洋17-24

「マグニフィセント・セブン」
    

               2017(平成29)年2月11日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:アントワーン・フークア
サム・チザム(賞金稼ぎ、元北軍騎兵隊隊員、委任執行官)/デンゼル・ワシントン
ジョシュ・ファラデー(ギャンブラー)/クリス・プラット
グッドナイト・ロビショー(スナイパー、元南軍兵士)/イーサン・ホーク
ジャック・ホーン(ハンター、孤独なマウンテンマン)/ヴィンセント・ドノフリオ
ビリー・ロックス(暗殺者、東洋人ガンマン)/イ・ビョンホン
バスケス(流れ者、メキシコ人アウトロー)/マヌエル・ガルシア・ルルフォ
レッドハーベスト(戦士、コマンチ族の若者)/マーティン・センズメアー
エマ・クレン(マシューの妻)/ヘイリー・ベネット
バーソロミュー・ボーグ(サクラメントの横暴な資本家)/ピーター・サースガード
テディ・Q(ローズ・クリークの若者)/ルーク・グリメス
マシュー・クレン(ローズ・クリークの住民)/マット・ボマー
2016年・アメリカ映画・133分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

<七人のガンマンのリーダーは?構成は?>
 黒澤明監督の名作は、『姿三四郎』(64年)をはじめとして、『椿三十郎』(07年)(『シネマルーム16』27頁参照)、『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』(08年)(『シネマルーム19』163頁参照)等がリメイクされているが、さすがに日本では『七人の侍』(54年)はリメイクされていない。ところが、米国では『荒野の七人』(60年)、『続・荒野の七人』(66年)、『新・荒野の七人 馬上の決闘』(69年)、『荒野の七人・真昼の決闘』(72年)と立て続けに計4本もリメイクされている。そして、今般新たに『七人の侍』と『荒野の七人』の2本の原案へのリスペクトあふれる本作が登場!もっとも私は、『荒野の七人』が4本もあったことを知らず、ユル・ブリンナーがリーダーのクリス役を演じた『荒野の七人』と『続・荒野の七人』しか観ていない。
 本作のパンフレットには神武団四郎氏(映画ライター)の「西部劇の金字塔『荒野の七人』シリーズ紹介」があり、リーダーの変更を含めて七人のガンマンたちの変遷が描かれているが、そこで興味深いポイントは第1にどんなリーダーで、どんな構成になっているかということだ。そんな視点で本作を見ると、七人のガンマンたちの構成が大きく変化していることがよくわかる。
 本作の第1の注目点は、リーダーが黒人ガンマンであるサム・チザム(デンゼル・ワシントン)になっていること。そして、リーダー以外の6人のガンマンたちを見ても、白人は①2丁拳銃の使い手である、ギャンブラーのジョシュ・ファラデー(クリス・プラット)、②ウィンチェスターライフルを愛用するスナイパーで、キザな元南軍兵士のグッドナイト・ロビショー(イーサン・ホーク)、③通常よりも銃身の長いウィンチェスターM1873ライフルを携帯するマウンテンマンのジャック・ホーン(ヴィンセント・ドノフリオ)の3人だけ。他の3人は、④早撃ちの名手兼ナイフの名手ビリー・ロックス(イ・ビョンホン)は東洋人ガンマン、⑤ファラデーと同じく2丁拳銃の使い手であるバスケス(マヌエル・ガルシア・ルルフォ)は500ドルの賞金をかけられたメキシコ人アウトロー、⑥銃よりも弓矢を得意とするレッドハーベスト(マーティン・センズメアー)は誇り高きコマンチ族の戦士だ。
 『七人の侍』のリーダーだった勘兵衛と「七人の侍」の構成メンバーも興味深かったが、本作では『荒野の七人』シリーズのリーダーとその構成メンバーとの対比で、その今日的特徴をしっかり押さえたい。

<オバマ大統領の時代に公開していれば・・・?>
 本作がアメリカで公開されたのは2016年9月だが、日本での公開は2017年1月。久々の大型西部劇でエンタメ性タップリだから、大ヒットまちがいなしと私は考えていたが、意外にも興行収入はイマイチ?しかしてその原因は?
 映画冒頭一人で馬に乗ってアマドール・シティに登場し、酒場に足を踏み込んだ黒人ガンマンは全く得体が知れないミステリアスな男だったが、その直後見事に「獲物」を血祭りにあげることによって彼が賞金稼ぎの男であることが明らかになる。さらに、彼の言うとおり保安官を呼んだところで、彼は「カンザス州とインディアン準州など7州の委任執行官だ」と自己紹介したから、彼はバスケスのような500ドルの賞金をかけられたお尋ね者とは大違いで、こりゃレッキとした「体制側」の男だ。
 『七人の侍』のお約束は、村人から頼られるリーダーは正義のため、村人のために安い報酬で働くことを決意する、根は善人の男であること。そんなリーダーの前提条件を考えれば、黒人の保安官をリーダーに据えた本作は、オバマ大統領の任期中に公開されれば日本でも大ヒットしたのでは・・・?ところが、昨年11月8日の大統領選挙で、「オバマの後継者」をうたった(?)ヒラリー・クリントンが敗北したため、本作に対する黒人の盛り上がりはイマイチ・・・?トランプ候補を支持したのは、過去には重工業が盛んだったが、産業が時代遅れになって繁栄から取り残された「ラストベルト」と呼ばれる中西部で働く白人の労働者階級の人達だが、彼らは本作をどう見ているの?そう考えると、トランプ大統領誕生下での本作の公開は明らかにタイミングが悪かったのでは・・・?

<本作の時代は?舞台は?略奪王の横暴ぶりは?>
 本作の時代は南北戦争終結から14年を経た1879年。舞台は西部開拓を進めた開拓者たちが、苦労の果てにようやく築いたアメリカ西部の町ローズ・クリーク。そこに君臨するのは、非道なやり口で莫大な富を築き“略奪王”と呼ばれるサクラメントの資本家バーソロミュー・ボーグ(ピーター・サースガード)だ。今ボーグが狙っているのは、金の鉱山の開発。そのためにはローズ・クリークの町を採掘の拠点にすることが不可欠らしい。そこで本作導入部では、ボーグがローズ・クリークの住民たちから、相場の3分の1にも満たない20ドルの立ち退き料で暴力的に土地を買収する姿が描かれる。
 教会に集まった住民たちは神父を中心に対策を協議したが、一向に良い知恵は出てこない。そこに乗り込んできたボーグは一方的に自分の言い分を述べたうえ、何と住民たちの心の支えになっている教会を焼き払ってしまったからメチャクチャだ。そんな中、ボーグに対して堂々と異議を唱えたのはいいけれど、あっさり射殺されてしまう若者マシュー・クレン(マット・ボマー)とその若妻エマ・クレン(ヘイリー・ベネット)の姿が登場する。このエマがその後ローズ・クリークの町を取り戻すためにガンマンを募集するわけだが、本作では7人のガンマンに協力しながらボーグたちと果敢に戦う彼女の紅一点としての存在感にも注目!

<最初の激突は?7日間でどんな準備を?>
 『七人の侍』の前半のメインストーリーは、村人からの要請をOKした勘兵衛が腕の立つ協力者(侍)を個別にリクルートしていくプロセス。それは、これまで4作の『荒野の七人』シリーズでも踏襲されていたし、本作も同じだ。そして、それに続くお楽しみは、村に乗り込んだ七人の侍たちが再び村を襲ってくるはずの野盗たちに対してどんな反撃の準備を整えるかという作戦面だった。
 本作もそれは同じだが、本作ではその前にローズ・クリークの町に残るボーグ配下のガンマンと、ボーグが経営する金の鉱山をマグニフィセント・セブンが襲うシークエンスが登場するのでそれに注目!まずは、ローズ・クリークの町に乗り込んだチザムたちマグニフィセント・セブンがそれぞれの特技を発揮して、ボーグが雇っているブラックストーン整備会社のガンマンたち22名を「秒殺」してしまうシーンのカッコ良さを堪能したい。
 これによってチザムたちマグニフィセント・セブンはもはや抜き差しならない立場に置かれてしまったが、チザムたちに与えられた準備時間は、計算上は7日間。その間に頼りない村人たちを訓練し一人前の戦士に仕上げなければならないが、さてその成果は?チザムの知恵が発揮されるのは、ボーグの金鉱を襲って銃やダイナマイト等の武器を奪い、退役軍人ら労働者たちを援軍として迎え入れたこと。これによってチザムたちも一定の「勢力」(軍事力)を築き上げたが、さてボーグの軍勢の数と武器の力は?さらに、チザムは町のあちこちに罠を仕掛けたが、さてボーグの軍勢はうまくこれにハマってくれるの?『七人の侍』や『荒野の七人』シリーズと同じように、本作に見る罠の数々をしっかり確認したい。本作中盤のハイライトはそんな力と力、知恵と知恵の激突になるので、その出来栄えはあなたの目でしっかりと。

<ボーグの力とカネの源泉は?力攻めのコスパの計算は?>
 戦国時代を時代背景とした『七人の侍』では、村を襲ったのは(単なる)野盗と化した野武士集団だった。しかし、本作で悪役として登場する西部開拓時代に台頭した弱肉強食の財閥の一人であるボーグについては、その力とカネの源泉をしっかり理解しておく必要がある。パンフレットには「TRIVIA7」として、「『マグニフィセント・セブン』の舞台は、西武開拓時代まっただ中の1879年。未開拓の地は急速に減少する一方、多くの移民が押し寄せアメリカでは資本主義が急速に発展。貧富の差はますます広がっていった。そんな時代を生き抜いた人々や社会を知れば、映画はもっと面白くなる。」と説明したうえ、「映画の時代背景」「西を目指した開拓者」「保安官という仕事」「弱肉強食の財閥たち」「資金稼ぎの男たち」「多彩な人種」「映画の銃器たち」の解説があるので、まずはそれらをしっかり勉強したい。
 当時世間では、人々の犠牲の上に巨万の富を築いたボーグのような財閥を「強盗貴族」と呼んでいたそうだが、それは今日のロックフェラー財団やカーネギー財団も同じだったらしい。ボーグのような野心家にとって労働者や農民たちは搾取の対象でしかなく、ボーグはそんなやり方によってローズ・クリークの金鉱を開き巨万の富を築いたわけだ。もちろん西部開拓時代のアメリカにも保安官がいたが、保安官の買収などチョロイもの。現在の法治国家とは程遠い状況だったから、ボーグのような「強盗貴族」はカネで買収した保安官の庇護の下に大量のならず者を雇って、一方では労働者や農民を搾取し、他方では鉱山開発でボロ儲けをするべく開拓民から無理やり土地を買収していたわけだ。他方、新たな国作りを推し進める国の方針でも、政府は彼らの巨大資本に対して税制面等で便宜を図り、不穏な行動を取る労働者を厳しく取り締まっていたから、国の政策自体もひん曲がっていたという他ない。
 そんな時代状況下で力とカネをふんだんに持っているボーグは、ローズ・クリークの町でマグニフィセント・セブンの反乱が起きたことにビックリ。直ちにそれを鎮圧すべく、多くの軍勢を引き連れて七人のマグニフィセントとそれに率いられた住民や鉱山労働者たちが守るローズ・クリークの町を襲おうとしたが、その作戦は?本作では全くそれが見えず、真正面からの力攻め一色だが、そんなやり方では大きな犠牲が出るのでは?ボーグはそんな力攻めのコスパの計算をしていないの・・・?

<活劇としては面白いが、力攻めはダメ!新たな兵器は?>
 旅順要塞にあった「203高地」は日露戦争最大の激戦地となったが、当初「力攻め」によって203高地の攻略を狙った乃木希典大将率いる第三軍は莫大な兵力の損失を受けた。そして、その後長い膠着状態に陥ったため、それは全体の作戦遂行上大問題になった。他方、ジョン・ウェインが出演・監督した『アラモ』(60年)でも、それをリメイクした『アラモ』(04年)(『シネマルーム6』112頁参照)でも、アラモ砦を守るガンマンたちはよく奮闘したが、圧倒的な兵力を誇るメキシコ軍の前に結局は壊滅させられてしまった。しかし、そこでは予想以上の期間を持ちこたえたことが大きな価値となった。また、スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(98年)でも、冒頭約20分間のノルマンディ上陸作戦の「力攻め」は連合軍に大きな犠牲を強いたものの圧倒的な効用があった。
 そんなこんなを考えながら本作に見るボーグ軍の「力攻め」の様子を見ていると、「203高地」での作戦面の不十分さが指摘された乃木大将以上に、あまりにもお粗末と言わざるをえない。そこで、次の段階として登場するのがガトリング・ガンだから本作ではそれに注目!「203高地」の戦いでは、日本軍はロシア軍から撃ってくる機関砲の威力にビックリ。また「大阪冬の陣」では、徳川家康が淀君の住んでいる大阪城の本丸に向かって、イギリスから1門だけ購入したセーカー砲の発射を命じたことによって、たちまち淀君は和議の方向に向かったそうだから、いつの時代でも新兵器の威力はすごい。『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(15年)では、ドローンの兵器としての活用にビックリさせられたものだ。
 チザムが仕掛けた罠の数々やマグニフィセント・セブンの活躍、さらにそれなりに訓練された村人たちの結集された力によって第一陣の「力攻め」が失敗に終わるや、ボーグは奥の手としてガトリング・ガンを持ち出してきたがその威力は?これは10本のバレルを持ち、1分間に400発の弾丸が発射可能だから、これを撃ちまくられるとローズ・クリークの町を守るマグニフィセント・セブンも打つ手なし。スクリーン上で展開されるその圧倒的な破壊力を見ると、誰でもそう思うが、さて本作がクライマックスに向けて見せる、あっと驚く展開とは?

<真田幸村の奮闘とそっくり!ファラデーの奮闘に注目!>
 今年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』は、最初の3回は3人の子役中心の子供劇だったし、井伊直虎役を演じる柴咲コウが登場してからも、ほとんどが知らない人物なので全然興味が湧いてこない。それに対して、昨年の『真田丸』は概ねわかっているストーリーを毎回なぞっていくだけだったが、堺雅人や草刈正雄、大泉洋をはじめとする芸達者な役者がそろっていたから結構楽しむことができた。その最終回は真田幸村が徳川家康の本陣に迫っていくクライマックスだったが、猿飛佐助の応援よろしきを得て幸村が何とか家康の目の前まで迫ったのはさすがだった。しかし、本作を観ていると、ボーグの手元にガトリング・ガンがある限り、マグニフィセント・セブンはどうにも動きがとれないことは明らかだ。そこで、ファラデーが幸村のように一人敢然と馬に乗ってボーグの本陣目指して走っていくのでそれに注目!
 ガトリング・ガンからは容赦なく弾丸が発射されるため、その弾を受けたファラデーはついに落馬。「これにてジ・エンド」と思われたが、そこで起きるあっと驚く奇跡のような展開とは?幸村は家康本陣の手前で力尽きたが、本作のスクリーン上の展開ではファラデーの手元から投げられたダイナマイトによって見事にガトリング・ガンが吹っ飛んでしまうのでそれに注目!ここまでネタバレするのは厳禁だろうが、私は真田幸村との対比でボーグの本陣に対して決死の攻撃をかけたファラデーの奮闘ぶりに注目し、その尊い犠牲心に心から哀悼の意を捧げたい。ガトリング・ガンさえ破壊すれば、あとはマグニフィセント・セブンのもの。さあ、あれほど大勢いた軍勢をすべて失い、一人ぼっちになってしまったボーグをチザムはいかに料理するの?そして、ここではじめて語られるチザムの心情とは?チザムは、なぜエマの頼みを聞いたの?なぜ命をかけて「正義のため」に戦ったの?それらの真相をじっくり読み解きたい。

<死ぬのは誰?生き残るのは誰?>
 『七人の侍』と、それを西部劇にリメイクした『荒野の七人』シリーズでの第2のポイントは、戦いの中で誰が死に、誰が生き残るのかということ。『七人の侍』ではリーダーの勘兵衛と七郎次、勝四郎の3人が生き残り、「今度もまた負け戦だったな。勝ったのはあの百姓たちじゃ、儂たちではない」との勘兵衛のセリフが印象的だった。そんな視点でそのリメイク版たる『荒野の七人』シリーズを観ると、誰が戦いに参加し、どんな戦いを展開するのかという前半からクライマックスにかけての興味とは別に、それぞれラストでは誰が死に、誰が生き残るのかという点が大きなみどころになっていた。さすがにリーダーが死ぬことはないだろうが、さて本作では誰が死に、誰が生き残るの?
 本作のパンフレットには、越智道雄氏(明治大学名誉教授)の「『マグニフィセント・セブン』の背景にあるもの」と題するレビューがあり、そこでは「円陣体型とトランプのエコー」「『黒人主役』という言葉に気色ばむデンゼル」の小見出しに分けて面白い論旨が展開されている。そのレビューでは、本作のラストでエマのライフルが大きな働きをすることをとりあげて、「おそらく生涯最初にして最後の殺人を経験するのである。苛烈な国というほかない。」と解説している。同レビューは全体的に難解だが、その結びには「ならば、この映画の有色人種と白人が、白人国から有色人種の国に変わる端境期のアメリカを象徴していないと断定するのは、極めてむつかしいだろう。」と書かれている。こんな分析も参考に、本作では誰が死に、誰が生き残るのか?に注目したい。
                                  2017(平成29)年2月17日記