日17-19 (ショートコメント)

「島々清しゃ」
    

                      2017(平成29)年2月5日鑑賞<テアトル梅田>

監督:新藤風
花島うみ(9歳の少女)/伊東蒼
北川祐子(島にやってきたヴァイオリニスト)/安藤サクラ
花島昌栄(うみの祖父、三味線の名人)/金城実
花島さんご(うみの母親)/山田真歩
真栄田(昔サックス奏者だった漁師)/渋川清彦
2016年・日本映画・100分
配給/東京テアトル

◆本作は、故新藤兼人監督の孫娘で、『一枚のハガキ』(11年)(『シネマルーム27』91頁参照)の監督補佐を務めた新藤風の2作目の長編監督作品。このタイトルを「しまじまかいしゃ」と読むのはまず不可能だが、チラシを見ると安藤サクラがヴァイオリンを弾く姿で出演しているからこりゃ必見!他方、子役は『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年)で見事な演技を見せた伊東蒼だからこちらも必見!

◆本作は、沖縄の慶良間諸島を舞台にした近時の邦画には珍しい良質な映画で、いかにも新藤家の血筋をひく監督作品だと一目でわかる。また、耳が良すぎるために少しの音のズレも気になり頭がおかしくなるため回りと協調できず、いつも耳あてをしている9歳の少女・花島うみ(伊東蒼)という主人公の設定も面白い。
 しかし、吹奏楽部のメンバーたちが弾く楽器の音の少しのズレが耳に入ると頭が痛くなるうえ、慶良間小中学校で開催されるコンサートのために東京からやってきたヴァイオリニスト・北川祐子(安藤サクラ)が弾く最初の曲は「キレイ」と感じても、沖縄の歌を弾くとたちまち「頭が痛い!」とダメ出ししたから、うみの耳を満足させるのは大変だ。さらに祐子を歓迎するヴァイオリン演奏会でも、ピアノの伴奏で1曲目をスタートすると、すぐに客席のうみから「音がおかしい。頭が痛い!」とダメ出し・・・。こんなすごい耳を持っていれば音楽の世界で使い道がありそうだが、自分では何も演奏できないから吹奏楽部に入ることもできず、うみはいつもイライラ。吹奏楽部のメンバーたちともいつもケンカばかり・・・。

◆そんなうみを毎日見守るのは、うみの祖父・花島昌栄(おじい)(金城実)だが、ストーリー展開の中ではうみの母親・花島さんご(山田真歩)をめぐる確執も1つの焦点となる。他方、おじいの音楽を理解する祐子は、「大和人はどうせ島を出ていく」という地元の漁師・真栄田(渋川清彦)の声にもかかわらず、少しずつ島民の支持を得るとともに、うみとの交流を深めていくから、全体のストーリーはわかりやすく、ある意味で単純だ。
 ひと波乱を観客に見せた後、うみは無事吹奏楽部に入りフルートの練習を始めるが、その音が最初はひどいのは当然。すると、うみはそんな音に耐えて練習を続けられるの?私の見るところ、そこらあたりがどう考えても不自然だし、漁師の真栄田が昔サックスを吹いていたすばらしい才能の持ち主で、急遽吹奏楽部の教え役になるという設定もかなり不自然だ。
 本作全編を通じた自然の美しさと海の美しさは特筆ものだし、シンプルなストーリーの狙いもいいのだが、吹奏楽部のメンバーたちの音が1つになっていく過程は、イマイチ不自然だと言わざるをえない。

◆近時は『0.5ミリ』(13年)(『シネマルーム35』180頁参照)、『百円の恋』(14年)(『シネマルーム35』186頁参照)と個性的な役での出演が続く演技派女優・安藤サクラの充実ぶりはお見事だが、本作はヴァイオリニスト役だからその演技は難しい。もっとも、フランスの美人女優メラニー・ロランがヴァイオリニスト役を演じた『オーケストラ!』(09年)のクライマックスは大会場でのチャイコフスキーのバイオリン協奏曲(チャイコン)の演奏だった(『シネマルーム24』210頁参照)から、その演技は大変だったはずだ。
 それに対して本作のクライマックスは、観客も数人しかいない漁港の前でのにわか仕立ての「演奏会」になるうえ、うみたち吹奏楽部員たちの演奏にヴァイオリンが加わるだけだから、そのウエイトは小さい。もちろん、そのクライマックスに至るまでのストーリー構成の中で安藤サクラのヴァイオリンの弾きぶりがポイントとなるシーンはいくつかあるが、さてそこで見せるヴァイオリニストとしての安藤サクラの演技力は・・・?

◆前述した『オーケストラ!』でも、昔観た矢口史靖監督の『スウィングガールズ』(04年)(『シネマルーム4』320頁参照)でも、さらに陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『北京ヴァイオリン』(02年)(『シネマルーム3』18頁参照)でも、音楽映画はラストのクライマックスでの演奏が映画全体の出来を左右することになる。本作はストーリー展開につれてタイトルとなっている『島々清しゃ』が何度も歌われかつ演奏されるが、最大の見せ場はラストのクライマックスでの演奏と歌になる。
 ところが、本作ではそのクライマックスに至るストーリーの盛り上がりがイマイチなのが残念。それは、おじいの死亡のため本来の演奏会を諦めざるをえなくなった祐子が、子供たちに何も告げないまま突然東京に帰ろうとしたからだ。そのため、それを知った子供たちが急遽駆けつけた漁港でのにわか仕立ての「演奏会」がクライマックスになるわけだが、どう考えてもこのクライマックスはイマイチ。なぜ、ラストをもっと島民全体で盛り上がる感動的なクライマックスにしなかったのだろうか?
                                   2017(平成29)年2月7日記