洋16-68

「山河ノスタルジア(山河故人)」
    

                  2016(平成28)年5月14日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
タオ(小学校教師)/趙涛(チャオ・タオ)
ジンシェン(実業家)/張譯(チャン・イー)
リャンズー(炭鉱で働く男性)/梁景東(リャン・ジンドン)
ダオラー(タオとジンシェンの息子)/董子健(ドン・ズージェン)
ミア(中国語教師)/張艾嘉(シルヴィア・チャン)
2015年・中国、日本、フランス映画・125分
配給/ビターズ・エンド、オフィス北野

<賈樟柯監督の最新作は3つの時代の中国を>
 今や「世界的な巨匠」となった中国第六世代を代表する賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の前作『罪の手ざわり(天注定/A Touch of Sin)』(13年)は、オムニバスではなく、チェーン・ストーリーという枠組みで4つの物語が展開するすばらしい映画だった(『シネマルーム34』269頁参照)。賈樟柯作品定番の「約束ゴト」の第1は、賈樟柯監督のミューズたる趙涛(チャオ・タオ)が出演すること。第2は賈樟柯監督の故郷である山西省・汾陽(フェンヤン)が必ず映画の舞台として登場することだ。本作はそんな2つの約束ゴトを踏まえつつ、過去(1999年)、現在(2014年)、未来(2025年)という3つの時代を生きるヒロイン・タオ(趙涛(チャオ・タオ))の視点から、急激に変化する中国の移り変わりとその中での人間模様と故郷への想いを映し出していくもの。
 「事件性」がハッキリしていたため、ストーリー展開にキレと迫力があった『罪の手ざわり』に比べれば、本作はそれがないだけにボンヤリした印象は否めないが、それが逆に『山河ノスタルジア(山河故人)』というタイトルにピッタリ。中国は今、1966年5月16日の「五一六通知」の伝達から始まった毛沢東の主導による「文化大革命」から50周年を迎え、習近平による新たな文化大革命の様相を呈しつつある。そんな時代状況の中で賈樟柯監督が、①山西省・汾陽(フェンヤン)(1999年)、②河北省・邯鄲(ハンダン)(2014年)、③オーストラリア(2025年)を舞台として描き出す「山河ノスタルジア」とは?

<この「三角関係」で、タオはどちらを選択?>
 賈樟柯の故郷である山西省の汾陽を舞台とした1999年の物語では、小学校教師のタオを間に、実業家のジンシェンと炭鉱労働者のリャンズーとの「三角関係」のサマが描かれる。真っ赤な新車のサンタナをネタにタオの気を引こうとするジンシェンが、「次は二人だけで来よう」と誘うのは当然。それに対してタオが、「私たち友達よ」というのはよくあるパターンだが、それでは若い男女の三角関係にケリが付かないのが世の常だ。山西省の汾陽にも、街には80年代の日本のバブル時代に流行ったのと同じ、ド派手なディスコがあることにビックリだが、そこでジンシェンとタオが体を密着させて踊っていれば、今度はリャンズーが嫉妬するのは当然だ。
 日本なら見合いで全く別の男を選ぶ可能性もありだが、ジンシェンとリャンズーのどちらかを選ぶのなら、きっとリャンズー。誰でもそう思うが、そこに車やカネ、そしてジンシェンがタオに買ってやった子犬が利いているとすれば、やはり女は、プレゼントに弱い動物・・・?なお、日本人にはわからないが、本作では、①ペット・ショップ・ボーイズの『GO WEST』という曲と、②サリー・イップの『珍重』という曲が全編を通じて大きなウエイトを持つので、それについての勉強も不可欠だ。
 「三角関係」の中でジンシェンが一歩抜きん出るについては、タオが気に入ったらしい『珍重』のCDをすぐに買ってプレゼントするというジンシェンの行動力も功を奏したようだ。しかして、貧乏だが実直なリャンズーよりも、モノやカネに貪欲で、何ごとにも前向きなジンシェンを結婚相手として選んだタオの選択の是非は?

<15年後のジンシェンの大成功はなぜ?>
 格差の広がりと格差の固定はけしからん。それが、今の日本の一般的な「識者」の指摘だが、私はその主張には同意できない。むしろ、今の日本は先進国の中で最も理想的な福祉国家で、理想的な共産国家に近い、平等でやさしい国だと考えている。そんな「格差の広がりと格差の固定」という視点から、15年後のジンシェンとリャンズーの両名を見ると、その差は歴然だ。
 生まれてきた赤ん坊に「ダオラー」(米ドル)と名付けたジンシェンの成金感覚には違和感があるが、彼が赤ん坊に、「パパが米ドルを稼いでやるよ」とささやくのは、本気も本気。そして、その言葉どおり2014年の今、ジンシェンは上海で投資家として大成功していたが、そこには1978年から始めた鄧小平の改革開放政策と、その後を継いだ1993年から2003年までの江沢民、2003年から2013年までの胡錦濤の時代における中国の経済政策が大いに影響していた。「韬光養晦」(目立たずに実力をつけていく)は鄧小平の言葉だが、中国が2010年に日本を抜いてGDP2位になったことについては、鄧小平→江沢民→胡錦濤と続いたリーダーたちの経済政策がそのバックボーンになっていたわけだ。逆に言えば、腐敗防止を掲げ、権力闘争にあけくれる(?)現在の習近平政権下では、ジンシェンのような生き方はかなりヤバイはず・・・。

<リャンズーのみじめさは?タオの今は?>
 それはともかく、そんなふうに大成功したジンシェンに対して、河北省・邯鄲で炭鉱労働者として働き続けてきたリャンズーは、「三角関係」を解消した15年後の2014年には肺を患っていた。そして、自らの命がそう長くないと悟ったリャンズーは妻子とともに故郷の汾陽に戻る決心をしたが、治療費すら払えない今の経済状態でどうやってそこへ引っ越すの?そんな状況下でリャンズーとその妻が借金に苦労する姿や、リャンズーとタオが再会する姿は興味深い。そして、やはりそんなリャンズーの姿は、みじめとしか言いようがない。
 他方、ジンシェンとタオ夫妻も幸せな結婚生活を送ってきたのかというと、そうではなく、早い段階で離婚したらしい。いつ離婚したのか、離婚原因は何なのかは明確にされないが、ベテラン弁護士の私が判断するに、その最大の原因はきっと「価値観の不一致」だろう。もっとも、ダオラーの親権・養育権は、タオも納得のうえでジンシェンに定めたらしい。また、離婚に伴う慰謝料や財産分与として、タオは故郷の汾陽に広い豪邸をもらっていたから、離婚に伴う経済的条件は十分すぎるものだ。
 そんな中、ある日タオの父親が死亡してしまうと、独りぼっちになったタオは泣き崩れ、「父さんが昨日亡くなりました。ダオラーを汾陽に帰してください。」とメールしたが、さて、母子の「ご対面は」?

<離婚後はじめての一人息子との再会の重みは?>
 日本では、離婚に伴って親権・養育権が一方に定められても、他方には子供との面接交流権が1ヵ月に1回程度認められるのが普通。それは中国でも同じだが、タオが住む山西省汾陽とジンシェンが住む上海は遠すぎるためか、あるいは親権者・養育権者をジンシェンと定めた離婚に何らかの特約があったためか、離婚以降タオは一度もダオラーと会ったことがなかったらしい。
 これは中国でも異例だと思われるが、そんな状況下での母子の「ご対面」の重みは大きい。もっとも、2014年の時点で、7歳か8歳の子供がひとり上海から山西省の汾陽にやって来るのに、プライベートジェット機というのは恐れ入る。日本では到底考えられないが、中国で成功した投資家にとって、それぐらいは常識なの・・・?また、スチュワーデスに連れられて降りてきたダオラーを車に乗せ、「ダオラー、なぜ口を利かないの?母さんと言って」と話を向けるタオに対して、ダオラーから「マミー」と言われたから、タオはビックリ!さらに、ダオラーが中国式の葬儀のやり方を知らないのは仕方ないとしても、葬儀を終えた後、タオの家でタブレットを駆使して、上海に住む新しい母親と楽しそうに「会話」している姿を見て、タオがイラついたのは当然だ。
 急成長を遂げた1999年から2014年の中国では、汾陽に住むタオと投資家の息子として上海に住むダオラーとの間に、これ程大きな違いが生じてしまったわけだ。

<再度の一人息子との別れの重みは?>
 子供の親権・養育権は母親がとるのが一般的だが、それは小さい子供は母親と一緒に過ごした方が幸せ、という一般的な価値観にもとづくもの。しかし、離婚後はじめて再会した、ここ数日間のダオラーの姿を見た時、タオは、「やはりダオラーは上海で父親のもとで暮した方が幸せ」と悟ったらしい。そこで、タオはダオラーに対して、「やっぱり父さんと暮らした方がいい。国際学校に行って外国にも行ける。母さんは役立たず」と語り、息子を上海に帰す決心をしたが、一人息子との再度の別れの重みは大きかったはずだ。その結果(?)、ダオラーを見送る際、タオはあえて二人で鈍行列車に乗ることに。それに対して、ダオラーが、「特急に乗ればいいのに」と聞いたのは当然。それに対するタオの答えは、「この方が長く一緒にいられるの」だったが、それって、ダオラーの質問に対する答えになっているの?
 また、二人は寝台列車の中で片方ずつイヤホンをつけてサリー・イップの『珍重』を聴いていたが、タオにとってこの曲は思い出の曲だとしても、この曲を全然知らないダオラーはそれをどう受け止めるの?さらに、タオはカバンから鍵を取り出し、「合鍵を作ったの。いつ戻ってきてもいいのよ」と言いながら、それをダオラーの手に握らせたが、ダオラーはそれをどんな思いで受け取ったの?ダオラーとのこの再度の別れは、ひょっとして二人の永遠の別れになるほどの重みがあるのでは・・・?

<2025年の賈樟柯の予測は?>
 前述のように本作は、賈樟柯独特の視点で、急激に発展した中国の移り変わりとその中での人間模様、そして故郷への想いを、過去(1999年)、現在(2014年)そして未来(2025年)の3つの舞台で示したものだが、何と2025年の舞台はオーストラリアに移るからビックリ!これぞ、現在の「内向き志向」の日本とは正反対の、中国の「発展性」だ。
 第3の舞台の主人公は、19歳になったダオラー。また、そこで新たに登場する重要な人物が中国語教師のミア(張艾嘉(シルヴィア・チャン))だ。大金持ちの中国人が自分の息子を西欧諸国に留学させ、そこで生活させるのは、中国国内でのリスクを分散する「本能」が効いているようだが、父親にとっても一人息子と遠く離れて暮らすのは寂しいはず。まして一人息子の日常用語が英語で、中国語をしゃべることができないため、父子の会話もままならないとあってはなおさらだ。
 さらにあっと驚く展開は、19歳のダオラーが既に50歳近い中国語の女教師で離婚経験まで持つミアと恋仲になり、その話のために二人してオーストラリアから上海にやってくること。ミアを演じるシルヴィア・チャンは台湾出身の美人女優だが、1953年生まれだから、私の恋人役ならともかくダオラーの恋人役はいかにも不釣り合い。19歳のダオラーがそんなミアに魅かれたのは、もちろんそこに母親像と重なるものを見たためだから、いわば「マザコン」の典型だ。「まさか・・・」と思っていると、スクリーンには二人がベッドで身を寄せ合うシーンも登場する。そんな二人が飛行機のチケットを手配する際、ミアの息子と勘違いされたことをダオラーは怒っていたが、この二人の様子を見れば誰だってそう思うのが当然だ。ダオラーとミアの二人は上海の大邸宅の中で父親のジンシェンと「対峙」したが、さてそこでの「父子ゲンカ」のサマは・・・?
 他方、19歳になったダオラーが今はそんな人生の転機を迎えようとしているのを汾陽に一人で住むタオが知らないのは当然。本作ラストは、いかにも賈樟柯らしい叙情的なシーンになるので、その雰囲気をタップリと味わいたい。また、そこではずっとダオラーの首にかけられていた自宅の鍵や『GO WEST』の曲が大きく効いてくるので、それに注目!
                                2016(平成28)年5月24日記