日16-56

「海よりもまだ深く」
    

                     2016(平成28)年4月25日鑑賞<ギャガ試写室>

原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
篠田良多/阿部寛
白石響子(良多の元妻)/真木よう子
中島千奈津(良多の姉)/小林聡美
山辺康一郎(探偵事務所社長)/リリー・フランキー
町田健斗(探偵事務所の良多の相棒)/池松壮亮
白石真悟(良多と響子の一人息子)/吉澤太陽
仁井田満(淑子の憧れのクラシックの先生)/橋爪功
篠田淑子(良多の母親)/樹木希林
福住(響子の新しい恋人)/小澤征悦
2016年・日本映画・117分
配給/ギャガ

<阪本順治と是枝裕和両監督が!団地をテーマに!>
 去る4月17日付産経新聞の「和泉 幻視行」は、「はじめアコガレ 後は仮の住処」という見出しで、泉北ニュータウン・泉ヶ丘の「団地」を特集していた。1970年に開催された大阪万博に向けて泉北ニュータウンより一足先に開発された千里ニュータウンは、バブル期の地価高騰の後は一時「千里オールドタウン」と呼ばれていたが、かつての5階建て団地から高層マンションへの建替えが急速に進んだ昨今は再び活気を取り戻し、地価も上昇している。しかし、千里ニュータウンを真似て(?)大規模開発された泉北ニュータウンは、今まさに泉北オールドタウンと化している。そんな「団地」をテーマとして、今年5月には是枝裕和監督の本作が、今年6月には阪本順治監督、藤山直美主演のタイトルもズバリ『団地』(16年)が続いて公開される。
 阪本順治監督の『団地』は大阪近郊にある昭和の面影を残す古ぼけた団地が舞台だが、是枝裕和監督の本作の舞台は、本作の主人公・篠田良多(阿部寛)の母親・篠田淑子(樹木希林)が一人で住んでいる東京郊外の団地。ダイニングキッチンと風呂がついた2DKの団地はかつては多くの日本人の憧れだったが、今やエレベーターのない5階建ての団地はさびれっ放し。本作は是枝監督が実際に9歳から28歳まで住んでいた東京都清瀬市の旭が丘団地で撮影されたそうだが、是枝監督はなぜ今そんな団地にこだわったの?本作のプレスシートを読むと、是枝監督は「なりたいものになれなかったのは団地も同じなんですよね」と語っている。そのココロは、かつて憧れの集合住宅として全国に建てられた団地が、老朽化や住人の高齢化といった問題を抱え、今や当初のイメージと異なる状況に直面している姿に、なりたいものになれなかった登場人物たちの切なさと重ね合わせ、郷愁と共にスクリーン上に映し出したかったらしい。なるほど、なるほど。
 阪本順治監督が『団地』で描く人生模様も面白そうだが、『誰も知らない(Nobody knows)』(04年)(『シネマルーム6』161頁参照)、『歩いても 歩いても』(08年)(『シネマルーム19』325頁参照)、『そして父になる』(13年)(『シネマルーム31』39頁参照)、『海街diary』(15年)(『シネマルーム35』未掲載)等の名作によって今や大監督となった是枝監督が、「なりたいものになれなかった」男・良多を主人公とした本作で描く人生模様も面白そうだ。その期待に内心ワクワク・・・。

<阿部寛演ずる良多のダメ男ぶりに注目!>
 『エヴェレスト 神々の山嶺』(16年)で見た阿部寛は、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』での秋山好古と同じく、大男ぶりがピッタリだった(『シネマルーム37』86頁参照)。また、『テルマエ・ロマエⅡ』(14年)(『シネマルーム32』未掲載)では、日本人離れした彫りの深い顔立ちと筋肉隆々の肉体が古代ローマ人役にピッタリだった。さらに、東京の大田区の町工場を舞台としたテレビドラマ『下町ロケット』では、宇宙科学開発機構の元研究員で、今は町工場の社長をしている佃航平役がよく似合っていた。それらを代表作として、今や映画、テレビにひっぱりだこの阿部寛が、是枝監督が原案、監督、脚本、編集した本作では、15年前に文学賞を獲ったきり鳴かず飛ばずで、今は山辺康一郎(リリー・フランキー)が経営する探偵事務所に勤めているダメ男・篠田良多役に挑戦!
 本作冒頭、電車を乗り継いで淑子が住む団地の4階の部屋にやってきた良多は、郵便受けの中に隠してあった鍵を見つけて勝手に中に入り込み、何やら家宅捜索(?)を・・・。こりゃ一体ナニ?しばらくするとそれは、亡くなった父親の「遺産捜し」らしいことがわかるから、それだけで良多のダメ男ぶりがわかろうというものだ。
 淑子の団地には良多の姉の中島千奈津(小林聡美)も時々やってきて茶飲み話をしていたが、出来の悪い弟と違って千奈津はメチャしっかり者。そんな千奈津には、良多が事前の連絡もなく、突然母親の団地にやってきた意図は概ねお見通しらしい。いやはや・・・。本作では、何よりもそんな阿部寛演じる良多のダメ男ぶりに注目!

<ダメ亭主には、しっかり者の(元)女房が!>
 ダメ弟には、しっかり者の姉がついているのが常。そして、ダメ亭主には、しっかり者の女房がついているのも常だ。人間観察眼の鋭い是枝監督だから、本作におけるそこらあたりの設定は明確で、『そして父になる』に続いて真木よう子がしっかり者の(元)女房、白石響子役を見事に演じている。良多と響子の接点は、11歳になる一人息子・白石真悟(吉澤太陽)と良多との月に一度の面接交流だが、良多は毎月支払うべき子供の養育費も滞りがちだから、肩身が狭そうだ。また、「ダメ男は見栄っ張り」と相場が決まっているから、元妻の前で今なお小説家気取りを続けている良多のダメ男ぶりを見ていると少し哀れにさえなってくる。
 本作が面白いのは、良多と響子の接点がもう一つあること。それは、探偵事務所に勤めている良多が仕事を兼ねて(?)、響子の新しい恋人、福住(小澤征悦)との交際状況を内偵(?)していること。離婚調停、裁判を有利に進めるためなら、そんな内偵も意味があるが、一方的に自分の責任で離婚に至った(はずの)良多の場合は、今更響子の現在の恋人との交際ぶりを内偵しても無意味なことは明らかだ。もっとも、新しい恋人を見つける勇気も甲斐性もない良多の場合は、今なお美人で魅力的な響子に未練タップリで、新しい恋人に嫉妬心まで燃やしているようだから、その点は何とも見苦しい・・・。
 弁護士過剰時代となった昨今、離婚事件を専門にやろうとしている弁護士も多いそうだが、そんな弁護士は法科大学院でくだらない授業を聴くより、本作のような映画で学んだ方がよほど有益だ。

<大女優・樹木希林の芸達者ぶりとその人柄を再確認!>
 日本でもハリウッドでもヨーロッパでも大女優はたくさんいるが、彼女たちはすべて主演女優がピッタリの美人女優ばかり。それに比べれば、1943年生まれの大女優・樹木希林は超異色だ。ある意味、数多くのコマーシャルで有名になったともいえる彼女には、今や助演女優としてキラリと光る役がピッタリだ。そんな彼女は、是枝監督作品では『歩いても 歩いても』、『奇跡』(11年)、『そして父になる』、『海街diary』に続き本作が5度目の出演になるから、是枝監督との相性は抜群。プレスシートの中で、是枝監督は「樹木さんがOKしてくれなければ、この作品は撮らないつもりでした」と打ち明けているほどだ。
 ちなみに、樹木希林は私が2015年9月から事務局の場所を提供するなどの協力をした「おおさかシネマフェスティバル2016」では、『あん』(15年)、『駆込み女と駆出し男』(15年)(『シネマルーム36』106頁参照)、『海街diary』などの演技によって見事主演女優賞に輝いた。2016年3月6日に開催された「おおさかシネマフェスティバル2016」は、一方では主演女優賞の樹木希林と主演男優賞の佐藤浩市の存在感、他方では、助演男優賞の松坂桃李、新人男優賞の坂口健太郎、そして新人女優賞の杉咲花、藤野涼子のフレッシュさのおかげで大成功をおさめたが、表彰式終了後のパーティーにおける樹木希林の存在感は抜群だった。2013年3月に全身ガンを公表した彼女は、今や完全に人生を悟り切ったような心境に達しているらしい。そんなこともあってか、「おおさかシネマフェスティバル2016」に向けた段取りでも、およそ大女優らしくない「普通のおばさん」としての扱いを希望するとともに、パーティーの席では誰とでも気さくに話や写真撮影に応じてくれた。とりわけ、表彰式の司会をした浜村淳さんとは会話がよくはずんだようで、浜村さんと親しい私もその間に入っていろいろと親しく話をすることができた。
 本作では、「海よりもまだ深く~」という私の大好きなテレサ・テンの『別れの予感』の曲がラジオで流れる中、そんな大女優・樹木希林が、しんみりと良多に対して「なんで男は今を愛せないのかねぇ」と嘆きながら「幸せってのはね、何かを諦めないと手にできないもんなのよ」と語るシーンをはじめとして、さまざまな「決めゼリフ」がちりばめられているので、それに注目!

<台風の夜、3世代4人の家族が団地の中で!>
 去る4月14日に発生した熊本地方を震源地とした大地震は、「平成28年(2016年)熊本地震」と名付けられたが、その被害は長期に及び、かつ深刻になっている。いくら震災大国の日本でも、1995年1月17日の阪神・淡路大震災や2011年3月11日の東日本大震災級の大震災はまれ。しかし、台風の被害は、毎年大なり小なり各地で発生している。
 1274年11月(旧暦10月)と1281年8月(旧暦閏7月)に九州地方を襲った台風は、日本に攻め込んでいた蒙古の大軍を海上で壊滅させるという劇的効果を生んだ(文永の役、弘安の役)が、本作後半は、大型台風が近づく中、ひょんなきっかけで淑子の団地の中に3世代4人の家族が揃い、一夜を過ごすという意外な展開になっていくので、それに注目!

<こんな非日常も大切!そこで何かが変わるかも>
 なぜそんな展開になったのかは映画を観てのお楽しみだが、本作ではそんな状況を嫌がる響子と、そんな状況を喜び、いそいそと得意のカレーうどんを振る舞う淑子の対比が面白い。また、狭い団地の中で一夜を過ごすとなると、夕食後は真悟におばあちゃんについて書いた作文を読んでもらったり、良多の昔の写真を見せたり、淑子はいろいろとやることがあるものだ。そんな中、4人はそれぞれの思いを胸に床についたが、さて淑子が指示したように、良多と響子は真悟を真ん中に川の字状態で眠るの?私にはそんな興味が湧いたが、それは良多も同じだったらしい。その結果、この際響子とのヨリを戻せるのではと期待した良多は、スケベ根性丸出し(?)で響子のスカートの上から膝に手を置いたが、それには響子からの猛反撃が。その後、交わされる会話の中で、良多が響子の内偵をしていたことがバレてしまうのはご愛嬌だが、その後の2人の生々しい会話が面白い。それは、「お前、もうあいつとやったのか?」「やったわよ。子供じゃないんだから」とかなり露骨なものだが、まさにこれぞ大人の本音の会話だ。
 もっとも、団地で19年間も過ごした経験のある是枝監督が本作で見せるハイライトはそれではなく、台風の夜、公園にあるタコの滑り台の中で語り合う父子のシーンになる。これは、遠い昔の台風の夜に良多が父親と過ごした記憶を再現しているものだが、本当はきっと是枝監督の記憶を再現しているのだろう。タコの滑り台の中はいわば防空壕だから、雨風を防ぐには十分。そんな「非日常」の空間の中で食べるおかしは普通のものだし、会話も他愛のないものだが、そこには父子の本音の語りがタップリと。
 他愛ない話の流れで、「パパはなりたいものになれた?」と尋ねられた良多は一瞬言葉に詰まったが、それを真悟はどう受け止めたの?さらに、心配してやってきた響子に対して良多は「こんなはずじゃなかったよなぁ」とつぶやいたが、それを響子はどう受け止めたの?思いがけずこんな貴重な経験をすることができた良多には、ここで大きな変化が起きたのでは・・・?

<日経新聞の「文化」も私と同じ視点で>
 私はこの原稿を4月28日に完成させたが、4月30日付日本経済新聞32面の「文化」欄は、「50代監督 団地を撮る」という見出しで、阪本順治監督の『団地』と是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』の両作を、「2人はそこに何を見たのか」という視点で対比させている。
 この両作の比較対照は私の方が一足先だったが、編集委員・古賀重樹氏のこの記事も興味深いので、関心のある人は是非読んでもらいたい。
                                   2016(平成28)年5月2日記