日16-43

「リップヴァンウィンクルの花嫁」
    

                      2016(平成28)年4月9日鑑賞<梅田ブルク7>

監督・脚本:岩井俊二
原作:岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
皆川七海(ななみ)(派遣教師)/黒木華
安室行舛(なんでも屋)/綾野剛
里中真白(ましろ)(AV女優)/Cocco
鶴岡カヤ子(鉄也の母親)/原日出子
鶴岡鉄也(教師、七海の夫)/地曵豪
高嶋優人(別れさせ屋)/和田聰宏
皆川博徳(七海の父親)/金田明夫
皆川晴海(七海の母親)/毬谷友子
滑(危険生物の業者)/佐生有語
恒吉冴子(真白のマネージャー)/夏目ナナ
里中珠代(真白の母親)/りりィ
2016年・日本映画・180分
配給/東映

<何でもネット時代!ならば教師だって・・・>
 『小さいおうち』(14年)(『シネマルーム32』161頁参照)で山田洋次監督から「日本一割烹着が似合う女性」と絶賛され、第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞し、現在放映中のNHK大河ドラマ『真田丸』では、しっかりものの真田信繁の恋人役・梅を演じた黒木華が、本作導入部では、実に頼りない派遣教師・皆川七海(ななみ)の役を熱演(?)している。「声が小さいのは教師として最初から失格」と叱責されている姿に私も「同感!」とひざを打ったが、授業中はもちろん寿退社(?)が決まった後も生徒たちからバカにされ、おちょくられている七海の姿を見ると、今の日本の学校現場の崩壊ぶりがよくわかる。
 もっとも、そんな生徒が生徒なら、先生も先生。かつて流行った、武田鉄矢の『3年B組金八先生』や水谷豊主演の『熱中時代』(78~81年)のような熱血教師が今ドキどこにもいないのは仕方ないが、愛用するネットでモノを買うように簡単に彼氏を手に入れ、ホントはクビなのに寿退社とウソをついて、ちゃっかり「教師の職」から「妻の座」に収まる七海の行動を見ていると、まさに唖然。結婚式に向けては両家の結納の儀が不可欠だが、岩井俊二監督が描く本作のその姿はいかにもウソっぽい。しかし、SNSの時代では、バレなきゃこれでもOK・・・?
 七海の夫となる鶴岡鉄也(地曵豪)も教師だが、母親の鶴岡カヤ子(原日出子)が早速七海の仕事と家庭の両立について文句をつけている姿を見ると、この男はかなりのマザコン・・・?他方、七海の母親・皆川晴海(毬谷友子)が空気の読めない自己チュウ型であることはスクリーン上で誇張気味に示されるが、父親の皆川博徳(金田明夫)が苦虫を噛み潰したような顔でひとことも口を利かないのは一体なぜ?世の中に「仮面夫婦」はたくさんいるが、七海の両親の「仮面」ぶりは・・・?
 それらの事情は、鉄也のみならず七海の浮気騒動(?)と、それに伴う離婚騒動の中で次第に明らかにされるから、それに注目!それにしても、さすが岩井俊二監督、うまい脚本を書くものだと感心!

<今をときめく綾野剛が「なんでも屋」を怪演!>
 『そこのみにて光輝く』(14年)(『シネマルーム32』166頁参照)での綾野剛の演技はまさに輝いていたが、その今をときめく綾野剛が『新宿スワン』(15年)(『シネマルーム35』未掲載)でのスカウトマン・白鳥龍彦役に続いて、本作では「なんでも屋」の安室行舛役を怪演!親族になりすましての「結婚式の代理出席」というインチキ商売がまともに存在することにビックリだが、それが成り立つのは、何ゴトにも流されやすい性格の七海なればこその話し・・・?そう思わざるをえないが、続く夫の浮気調査の依頼から、「別れさせ屋」の高嶋優人(和田聰宏)の登場、さらに月100万円の住み込みメイドの紹介と続いていくと、そのストーリー展開にビックリ!こんな風にインチキ話がスムーズに進んでいく原因は、第1に七海のバカさ加減、第2に安室があまりにいい男であることだが、岩井監督が描きたかったのは、まさにSNS社会でつながる現代の人間関係のインチキさだ。つまり、どれがホントでどれがウソか、その境界線が今や誰にもわからなくなってきているわけだ。
 ちなみに、「別れさせ屋」を使って七海をホテルに連れ込み肉体関係を迫るストーリー展開を見ていると、安室は「キレイな顔をしたかなりのワル」と思えたが、その後のストーリー展開では、『新宿スワン』の龍彦と同じように、これが意外にいい奴で、根は真面目なヤツ・・・?そんな風にも思えてきたが、ひょっとしてそれは私が「なんでも屋」の安室に騙されているのかも・・・?

<Coccoの不思議な透明度や存在感に注目!>
 小説や映画の中では、「破天荒で個性的で自由な女」というキャラクターが強烈な存在感を放つことが多いし、私はその手の女が大好き。私は、本作の主役である七海がその役割を担うのだろうと思っていたから、映画冒頭から続く七海の頼りなさにかなりイライラ気味だった。
 1977年生まれの歌手で、『KOTOKO』(12年)(『シネマルーム28』未掲載)では企画、原案、主演、美術、音楽を務めたCoccoが、本作では結婚式の代理出席のバイトで七海の姉役を演じた里中真白(ましろ)役で登場する。「本業は女優」というだけあって、結婚式でのインチキ芝居は手慣れたものだから、真白が父、母、姉、妹という1つの家族の中心になったのは当然。また、結婚式の代理出席というインチキ芝居を無事終えた七海と真白がその打ち上げで意気投合し、互いのアカウントを交換し合ったのも当然。もっとも、そんな真白の私生活とお仕事はヤミに包まれていたから、いくらアカウントを交換しても、七海にとって真白の「実像」は全くわからなかったはずだ。まして、その日の2人の「別れ具合」を見れば、この2人が再会する日が来るとは思えなかったが、七海が安室から月100万円のメイドのバイトを紹介される中で七海と真白は運命の再会をすることに・・・。
 真白を演じるCoccoは決して美人とは思えないが、その透明度や存在感は抜群。何ゴトにも控えめな七海に対して、真白は何ゴトにも自由奔放で行動的だから、この2人が一緒に行動すればリーダーシップは常に真白が握ったのは当然。そんな性格の正反対の2人が、一緒に大きなお屋敷でメイドの仕事をすることに私は少し危惧を覚えたが、意外や意外この2人の相性は・・・?本作後半からは、そんなCocco演じる真白の不思議な透明度や存在感に注目したい。ちなみに、本作のタイトルになっている「リップヴァンウィンクル」はこの真白のアカウント名だが、さてその意味は・・・?

<七海の仮面夫婦ぶりは?七海のバカさ加減は?>
 本作のパンフレットによると、綾野剛は、あることをきっかけに『スワロウテイル』(96年)を観た時、「“僕が生きたい世界ってこういうことなんだよな”と感じました」と語っている。「YEN TOWN」の摩訶不思議な姿を描いた『スワロウテイル』を観て大きな衝撃を受けたのは、私も同じだ。岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』(01年)は観ていないが、鈴木杏と蒼井優が共演した『花とアリス』(04年)(『シネマルーム4』326頁参照)に大きな感銘を受けたことは、私もよく覚えている。そんな岩井監督が、本作前半では第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した女優・黒木華をトコトン痛めつけていく(?)ので、それに注目!
 かわいい顔をし、被害者然としながら、平気でウソをつくのが七海の性格・・・?教師の適性なしとしてクビになったのに、生徒に対しては「寿退社」とウソをついたり、結納の儀式では離婚している両親を堂々と出席させたり、夫から「披露宴の親族の数が少ないね」と言われると、代理出席のバイトを頼んで夫やその家族を騙したり、その騙しぶりはあまりに軽いうえ、罪の意識も全くないらしい。それにもかかわらず、夫が浮気しているらしいと吹き込まれると、簡単にそれに騙された挙句、別れさせ屋の高嶋の芝居にも簡単に騙されて、ホテルの中では危うく貞操の危機に・・・?そこで敢然と救いの手を差し伸べてくる安室に対して七海は絶大の信頼を置いているようだから、ここまでくると七海のバカさ加減にいい加減うんざり。スクリーン上に登場する鉄也と七海の新婚ぶりを見ているといかにも仮面夫婦だが、夫の浮気はどうもインチキだったらしい。しかし、逆に自分の浮気(?)の方はガチガチに証拠固めされてしまったから、「出て行け!」式の離婚もやむなしだろう。
 かくして、七海は両手いっぱいのスーツケースに荷物を詰め込んで家を追い出されたが、涙ながらに「今、私はどこにいるの?」と安室に救いを求める姿を見ていると、この女は絶望的だ。さあ、「なんでも屋」安室はそんな七海をその後どのように料理し、活用していくの?もし、安室がヤクザ絡みの悪い男なら、キャバクラ、マッサージ、風俗店から売春宿まで七海が奈落の底に沈んでいく姿がミエミエだが・・・。

<巨大なお屋敷の虚構性にも注目!真白の生きザマとは?>
 世界は広いから、バカでかいお屋敷はいくらでもある。しかし、東京は狭いから、いくら大きなお屋敷と言ってもたかが知れたもの。そう思っていたが、月100万円のメイドの仕事場として安室から紹介され、七海が安室と一緒に入ったお屋敷は、荒れ放題のパーティールームや有毒のサソリやクラゲの水槽ルームなど、少し異様ながら豪華そのものだ。このお屋敷の主について安室はいろいろと説明していたが、それらがすべてインチキであることは明らかだ。後に七海が真白のマネージャーである恒吉冴子(夏目ナナ)から聞いた話によると、真実はAV女優として命を切り刻みながら仕事をしている真白が高額な家賃を払って一人でここに住んでいるらしい。七海はそんな巨大なお屋敷で先に働いていると説明された真白と共にメイドの仕事に入ったが、さて、このお屋敷やそのバイトの虚構性は・・・?
 本作は3時間の長尺だが、このお屋敷を舞台とする本作中盤における七海と真白の同性愛的展開を含む幸せそうなストーリーを観ていると、全然飽きてこない。ショールームで偶然見かけたウエディングドレスに惚れ込んで試着したり、2人でそれを購入してお屋敷に持ち帰って女2人のパーティーを開いたり、真白のやることはハチャメチャだが、それに従って一緒に楽しんでいる七海もホントに幸せそうだから、それはそれでいいのだろう。女性にとって、また女優にとって太ることは最大の敵だが、逆に真白のように日々痩せ細っていくのもいかがなもの・・・?これが、何らかの病気のせいであることは明らかだ。しかし、ある日撮影現場を放ったらかして眠ったままになっている真白を、病院に運び込もうとしたマネージャーの恒吉に対して真白が激しく抵抗し、「何が何でも撮影現場に!」と叫ぶ姿には感動する。
 その日の撮影は「3P」だったそうだから、AV女優のお仕事は大変だが、そこまで命を削りながら仕事をして多額のお金を稼ぎ、それを贅沢三昧に消費している真白の生きザマとは一体ナニ?

<いきなり裸になっていく、りりィの女優魂にビックリ!>
 Coccoは1977年生まれだが、それと似たような雰囲気で女性シンガーソングライターの先駆けになったのが、1974年の『私は泣いています』をミリオンセラーにさせた、1952年生まれのりりィ。若くして家出してしまった娘と母親との縁が完全に切れてしまうのはよくある話だが、りりィ演じる真白の母親・里中珠代は、娘がポルノ女優として人様の前で裸を晒すことに耐えられなかったらしい。
 しかし、いくらそうであっても、娘が死んでしまったら骨くらいはひきとってもいいのでは・・・?誰しもそう考えるところだが、なんでも屋の仕事として真白の葬式をしてやった安室に対して、珠代は「遺骨はそこら辺にバラまいて捨ててくれればいい」と言ったそうだから、そりゃちょっとひどい。さすがにその言葉どおりできなかった安室は、七海と共に珠代の家を訪れて遺骨を届けたが、そこでのお金の清算ぶりを見ていると、そのビジネスのタフさにビックリ。お金の清算には一切興味を示さないまま、「今日は飲もう」と焼酎の一升瓶を持ち出してきた珠代に対して、安室が「車ですから」とやんわり断ったのは当然だが、珠代が次第に娘に対する本音をブチまけ始めた挙句、突然服を1枚1枚脱ぎ始めたから、安室も七海もビックリ。安室がいくら「お母さんやめて下さい!」と言っても珠代は脱ぐのをやめなかったが、これがポルノ女優として働いていた娘へのせめてもの供養だとわかった安室も、「よし今日はトコトン飲みましょう」と言いながら服を脱ぎ始めたから、さあ七海はどうするの・・・?
 岩井俊二監督による、この男女3人の長回しシーンは歴史に残る名ラストシーンとしてインパクトいっぱいだが、さてこのラストシーンをあなたはどう理解・・・?ちなみに、こんな素っ裸になる母親役を立派に演じられるのは、天下広しと言えどもりりィくらいのもの・・・?

<パンフの充実度と宮台真司氏の「大論文」にビックリ!>
 本作のパンフレットは1080円と少し高いが、約70頁にわたるその充実度はすごい。とりわけ、36頁以下には「Short Story」として、①中森明夫氏(作家・アイドル評論家)の「映画史を塗り替える傑作」、②樋口尚文氏(映画評論家/映画監督)の「嘘こだます森で、哀しみに耳を澄ます」、③岡田育氏(文筆家・大学生)の「幸福の輪郭線をなぞる」、④藤田貴大氏(マームとジプシー主宰/演劇作家)の「嘘に塗り固められた世界の、果て」があり、さらにそれに続いて52頁から66頁にわたって⑤宮台真司氏(社会学者)の「あまたの寓話が交響し合う、半世紀に一本の傑作」がある。
 これらは、いずれも読み応えいっぱいの各自の「Short Story」だが、宮台氏のそれは<[謎1]安室とは何者か?><[謎2]真白とは何者か?><[謎3]七海とは何者か?>という<映画が指し示した三つの謎>をテーマとした「大論文」になっている。首都大学東京の教授として、権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で共著を含め100冊以上の著書がある宮台真司氏の、本作についてのこの「大論文」はチョー難解だから何度も読み返さなければ理解できないが、「本作はギリシャ悲劇の再来を告げる、半世紀に一本の傑作だ。」との結論に、なるほど なるほど・・・。本作の鑑賞については、パンフレットの購入を是非お勧めしたい。
                                 2016(平成28)年4月14日記