日16-7

「ハッピーアワー」(第1部、第2部、第3部)
  

                    2016(平成28)年1月11日鑑賞<宣伝用DVD鑑賞>

監督:濱口竜介
脚本:はたのこうぼう(濱口竜介、野原位、高橋知由)
牧野あかり(バツイチの経験のある看護師)/田中幸恵
井場桜子(中学生の息子をもつ良彦の妻、専業主婦)/菊池葉月
塚本芙美(役所の学芸員)/三原麻衣子
日野純(公平の妻、離婚訴訟中)/川村りら
井場良彦(桜子の夫、役所勤め)/申芳夫
塚本拓也(芙美の夫、文芸編集者)/三浦博之
日野公平(純の夫、離婚訴訟中、生命物理学者)/謝花喜天
鵜飼(「ワークショップ『重心』って何だ?」の主催者)/柴田修兵
日向子(ワークショップ参加の女性、鵜飼の妹)/出村弘美
風間(ワークショップ参加のバツイチの男性)/坂庄基
淑恵(ワークショップ参加の女性)/久貝亜美
栗田(あかりに好意をもつ医師)/田辺泰信
柚月(あかりの後輩看護師)/渋谷采郁
みつ(良彦の母)/福永祥子
河野(芙美の同僚、鵜飼を呼んだ学芸員)/伊藤勇一郎
滝野葉子(有馬で4人揃っての写真をとってくれた女性)/殿井歩
野瀬こずえ(拓也が編集担当をしている25歳の女性小説家)/椎橋怜奈
2015年・日本映画・317分(第1部106分、第2部96分、第3部115分)
配給/神戸ワークショップシネマプロジェクト

<DVD3枚組、5時間17分を一気に鑑賞!>
 演技経験のないごく普通のアラフォーの女性が、2015年の第68回ロカルノ国際映画祭で、4人そろって最優秀女優賞を受賞。えっ、そんなことってありうるの・・・?その映画こそ濱口竜介監督の5時間17分の大作『ハッピーアワー』だ。
 そんなニュースは新聞でも読み、『キネマ旬報』12月下旬号の「監督/濱口竜介、『ハッピーアワー』で『信じ得る映画を撮る』」でも読んでいたが、さすがに映画館に行く時間はとれなかった。しかし、第12回おおさかシネマフェスティバルの実行委員会に参加してベストテンや個人賞選出の議論をしている中、本作のDVD3枚組を借りることができたので、早速連休中の1月11日にそれを一気に鑑賞!

<最初は退屈だったが、離婚訴訟の話題から俄然興味が!>
 本作は、神戸在住の主人公である牧野あかり(田中幸恵)、井場桜子(菊池葉月)、塚本芙美(三原麻衣子)、日野純(川村りら)の「仲良し4人組」が(六甲へ?)ピクニックに出かけたところで語り合うシーンから始まる。しかし、「今日は天気が悪く、景色が見えないから最悪!」と語り合う4人の姿を見ていると、一体いつまで続くのかと思える会話をずっと撮影しているだけの展開に正直うんざり。固定カメラではないが、カメラは延々と続く4人の会話を追うだけだから、「こんな撮影なら俺でもできる」とさえ思ってしまうほど素人くさい。また、4人の女優(?)のセリフ回しも、「これでロカルノ国際映画祭で女優賞を・・・?」と思えるほど、素人くさいものだ。彼女たちの会話は「次は有馬温泉への一泊旅行にしよう」という方向で盛り上がっていったが、私はそんな会話の展開を一種の義務感(?)でじっと見ているだけだった。
 それは、アーティストの鵜飼(柴田修兵)が主催する「ワークショップ『重心』って何だ?」に4人が参加したシークエンスでも同じように続いた。これは「重心について考える」をテーマとしたワークショップだが、肉体を使ってのさまざまなもっともらしい「共同作業」や、互いに額と額をくっつけてテレパシーを送る「共同作業」を見ていると、いかにも怪しげ。ところが、この「4人組」は「高価な壷でも買わされるかと思った」というそのワークショップの「打ち上げ」にも参加し、鵜飼を囲んで更に突っ込んだ会話に突入していったからアレレ・・・。さらに、そこで参加者の1人であった風間と名乗る若い男(坂庄基)からバツイチであることが語られると、まずあかりが「私もバツイチ!」と盛り上がったうえ、突然そこで独身(のはず)の純から「私は目下離婚裁判中」との発言が出てきたから、他の3人はアレレ・・・。
 純はなぜそんな重要なことを、今まで親友の私たち3人に黙っていたの?そしてなぜこんな場で、そんな大切なことを突然打ち明けるの?女4人の親友関係なんてもろいもの。「そんなん、聞いてへんで!」と怒るあかりの姿を見ていると、たちまち4人の親友関係は崩壊!一瞬そんな雰囲気になったが、そんな展開から、俄然本作への興味が・・・。

<離婚訴訟の証人尋問は面白い・・・?>
 なぜ純はそんな重要なことを、これまで3人の親友たちに隠していたの?また、なぜあんな怪しげな「打ち上げ」の場で、唐突にそれを告白したの?そんな疑問が生まれる中で第1部が終わり、第2部の冒頭は離婚訴訟の証人席に座る純が、夫・公平(謝花喜天)の代理人弁護士から尋問を受けるシーンから始まる。
 弁護士の私の目から見れば、脚本に書かれたセリフを弁護士と純が交代で棒読みしているだけのようなこの尋問シーンにはあまり迫力はない。しかし、純の「私の裁判を傍聴に来る?」との誘い(?)に乗って、今はその傍聴席に座っているあかり、桜子、芙美の3人にとっては、そもそも法廷における証人尋問という風景自体が刺激的だったはず。そのうえ、そこで純は夫以外の男と浮気(不倫)していたらしいこと、それにもかかわらず夫は純との離婚を望んでいないため、純から求めた離婚裁判は負け筋と予想されていることを知ると、3人はいろいろ考えさせられることに。
 私も一昨年から北海道の苫小牧の裁判所で非常に難しい離婚事件を担当し、それに伴って①監護者指定の調停、審判事件、②子の引渡しの調停、審判事件、③婚姻費用分担の調停、審判事件、④審判前の保全処分事件、等の事件を担当しているが、そこでは必然的にさまざまな人間模様を観察させられている。しかして、純はそんな勝つ見込みのない離婚裁判を、自ら「泥沼の戦いだ」と言いながら、なぜいつまでも続けているの・・・?

<中学生の息子が妊娠騒動!おいおい、そりゃないだろ!>
 本作では、第68回ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した4人の女優陣の「素人臭さ」が目につくが、4人以外の俳優たちの演技もハッキリ言って全員それ以上に素人臭い。それは「セリフの棒読み」的演技に端的に表れている。そんなセリフ回しのためもあって(?)、桜子と役所勤めに忙しい夫・良彦(申芳夫)との生活は一見安定しているようだが、その実かなり危なっかしそうだ。桜子には中学生の息子・大紀がいる。しかして、ある日桜子は同居している夫の母親みつ(福永祥子)から、大紀が両親の留守中、1日中ガールフレンドと一緒に部屋の中に閉じこもっていたことを告げられたが、そこに一体何の問題が?私たちが中学生の頃ならそこには何の問題もないが、みつの話によれば、今ドキの中学生は、下手するとそこから妊娠騒動が勃発するというから恐い。桜子もそんな話には理解を示しつつ「大紀に限ってそんなバカな・・・」と思っていたが、ある日大紀から、妊娠したガールフレンドが赤ちゃんを堕ろすためのカネを貸してくれと頼まれたから、ビックり!その日帰ってきた夫を中心に「家族会議(?)」が開かれたが、その展開とそこで出された結論とは・・・?
 ここに至って桜子が理解したのは、子供の育て方のみならず、夫・良彦との価値観の相異や生き方の問題。もちろん、それが鮮明になったからといって、夫に失望した妻が行きずりの男と浮気してもよいという理屈にならないのは当然だが、さて本作の展開にみる桜子のその後の生き方は・・・?

<4人組のリーダーはあかりだが・・・>
 バツイチながら看護師として忙しく働いているあかりは、何でもハッキリとモノを言う性格だから、4人の中のリーダー的存在。大阪弁でアケスケに喋るその姿を見ていると、あと10年もすれば立派な「大阪のおばちゃん」になること確実だ。
 もっとも、看護師という仕事の現実はかなりハードだから、内なるストレスは相当なもの。それを発散させるため、あかりは仕事は仕事、プライベートはプライベートと割り切り、体力づくりにも精を出しているようだ。そんなあかりにとって女4人組での活動やおしゃべりは最高の癒しの場になっているようだから、あかりにとってもはや男は不要で、今のような4人組関係が続けばベスト・・・?
 あかりについて面白いのは、相棒として一緒に働いている若い看護師・柚月(渋谷采郁)のバカさ加減。看護師として1年も経てばいい加減仕事を覚えてもいいはずだが、血液採取で患者にイヤな思いをさせたり、業務引き継ぎでいろいろとミスをしたり、そのレベルの低さを見ていると、現在の病院のあり方そのものが心配になってくる。私の弁護士事務所経営においても、近時ずっと感じるのは、若い子がむやみやたら「すみません」と謝ること。ミスをしたら謝るのは当然だが、何を言っても「すみません」のくり返しでは会話が成り立たないし、何の改善策も得られないのは当然だ。
 病院での看護師業務の中で毎日そんなストレスを抱えているあかりは、ある日柚月との連携ミスで怒り心頭に発する中、階段から落ちて骨折してしまったから大変。もっとも、ここからあかりについても、後述のように松葉杖をついてこずえの朗読会に出席する中、意外な男関係が展開していくことに・・・。

<第2部は純の夫・公平を軸に展開!離婚訴訟の行方は?>
 純の証人尋問のシークエンスで丁々発止のやりとり(?)をするのは、夫・公平の代理人弁護士と純の2人だから、公平の発言シーンは全くない。しかし、その傍聴席にあかり、桜子、芙美の3人が座ったことによって、以降公平は何かとこの3人との接点をもつことになる。公平は生命物理学の研究をしているそうで、たしかに頭は良さそうだが性格はかなりケッタイ。したがって、言っていることは一見まともそうだが、あかり、桜子、芙美の3人とは基本的に水と油。とりわけ、何かと感性に訴えるあかりと、トコトン論理的な公平が全く理解しあえないのは仕方ない。本作第2部の導入部では、そんな公平のキャラを中心に、あかり、桜子、芙美との「議論」の中でさまざまな論点が広がっていくのでそれに注目!
 第2部の中盤では、離婚訴訟中にもかかわらず、公平が一人で別居している純の家を訪れ、彼独特の主張を展開するシークエンスが登場する。しかし、これは弁護士の私に言わせれば言語道断の行為。もし私が公平から依頼を受けている弁護士だとすれば、直ちに委任契約を解除しているはずだ。もっとも、突然公平の訪問を受けた純も、公平を家に入れた後、自分の弁護士に電話をして「すぐに来てくれますか?」と頼んだうえ、公平の頭にお茶をぶっかけるなどの挑発行為を見せたから、こちらも相当したたかだ。ここで公平が怒り出して暴力沙汰にでも及べば離婚訴訟は急に純が有利になるが、さてそこでの公平の対応は・・・?
 神戸は港の町。そのため(?)第2部の後半には、純が大きなキャリーバッグを引っ張ってフェリーに乗り込むシークエンスが登場する。さて、純は一人で一体どこへいくの?その「旅立ち」のシーンでは、妊娠した同級生の女の子と駆け落ちするべく(?)フェリーの待合所に一人で座っている桜子の息子・大紀と出会い、2人でいろいろと秘密の会話(?)をするので、それにも注目!なるほど、大人でも中学生でも、人はそれぞれ自分の悩みを抱えて生きていることを、こんなシークエンスからも実感!

<芙美と拓也の夫婦関係の空洞化もかなり深刻に?>
 4人の女たちだけの旅行やワークショップ通いの「アッシー君」をボランティア的に務めているのは、芙美の夫である拓也(三浦博之)。雑誌の編集者をしている彼は、目下女性小説家こずえ(椎橋怜奈)の担当として詩の朗読会の企画に忙しそうだ。拓也と芙美の夫婦には子供がいないので、桜子夫妻と違って互いの行動は自由。しかし、ここでも棒読み的なセリフの中で浮かび上がってくる芙美と拓也の夫婦関係も、かなり空洞化が進んでいるようだ。
 あかり、桜子、純の3人もこずえの朗読会に参加することになったため、この3人を芙美とともに車に乗せて会場の温泉場まで連れていくのも拓也の任務。旅館に入った仲良し4人組はいかにも下手クソそうな(?)麻雀に興じていたが、そこでの芙美はやけにピリピリしており、態度はかなり変。これは、温泉場で拓也とこずえの2人が仲良く散歩している姿を目撃したためかもしれないが、まさかまさか・・・?

<こずえの朗読会は退屈だが、その舞台裏では大波乱が!>
 本作第3部では、25歳の女性作家こずえの新作小説をこずえ自身が朗読する朗読会のシークエンスが登場するが、はっきり言ってこれは退屈。だって、こずえが自作の詩を朗読する姿をカメラで映し出すだけのシーンが延々と続くのだから。
 これを主催したのが拓也だが、この朗読会には前述のように妻の芙美の他、あかり、桜子、純の3人も参加する予定だ。さらにそこには、芙美の同僚の学芸員・河野(伊藤勇一郎)や、その河野が参加を呼び掛けた鵜飼も参加していた。鵜飼の任務は聴衆の前でこずえの対談相手をすること。その任務は重大だが、さて鵜飼は・・・?
 一方、退屈な朗読会とは裏腹に、その舞台裏では次々と大波乱が起きることになる。それは、①こずえの対談相手として予定されていた鵜飼が、朗読会に出席しながら途中で出て行ってしまうこと、②そのため、こずえの対談相手を急遽朗読会に出席していた公平にかわってもらったところ、その公平が意外にスマートな対談ぶりを見せたこと、③松葉杖をついて遅れて朗読会に参加したあかりが会場の外で鵜飼と出会うと、なぜか2人で意気投合して(?)一緒に出ていったばかりか、後述のように2人でダンスホールに行き、全く予想外の展開になっていくこと、④更にその後、2人で鵜飼の妹である日向子(出村弘美)の店に行き、更に予想外のベッドイン(?)になっていくこと、等々だ。
 冒頭はえらく退屈そうに見えた本作も、ラストに近づくにつれて予想外の事態が次々と発生し、何ともスリリングな展開になっていくことに・・・。

<朗読会の「打ち上げ」でも大波乱が!>
 公平、芙美、拓也、こずえ、桜子が参加した朗読会の打ち上げでは、限界まで突っ込んだ議論(?)が次々と展開されていく。本作が5時間17分という長尺になったのは、こんな議論を省略することなくすべてそのままカメラに収めているためだが、ここまで徹底するとセリフ回しが多少素人っぽくても論旨は十分伝わってくるし、議論自体が面白くなってくる。他方、本音の議論がトコトン進むと、そこで傷つく人間が出てくるのはやむをえない。
 「打ち上げ」の議論のテーマはこずえの朗読会の感想から始まったが、そこに公平が参加していたため、自然に公平と純との離婚をめぐる論点に移行することに。その中では、公平から純が某所で「ワークショップ『重心』って何だ?」の主催者である鵜飼と話し合っている写真が芙美と桜子に示され、「この男は誰か知りませんか?」「この男を訪ねれば純の行方がわかるかもしれないので」と聞かれたが、さて芙美と桜子はそれに対してどんな回答を?公平の主張によれば、まだ離婚していない夫婦では電話の通話記録の閲覧は違法ではないそうだが、私の感覚ではそれはいかがなもの?ことほど左様に、今は行方不明となっている純の行き先についての公平の調査は執拗だが、さて純は今一体どこでどんな生活をしているの?そんな議論の中で、芙美と桜子から攻撃のターゲットにされた公平が、まずその場を去っていくことに。
 続く「議論」の「焦点」は「拓也とこずえが怪しい」ということになったが、その「論点」について拓也があまりにこずえ寄りだったため(?)、いたたまれなくなった芙美はその場を飛び出し、続いてそれを心配した桜子も芙美を追って出て行ったから、結局残ったのはこずえと拓也だけに。アレレ、こりゃ逆にヤバイのでは?

<「打ち上げ」後の展開は、更なる大波乱に!>
 「打ち上げ」の場を飛び出した芙美と、すぐに芙美を追っかけた桜子は無事電車に乗り込み、電車の中でいろいろと「本音の話し合い」ができたようだから、これにて芙美と桜子の精神状態も一段落・・・?そう思っていたが、芦屋駅でいったん2人が電車を降りた後、その電車の中に「重心を考えるワークショップ」で食事に誘われたことのある風間が乗っているのを見つけると、なぜか桜子は再び電車の中に飛び乗ったからアレレ・・・。その後のストーリー展開を見ると、桜子はその後風間と2人だけでいきずりの夜を過ごしたようだが、そりゃ一体なぜ・・・?
 他方、こずえを車で送っていく途中、拓也はこずえからある告白を受けたが、それに対して拓也はどう対応するの?芙美が一人で芦屋から歩いて家に戻ってしばらくすると、そこに拓也が戻ってきたが、さてこずえから告白を受けた後、拓也はこずえとどこで、何を・・・?しかして、そこから始まった拓也と芙美の深刻な話し合いは急遽、離婚の方向へ向かうことになり、拓也は家を出て行ったが、さてその後の展開は?

<あかりにも意外な男関係が・・・>
 あかりはとても美人とは言えないが、性格が明るく何事にも前向きでハキハキしているから意外に男にはモテるらしい。そのため、従来から病院の若い医師・栗田(田辺泰信)から言い寄られていたが、あかりはこれに全く関心なし。ところが、第3部の、こずえの朗読会とその打ち上げ後のストーリーが進むにつれて、松葉杖をついたあかりは大変身!私には、なぜあかりと鵜飼との間で色恋沙汰を絡めた男女関係が進んでいくのか不思議だが、朗読会を途中で抜け出したあかりと鵜飼との間には、何とも奇妙な男女関係が展開していくことになる。
 松葉杖をついたまま「クラブ」へ行っても仕方ないと思うのだが、なぜか鵜飼とあかりが入ったのは大音響の中で多くの客が激しいダンスに興じている大きなクラブ。さあ、そこであかりは一体どんなダンスを披露してくれるの・・・?もちろん、それをフォローするのは鵜飼だが、このクラブの中で更に意気投合した(?)あかりと鵜飼はその後、「重心を考えるワークショップ」にも参加していた鵜飼の妹である日向子が経営しているスナックで、更に意気投合・・・?ここでも、あかりと日向子との間で小難しい議論が展開されるが、その後鵜飼とあかりはベッドインのために消えていくから、アレレ・・・。
 このように、本作ラストに向けてはあかりにも何とも意外な男関係が展開していくので、それにも注目!

<ラストに向けて、タイトルとは正反対の展開に!>
 朝帰りした後、「朝まで男の人といた。セックスした。」と夫の良彦にシャーシャーと告白した桜子の態度は、これまでの従順な妻のイメージ(?)とは大きく異なり、ハッキリ言うと、居直り気味。風間との一夜限りのセックスが愛情にもとづくものでないことは明らかだが、桜子はそれを反省する気は一切ないらしい。その上で、「好きなのか?」と聞かれると、「好きとは違う、でも感謝している」。「どうしたい?」と聞かれると、逆に「どうしてほしい?出ていけと言われたら出ていく。ただ謝る気はない」、更に、「男の連絡先は?」と聞かれると「連絡先も知らん」と堂々と答える桜子の豹変ぶりに、良彦は戸惑うばかりだ。不貞行為を認めた妻が離婚もOKしている場合は、そのまま離婚の手続に進むのが普通だが、さて良彦は?いつもと同じように会社に行くことを優先し、桜子から「いってらっしゃい」の声で家を出ていった良彦が、突然交差点の手前にうずくまり、あたりはばかることなく慟哭する姿は何とも痛ましい。こんな状況になると一般的に男はダメで、女は強い。あらためて、そんな実感がじんわりと・・・。
 他方、芙美から離婚を宣告されて一人車に乗って家を出て行った拓也には、何と交通事故の悲劇が・・・。私はこのシーンを見て、一瞬「拓也は即死!」と思ったが、その後、あかりが勤務している病院に緊急搬入された拓也はどうやら一命はとりとめたらしい。あかりがタバコを吸いながら一番の息抜きの場としている病院の屋上に上ったあかりと芙美は、いろいろな話し合いの中でそれぞれ自分の立場を再確認したようだ。そして、芙美は「拓也が目を覚ましたら側にいてあげたいから」と言いながら病室に戻ったが、これによって芙美と拓也の離婚問題に変化は生まれるのだろうか?
 ラストに向けてのこんな展開を見ていると、『ハッピーアワー』というタイトルとは正反対の悲劇の連続にビックリだが、さて芙美と桜子そしてあかりと純という本作の4人の主人公たちの今後の生きザマは・・・?

<「『ふつうがえらい』のだ」との記事をどう読み解く?>
 2016年1月16日の読売新聞には、編集委員・鵜飼哲夫氏が、「『ウ』の目鷹の目」のコーナーに書いた「『ふつうがえらい』のだ」と題する記事がある。そこでは、名古屋弁の「えらい」と佐野洋子さんの『ふつうがえらい』(新潮文庫)というエッセー集を引き合いに出して、本作を評論している。その論旨は必ずしも明確ではないが、4人の主人公たちの生き方をいろいろと論じる中で、ラストは「やっぱり『ふつうがえらい』のだ」と結んでいる。
 名古屋弁の「えらい」は「疲れる」という意味だが、佐野洋子さんの『ふつうがえらい』の場合の「えらい」は「偉い」「すぐれている」という意味らしい。ところが、当節では「ふつうがえらい」が「ふつうがしんどい」という意味合いで使った方がリアルに感じるらしい。しかして、あなたが本作の4人の主人公たちから感じる、「ふつうがえらい」の意味は?
                                  2016(平成28)年1月26日記