洋16-40

「砂上の法廷(THE WHOLE TRUTH)」
    

             2016(平成28)年4月2日鑑賞<大阪ステーションシティシネマ>

監督:コートニー・ハント
脚本:ニコラス・カザン
ラムゼイ(ブーン・ラシスターの顧問弁護士)/キアヌ・リーヴス
ロレッタ・ラシスター(ブーンの妻、マイクの母親)/レニー・ゼルウィガー
ジャネル(ラムゼイの補助弁護士)/ググ・ンバータ=ロー
マイク・ラシスター(ブーンの17歳の息子)/ガブリエル・バッソ
ジャック・レグランド(陪審コンサルタント)/クリストファー・ベリー
ブーン・ラシスター(マイクの殺された父、大物弁護士)/ジェームズ・ベルーシ
アレクサンダー(マイクの友人)/マティー・リップタック
2016年・アメリカ映画・94分
配給/ギャガ

<久々に本格的な法廷ドラマが登場!>
 法廷ドラマの古典的名作は『十二人の怒れる男』(57年)だが、私が近時観た本格的な法廷ドラマは、『リンカーン弁護士』(11年)(『シネマルーム29』178頁参照)、『コネクション マフィアたちの法廷』(06年)(『シネマルーム29』172頁参照)等。また、韓国映画のそれは『依頼人』(11年)(『シネマルーム29』184頁参照)だ。
 さらに、『デビルズ・ノット』(13年)(『シネマルーム35』86頁参照)、『ジャッジ 裁かれる判事』(14年)(『シネマルーム35』93頁参照)も法廷で少しずつ犯人が明らかにされていく面白い「法廷もの」だった。邦画では近時、「校内裁判」をテーマにした『ソロモンの偽証 前篇・事件』(15年)(『シネマルーム36』95頁参照)、『ソロモンの偽証 後篇・裁判』(15年)(『シネマルーム36』101頁参照)や、江戸時代の離婚調停をネタ(?)にした『駆込み女と駆出し男』(15年)(『シネマルーム36』106頁参照)等のユニークな「法廷もの」はあるが、「これぞ本格的法廷もの!」と言える映画はない。
 他方、「犯人は誰だ?」をテーマとする「推理もの」では、近時『悪魔は誰だ(MONTAGE)』(13年)(『シネマルーム35』58頁参照)、『薄氷の殺人(白日焰火/BLACK COAL, THIN ICE)』(14年)(『シネマルーム35』65頁参照)、『殺人の疑惑』(13年)(『シネマルーム35』73頁参照)、『オオカミは嘘をつく』(13年)(『シネマルーム35』78頁参照)等の名作が続出している。法廷で有罪か無罪かを決める「法廷もの」は、刑事訴訟法にもとづく手続の中での検察官VS弁護人の白熱の闘いがポイントだが、「犯人は誰だ?」の視点で描かれる「探偵もの」「推理もの」は探偵や刑事たちの推理と行動力がポイントになる。そんな状況下、久々に本格的な法廷ドラマが登場!

<原作と邦題どちらがベター?>
 本作の原題は『THE WHOLE TRUTH』。これは直訳すれば「すべての真実」。それに対して、邦題は『砂上の法廷』。本作冒頭、カメラはバイクに乗って走る主人公ラムゼイ弁護士(キアヌ・リーヴス)を遠目でとらえるが、その直近では一匹のヘビがクネクネと動きまわるシーンがクローズアップで登場する。これは一体ナニ?
 私が理解するに、旧約聖書のアダムとイブが登場するエデンの園(失楽園)の物語では、「善悪の知識の実だけは食べてはいけない」と神から命令されていたにもかかわらず、邪悪なヘビはイブにこれを食べるように唆し、イブがこれを食べたところからさまざまな問題が発生することになる。その後ヘビが腹這いの生物とされたのも、女に妊娠と出産の苦痛が増したのもそのせいだ。
 アメリカに先駆けて日本で公開されるという本作については、ネタバレ情報を含め極端に情報が少ない。しかし、チラシには「真実のみが語られるはずの法廷に散りばめられた嘘の証言。被告人は有罪か?冤罪か?それとも――。全てが覆る衝撃のラスト11分、法廷の禁忌が破られる。」とあるから、その原題はそんなストーリーを半分皮肉ったもの?それに対して、邦題はそんな嘘で固められた法廷をズバリ表現したのかもしれない。しかし、一般人はともかく弁護士生活40周年を迎えた私には、『砂上の法廷』はもちろん、「正義は、こんなにも脆いのか?」の問いにも、当然YESだ。

<「法廷もの」以上に、探偵もの、推理ものとして極上?>
 17歳の息子マイク・ラシスター(ガブリエル・バッソ)は父親ブーン・ラシスター(ジェームズ・ベルーシ)殺しの一級謀殺罪で起訴されたが、裁判の冒頭で検察官が陪審員に対して「本件は単純かつ明白です」というほど、事は単純かつ明白とは思えない。だって、広大な屋敷の中で死亡した大金持ちの弁護士ブーンの胸に突き刺さったナイフにマイクの指紋がついていたとしても、それだけでマイクを犯人と断定するのはかなり無理筋。家の中にはマイクの他、ブーンの妻のロレッタ・ラシスター(レニー・ゼルウィガー)もいたのだから。また、最初に現場に乗り込んできた女性警察官が現場でマイクから「僕が殺した」とのセリフを聞いたとしても、それも決定的な証拠ではない。
 本作はそんな一級謀殺罪で起訴された、息子による父親殺し事件について、①プライベートジェットの女性乗務員、②車の運転手、③最初に現場に駆け付けた女性警察官、④隣人の親子、⑤警察の捜査責任者、⑥鑑定医師等の証人尋問を中心としたシリアスな法廷ドラマになっている。しかし、そんなテーマなら「法廷もの」としてより、「探偵もの」「推理もの」として、金田一耕助やシャーロック・ホームズに推理させた方が、ラムゼイの助手として登場する嘘発見器の異名をとる女性弁護士ジャネル(ググ・ンバータ=ロー)の推理以上に面白かったのでは・・・。

<弁護士と依頼者との信頼関係は?>
 医者は患者からの治療の要請を断ることが原則的にできない。しかし、依頼者との信頼関係を基礎として委任契約を締結する弁護士の場合は、事情聴取の中で信頼関係を築くことができなければ、依頼を拒否することができる。本作でなぜラムゼイがマイクの弁護人になったのかは必ずしも明らかではないが、検察官による冒頭陳述の後に行うべき弁護人の冒頭陳述を「検察側の証人尋問の後にしてくれ」と裁判官に要請しているラムゼイの姿を見ると、弁護人はかなり苦しそうだ。また、証人尋問が始まれば有効な反対尋問をするのが弁護人の仕事だが、そのためには依頼者からの適切な情報提供が不可欠だ。ところが、何とラムゼイの依頼者であるマイクは、事件についてラムゼイに対して一切説明しないようだから、こりゃ大変だ。
 容疑者、被疑者の段階で警察や検察官に対して「黙秘権」を行使するのは自由だが、信頼関係の中ですべてをうち明けるべき弁護人に対して黙秘権を行使するのでは、弁護士と依頼者との間に信頼関係が形成できないのは当然。そんな場合、弁護士は弁護を引き受けるべきではないのに、なぜラムゼイはマイクの弁護をやっているの?ひょっとして、それはカネのため?もっとも、死亡したブーンの相続問題はさておき、マイク自身は全然カネをもっていないはずだから、そもそもラムゼイの弁護士費用は誰が出しているの?その委任契約書はどうなっているの?弁護士40周年を迎えた私には、本作についてそんな根本的疑問が・・・。

<殺人事件では「動機」がとりわけ重要!>
 清原和博容疑者が覚せい剤に手を出し、自己使用したのは、寂しさのため・・・?このように、どんな犯罪についても、罪を裁くについては「動機」が重要だが、殺人事件ではとりわけそれが重要。つまり、「理由なき殺人」は基本的にありえないわけだ。
 しかして、息子のマイクは、なぜ父親のブーンの胸にナイフを突き立てて殺したの?その動機は厳格な父親に対する息子の反抗?たしかに、それはあるだろうが、「反抗期」は誰にでもあるから、それだけでは全然説明にならない。本件では、この点について、隣人の親子が垣間見ていたブーンたち家族の日常生活についての証言が大きなポイントになる。その証言を聞いていると、ブーンの息子への厳しい接し方にも問題がありそうだが、妻に対するセックス面を含む虐待ぶりもかなりひどそう。さらに、ラムゼイがやみくもに突っ込んだ反対尋問では、プライベートジェット機の中でブーンは乗務員の女性にもチョッカイを出していたようだから、ブーンの女関係はかなり問題がありそうだ。しかも、本作には登場しないが、一代で大金持ちになった弁護士ともなれば、一方では大いに感謝されても、他方では恨みを買っている依頼者、相手方、関係者もいるのでは?ちなみに、『霧の旗』(65年、77年)の大塚弁護士は桐子からの依頼を断ったばかりに、その逆恨みを受けて悲惨な結果になってしまった。
 審理の途中からマイクもラムゼイとジャネルに対して少しずつ話を始めたとはいえ、法廷での証人尋問だけでマイクの父親殺しの動機を明確に特定したり、逆に明確に否定したりするのはかなり難しそうだが・・・。

<「観客向けのフラッシュバック」は本来禁じ手では?>
 私が邦画のベスト1として挙げる野村芳太郎監督の『砂の器』(74年)は、加藤剛が演奏するピアノ協奏曲のシーンと、森田健作、丹波哲郎の2人の新旧刑事コンビが犯人捜しのために歩き回るシーンを交錯させる手法をとっていた。もちろん、そこではタネ明かし的なフラッシュバックは全く登場せず、「犯人は誰だ?」をめぐる一本の太い線は最後まで不明のまま、少しずつ絞られていった。
 それに対して、本作では本格的な「法廷もの」としての証人尋問がメインとなるべきだが、なんせマイクがラムゼイに対して犯罪状況を説明しないため、その証人尋問の妙は少し不十分。前述した『リンカーン弁護士』『コネクション マフィアたちの法廷』はすごかったし、邦画でも『疑惑』(82年)(『シネマルーム10』33頁参照)、『事件』(78年)(『シネマルーム10』52頁参照)はすごかったから、それに比べると本作に見る証人尋問への不満は大きい。つまり、本作では知恵の限りを尽くした証人尋問の中で、互いに検察側、弁護側の主張や証拠の矛盾をつくという本来の面白さは不十分だ。本作はその分を、観客向けの映像(のフラッシュバック)で説明しているが、これは本来禁じ手では?もっとも、私の大好きな『ワイルドシングス』(98年)(『シネマルーム1』3頁参照)では、2転3転、いや5転6転していくストーリーを、フラッシュバックの手法をふんだんに使って説明していたから、それはそれとしてOK?
 何はともあれ、もともと決定的な物的証拠が乏しいうえ、被告人が弁護人に対してロクに状況説明をしない本件では、観客向けの「フラッシュバック」のシーンが大きなポイントになるので、それに注目!

<レニー・ゼルウィガーの演技力に注目!>
 ジュード・ロウとニコール・キッドマンが主演した『コールドマウンテン』(03年)では、若く美しい未亡人役を演じたナタリー・ポートマンと共に「第3の主役」ともいうべき「自立した女」を演じたレニー・ゼルウィガーの存在感が際立っていた(『シネマルーム4』139頁参照)。決して美人とはいえない(失礼?)レニー・ゼルウィガーは、その後『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』(04年)(『シネマルーム7』101頁参照)、『シンデレラマン』(05年)(『シネマルーム8』218頁参照)、『ミス・ポター』(06年)(『シネマルーム15』152頁参照)、『かけひきは、恋のはじまり』(08年)(『シネマルーム21』106頁参照)等でも大活躍だ。
 本作ではそんなレニー・ゼルウィガーが、一方ではブーンからさんざん虐げられている妻として、他方では溺愛する息子マイクを守るべき母親として、この裁判にどう立ち向かうかをめぐって微妙な演技を見せている。公衆の面前でボロクソに罵倒されたり、バルコニーでのセックスを強要されたり、ロレッタのブーンに対する恨みは限界に達していたようだが、ある日そんな争いが極限状態に達した中、マイクがロレッタを助けるためにブーンの胸をナイフで一突き。それが検察官の主張する本件の第一級謀殺罪の起訴事実だが、さてその真相は?
 他方、「ホントの真実などクソくらえ」で、とにかくマイクの無罪を獲得するべく陪審コンサルタントのジャック・レグランド(クリストファー・ベリー)の応援を受けながら苦闘するラムゼイ弁護士の狙いは?ちなみに、1974年の10月30日にコンゴ民主共和国(当時のザイール共和国)の首都キンシャサで行われたWBA・WBC世界統一ヘビー級王座のジョージ・フォアマンにモハメド・アリが挑んだタイトルマッチ戦で、7ラウンドまで打たれっぱなし状態のまま我慢し、フォアマンの打ち疲れを誘ったアリは、8ラウンド終了間際にワンツーの速攻でKO勝利を収めた。相手の打ち疲れを待つ「ロープ・ア・ドープ」という戦術でアリが勝利したこの試合は、「キンシャサの奇跡」と呼ばれている。マイクがラムゼイに対し黙秘を続ける中で何ら有効な反撃方法をもたないラムゼイが狙っているのは、どうもその戦略らしい。検察側の証人の尋問が次々と終わる中、あえてロレッタを弁護側の証人とせず、検察側の証人として認めたラムゼイの狙いはどこに?
 そんなラムゼイの戦略戦術とともに、本作で見せる、何とも怪しげなレニー・ゼルウィガーの演技力に注目!

<この結末、他言無用!衝撃のラスト11分は?>
 「性善説」の立場に立つか、「性悪説」の立場に立つかは明確にできなくても、弁護士を40年もやっていると、「人間は嘘をつく動物」という本質は良くも悪くも当たり前のことだとわかってくる。そこで重要なのは、ウソをついている人間が、それをどこまで意識しているか否かということだ。難しいのは、嘘で凝り固まってくると、往々にして人間は自分が嘘をついているという意識すらなくしてしまうこと。そうすると、その人間にとっては真っ赤な嘘でもホントの話になってしまうから恐いし、話はややこしくなる。
 『砂上の法廷』という邦題をつけた本作のチラシには、「正義は、こんなにも脆いのか?」という問いかけがあるが、私は自信をもって「そのとおりだ」と答えられることは前述したとおりだ。他方、本作のチラシには「この結末、他言無用。」「全てが覆る衝撃のラスト11分、法廷の禁忌が破られる。」と書かれているから、私もそれをここに書くことができないのは当然だが、その結末はまさに『砂上の法廷』という邦題がピッタリ。
 まずは、陪審員たちはマイクの一級謀殺罪について有罪の評決を?それとも、無罪の評決を?それを確認した後に、スクリーン上に登場する「観客向けのフラッシュバック」でしっかり衝撃のラスト11分を確認しよう。
                                  2016(平成28)年4月6日記