馬像は極めて異色だ。
 江戸の千葉道場で北辰一刀流の免許皆伝の腕前を持つ竜馬が、「刀をさして歩くと腰が痛くてかなわん。こいつが一番だ」と言いながら、懐から出してきた拳銃はホントに使いものになるのかどうかわからない代物であるところも面白い。そんな導入部でのギャグめいたシーンが、後の「竜馬暗殺」の際の舞台設定の大きな伏線となるから、笑い飛ばさずこんなシーンもしっかりその意味を確認しておきたい。
 それはともかく北大路欣也や福山雅治が演じた何ともカッコ良い竜馬像とは正反対の、本作で原田芳雄が演じた小汚く、だらしなく、そして女たらしの竜馬像に注目!

<「内ゲバ」は今や死語・・・ナリ>
 モノクロのスタンダードサイズで撮影された本作はアップも多く劇画タッチのような迫力があるが、節目節目でスクリーンいっぱいに映し出されるインパクトのある字幕がサイレント映画のような効果と本作に込めた黒木監督特有の視点を示してくれる。冒頭に雨の中を竜馬が、海援隊が常宿としている酢屋から近江屋の土蔵へ大小の刀だけを抱え、着物一枚で尻を見せながら走って引っ越したのは、暗殺の危険から身を守るためだ。
 慶応2年(1866年)1月の寺田屋事件で竜馬によって何人かの隊士が殺された新撰組が血眼になって竜馬を捜していたのは当然だが、本作がユニークなのは何と竜馬の盟友で無二の親友だとばかり思っていた陸援隊隊長の中岡慎太郎(石橋蓮司)も竜馬の暗殺を狙っているらしいこと。ええっ、それって史実としてどうなの?黒木監督が本作で勝手にひねり出した解釈なの?さらに「竜馬もの」や「新撰組もの」で必ず助演男優賞候補として登場する(?)のが、「人斬り以蔵」こと岡田以蔵だが、本作がユニークなのは、近江屋の向かいに住む遊女・幡(中川梨絵)の弟である右太(松田優作)が薩摩に雇われた暗殺者(人斬り)として竜馬の命を狙っているという設定にしていることだ。
 このように本作は「幕末もの」について持っているオーソドックスな知識とはほど遠い設定で、慶応3年11月13日から15日までの竜馬暗殺に至る3日間をフォーカスしていくが、その展開はそりゃユニーク。そんな導入部の後には「侍たちの内ゲバ、日常茶飯事・・・ナリ」との字幕がスクリーンいっぱいに広がるからなるほど、なるほど・・・。もっとも、2017年の今はじめて本作を観る20歳前後の若者には、そもそも「内ゲバ」という言葉自体がわからないだろう。すると、42年後の今本作を上映するについては、「『内ゲバ』」は今や死語・・・なり」のコメントが必要かも・・・。

<竜馬はただのホラ吹き?竜馬が語る理想の現実性は?>
 幕末もの、明治維新ものでは優秀な若者がゴマンといる中、坂本竜馬がダントツ人気なのは何よりも「船中八策」に代表されるような従来の枠組みにとらわれない竜馬の独創性と拳銃や革靴、そして蒸気船をいち早く取り入れた先取の精神が顕著なためだ。他方、政治的には土佐の山内容堂を説き伏せて「公武合体論」という現実路線を選択させながら、他方で一民間人にすぎないリンカーンがアメリカの大統領になったことに驚き、町人(一般国民)が入札(民主主義的選挙)で将軍(大統領)になれるという制度に憧れを抱く理想主義の両面を併せ持っていることだ。
 本作では暗殺から逃れるため、土蔵の中に閉じこもってイライラする中で向かいの遊女・幡に手を出すどうしようもない31歳の若者・竜馬の姿を等身大で見せてくれるが、中岡慎太郎との会話においては、随所に政治面における竜馬の現実論と理想論の両者が見えるのでそれに注目!8年前の2009年1月20日の就任式でオバマ大統領は「核のない世界」を訴えて全世界の拍手を得たが、さてその理想は今どうなっているの?他方、「俺が大統領になれば、メキシコとの国境に壁を作る」と宣言して大統領選に勝利したトランプ新大統領は、1月20日の就任式後ホントに壁を造るの?
 そんな昨今の現実と対比しながら、本作で竜馬が語る現実論と理想論の両者をしっかり検証したい。まずは薩長に徳川幕府を倒させ、その後海援隊と陸援隊で薩長を倒すと語る竜馬は、ただのホラ吹き?そんな竜馬が語る理想の現実性は・・・?

<ええじゃないか運動と娼婦・幡の意味は?>
 本作では一貫して、群集たちが「ええじゃないか!ええじゃないか!ええじゃないか!」と唱えながら京都の町を練り歩く「ええじゃないか運動」の盛り上がりぶりが大きく描かれる。竜馬と慎太郎そして右太との「対決」は点として断片的に描かれているが、慶応3年11月13日から15日までの3日間にわたって線として動いているのは、この「ええじゃないか運動」だ。
 他方、竜馬も慎太郎も新撰組もレッキとした歴史上の存在だが、言い寄ってくる新撰組隊士・富田三郎(粟津號)を土蔵の上から突き落として殺してしまう一方、竜馬とは懇ろになる娼婦・幡は歴史上ホントに存在したのかどうかすら怪しい女にすぎない。現に竜馬に追っ手が迫り、土蔵に入り込もうとする彼らの姿を目撃した幡は、寺田屋事件における竜馬の恋人・お龍が素っ裸で風呂場から飛び出して竜馬を救ったのとは正反対に、幡は追っ手に対して「竜馬がいるのはこちらだよ」と教えてやるから、アレレ・・・。この娼婦は一体ナニを考えているの?桃井かおりは少ししか登場しないが、幡を演じる中川梨絵は3人の主役と並ぶほど出番が多いし、大きな存在感を発揮するので、それに注目!
 新撰組に狙われた時に「ええじゃないか運動」に助けられた竜馬や慎太郎も、暗殺者に襲われたこの時だけは刀と拳銃を床の間に置いていたため、暗殺者の乱入になす術もなかったのは運が悪かったとしか言いようがない。当然のように暗殺者は幡も殺そうとしたが、幡は2階からええじゃないか運動の群れの中に飛び込んで逃げたため、間一髪セーフ。しかして、本作において黒木監督は、ええじゃないか運動や娼婦・幡に一体どんな意味を与えようとしたのだろうか?
 ちなみに、黒澤明監督の『七人の侍』(54年)では農民たちとの「用心棒契約」でカネをもらって野盗から村と農民を守った侍たちは、リーダーの島田勘兵衛と七郎次の2人以外は死んでしまったが、侍を目指した百姓上がりの三船敏郎演じる菊千代は生き残り、村の女と結婚することになった。そのため、「勝ったのは侍ではなく、あの百姓たちだ」との有名なセリフが大きな意味を持ったが、本作もそれは同じ?

<今日の改革は?今日の坂本竜馬は今どこに?>
 坂本竜馬の最大の功績とされているのは、彼の仲介によって「薩長同盟」を成立させたこと。それによって時代は薩長同盟による討幕の闘いに移ったが、その「内戦」が長引けば、日本はイギリス、フランス、ロシア、アメリカ等、日本の植民地化を狙う西欧列強の格好の餌食になっていたはず。それを阻止し、明治維新を「無血革命」たらしめたのは、西郷隆盛と勝海舟の話し合いによる「江戸城無血開城」だ。その後、竜馬の「船中八策」を土台にした「五箇条の御誓文」を軸として成立した明治政府は、本作に見た竜馬の「策謀」とは異なり、薩長独裁体制下での諸改革が進められた。そして、士族の代表として明治政府に反旗を掲げた西郷隆盛が「西南の役」(1877年)で死亡したことによって明治維新は終わりを告げ、以降今日まで約150年間が続いている。
 戦後70年を経て民主主義が定着し、一見平和で安全な日本国が築かれているようだがその内実は危ういものがある。平成の時代も終わりが近づき、少子高齢化が急速に進む今、あらゆる分野での改革が必要なことは明白だ。本作を観る限り、坂本竜馬が理想的な人物像と言えないことは明らかだが、本作のように多少荒削りでも、また女たらしでも、改革の意欲に満ちた若者が必要なことは明らかだ。あるべき改革を構想し、あるべき日本の理想を語り、先頭に立ってその戦いを実践していく今日の坂本竜馬は、今一体どこにいるのだろうか?
                                  2017(平成29)年1月10日記