洋16-63

「ハロルドが笑うその日まで」
    

                   2016(平成28)年5月3日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:グンナル・ヴィケネ
ハロルド・ルンデ/ビョルン・スンクェスト
イングヴァル・カンプラード(「IKEA」の創業者)/ビヨルン・グラナート
エバ/ファンニ・ケッテル
2014年・ノルウェー映画・88分
配給/ミッドシップ

<オランダ発の佳作に続き、ノルウェー発の佳作を鑑賞!>
 4月30日に観た『孤独のススメ』(13年)は、86分の短い映画ながらたくさんの賞を獲得したオランダ発の佳作だった。それと同じように、88分と短い本作も、ノルウェーのアカデミー賞と呼ばれるアマンダ賞で最優秀男優賞と最優秀撮影賞をW受賞したノルウェー発の佳作だ。また、原題の『Matterhorn』を『孤独のススメ』という邦題にした前者は2人の中年男が主役だったが、原題の『Her er Harold』を『ハロルドが笑う その日まで』という邦題にした本作は、もう少し年上の2人の初老の男が主役だ。
 他方、前者のチラシには「すべてを失くした男が何も持たない男から学んだ幸せとは―?」と書かれており、本作のチラシには「すべてを失った家具店主と、最先端を走り続ける世界最大の家具販売店の創業者。二人の出会いが“幸せ”の化学反応をひき起こす。」と書かれている。それを見ると、両者はよく似たテーマの心温まるハートウォーミングな映画・・・?そう思っていると、何と本作のテーマは「誘拐」だから、アレレ・・・。

<誘拐のターゲットは?犯人は?その動機は?>
 5月7日から前編が、6月11日から後編が公開される佐藤浩市主演の『64―ロクヨン―』(16年)は、何とも悲惨な子供の誘拐事件をテーマにした社会派ドラマ。それに対して、同じ「誘拐」をテーマにしても『チャップリンからの贈り物』(14年)は、2人の誘拐犯の動機の描き方や、チャップリンの「遺体」を誘拐のターゲットにしたアイデアが秀逸な人間ドラマだった(『シネマルーム36』78頁参照)。しかして、本作が描く誘拐のターゲットは、何と世界的に有名な家具チェーン店「IKEA」(イケア)の社長であるイングヴァル・カンプラード(ビヨルン・グラナート)。彼は実在の人物だから、本作はドキュメンタリー色タップリの社会派ドラマ?しかし、いくら映画は架空のものだと言っても、そんな映画を作っていいの?
 そんな誘拐を企んだのは、ノルウェーで40年以上にわたり小さくも誇り高き家具店を営んできたハロルド・ルンデ(ビョルン・スンクェスト)。小さな家具店の隣にIKEAのような巨大チェーン店がオープンすれば、ハロルドの店が経営難となって潰れてしまうのは世の常だ。映画冒頭、店を失ったうえ認知症の妻も失ったことによって自暴自棄となり、店の中のみならず自分の身体にもガソリンをかけて火を放つハロルドの姿が描かれる。そこでのハプニングは、スプリンクラーが作動したためハロルドには自殺すら思いのままにならなかったこと。そんなすっちゃかめっちゃか状態のハロルドは、その腹いせとしてIKEAのカンプラード社長を誘拐し、復讐してやろうと思いついたが、それってホントに筋が通っているの?完全な逆恨みでは?また、どんな犯罪でも、「考える」だけと実際に「やる」のとは大違い。さて、ハロルドはホントにそんな「思いつき」を実行に移すの・・・?

<奇妙な男に奇妙な女が合流!>
 山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(77年)は、武田鉄矢演じる花田欽也と桃井かおり演じる小川朱美の2人が、高倉健演じる刑務所から出てきたばかりの男・島勇作にハッパをかけることによって、今なお待っていてくれるかどうかもわからない、倍賞千恵子演じる妻・島光枝の家へと向かうロードムービーを成立させていた。それと同じように(?)、本作ではIKEAのカンプラード社長の誘拐というとんでもない思いつきをホントに実行するについては、思いがけず『幸福の黄色いハンカチ』の小川朱美以上に奇妙な女エバ(ファンニ・ケッテル)が登場してくることになるので、それに注目!
 ハロルドが住んでいるのはノルウェーで、カンプラード社長がいるはずのIKEAの本店があるのはスウェーデンだが、その距離はどれくらい?そもそも、エバがなぜヒッチハイク状態なのか?この女はホントに子持ちの女なのか?なぜ、こんなにハロルドとくっついて行動できるのか?そこらあたりが不明確なままだが、半分頭が狂ってしまったとしか言いようのない奇妙な初老の男ハロルドの仲間には、こんな奇妙な女エバがピッタリだ。
 ボケ老人に拳銃を撃たせたりしたら危険なことこの上ないが、本作ではそれもOK・・・?本作中盤では、ノルウェーからスウェーデンに向かう、この奇妙な男女のロードムービーを楽しみたい。

<「誘拐」ってこんなに簡単?その要求は?>
 「誘拐」をテーマにした映画では、その実行に向けての緻密な計算がストーリーの筋になるのが当然。そして、いくら緻密に計算された計画であっても、そのどこかで想定外の事態が起こり、すべての状態が混乱していくところから本格的ストーリーが始まるのが普通だ。ところが本作では、北欧で有名な車SAABに乗ってノルウェーからスウェーデンへと走る旅の途中で、偶然路上で車の故障で困っている老人を発見し乗せてやったところ、それが何とIKEAのカンプラード社長だったという設定だから、いくら何でもそりゃ安易すぎ!これでは、劇場公開用の映画のレベルとは言えないのでは?そんな風にさえ思えてしまう。
 さらに、こんなに簡単にカンプラード社長の誘拐に成功してしまうと、本来の誘拐の目的である「要求」として、何を出せばいいの?もともとハロルドはそれについて何も考えていなかったため、誘拐に成功してしまうと、そのことに苦慮せざるをえないことに・・・。そんなことは、しばらくカンプラード社長を監禁したまま、ゆっくり考えればいいか?そんな風にハロルドは問題を先送りにしたが、本作中盤では、ボケ老人のハロルドと同じように、いや見方によってそれ以上にカンプラード社長のボケ老人ぶりが面白くなってくるので、2人のボケぶり、つっこみぶりに注目!

<IKEAのカンプラード社長の哲学とは?>
 近時、日本では、IKEAと同じように急成長した大塚家具の「お家騒動」が起こり、安売り派(カジュアル路線)の娘・大塚久美子社長と高級志向の父親・大塚勝久会長との確執が顕著になったが、スウェーデンのIKEAはどうしてあんなに急成長することができたの?
 IKEAを一代で巨大な世界的家具チェーンに成長させたカンプラード社長のビジネス哲学は「より良い物を、より安く、より納得のいく形で、たくさんの人に」らしい。また、「従業員ひとりひとりをねぎらい、愛した」らしい。そして「何よりも私は謙虚であることに最大の価値を置いている」らしい。しかし、ハロルドとのさまざま議論(?)の中で語られるカンプラード社長の言葉によると、「ある時期」の「ある発言」によって、カンプラード社長はナチズムの支持者だという批判がずっとつきまとっているらしい。
 数々の創業者の「成功物語」は日経新聞最終ページの「私の履歴書」によくまとめられており、2016年4月には北海道から全国的な家具チェーン店を成功させたニトリの社長、似鳥昭雄氏が取り上げられていた。「私の履歴書」のまとめ方がどうしても多少キレイ事的になるのは仕方ないが、それでもその人物の人間性をうまく抽出していることが多い。本作中盤のボケ老人にエバを交えた3人の珍道中の中には、「私の履歴書」以上にIKEAのカンプラード社長の人間性が浮かびあがってくるので、それに注目!

<「思いつき」的誘拐の変化は?その結末は?>
 ハロルドがカンプラード社長の誘拐を思いついたのは、そんなカンプラード社長の経営哲学を知っての上ではなく、単なる恨みつらみから。しかも、誘拐そのものに計画性もなければ、誘拐に成功した後何を要求するのかの計画性も持っていなかった。したがって、あっけなくカンプラード社長の誘拐に成功したものの、その後どう動けばいいのかなかなか決まらないまま、エバを交えた3人のドタバタ劇(ロードムービー)が続いていくことになる。
 そんな奇妙なロードムービーの中、誘拐されてしまったカンプラード社長は次第に自分の立場に固執しなくなり、何でもハロルドの要求を認めるかのような態度になっていくのだが、そうなってくるとなおさら、誘拐したカンプラード社長に対してハロルドは何を要求すればいいの?もともと、誘拐にも要求にも何の計画性もなかったハロルドはそこではたと困ってしまうことに・・・。そんな旅が続く中、最終的にハロルドが選んだ決断とは?
                                  2016(平成28)年5月10日記