洋16-67

「オマールの壁」
    

                     2016(平成28)年5月14日鑑賞<テアトル梅田>

監督・製作・脚本:ハニ・アブ・アサド
オマール(パレスチナ人のパン職人)/アダム・バクリ
ラミ捜査官/ワリード・ズエイター
ナディア(オマールの恋人、タレクの妹)/リーム・リューバニ
アムジャド(オマールの仲間)/サメール・ビシャラット
タレク(オマールの仲間、ナディアの兄)/エヤド・ホーラーニ
2013年・パレスチナ映画・97分
配給/アップリンク

<この監督に注目!イスラエル・パレスチナ問題とは?>
 日本人には全くなじみがないが、ハニ・アブ・アサド監督は1961年生まれのパレスチナ人。そして、同監督が自爆攻撃へ向かう若者たちを描いた『パラダイス・ナウ』(05年)はゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたそうだ。そんな監督による本作は、分離壁で囲まれたパレスチナの今を生き抜く若者オマール(アダム・バクリ)とその恋人ナディア(リーム・リューバニ)との恋、そして、オマールの仲間であるアムジャド(サメール・ビシャラット)やタレク(エヤド・ホーラーニ)たちとイスラエル人との「戦い」を描いたもので、『パラダイス・ナウ』に続いて二度目のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされていたそうだ。
 スタッフはすべてパレスチナ人、撮影もすべてパレスチナで行われ、100%パレスチナの資本によって製作されたそうだが、そもそもパレスチナって一体どこにあるの?また、パレスチナとイスラエルとの対立って一体ナニ?そして、イスラエル・パレスチナ問題とは?完全に平和ボケしてしまっている多くの日本人は、まずそこから勉強しなければ・・・。

<あの壁は?この壁は?オマールの壁とは?>
 紀元前221年に中国を統一した始皇帝が建設を開始した「万里の長城」は、漢民族の統一国家たる秦の国内に北方の異民族が侵入してくるのを防ぐためのもの。また、1961年にソ連とドイツ民主共和国(東ドイツ)が建設した「ベルリンの壁」は、米ソ二大国による「東西冷戦」が深まる中、東ベルリンから西ベルリンへの国民の逃亡を防止するためのものだった。それに対して、イスラエル(政府)がパレスチナ人による自爆テロを防止するための「セキュリティ・フェンス」という名目で、2000年代からヨルダン川西岸地区に建設を始めたのが、イスラエルとパレスチナの「分離壁」。ネット情報によれば、この分離壁は2012年の時点では総延長の62.1%である439.7キロメートルが完成し、56.6キロメートル(総延長の8%)が建設中、残りの211.7キロメートル(総延長の29.9%)が未着工の計画中区間である、と説明されている。
 この分離壁の建設以降は現実にパレスチナ人による自爆テロは減少しているそうだが、その真の目的は、入植地をイスラエルの支配地域とするための既成事実を作ること、とも言われている。それはそれとして、この分離壁がイスラエル人とパレスチナ人の日常生活に与えるマイナス面は・・・?

<分離壁で隔てられた町の中で若者たちの戦いは?>
 冒頭、パン職人のオマールが町を2つに隔てている分離壁の向こう側に住み働いているナディアに会いにいくため、縄をよじのぼり銃弾をかいくぐって高さ8メートルの分離壁を越えていくシーンが描かれる。ベルリンの壁を越えるのは誰でも1回こっきりだが、オマールにとって、この分離壁を越えるのは日常茶飯事らしい。
 俺たちパレスチナ人がこんな生活を強いられているのは、イスラエルの圧制のため!そう信じて抵抗運動に身を投じているオマール、アムジャド、タレクは射撃訓練も無事クリアできたため、ある日遂にその銃をイスラエル兵に向けることに。
 この襲撃によってイスラエル兵の狙撃には成功したものの、以降オマールたちはイスラエルの秘密警察の捜査の対象とされ、ある日の急襲によってオマール(だけ)は逮捕されてしまうことに。イスラエル兵を殺した仲間たちの名前を吐け。そう迫る秘密警察の拷問は想像を絶するものだった。何とかそれに耐えてきたオマールだったが、ラミ捜査官(ワリード・ズエイター)の詐術を駆使した巧みな尋問とイスラエルのスパイになれば釈放し、恋人とも会えるようにしてやるとの利益誘導の中、ついにオマールは・・・?

<全体の問題VS個人の問題。映画が描くのはどっち?>
 私は中学時代に『十戒』(56年)を観た時からモーゼに導かれたユダヤの民たちの物語に興味を持った。そのため、第二次世界大戦終了後アメリカがイスラエルを建国したことについても、特別な興味を持っていた。また、高校時代に『アラビアのロレンス』(62年)を観た時から、戦後の中東方面におけるイギリスの「二枚舌外交」にビックリさせられるとともに、そこから発生したイスラエル・パレスチナ問題にも興味を持った。イスラエル・パレスチナ問題は第一次中東戦争から第五次中東戦争を経ても何ら解決せず、今でも連日の抗争をくり広げていることは周知のとおりだ。
 もっとも、上記は国家全体の問題だから、その動きをニュース映像として撮影し、編集するのは比較的容易。しかし、パレスチナ人監督のハニ・アブ・アサドが本作で描きたかったのはそれではなく、あくまで分離壁をめぐって日常的に緊迫した状況下にある町の中で生きる若者たちのナマの姿だ。
 本作の公式サイトの「監督インタビュー」である、「パレスチナ人映画監督が語る、占領され“壁”で分断されることが人間に及ぼす影響」で、彼はパレスチナ問題について、「パレスチナ問題について語ることほど称賛・批判される事柄はないが、それらは政治的なもので本来の芸術に対する批評ではない。」と語る反面、「自由の戦士たちの人間的側面」については、「われわれを人間たらしめているのは性格上の弱点だ。人は誰しも、たとえ外からは完璧に見えても、内面は不完全で欠点を持っている。映画監督である私の仕事は、それに誠実に焦点を当て、白黒つけずグレーに描くことだ。」と語っている。
 弁護士業務でも、平時の中ではなかなか見えない人間の本性が、大きな法的紛争下ではよく見えてくることがある。しかして、『オマールの壁』を通じて、イスラエル・パレスチナ問題に「自由の戦士」として向き合わなければならない状況下で見えてくる、3人の男と1人の女性の生き方とその本性とは?

<信頼と友情、忠誠心は?男女の恋は?>
 日本では近時、「安保法制」を「戦争法案」だと批判してデモをしている、「シールズの若者たち」が某新聞を中心にもてはやされている。しかし、本作ではじめて映画に出演したというパレスチナ人の4人の若者たちが織りなす青春群像劇は、シールズのような絵空事ではなくすべて現実のものだけに、その厳しさがスクリーン上から伝わってくる。
 オマール、アムジャド、タレクの3人が「ホントのパレスチナの戦士」と言えるのかどうかはわからないが、3人の男たち相互の信頼と友情、そして国家への忠誠心が、刻々と動く状況下でどのように変化していくのかが興味深い。また、オマールとナディアとの恋も、そんな現実を無視した形で成就することはできないため、逮捕されたオマールがイスラエルのスパイになったのか否かをめぐって、必然的に2人の「対立」が生まれてくることになる。逮捕されたオマールが比較的早期に釈放されたのは、否認を続け、自白しなかったため。オマールはそう主張しているし、アムジャドやタレクもそれを信じたいが、釈放後に次々と起きる新たな事件は一体なぜ?
 本作に登場するただ一人のプロの俳優であるワリード・ズエイター演じるラミ捜査官の神出鬼没ぶりにはビックリさせられるが、こんな厳しい政治・軍事状況下で生きていくパレスチナの若者の大変さを肌で感じるとともに、そんな中での恋愛の成就など神業に近いことを実感!
                                  2016(平成28)年5月19日記