洋16-37

「ロブスター」
    

                  2016(平成28)年3月26日鑑賞<テアトル梅田>

監督・共同脚本・製作:ヨルゴス・ランティモス
デヴィッド/コリン・ファレル
近視の女/レイチェル・ワイズ
独身者たちのリーダー/レア・セドゥ
足の悪い男/ベン・ウィショー
滑舌の悪いの男/ジョン・C・ライリー
鼻血の出やすい女/ジェシカ・バーデン
ホテルの支配人/オリビア・コールマン
ビスケット好きの女/アシュレー・ジェンセン
メイド/アリアーヌ・ラベド
心のない女/アンゲリキ・パプーリァ
独身者のスイマー/マイケル・スマイリー
医者/ロジャー・アシュトン=グリフィス
ホテルの警備員/イーウェン・マッキントッシュ
2015年・アイルランド、イギリス、ギリシャ、フランス、オランダ映画・118分
配給/ファインフィルムズ

<このアイデア、この発想に唖然!>
 芥川龍之介の『杜子春』は、「何があっても口を利いてはならない」という仙人の指示に従って、いかなる試練に対しても我慢していた杜子春が、畜生道に堕ちた両親を鬼たちがメッタ打ちにする姿を見て耐え切れず、思わず「お母さん!」と叫ぶ、寓話性に富んだ物語だった。それに対して本作は、「独身者は45日以内にパートナーを見つけなければ希望する動物に変えられてしまう」という何とも恐ろしい「近未来」の世界を描くもの。
 本作は原題も『THE LOBSTER』、邦題も『ロブスター』だが、Wilipediaによれば、ロブスターとは広義ではイセエビやアカザエビなども含めた大型の歩行型エビ全般を指す総称で、狭義ではエビ目(十脚目)・ザリガニ下目・アカザエビ科(ネフロプス科)・ロブスター属(Homarus)に分類される甲殻類2種を指す。妻に出て行かれたため突然独身者(シングル)になってしまったデヴィッド(コリン・ファレル)は、「兄」と呼ぶ一匹の犬と共にある「ホテル」に連行され、ホテルの支配人(オリビア・コールマン)から「ホテルのルール」一式を叩きこまれたうえ、「どんな動物になることを希望するか?」と問われたが、それに対する彼の答えは?それが「ロブスター」だが、さてそのココロは?
 本作は2作目の長編『籠の中の乙女』(09年)でカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリ、続く『アルプス』(11年)でベネチア国際映画祭脚本賞を受賞したギリシャのヨルゴス・ランティモス監督の初英語作品。そして、本作は第68回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しているが、いかにもカンヌ映画祭好みのこのアイデア、この発想に唖然!

<どんなカップルが何組誕生?デヴィッドが選んだ女は?>
 本作前半は、奇妙奇天烈な「ホテルのルール」に従って、デヴィッドや、その友人になった足の悪い男(ベン・ウィショー)、滑舌の悪いの男(ジョン・C・ライリー)らが懸命にカップル探しをする姿や、森の中にいる独身者を捕獲すれば45日間の期限を延長できるというルールに従ってその捕獲に奔走するホテル滞在者たちの姿が描かれる。
 本作ではまず「ホテル内の各種ルール」のユニークさにビックリだが、続いて、ホテル内でのパートナー選びのためのさまざまなシステムにもビックリ。ちなみに、「マスターベーション禁止」は厳格なルールだが、男性の性欲を増進させるためにメイドが定期的に部屋にやってきて男の股間にお尻をこすりつけるのは、明らかにホテル側のサービス・・・?現在最大の日本病たる「少子化」の一つの原因は、今の若者たちの結婚願望が薄くなっていることだが、それを高めるために過疎地の市町村が「お見合いパーティー」をやっているというニュースを聞くと、その狙いはきっと同じところにあるのだろう。
 それはともかく、そんな「システム」の仲で、「足の悪い男」はわざと鼻血を出すことによって「鼻血の出やすい女」(ジェシカ・バーデン)の共感を得て見事カップルに。それを見て、「共通点」こそがホテルに収容されている男と女を繋ぐ唯一の方法だと学んだデヴィッドは、森の狩りでもトップの成績を保ち、158日間も期限を延ばしている「心のない女」(アンゲリキ・パプーリァ)とカップルになったが、その真偽は?日本にやってきた中国人女性と日本人男性との「偽装結婚」が現在大きな社会問題になっているが、ひょっとしてデヴィッドと「心のない女」とのカップル誕生も、それ・・・?

<舞台は一転して森の中に!「森のルール」とは?>
 上映時間が1時間を過ぎたところで、舞台は一転して森の中に移る。これは、「心のない女」との偽装結婚(?)がバレて大騒動になってしまったデヴィッドが、やむをえずホテルを脱出し、森の中へ逃げ込んだためだ。このストーリー展開の中では、なぜ一人のメイドが命をかけてデヴィッドの脱出に協力したの?こんなに簡単に脱出できるのなら、脱出者はデヴィッドの他にもたくさんいるのでは?という疑問も湧いてくる。
 そんな「ツッコミ」をすっかり忘れさせてくれるのは、森の中に身を潜めて生きる独身者たちのリーダーを演ずる女優レア・セドゥの毅然とした姿のためだ。レア・セドゥは『アデル、ブルーは熱い色』(14年)で私が俄然注目したフランス人の美人女優(『シネマルーム32』96頁参照)だが、近時は『007 スペクター』(15年)でのボンドガール役など世界的な大女優に成長している。そんなレア・セドゥが後半から登場し、「死ぬまで独身でいられる。ただし、恋愛やセックスは認められていない。」「他の人との会話はできるが、ナンパ目的はダメ。」「ダンスナイトがあり、皆1人で踊る。流すのは電子音楽だけ。」等の「森のルール」を徹底させる「独身者たちのリーダー」役を小気味よく演じているので、それに注目!

<皮肉にも、森の中で「近視の女」に一目ボレ!>
 男でも女でも、異性を好きになるというのは最も自発的な心情の発露だから、誰からも強制できるものではない。しかして、「45日以内にパートナーを見つけなければ動物に変身させられてしまう」というルールが貫徹しているホテルの中では、結果として誰一人パートナーになる女を見つけることができなかったデヴィッドが、逆に恋愛やセックスが厳禁されている独身者たちが暮らす森の中で、「近視の女」(レイチェル・ワイズ)に一目ボレしたのは何とも皮肉な話だ。
 「森のルール」ではイチャついた罰として「赤の接吻」があり、さらには「赤の性交」という身の毛もよだつ処罰もあるそうだから、そんな2人の関係がバレれば大変。そのため、デヴィッドと近視の女は2人だけのサインで「愛の交換」をしていたが、ある日リーダーと共に買い出しのためと称してリーダーの両親に会いに出かけたところで2人はボロをだしてしまい、リーダーに見破られてしまうことになったから、さあ大変。その結果、近視の女はリーダーの手によって失明の手術を受けさせられ、デヴィッドは自ら掘った自らの墓に入れられてしまった、かに思えたが・・・。
 そんなメインストーリーの合間には、ホテルで親友だった「滑舌の悪い男」とデヴィッドとの森の中での「対決劇」も登場するなど、本作後半はスリルとサスペンスが盛りだくさんの展開となるが、アレレ、自らの墓の中に埋められたはずのデヴィッドが生き残っているのは一体なぜ・・・?

<再生も希望もない近未来、と思えたが・・・>
 芥川龍之介の『杜子春』も寓話性が顕著だが、一方では「男女の結婚が絶対」を貫くホテルの世界と、「独身が絶対」を貫く森の世界を対比させてその異常性を描くとともに、他方では独身者を取り締まる刑事が闊歩している、通常の夫婦が暮らす「街」の日常性を登場させる本作も、寓話性が顕著だ。しかして、妻に出て行かれたため、街からホテルに収容され、命からがらホテルを脱出して森の中に逃げ込みながら、そこでご法度の恋愛をしたため、自らの墓に埋められてしまった(はずの)デヴィッドの再生と希望は?
 そんなものはどこにも存在しない。私にはそう思えたが、それでは本作製作の意義は薄くなってしまう。幸いなことに独身者たちのリーダーの手によって失明させられてしまった近視の女は、視覚が失われた分他の感覚が鋭くなったことを前向きにとらえているらしい。そんな状況下、デヴィッドが近視の女と2人で生きていく舞台は街しかない。しかし、今後この2人がこの街で生きていくことはホントに可能なの?本作ラストはそんな再生と希望の可能性を少しだけ示唆してくれるが、さてその可能性は?
 本作では「デヴィッドの兄」と言われて、冒頭から登場している犬が第68回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールならぬパルム・ドック賞審査員賞を受賞したそうだ。また、ホテルの中にいた「鼻血の出やすい女」の親友で、長い金髪を誇りにしていた「ビスケット好きの女」(アシュレー・ジェンセン)は、結局パートナーを見つけられず身投げ自殺をしてしまったが、彼女が変身したのは、ふさふさのタテガミをもつポニーであることに納得。その他、本作では多くの種類の動物が登場するので、その前身は何者?そんなことを考えながら、ちょっと恐ろしい本作のストーリー展開を味わうのも一興だろう。
                                  2016(平成28)年3月29日記