洋16-71

「木靴の樹」
    

                  2016(平成28)年5月19日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本・撮影・編集:エルマンノ・オルミ
<バチスティ家>
バチスティ/ルイジ・オルナーギ
バチィスティーナ(バチスティの妻)/フランチェスカ・モリッジ
ミネク(バチスティの息子)/オマール・ブリニョッリ
トゥーニ/アントニオ・フェラーリ
<アンセルモ家>
ルンク未亡人/テレーザ・ブレッシャニーニ
アンセルモじいさん/ジュゼッペ・ブリニョッリ
ペピーノ/カルロ・ロータ
テレジーナ/パスクァリーナ・ブロリス
ピエリーノ/マッシモ・フラトゥス
アネッタ/フランチェスカ・ヴィラ
ベッティーナ/アリア=グラツィア・カローリ
<フィナール家>
フィナール/バティスタ・トレヴァイニ
フィナルダ(フィナールの妻)/ジュゼッピーナ・サンガレッティ
おじいさん/ロレンゾ・ペドローニ
ウスティ/フェリーチェ・チェルヴィ
次男/ピエランジェロ・ベルトーリ
オルガ/ブルネッラ・ミリアッチョ
<ブレナ家>
ブレナ/ジャコモ・カヴァレッリ
ブレナの妻/ロレンザ・フリジェーニ
マダレーナ/ルチア・ペツォーリ

ステファノ(マダレーナの夫)/フランコ・ピレンガ
神父ドン・カルロ/カルメロ・シルヴァ
地主/マリオ・ブリニョッリ
土地管理人/エミリオ・ペドローニ
行商人フリキ/ヴィットリオ・カペッリ
尼僧マリア/フランチェスカ・バッスリーニ
祈祷師/ニナ・リッチ
1978年・イタリア映画・187分
配給/ザジフィルムズ

<時代は?舞台は?圧倒的な映像に注目!>
 本作の時代は19世紀末。舞台は北イタリア、ロンバルディア地方のベルガモ。このベルガモは、1931年生まれのエルマンノ・オルミ監督が生まれた故郷だ。そして、本作はスクリーン上に登場する1人の少女のモデルとなった、エルマンノ・オルミ監督の祖母の話から生み出されたそうだ。北イタリアの解放によってイタリアの統一を目指して、1859年に起きた「統一戦争」の中で揺れるイタリアの姿は、来たる6月11日から1週間限定の4K修復版で再公開される、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の『山猫』(63年)で描かれている(ちなみに、ルキーノ・ヴィスコンティ監督はイタリアのミラノを統治した名門貴族ヴィスコンティ家の末裔として1906年に生まれている)。しかし、本作で描かれる19世紀末の寒村ベルガモには、そんな「統一戦争」のかけらは微塵もない。もっとも、ミラノではデモ行進が行われ、警察がそれを鎮圧していたから、都会では革命前の様相も・・・。
 そんな時代の、そんな舞台に私たち日本人は全くなじみがないが、3時間余にわたって、正方形に近い古い形のスクリーン上に映し出される農村風景と、そこに生きる4つの家族の映像は圧倒的!「歩きスマホ」で日々情報と格闘している21世紀の今とは全く異質な時代と舞台の映像は、最初30分ほどは逆に疲れるかもしれないが、その後は圧倒的な迫力で私たちの心に迫ってくるはずだ。

<オルミ監督とは?なぜ1978年のパルム・ドールを?>
 私はエルマンノ・オルミ監督の名前を、去る3月30日に『緑はよみがえる』(14年)(『シネマルーム37』未掲載)を観てはじめて知った。また、1978年に公開された同監督の本作が第31回カンヌ国際映画祭で全員一致でパルム・ドールを受賞したことも、今回はじめて知った。38年前の本作を今般日本で再公開するについてはさまざまな苦労があったはずだ。普通、この手の再公開においてパンフレットが製作されることはないが、本作についてはそれが製作され、そこには初公開時(1979年)のパンフレットに掲載された秦早穂子氏の「視線のむこうから」がそのまま再掲されるとともに、2016年2月15日付の「再公開に寄せて」の文章が付記されているので、それに注目!
 この両者を読めば、ちょうどテレビが映画祭に参入してくるという変革の年のカンヌ国際映画祭で、本作がパルム・ドールを受賞するについてはさまざまな「違和感」があったことが、よく理解できる。また、パンフレットにあるエルマンノ・オルミ監督の経歴や「親愛なる日本のみなさん」と題された2016年2月5日付メッセージを読めば、エルマンノ・オルミ監督の両親が農家出身で敬虔なカトリック教徒だったこと、同時に父は鉄道員だったが、反ファシズム運動により解雇されたことがわかるし、本作がエルマンノ・オルミ監督の祖母の話から生み出されたこともわかる。もちろん、エルマンノ・オルミ監督が映画製作用のカメラでスクリーン上に映し出したベルガモの農村風景は1970年代のもので、19世紀末のものではない。しかし、その農村風景とそこに生きる4つの家族の姿は、まさに19世紀末のものとして再現されているから、見事なものだ。
 もっとも、前述の秦早穂子氏の「再公開に寄せて」によれば、「カンヌ国際映画祭で『木靴の樹』が最初に上映された時、さらに記者会見の場での反応は、厳しいというより、鈍かったのである。」と書かれている。そんな本作が、なぜ満場一致でパルム・ドールを?本作を鑑賞するについては、そんなところまでじっくり掘り下げて考えてみたい。

<自然のやさしさだけではなく、残酷さも!>
 近時は「コンパクトシティ」がもてはやされ、「職住近接」の下での都会暮らしの快適さがアピールされている。そりゃ、1時間も2時間も満員電車に揺られて通勤(痛勤?)する苦労に比べれば、その方がいいに決まっている。郊外に住み車で職場に通う生活も一時はリッチなものと考えられたが、今や車人気も低調になっている。また、一時期は喧騒の中での都会生活に対置される自然の中での田舎暮らしの快適さが強調されていた。それは今でも根強いが、田舎の一軒家に住むと、それはそれでいろいろ不便なことも・・・。
 しかして、本作に見るベルガモでの農村暮らしは、朝早くから夜遅くまで家族総出で働いてやっと貧しい生活が成り立っていることがよくわかる。両親が働いていても大変なのだから、未亡人のルンク(テレーザ・ブレッシャニーニ)が洗濯女として6人の子供を養っていく大変さは如何ばかり。それに比べれば、ブレナ家のマダレーナ(ルチア・ペツォーリ)は紡績工場に務めるステファノ(フランコ・ピレンガ)と結婚し、ミラノへ新婚旅行に行った際、サンタ・カテリナ修道院で1歳の捨て子を引き取って養親になるが、そんな苦労などチョロイもの・・・。
 それはともかく、日本では自然の中での生活はすばらしいというキレイ事ばかりが強調されているが、自然は台風を起こしたり、地震や津波を起こすこともある厳しいものだ。本作ではそんな自然の美しさだけではなく、自然の厳しさも同時に理解し、受け止める必要がある。
 ちなみに、本作ではガチョウの首を刎ねるシーンや豚を丸ごと家族ぐるみで捌くシーンが登場するが、ひょっとしてこれは現在の邦画の基準では許されないのかもしれない。しかし、それではホントの自然をスクリーン上に描くことにはならないはずだ。そんな意味でも、本作でエルマンノ・オルミ監督が3時間余にわたって描くベルガモの農村風景はすべてホンモノだ。その中で、自然は美しいけれども、同時に厳しいものだということを、きっちり再確認したい。

<地主への批判の目は?>
 本作は3時間余の長編だが、そこでは①バチスティ家、②アンセルモ家、③フィナール家、④ブレナ家という4つの家族の生活が描かれる。農場の土地、住居、畜舎、道具、そして樹木の1本1本に至るまで、ほとんど全て地主の所有に属しており、小作人は地主に対して収穫量の3分の2を収めなければならないから、小作人は大変だ。今の時代では到底納得できない世界だが、そこで信じられないのは、敬虔なクリスチャンである4つの家族の人たちはあくまで神の教えを守って黙々と働き、地主に対する不満や反抗心を一切見せないことだ。もちろん、そういう農民の「無自覚さ」に対してミラノの革命分子(?)は反省と自覚を呼びかけていたが、エルマンノ・オルミ監督や本作に登場する小作人たちはそういうことに一切の興味を示さず、とにかく毎日黙々と働いている。
 したがって、本作には昨今のスリルとサスペンスに満ちたハリウッド映画のようなスピーディーな展開はなく、ただ4つの家族の日々の生活が描かれるだけだが、ラストに至りバチスティ家の父親バチスティ(ルイジ・オルナーギ)が地主の木を切ったことで怒りを買い、地主から追い出されるという悲劇が描かれる。バチスティが河沿いに生えるポプラの樹を切ったのは、学校に通う息子のミネク(オマール・ブリニョッリ)の木靴が割れてしまったため。しかし、その樹は地主のものだったから地主の怒りを買ったわけだ。たかだかポプラの樹1本のためにバチスティ家がすべてを失い、農場から追い出されるというのは、今の法律から考えれば全く理不尽なこと。ところが、地主のそんな冷酷な仕打ちに対してバチスティ家の人々は黙ってそれに従うだけだし、他の3つの家族も黙ってそれを見ているだけだ。
 彼らはなぜそんな状況に耐えているの?なぜ、地主に反抗しないの?学生時代の当初から学生運動ばかりやっていた私には、そんな疑問が湧いてくるが・・・。

<エルマンノ・オルミ監督の文明批判、地主批判は?>
 本作のパンフレットには平川克美氏の「人間が尊大になる前の光景」があり、本作のところどころで示される近代、貨幣、文明についてのエピソードにおいて、エルマンノ・オルミ監督が必ずしもそれを声高に批判していないことを指摘している。つまり、エルマンノ・オルミ監督は、『共産党宣言』(1848年)を書いたマルクスやエンゲルスが資本家と地主の搾取に対して強烈に批判した目とは正反対に、そういう批判の目を全く示さないわけだ。
 ちなみに、前述した秦早穂子氏の「視線のむこうから」には、その点について次のような問答が書かれている。

 オルミに対して、こんな質問が飛ぶ。「あなたは、この作品を通して、何が言いたかったのか?」政治的立場を踏まえたこの種の質問が出るのも、カンヌの特徴のひとつである。オルミは答える。
「あるがままの姿を描くこと。それが、まず、必要だと私には思われる。あるがままに描くことによって、私は自分を、自分の世代をふり返りたかったのだ。」

 そして、秦早穂子氏も平川克美氏も、本作を監督したエルマンノ・オルミ監督のそんなスタンスこそが、四半世紀以上も昔の、カンヌ国際映画祭において、本作がパルム・ドールに輝いた理由だろうとしているが、さて、それについてのあなたの考えは?

<それをチャップリンと対比すれば?>
 ちなみに、「喜劇王」と称されるチャールズ・チャップリンの無声映画時代の代表作は『チャップリンの黄金狂時代』(25年)。また、私が大好きな映画が『街の灯』(31年)。これらは飢えや貧困をテーマとして、あくまで弱者に温かい目を注いだチャップリンの代表作だ。
 他方で、チャップリンの代表作とされるのは、資本主義社会を皮肉った『モダン・タイムス』(36年)や、反戦を訴えた『チャップリンの独裁者』(40年)、『チャップリンの殺人狂時代』(47年)だが、チャップリンはそんな旺盛な批判精神のため、1940年代後半にアメリカで巻き起こった赤狩り(マッカーシズム)によってアメリカから追放され、以降1977年に死亡するまでスイスに住むことになった。
 そんなチャップリンの批判精神と対比して、1978年にパルム・ドールを受賞した本作におけるエルマンノ・オルミ監督のスタンスを、あなたはどう考える?
                                  2016(平成28)年5月20日記