洋16-36

「エスコバル 楽園の掟」
    

                  2016(平成28)年3月25日鑑賞<テアトル梅田>

監督:アンドレア・ディ・ステファノ
パブロ・エスコバル(麻薬王)/ベニチオ・デル・トロ
ニック(カナダ人サーファーの青年)/ジョシュ・ハッチャーソン
マリア(ニックの妻、エスコバルの姪、コロンビア人女性)/クラウディア・トレイザック
ディラン(ニックの兄)/ブラディ・コーベット
ドラゴ(エスコバルの部下)/カルロス・バルデム
アンヌ(ディランの妻)/アナ・ジラルド
2015年・フランス、スペイン、ベルギー、パナマ合作映画・119分
配給/トランスフォーマー

<パブロ・エスコバルって誰?最初の興味はそこに!>
 原題の『Escobar:Paradise Lost』を見ても、邦題の『エスコバル 楽園の掟』を見ても、それだけで、「裏の顔」は南米コロンビアの麻薬王でありながら、「表の顔」は慈善活動家であり、国会議員として庶民の間で絶大な人気を誇った男パブロ・エスコバル(ベニチオ・デル・トロ)のことを思いつく日本人は少ないはず。1940~50年代にニューヨークを舞台に君臨したイタリア系マフィアの首領(ドン)、ヴィトー・コルレオーネだって、『ゴットファーザー』(72年)、『ゴットファーザーPARTⅡ』(74年)、『ゴッドファーザーPARTⅢ』(90年)が大ヒットするまでは多くの日本人は知らなかったはずだ。このように、「映画から学ぶことは多い」と常々公言している私にとって、これまで全く知らなかったパブロ・エスコバルという人物を本作によってはじめて知ることができるのは大きな喜びだ。
 1949年12月生まれのエスコバルが本格的に麻薬ビジネスを始めたのは1975年からだから、1949年1月生まれの私が1974年4月から弁護士として活動を始めたのとほぼ重なっている。私は2014年に弁護士40年を迎え新たなスタートラインに立ったが、最高裁判所を襲撃したり、コロンビア大使暗殺(未遂)事件を起こしたエスコバルは、1993年12月にコロンビア軍特殊部隊によって射殺されたそうだ。そんなとてつもない大悪人が畳の上で死んだらおかしいのは当たり前だが、彼は一体どうやって表と裏の顔を使い分けていたの?本作からそんなことをしっかり学べる、と大いに期待したが・・・。

<全体の構成はグッド!しかし、肝心の人物像は?>
 本作でパブロ・エスコバルを演ずるベニチオ・デル・トロは、『トラフィック』(00年)での麻薬捜査官役の演技や、『チェ 28歳の革命』(08年)(『シネマルーム22』92頁参照)、『チェ 39歳 別れの手紙』(08年)(『シネマルーム22』未掲載)でのチェ・ゲバラ役の演技が特筆もので、常にその存在感が光る、少し異端的な(?)ハリウッド俳優。
 本作は、エスコバル役のためにかなり太めになったベニチオ・デル・トロが、半ズボン姿で「ある重大な決心」をするシーンから始まる。そして、次に妻マリア(クラウディア・トレイザック)と共にコロンビアから脱出しようとしているニック(ジョシュ・ハッチャーソン)の部屋をエスコバルの部下が訪れ、エスコバルの元に召集をかけるシーンが続いていく。他方、そんな緊迫感あふれるシーンとは別に、カナダ人の若者でサーファーのニックと、その兄ディラン(ブラディ・コーベット)、その妻アンヌ(アナ・ジラルド)が、青い海と白い砂浜が広がるコロンビアの海岸でレストランを始めようとする様子が描かれる。したがって、導入部では、一瞬頭の中が混乱してしまうが、物語が進むにつれて、これら脈絡のない各シーンがピシッと一本のストーリーラインにつながっていくので、それに注目!
 本作はそれまで俳優として活躍してきたアンドレア・ディ・ステファノの初監督作品だが、ストーリー展開の軸はピシッと通っているうえ、緊張感とリラックス感のバランスもよく、全体的な構成はグッド!しかし、最初に私が期待したパブロ・エスコバルの人物像の掘り下げは・・・?

<「ファミリーの絆」が何よりも大切!しかしその内実は?>
 『ゴッドファーザー』では、「ファミリーの絆」を何よりも大切にするマーロン・ブランド扮するマフィアの首領(ドン)、ヴィトー・コルレオーネの姿と、その一つの表れとしての末娘コンスタンツァ・“コニー”・コルレオーネ・リッツィの華やかな結婚式に集うファミリーの姿が印象的だった。それと同じように、本作でもベニチオ・デル・トロ扮する麻薬王エスコバルが「ファミリーの絆」を何よりも大切にする姿と、エスコバルの姪っ子のマリアが恋人として認めたニックをファミリーとして受け入れる華やかな結婚式の姿が印象的だ。
 もっとも、ファミリーの絆を大切にする姿勢は同じでも、この両者ではキリスト教の考え方の違いを含めて、その「質」は大きく異なっているはず。また、山田洋次監督の『家族はつらいよ』(16年)で見た日本的な「家族の絆」と、『ゴッドファーザー』のそれ、そして本作のそれが大きく違っているのも当然だ。
 『家族はつらいよ』では、いったんヒビが入り、崩壊するかに思えた「家族の絆」は、ドタバタ喜劇の末にハッピーエンドになったが、本作ではエスコバルがニックに対してさかんに「君はファミリーだ!」と強調している割にはホントの信頼を置いているように思えなかったから、さてその内実は・・・?もちろん、本作ではマリアとニックは最初から最後まで相思相愛の仲に設定されている。したがって、いったんエスコバルとニックの間の「ファミリーの絆」に溝が生じ始めると、マリアもそのとばっちりを受けることになる。また、それはニックがエスコバルのファミリーになった後もまじめに海辺でレストラン経営に精を出しているディランとアンヌ夫妻も同じだ。したがって、本作中盤以降からは、エスコバルがニックに対してさかんにスクリーン上で見せる「ファミリーの絆」に十分注視し、その内実を見極めたい。

<なるほど、これが司法取引!しかし、その実態は?>
 日本では最近やっと「司法取引」の採否をめぐる議論が現実味を帯びてきたが、アメリカでは、したがってハリウッド映画の「犯罪モノ」では、司法取引は常。本作冒頭ではサッパリ意味がわからなかったエスコバルの行動は、自らの悪行の数々が表面に出てきたため、もはや身柄を引き渡すことはやむをえないと考えたエスコバルが、当局と「司法取引」を行い、「明日、警察に出頭すること」を決めたためのものだということがわかってくる。
 しかして、国会議員であるエスコバルが当局と行った司法取引の内容は一体ナニ?エスコバルはいかなる罪を認めるの?麻薬王としての悪行の数々がすべて世間に明らかにされるの?それによって彼は何年の刑罰に処せられるの?また国会議員たる地位はどうなるの?弁護士の私としては当然そのような点に興味が湧き、その展開に期待したが、残念ながら本作ではそのストーリーは全くない。つまり、本作後半では、後述のように、エスコバルが警察に任意出頭する前に最後にやらなければならない「ファミリーのための財産隠し」をめぐるエスコバルとニックの確執がメインストーリーになっているわけだ。
 そのため、歴史上有名になっている「ホテル・エスコバル」と呼ばれるエスコバル専用の刑務所に入ったこと、これはいわばエスコバルの別宅で、エスコバルはここにいながらファミリーに対して指示を出していたこと等の興味深い物語は何も登場しない。その点が私には大いに不満だが、アンドレア・ディ・ステファノ監督が本作を企画したのは、警察官の友人から、自らの死刑執行前にファミリーのために財産を隠す任務を託されたという男の話を聞いたためらしいからそれはやむをえない。だから、本作はイマイチというつもりはないが、少なくとも私は少し欲求不満に・・・。

<「裏切り者は消せ!」という展開の必然性は?>
 エスコバルの怖さを知り、マリアと共にコロンビアからカナダへ脱出することを決意したニック。そんな動きを知りながら、ファミリーのために財産を隠すという最後の大仕事をやるために、多くの子分たちと共にニックを集結させ、ニックに対してある具体的な仕事の指示を与えるエスコバル。その結果、エスコバルの組織を挙げての最後の大仕事が始まり、ニックも大量の「財産」を車に乗せ、エスコバルの指示どおり、ある土地に向かい始めることに・・・。本作終盤からクライマックスにかけてはそんなスリリングな展開となり、とりわけその中では、「裏切り者は消せ!」という犯罪組織特有の鉄則が貫徹されるストーリーがメインになっていく。
 エスコバルには「表の顔」で親しく付き合っているファミリーとは別に、「裏の顔」で厳しく命令を下している部下たちがたくさんいた。その一人がドラゴ(カルロス・バルデム)だが、この男の恐さは、本作中盤のあるストーリーでニックの目に焼き付けられていた。しかして、「裏切り者は消せ!」というストーリー展開の中で、このドラゴはエスコバルの忠実な部下としての役割を果たすから、単にコロンビアを楽園だと信じて兄とともにやってきたノー天気なカナダ人の若者ニックなどはこの男の手にかかればイチコロ・・・。そう思うのが当然だが、意外や意外、ニックのサバイバル能力は『ボーン』シリーズのジェイソン・ボーンに匹敵するほどすごい(?)から、それに注目!
 ニックを案内する地元の若者が15歳で妻子持ちという設定には驚いたし、ドラゴが地元警察まで総動員してニックを追いつめていく設定にも驚いたが、さあそこで見せるニックのサバイバル能力とは・・・?この一連のストーリー展開はそれなりのスリルとサスペンスがあるが、さてその必然性は・・・?
                                  2016(平成28)年3月28日記