洋16-4

「ブリッジ・オブ・スパイ」
    

               2016(平成28)年1月9日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:マット・チャーマン、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
ジェームズ・ドノヴァン(弁護士)/トム・ハンクス
ルドルフ・アベル(ソ連のスパイ)/マーク・ライランス
ホフマン(CIA諜報員)/スコット・シェパード
メアリー・ドノヴァン(ジェームズの妻)/エイミー・ライアン
ウルフガング・ヴォーゲル/セバスチャン・コッホ
トーマス・ワッターズ/アラン・アルダ
フランシス・ゲイリー・パワーズ(U-2偵察機のパイロット)/オースティン・ストウェル
フレデリック・プライヤー(東ベルリンでスパイ容疑で逮捕されたアメリカ人学生)/ウィル・ロジャース
イワン・シーシキン/ミハイル・ゴアヴォイ
2015年・アメリカ映画・142分
配給/20世紀フォックス映画

<対照的なルーカス作品とスピルバーグ作品を同時に!>
 ジョージ・ルーカス監督とスティーヴン・スピルバーグ監督といえば、ハリウッドを代表する巨匠だが、日本では2015~2016年の年末年始にかけて、ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15年)とスティーヴン・スピルバーグ監督の本作が同時に公開されている。もっとも、大宇宙を舞台とし、壮大な世界観をあっと驚くものすごい映像美で示すとともに、何とも独創的なキャラクターを縦横無尽に創りだした『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に対して、本作は何と1950年代の全世界を核戦争の恐怖に陥れた「東西冷戦」時代に実際に起きた東西の「スパイ交換事件」を題材とした、何とも重苦しい人間ドラマだ。登場人物も①アメリカから東ベルリンまで乗り込んで、スパイ交換事件の交渉にあたった弁護士ジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)をはじめ、②ソ連のスパイとされたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)も、③米軍の偵察機U-2のパイロット、フランシス・ゲイリー・パワーズ(オースティン・ストウェル)も実在の人物だ。
 ジョージ・ルーカス監督は「SFもの」や「ファンタジーもの」が得意だが、スティーヴン・スピルバーグ監督は「歴史もの」が得意。しかも、ジェームズ・ドノヴァン役を担ったトム・ハンクスとは、①『プライベート・ライアン』(98年)、②『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02年)(『シネマルーム3』93頁参照)、③『ターミナル』(04年)(『シネマルーム8』243頁参照)に続く4作目のタッグだから、互いに気心が知れている。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』だけは少し「軽い」映画だったが、本作を含めその他3作品はすべて歴史上の事実を踏まえた重いものばかりだ。なぜ、スピルバーグ監督はあえてそんな重く、小難しいテーマばかりを?そんなことも考えながら、実話にもとづく本作の「重み」をじっくりと・・・。

<これぞ弁護士の鑑だが、その代償は?>
 弁護士の業界紙(?)として、『Attorney’s MAGAZINE』と『月刊弁護士ドットコム』がある。リーガルプロフェッショナルのヒューマンドキュメント誌たる『Attorney’s MAGAZINE』には、「Human History 弁護士の肖像」があり、そこでは創刊準備号の2007年の11月から、2015年1月の第44号まで計49人の弁護士が取り上げられている。『月刊弁護士ドットコム』はまだ4号だが、そこにも「フロントランナーの『肖像』」がある。しかして、『Attorney’s MAGAZINE』の第37号と、『月刊弁護士ドットコム』の第4号の両者で取り上げられた弁護士が、私が尊敬する松尾翼弁護士(東京弁護士会)だ。
 1931年生まれの松尾翼弁護士は、①1960年代の新人弁護士時代には、「安保闘争」で逮捕された学生たちの弁護人、②1972年に起きたテルアビブ空港乱射事件では日本赤軍のメンバーのひとりである岡本公三の弁護人、③1980年にビートルズのポール・マッカートニーが来日し大麻所持の容疑で捕まったときの弁護人、等を務めている。そんな「反骨の弁護士」の座右の銘は、「道標のない途を開拓すること」と「誰もやっていないことをやれ!」だ。そんな松尾弁護士を思い出したのは、本作でトム・ハンクス演じるドノヴァン弁護士を見たためだが、さてドノヴァン弁護士はどんな活動を?
 本作は、アメリカとソ連が冷戦状態にあった1957年、ニューヨークでルドルフ・アベルがソ連のスパイとしてFBIに逮捕されるシーンから始まる。そのアベルを裁判で弁護する国選弁護人としてアメリカ政府が白羽の矢を立てたのが、ニュルンベルク裁判で検察官を務め、優れた交渉術により法曹界で一目置かれた存在で、現在は保険法のエキスパートとして国際政治や謀略とは無縁の生活を送っているドノヴァン弁護士だ。「反骨の弁護士」たる松尾弁護士と同じように、「どんな人間にも等しく公平な裁判を受ける権利がある」と正義の原則と基本的人権の保護を信じ、市民権に関係なく、アベルに公平な裁判を受けさせたいと考えたドノヴァン弁護士としては当然そんな依頼を受任すべきだが、ソ連のスパイの弁護人をやれば、彼自身はおろか家族までもが世間の批判と軽蔑の対象になり、命の危険にさらされる可能性が大きい。
 本作導入部では、そんな代償を覚悟の上でアベルの弁護人を務めたドノヴァン弁護士の努力によって、当然死刑と考えられていたアベルは「懲役30年」の判決を獲得するとともに、弁護人と被告人の立場を越えた両者の人間としての信頼関係が生まれていく姿が描かれていく。こんな弁護士冥利に尽きる活動ができるから、弁護士業は楽しく、なかなかやめられないわけだ。

<U-2撃墜事件とは?『映像の世紀』全11回は必見!>
 去る1月6日に北朝鮮が水素爆弾の実験を行ったことによって、北朝鮮VS韓国はもちろんアメリカ、中国にも大きな緊張が走った。その対応策の一貫として、アメリカは1月10日に韓国の上空に戦略爆撃機B-52を飛行させたが、その意味するものは単なる牽制だけ?こんな「事件」や、中東におけるサウジアラビアからイランへの国交断絶通告等の事件によって、2016年の国際情勢も多難な幕明けになったが、1960年5月1日にソ連領空でアメリカのU-2偵察機が撃墜され、そのパイロット、フランシス・ゲイリー・パワーズが拘束されたU-2偵察機墜落事件とは一体ナニ?
 年末年始にロクなテレビ番組がない中で私が集中的に観たのは、NHKBS1で一挙放映された『映像の世紀』のデジタルリマスター版・全11回。その第8集「恐怖の中の平和」は、「東西冷戦」を取り上げたもので、そこでは「ベルリンの壁」の建設やU-2撃墜事件そしてキューバ危機に至る、生々しい「東西冷戦」の映像が登場していた。しかして、本作でもパワーズがU-2偵察機のパイロットになるについて上官から聞かされる訓話(?)や、現実に撃墜されたU-2偵察機が墜落していく映像を見ていると、一瞬これは『映像の世紀』の映像かと見間違うようなリアリズム感がある。
 スティーヴン・スピルバーグ監督とトム・ハンクスによるコンビの第4作となる本作はアカデミー賞ノミネート確実と言われているが、「東西冷戦」時代の世界情勢の理解は難しいから、本作をしっかり理解するための補助教材として、『映像の世紀』の第8集は必見!

<この秘密任務を受けるべき?私ならとても無理だが>
 本作にはソ連の捕虜とされたパワーズが懲役10年の判決を受けるシークエンスが登場するが、この法廷風景がどこまで真実なのかはわからない。それは、習近平体制下の中国で、次々と実施されてきた「虎もハエも叩く」政策の一貫としての、腐敗幹部に対する裁判風景がわからないのと同じだ。
 それはともかく、アメリカにとってはパワーズが有罪判決を受けたことも問題だが、「U-2が撃墜されたらコインの中に埋め込まれた毒針で自決せよ」との訓示に違反して生きながらえたパワーズが、アメリカの重大機密を自白するのではないかという危機感の方がより重要な問題だ。そこで、CIA諜報員のホフマン(スコット・シェパード)が画策したのが、パワーズとアベルという、いわばスパイ同士の交換だ。その交渉の舞台は、今まさに「ベルリンの壁」が築かれようとしている東ベルリンだが、その交渉役を一体誰に託せばいいの?アメリカ政府は東ベルリンを国家として認めていないため、正式の外交官を派遣して表舞台で交渉するのは到底ムリ。そのため、ここでも白羽の矢が立ったのがドノヴァン弁護士だが、そこでホフマンは「頼れるのは自分だけだ」とクギを刺したからこりゃ恐い。これはハッキリ言えば、「命が危うくなってもアメリカ国家は助けてくれないよ」という意味だから、いくら正義の原則と基本的人権の保護を信じているドノヴァン弁護士でも、そんな任務はイヤだろう。
 もちろん、東ベルリンに行きそんな任務に就くことは、愛する妻メアリー(エイミー・ライアン)に対しても絶対に他言無用だ。こんな条件では私はもちろん、前述した松尾翼弁護士だって二の足を踏むはずだが、さてドノヴァン弁護士は?

<ベルリンの壁では、とんだハプニングが!>
 「ベルリンの壁」を建設している映像と、そのさなかに東ベルリンから西ベルリンへ逃げ出していく市民たちの映像を見ていると、『映像の世紀』という番組の価値がよくわかる。本作で、アメリカ側の専用列車に乗って西ベルリンから東ベルリンに入ろうとしたドノヴァン弁護士が列車の窓から見たのは、東ベルリンから西ベルリンへ逃れるため、建設中の壁を無理矢理乗り越えようとして射殺されてしまう人々。ドノヴァン弁護士が乗っているのは、西ドイツから東ドイツ領内を通過して、飛び地である西ベルリンに入るための列車だから、東側の人々はこの列車に乗ることは不可能なわけだ。
 もちろん、ベルリンの壁は1日にして建設されたわけではないから、東ベルリンに住んでいたアメリカ人学生フレデリック・プライヤー(ウィル・ロジャース)も早期に西ベルリンへ脱出しようとすればできたのかもしれない。しかし、その時期が少し遅れたため、ベルリンの壁建設をめぐる混乱の中、プライヤーの西側への逃走が兵士たちから制止され、逮捕されてしまうというハプニングに。
 もちろん、そんなプライヤーをアメリカに取り戻す任務はドノヴァン弁護士には与えられていないし、CIAもそんなことには無関心だったが、東ベルリンに入ったドノヴァン弁護士はこのプライヤーの返還にも固執したから、東側との交渉はますます難しくなることに。つまり、パワーズとアベルの交換についての交渉相手はソ連だが、プライヤー返還の交渉相手はソ連ではなく国家として未だ承認されていない東ベルリンだから、否応なくドノヴァン弁護士の交渉は「二正面作戦」になるわけだ。しかし、「二正面作戦」と言えば聞こえはよいが、これはいわば北朝鮮のような「二枚舌交渉(外交)」になるから、それは国家としての信義や弁護士としての信義に反するのでは?私はそう思ったが、さてスクリーン上で展開されるドノヴァン弁護士の理屈とは?

<ドノヴァン弁護士は交渉のみならず、実践までも・・・>
 私が考える東西冷戦時代の「スパイもの」の最高峰は、ポール・ニューマンとジュリー・アンドリュースが共演した『引き裂かれたカーテン』(66年)とリチャード・バートンが主演した『寒い国から帰ったスパイ』(65年)の2作だが、その時代の「スパイもの」の内容は複雑で、スクリーンは重くかつ暗い。
 本作はFBIによるアベルの捕り物帳から始まるが、その舞台はニューヨークの地下鉄が中心だから、どことなく安心感(?)がある。しかし、物語後半になって至る所に登場する、「ベルリンの壁」やドノヴァン弁護士が東ベルリンに入るために通過しなければならない「フリードリヒシュトラッセ検問所」を見ていると、いかにあの時代が重く暗いものであったかを実感せざるをえない。そんな重々しい雰囲気の中で、少しペテン的な(?)ドノヴァン弁護士の駆け引きによって実現したのが、本作ラストのクライマックスとなる「グリーニッケ橋」のアベルとパワーズの交換シーンだ。交渉役だけだと思っていたドノヴァン弁護士がこのスパイの交換の現場にも登場してきたことに私は驚いたが、さあそこでドノヴァン弁護士はどんな役割を?
 ちなみに、このシーンでドノヴァン弁護士が着ているコートは大きな黒い襟に毛皮がついていて暖かそうだが、ドノヴァン弁護士は風邪気味で下手すると鼻水をたらしそう。また、このダブルのコートも悪くはないが、ダンディなドノヴァン弁護士にはあまり似合っていない感じもある。しかして、それは一体なぜ?もちろん本作を観ている人にはそれはすぐにわかることだが、この一事からも政府から何の保証もないまま重要な極秘任務を負って単身で東ベルリンに入ったドノヴァン弁護士のしんどさがわかるはずだ。それはともかく、ラストのシークエンスで注目すべきは、この「グリーニッケ橋」でのスパイ交換のやり方。同じ「スパイもの」でもスパイアクションものならこんな場合は往々にしてとんだハプニングが起こるものだが、さて、実話にもとづいた物語である本作では・・・?

<ドノヴァン弁護士のもう一つの大仕事の映画化に期待!>
 日本の弁護士業界は、法曹人口が増え競争相手が増えることに危機感をもち、司法試験合格者の数を減らすための活動を懸命に展開している。それはそれでわからないでもないが、私の意見はそれよりも弁護士の活動領域をもっと広げることに精力を注ぐべきだということ。前述した松尾翼弁護士の座右の銘を見てもそう思うし、本作におけるドノヴァン弁護士の活動を見れば、その感を一層強くする。大阪都構想の是非を住民投票で問う、という2015年5月17日の「関ヶ原の戦い」にわずかの差で敗れた橋下徹前大阪市長は、目下大阪維新の会の法律政策顧問として「憲法改正案の作成」に没頭中らしいが、今年7月の参議院議員選挙がもし衆議院議員選挙とのダブル選挙になれば、きっとその表舞台に登場してくるはずだ。政治家として活躍している弁護士は全国的に多いが、本作のドノヴァン弁護士のように、国の外交の面で、しかも水面下で働いている弁護士は日本にいるの?
 そんな視点で考えれば、本作の物語終了後に登場してくる、1962年12月、「ドノヴァン弁護士、ケネディ大統領の依頼でピッグス湾(キューバ)侵攻失敗による捕虜解放に成功」という字幕にビックリ!たしかに政府が何の責任ももたなくてよいドノヴァン弁護士のような民間人が本作にみるような多大な成果をあげることができたのなら、さらにその活用を考えない手はない。ケネディ大統領がそう考えたのは当然だが、ドノヴァン弁護士はこの捕虜解放交渉をどのように展開し、いかなる成果をあげたのだろうか?「キューバ危機」は『映像の世紀』第8集でも大きく取り上げられていたが、映画で一番面白かったのは『13デイズ』(00年)(『シネマルーム1』63頁参照)。そこでは、息詰まる緊張感の中で、ジョン・F・ケネディ大統領ら3人の「若きリーダーたち」が下す苦悩の決断の姿が描かれていた。また、アメリカ帝国主義からのキューバ解放の戦いの姿は『チェ 39歳 別れの手紙』(08年)(『シネマルーム22』未掲載)、『チェ 28歳の革命』(08年)(『シネマルーム22』92頁参照)を観ればよくわかったし、この2作はメチャ面白かった。しかし、ピッグス湾侵攻失敗による捕虜解放の交渉劇はあまり世間に知られていないし、『映像の世紀』でも描かれていなかった。すると、そんなドノヴァン弁護士のもう一つの大仕事もスティーヴン・スピルバーグ監督なら映画化できるはずだから、本作に引き続いてトム・ハンクスを起用し映画化してみればどうだろうか?そんな企画を是非期待したい。
                                  2016(平成28)年1月19日記