日16-78 (ショートコメント)

「殿、利息でござる!」
    

               2016(平成28)年5月28日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:中村義洋
原作:磯田道史『無私の日本人』所収「穀田屋十三郎」(文春文庫刊)
穀田屋十三郎(町の行く末を案じる造り酒屋)/阿部サダヲ
菅原屋篤平治(知恵者の茶師)/瑛太
浅野屋甚内(ケチと評判の十三郎の実弟)/妻夫木聡
とき(煮売り屋の美人おかみ)/竹内結子
遠藤幾右衛門/寺脇康文
穀田屋十兵衛/きたろう
千坂仲内/千葉雄大
早坂屋新四郎/橋本一郎
穀田屋善八/中本賢
遠藤寿内/西村雅彦
第七代藩主・伊達重村/羽生結弦
篤平治の妻・なつ/山本舞香
十三郎の息子・音右衛門/重岡大毅
十三郎の娘・加代/岩田華怜
仙台藩の役人・萱場杢/松田龍平
先代・浅野屋の妻・きよ/草笛光子
先代・浅野屋甚内/山﨑努
2016年・日本映画・129分
配給/松竹

◆磯田道史原作の『武士の家計簿』を映画化した、森田芳光監督の『武士の家計簿』(10年)は面白かった(『シネマルーム26』156頁参照)。これは、加賀百万石を舞台にしたホントの話だったらしい。そして、それと同じ、磯田道史原作の『無私の日本人』所収の「穀田屋十三郎」を映画化した本作も江戸時代中期の仙台を舞台としたホントの話らしい。
 1776年当時、小さな宿場町・吉岡宿がじり貧状態に陥ったのは、町はお上の物資を運ぶ伝馬(てんま)役を担っているにもかかわらず、仙台藩の直轄領でなかったため助成金が出ず、伝馬の経費に重税と住民の負担は増えるばかりで、破産や夜逃げが相次いだため。
 マイカーの普及による郊外型大規模店ができたため、駅前の商店街が次々と倒産し、シャッター街になってしまったのは記憶に新しいが、原因は違っても、それと同じような問題だ。そんな問題の深刻性を穀田屋十三郎(阿部サダヲ)がお上に出そうとした「直訴状」から覚った、知恵者の菅原屋篤平治(瑛太)が考え出した吉岡宿再建の妙案とは?

◆それが、タイトルどおり「殿、利息でござる!」。つまり、町民が全体で一千両(今の約3億円)を準備して藩に貸付け、その利息で伝馬の経費を賄おうというものだ。しかして、本作は、そんな「ワンイッシュ」をめぐって、吉岡宿の個性豊かな町人たちが、「無私の心」で銭と奮闘していく(だけの)物語。そこでは、金(小判)と銭のちがい、小判と銭の交換比率の変動など、当時の金融政策をめぐる論点も登場するので、それもしっかり勉強したい。
 もっとも私が感覚的に理解できないのは、千両=3億円とされていること。それってホントに正しいの?そこらあたりの納得感がイマイチだけに、そのことに命を燃やす登場人物たちの奮闘ぶりへの共感度もイマイチ・・・・。

◆本作冒頭、山﨑努演じる先代・浅野屋甚内が登場し、一つまた一つと銭を壷の中に落としていくシーンが登場する。そして、この浅野屋が、家財道具と共に一家で夜逃げしていく男に対して、「おい、お前には貸した銭があっただろう」と声をかけるところからストーリーが始まっていく。山﨑努といえば、伊丹十三監督の『マルサの女』(87年)等の強烈なイメージが残っているので、てっきり、そんな悪役で登場!と思ったが、実は・・・。
 他方、穀田屋十三郎役を演じる阿部サダヲは、『舞妓Haaaan!!!』(07年)(『シネマルーム13』179頁参照)での軽妙な演技が記憶に残っているが、本作ではただただ真面目な男・穀田屋十三郎を演じている。ちなみに、本作には悪人は誰一人として登場せず、みんな善人ばっかり。まあ、最近はやりの「時代劇マンガ」と考えれば、それでいいのかもしれないが、私にはちょっと・・・。
 もっとも、「公私混同!」と都民はもちろん、日本国民の90%以上から大きな批判を受けている舛添東京都知事には、是非とも本作を鑑賞して、あの時代、遠く仙台にも「無私の男」がいたことを確認してもらいたい。そうすれば、必然的に自発的な都知事「辞任」の方向性が打ち出せるのでは・・・。

◆金融業と売春業は昔からあったそうだが、産業革命以降の資本主義社会における銀行とヤミ金融とは全然異質。また、江戸時代の金融業とシェークスピアの『ベニスの商人』に描かれた金融業も全く異質。つまり、私が言いたいのは、金融業で儲けるのは極めて難しいということだ。
 金融業は時代や政策の影響を受けるし、何よりも利息と元金の回収をどうやって担保するかが最大の問題になる。しかし、本作が描くのは貸した金をどうやって回収するかということではなく、どうやって仙台のお殿様に一千両を貸し付けるかということだ。当然そこでは、利息をいくらに定めるか、元金の返済条件をどう定めるか、保証や担保をどうとるか等々の問題があるが、本作ではそれはほとんど描かれていない。ただ、描かれるのは、仙台藩への一千両を貸付けをめぐる、人間の営みだけだ。挙げ句の果ては、仙台藩の第七代藩主・伊達重村(羽生結弦)が、町人の前に単独で姿を見せて、親しく話をしていくシーンが登場するから、こりゃまさに時代劇エンタメと割り切るしかない。しかして、貸した一千両のカネの回収はどうなったの?それは、ラストのナレーションで説明されるから、就活に精を出している学生諸君は特にその結末をしっかり頭に入れておくことをおすすめしたい。
                                 2016(平成28)年5月31日記