洋16-45 (ショートコメント)

「母よ、」
    

                      2016(平成28)年4月10日鑑賞<テアトル梅田>

監督・脚本・製作・出演:ナンニ・モレッティ
マルゲリータ(女性映画監督)/マルゲリータ・ブイ
バリー・ハギンズ(製作中の映画のアメリカ人俳優)/ジョン・タトゥーロ
ジョヴァンニ(マルゲリータの兄)/ナンニ・モレッティ
アーダ(マルゲリータの母)/ジュリア・ラッツァリーニ
リヴィア(マルゲリータの思春期の娘)/ベアトリス・マンシーニ
2015年・イタリア、フランス映画・107分
配給/キノフィルムズ

◆映画冒頭、大勢の解雇された労働者たちが工場前でデモ行進をし、今にも工場占拠の実力行使に移ろうとするシーンは、それを阻止しようとする機動隊との「対決」を含めて大いに迫力がある。本作は『キリマンジャロの雪』(11年)(『シネマルーム29』10頁参照)や『パレードへようこそ』(14年)(『シネマルーム36』未掲載)と同じような、今ドキ珍しいイタリアの労働問題をテーマとした社会問題提起作!
 そう思っていると、本作の主人公で女性映画監督のマルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)から「ストップ!」の声がかかり、撮影のやり方についてあれこれ注文が出されたからビックリ。何だ、これは映画撮影の現場だったのか・・・。

◆本作を監督したナンニ・モレッティ監督は、『息子の部屋』(01年)(『シネマルーム1』57頁参照)などで知られるとともに、40歳にしてカンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭のすべてで賞を受賞した監督。また、本作は1951年から続くフランスの伝統ある映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』で、2015年の映画第1位に選ばれているらしい。
 このナンニ・モレッティ監督は「家族の姿を描くこと」を生涯のテーマにしているが、『息子の部屋』で「暗い、しんどい、疲れる・・・」という見出しで書いたように、本作も母親アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)の「余命宣告」以降、「暗い、しんどい、疲れる」ストーリーが続いていく。したがって、観ていてちょっとしんどくなることは否定できないが・・・。

◆映画監督の仕事は撮影現場を指揮するだけでも大変なのに、マルゲリータの場合は①恋人との別れ、②思春期の娘リヴィア(ベアトリス・マンシーニ)の進路問題や彼氏問題の他、③余命いくばくもないことが明らかになった母親の介護問題まで抱えることになったから、さあ大変。それにしても、撮影現場で使用者側のボスを演じるハリウッド俳優バリー・ハギンズ(ジョン・タトゥーロ)のセリフ覚えの悪さと演技のヘボさにはビックリ。こんな俳優をなだめたりすかしたりしながら使いこなさなければならない監督は大変だ。
 もっとも、常にイライラ気味のマルゲリータの行動や言葉を見ているとマルゲリータの「人格の欠陥」ぶりも明らかだが、彼女の場合は人格円満な兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)が何かとフォローしてくれているからラッキー。ちなみに、監督業の他、俳優業も大好きなナンニ・モレッティがそのジョヴァンニ役を演じているから、それにも注目!
 『奇跡の人』(62年)は、視力、聴力の他言葉まで失う「三重苦」を克服したヘレン・ケラーの奇跡を描いた感動作だったが、さて、マルゲリータの①恋人と娘、②母親の介護、③仕事という「三重苦」を描く本作の感動ぶりは・・・?

◆本作は実際に教師だった母親の介護に苦労をしたナンニ・モレッティ監督の私生活が色濃く投影された作品らしい。アーダの職業はラテン語の教師で、今でもそのデスクの上には辞書が置かれており、その教え子たちはたくさんいるらしい。もっとも、孫のリヴィアに言わせると、「ラテン語を学んで一体何の役に立つの?」となるらしいが、本作を観ていると、たしかにそこらあたりの重みはずっしりと伝わってくる。
 そんなアーダの介護のために、マルゲリータの兄のジョヴァンニは職場を長期離脱する決意をしたり、最後には仕事をやめてしまう決意までするわけだが、妹のマルゲリータの方は兄のそんな決意を知らないまま、映画監督の仕事と母親の介護の両立にイライラし、怒鳴り散らすシーンが再三くり返されていく。つまり、マルゲリータは女性にされているが、そんなマルゲリータの苦悩する姿はナンニ・モレッティ監督自身が苦悩した体験であり、そこから得られたナンニ・モレッティ監督なりの人生の意味をまとめたのが本作というわけだ。
 そんなきわめて「私的な」体験談とそこから得られた教訓をあまり説教染みない形で淡々とまとめているわけだが、この手の映画はヨーロッパでは高く評価されても、日本人的にはちょっと共感するのは難しいのでは・・・?
                                  2016(平成28)年4月13日記