洋16-3

「フランス組曲」
    

               2016(平成28)年1月9日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:ソウル・ディブ
原作:イレーヌ・ネミロフスキー『フランス組曲』(白水社刊)
リュシル・アンジェリエ(夫ガストンを戦地に送り出した人妻)/ミシェル・ウィリアムズ
アンジェリエ夫人(お屋敷の主)/クリスティン・スコット・トーマス
ブルーノ・フォン・ファルク中尉(占領軍の副官)/マティアス・スーナールツ
ブノワ・ラバリ(農家の主人)/サム・ライリー
マドレーヌ・ラバリ(ブノワの妻)/ルース・ウィルソン
セリーヌ・ジョゼフ(小作人の娘)/マーゴット・ロビー
モンモール子爵(ビュシーの町長)/ランベール・ウィルソン
クルト・ボネ中尉(占領軍の副官)/トム・シリング
2014年・イギリス、フランス、ベルギー映画・107分
配給/ロングライド

<ユダヤ人の女流作家イレーヌ・ネミロフスキーに注目!>
 近々鑑賞予定の『ヴィオレット-ある作家の肖像-』(13年)は、知る人ぞ知る1940年代のパリで活躍したフランス人の女流作家ヴィオレット・ルデュックの生と性を赤裸々に綴った映画らしいが、寡聞にして私はそんな女流作家の名前を全く知らなかった。それと同様、原題も邦題も『フランス組曲』と題された本作は、何とユダヤ人の女流作家イレーヌ・ネミロフスキー(1903年~1942年)が、トルストイの『戦争と平和』をイメージしながら書いた未完の大作『フランス組曲』を映画化したものだが、そんな女流作家についても私は全く知らなかった。
 パンフレットによれば、この、イレーヌ・ネミロフスキーについては下記のように紹介されている。何ともすごい話なのであえて全文を引用しておく。

 1903年、裕福なユダヤ人銀行家の娘としてキエフ(現在のウクライナ)で生まれる。1918年、ロシア革命を逃れて一家でフランスに移住。1929年、長編第1作「ダヴィッド・ゴルデル」(30年にジュリアン・デュヴィヴィエ監督により映画化『資本家ゴルダー』)を発表、以後「クリロフ事件」などの作品を著し一躍ベストセラー作家となった。
 作家として絶頂にあった1939年、第二次世界大戦が勃発し、1940年6月にはフランスがドイツに降伏。ユダヤ人であるため出版活動も禁じられ、夫ミシェルと幼い娘ふたりとともにブルゴーニュ地方の田舎町イシー=レヴェックで疎開生活を送る。1942年7月13日フランス憲兵隊に捕らえられ、同年ナチス・ドイツ占領下ポーランド、アウシュヴィッツにて39歳の若さで死去。さらに、必死に妻の救出を試みた夫も3ヵ月後の10月9日に拘束され、同じ運命を辿ることになる。
 両親の拘束後、ふたりの娘ドニーズとエリザベートは逃亡の末生き延びる。父との別れ際「決して手放してはいけないよ、この中には母さんのノートが入っているのだから」と託された母の形見のトランクには、小説の草稿が眠っていた。60年以上の歳月が過ぎ、ついにふたりは母親の遺稿を、現代出版資料研究所に寄贈することを決意し、ドニーズは母親の文章をタイプし始める。当初、小さな手書きの文字がびっしりと書き込まれたこのノートは母親の日記だと思われていたが、のちに、5部構成が予定されていた小説の最初の2部(「六月の嵐」と「ドルチェ」)と、壮大な物語の構想と執筆の苦心が綴られた創作メモであることが判明する。ドニーズは遺稿を出版することに決め、妹エリザベートの死(96年に死去)を乗り越え、ついに2004年、未完の傑作「フランス組曲」が出版された。同書は瞬く間に話題となりフランスの四大文学賞のひとつルノードー賞を故人としては初めて受賞。各国語への翻訳も次々と刊行され、全世界で約350万部を売り上げる大ベストセラーとなった。


<そんなユダヤ人作家によるすばらしいフランス文学を知り大感激!>
 他方、パンフレットには、野崎歓(フランス文学者・翻訳家)氏の「イレーヌの作品は戦争に打ち勝ち、輝かしく屹立している」と題するエッセイがある。そして、そこには「フランス文学は、フランス以外で生まれた、フランス語を母国語とするのではない人々の作品によっても豊かさを増してきた。イレーヌ・ネミロフスキーはその代表的なひとりである。」と書かれている。
 また、そこでは「12歳と5歳の娘たちに託された原稿が、それから60年以上のときを経て日の目を見、国際的なベストセラーとなったのだから、奇跡のような復活劇だと感じずにはいられない。その小説『フランス組曲』はついに、スクリーン上に新たな生命を獲得したのである。」と書かれている。何とも、すごい話があるものだ。
 昨年2015年は戦後70年特集として、ドイツでは「アウシュヴィッツ解放70年」を記念する映画として①『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(15年)(『シネマルーム36』36頁参照)、②『顔のないヒトラーたち』(14年)(『シネマルーム36』43頁参照)、③『ふたつの名前を持つ少年』(13年)(『シネマルーム36』49頁参照)、④『あの日のように抱きしめて』(14年)(『シネマルーム36』53頁参照)等が公開されたが、本作もその一つと言えるもの。本作によってそんなフランス文学があったことを知り、大感激!

<ドイツ占領下のフランスでは・・・?>
 1939年9月1日のポーランド侵攻以降、破竹の進撃を続けたナチス・ドイツ軍の前にフランスは降伏。翌1940年6月には、実質的にはドイツの傀儡政権にすぎないペタンを首相とするヴィシー政権が樹立された。しかし他方では、ド・ゴール率いる亡命政権はあくまでナチス・ドイツへの抵抗を続けたし、フランス国内でも地下に潜ったレジスタンス活動はナチス・ドイツの崩壊まで続いた。
 ドイツ占領下のフランスにおけるユダヤ人への弾圧ぶりは『黄色い星の子供たち』(10年)(『シネマルーム27』118頁参照)、『サラの鍵』(10年)(『シネマルーム28』52頁参照)等を観ればよくわかる。また、そんな時代状況下でのレジスタンスの活動やフランス人女性の生きザマは『トリコロールに燃えて』(04年)(『シネマルーム6』243頁参照)を観ればよくわかる。ちなみに、イタリアに侵攻してきたナチス・ドイツ軍将校と懇ろになって贅沢三昧にふけるモニカ・ベルッチ扮する女性を主人公にした『マレーナ』(00年)では、ドイツ軍が敗退しイタリアから逃げ帰る時になるとひどい復讐を受ける姿が描かれていた。また、敗戦直後の東京で、日本の女たちが進攻してきたアメリカ人兵士たちの性とどのように向かい合ったかは、田村泰次郎原作の『肉体の門』(47年)やこれを映画化した『肉体の門』(1948年、1964年、1977年、1988年に映画化)に描かれている。このように、戦争に負けた国で生きる女性と、戦勝国の兵士としてそこに乗り込んできた男との恋愛を含むさまざまな男女の生きザマは興味深いドラマになることが多い。
 あえて言えば、本作もその一つだが、かつて一世を風靡した韓流恋愛ドラマと見間違うかのような、フランス人の人妻とドイツ軍将校との恋愛模様の展開(?)は如何に?そしてまた、その結果は如何に?

<舞台は、パリから離れたフランス中部の町ビュシー>
 本作の主人公リュシル・アンジェリエ(ミシェル・ウィリアムズ)は、夫ガストンを戦場に送り出したため、目下ガストンの母親であるアンジェリエ夫人(クリスティン・スコット・トーマス)と共にフランス中部の町ビュシーにある大きな屋敷に住んでいたが、パリがドイツ軍に占領されると、ビュシーの町には次々とパリからの避難者がやってくることに。
 本作冒頭は、パリからビュシーに避難してくる人々をドイツの飛行機が襲うシーンから始まる。日本人的感覚では、こんな時は以前からビュシーに住んでいた人々とパリから避難してきた人々が「お互い様」と声を掛けて助け合うのが常識だが、ビュシーで一番大きなお屋敷に住むアンジェリエ夫人の行動はそれとは正反対。アンジェリエ夫人は従前から地代や家賃の取り立てに厳しかったが、避難民が流入してきた今は、従前の小作人一家を追い出し、避難民の少女であるアナ母子を従前の倍の賃料で住まわせたから、小作人の娘セリーヌ・ジョゼフ(マーゴット・ロビー)は大憤慨だ。そのため、否応なくアンジェリエ夫人のお手伝いをさせられていたリュシルは広場でセリーヌから睨まれてしまったが、これはリュシルの責任ではなく、何事にも強欲なアンジェリエ夫人の責任だ。
 このように、ビュシーの町にもナチス・ドイツの影響が及んでいったが、次にはとうとうナチス・ドイツの占領軍がビュシーの町に入ってきたから、さらなる問題が発生することに。

<対照的な2人の中尉に注目!>
 ドイツ軍の支配下におかれることになったビュシーの町でドイツ軍が要求したのは、ドイツ軍将校たちへの宿の提供。こんな時、リュシルのお屋敷は最適の物件だ。しかして、その2階にブルーノ中尉(マティアス・スーナールツ)が愛犬と共に滞在することになったところから、本作の本格的ストーリーが進むことになる。 
 ビュシー村の占領軍の責任者の階級は少佐だったから、ブルーノ中尉ともう一人の中尉ボネ(トム・シリング)はいわばその副官的存在。ビュシーの町長であるモンモール子爵(ランベール・ウィルソン)は、自分の家に他人が滞在するのはイヤだと駄々をこねる妻の意見を代弁して責任者の少佐に賄賂を持って頼み込み、ボネ中尉の滞在先を農業を営んでいる男ブノワ・ラバリ(サム・ライリー)の家に変更させてしまったが、洋の東西を問わず、こういう状況下になると、こういう人物が必ずいるものだ。しかして、ラベル家ではラバリの妻マドレーヌ・ラバリ(ルース・ウィルソン)への男としての欲望を隠さないボネ中尉が問題の種になりそうだ。
 他方、リュシルのお屋敷に滞在しているブルーノ中尉は紳士的だから何の問題もなさそう。そればかりか、彼は2階に置いてあるピアノで毎日美しい曲を弾いていたから、ピアノの大好きなリュシルにとっては、ブルーノ中尉は大切なお客様?いやいや、それはないだろうが、毎夜リュシルの耳に入ってくる、まだ聞いたことのないこの曲は一体誰が作曲したの?いくら紳士的であっても、あくまでナチス・ドイツ軍の将校たるブルーノ中尉に対してアンジェリエ夫人はトコトン拒絶反応を示したが、さてリュシルは?紳士的に話しかけてくるブルーノ中尉に対しリュシルは節度をもって必要最小限の対応をしていたが、さてリュシルとブルーノ中尉の距離感は如何に?

<あちらは大トラブルだが、こちらの恋模様は?>
 本作ではブルーノ中尉もボネ中尉も端正な顔立ちだが、足が不自由なせいで兵役に就くことができず苛立っているブノワはかなり濃い顔だから印象に残る。そのブノワは自分の妻マドレーヌにボネ中尉がしきりに色目を使っているから、いつもイライラ。そして、生きていくためにモンモール町長の屋敷から食糧を盗み出そうとしたところを発見され、逮捕状が出されることに。さらに、小屋の中に隠していた銃を取りに入ったブノワと、捜索隊を指揮していたボネ中尉がもみ合いになり、ボネ中尉を射殺してしまったから大変。こんなモメ事の責任の大半はボネ中尉にあるが、この際そんな理屈は通用せず、ブノワは発見されれば即処罰(射殺)されてしまうことは確実だ。
 そんな時、レジスタンスの闘士たちが敢然と立ちあがるストーリーはよくあるが、本作はそうではなく、ブノワを地下室にかくまったのはリュシル。さらに、「48時間以内にブノワが見つからなければ、モンモール町長の責任とみなし、町長を射殺する」と宣言されたうえで、ドイツ兵の捜索の手が伸びてきたから、ブノワの生命はまさに風前の灯だ。そんな状況に敢然と抵抗し、ブノワを2階の隠し部屋にかくまったのは、何とアンジェリエ夫人だったからビックリ。こんな展開は実に意外だが、なるほどこういう展開こそひょっとしてイレーヌ・ネミロフスキーが実際に体験したものかも・・・。
 このように、ボネ中尉とブノワをめぐってはとんだトラブルだが、他方、夜ごと美しいピアノ曲を弾いているブルーノ中尉とリュシルとの恋模様の展開は?さらに、ある日起きた、あっと驚く互いの欲情の爆発シーン(?)とは・・・?

<任務に忠実に?それとも愛に忠実に?>
 『パリよ、永遠に』(14年)は、家族を人質にされたパリ防衛司令官がヒトラーのパリ爆破命令に従うべきか、それとも、あるスウェーデンの外交官の説得に従ってパリの町を守るべきか、に心が揺れ動くサマを見事に描いていた(『シネマルーム35』273頁参照)。しかして、ボネ中尉が殺された今、ブルーノ中尉が射殺犯ブノワを捜し出し処罰すべき責任者に任命されたのは当然だから、彼の心はいかに揺れ動くの?
 『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクは、アムステルダムのある建物の隠れ家に1942年6月12日から1944年8月1日まで隠れ通したが、アンジェリエ夫人のお屋敷がいくら広いとはいえ、その中にブノワを隠し通すことは到底ムリ。しかも、ブノワはパリに逃走しレジスタンス活動に命を捧げる決意だったから、ブノワに今必要なものは「通行証」。そこで、リュシルが頼ったのがブルーノ中尉だが、ブノワ捜索の責任者たるブルーノ中尉が、いかにも嘘っぽいリュシルの依頼に簡単に欺されるの?
 本作のクライマックスはそんなストーリーが軸になるが、ブノワを車のトランクに隠したリュシルが、ブルーノ中尉からもらった「通行証」を検問所で見せると・・・?さて、ブルーノ中尉はナチス将校としての任務に忠実に?それとも、リュシルとの愛に忠実に?

<リュシルに残されたプレゼントとは?>
 「組曲」とはいくつかの楽曲を連続して演奏するように組み合わせ並べたもので、その代表的なものは『ペール・ギュント』組曲、『カルメン』組曲、『アルルの女』組曲、『くるみ割り人形』組曲等だ。交響組曲『シェヘラザード』や組曲『惑星』等の大規模な組曲もある。ところが、本作のタイトルになっている「フランス組曲」はピアノだけの曲であるうえ、極めて短いものだ。そういうピアノ曲も「組曲」と名乗っていいの?
 それはともかく、ブノワ捜索の責任者であるブルーノ中尉には、リュシルに通行証を渡した後、突然の移動命令が出されたから、こりゃひょっとしてナチス・ドイツへの反逆がバレたの?それはわからないが、本作のおしゃれなところ(?)は、その命令に従ってお屋敷の2階の部屋から出ていくブルーノ中尉がリュシルに残したプレゼントが、あの夜ごと弾いていたピアノ曲の楽譜だったこと。それが「フランス組曲」で、この曲こそは決してブルーノ中尉がリュシルに打ち明けることのなかった愛の想いを代弁したものなのだ。
 『イングリッシュ・ペイシェント』(96年)は、私が大いに感動した映画(『シネマルーム1』2頁参照)で、テレビで放映されるたびに何度も観ている。その物語は複雑だが、そこでの最大のポイントはアフリカの砂漠にある洞窟の中に残された最愛の女性を必死で救いに行こうとする男の姿だった。本作でも、自分がリュシルに渡した「通行証」にある細工がされていることを知ったブルーノ中尉は敢然とリュシルの車の後を追ったが、さて検問所で起きたトラブルにブルーノ中尉はいかに対処するの?ここでもブルーノ中尉は任務に忠実に?それとも愛に忠実に?の二者択一に悩むわけだが、さてそこでの彼の選択は?
 『イングリッシュ・ペイシェント』も深く余韻の残る映画だったが、本作にはラストに表示される次の字幕が強い余韻を残すので、それをあえて掲げておきたい。

  互いに思いを語ることはなかった。愛の言葉は胸の内に。戦後、ブルーノの死を知った。きっと彼は消えたのだ。私のように・・・・・・。私はブノワとともに1週間後、パリに到着した。我々は戦い抜き、4年後、フランスは解放された。失った人々を思い出すのはつらい。でも音楽は今も私を彼の元へと連れ戻す

                                  2016(平成28)年1月21日記