洋16-25

「ドリーム ホーム 99%を操る男たち」
    

                  2016(平成28)年2月27日鑑賞<テアトル梅田>

監督:ラミン・バーラニ
デニス・ナッシュ(建築作業員、コナーのシングルファザー)/アンドリュー・ガーフィールド
リック・カーバー(悪徳不動産ブローカー)/マイケル・シャノン
リン・ナッシュ(コナーの祖母、デニスの母親)/ローラ・ダーン
コナー・ナッシュ(デニスの小学生の息子)/ノア・ロマックス
デレク/アルバート・ベイツ
フランク・グリーン(明渡しの強制執行を受ける男)/ティム・ギニー
ミスター・タナー/J・D・エヴァーモア
ミセス・タナー/アン・マホーニー
ミスター・フリーマン/クランシー・ブラウン
2014年・アメリカ映画・112分
配給/アルバトロス・フィルム

<建物の明渡しを拒否して発砲自殺!>
 本作の冒頭は、衝撃的なシーンから始まる。家の中で血を流して倒れている男。それを冷ややかな目で見ているのは、不動産屋のリック・カーバー(マイケル・シャノン)だ。その後の展開を見ると、このシーンはカーバーが保安官と共に建物明渡しの強制執行をやろうとした際、それを拒否した債務者が自ら発砲自殺したものだということがわかる。
 私は弁護士生活40年を終える中で多数の強制執行事件も扱ったが、明渡しを拒否して柱にしがみつく債務者を執行官が無理矢理はがしたという類の「武勇談」は聞いたことがあるが、その場で債務者が発砲自殺したという話は聞いたことがない。そのことからもわかるとおり、私が弁護士として痛感するのは、日本もアメリカも同じ法治国家だが、アメリカはすべてにおいて白と黒、善と悪、勝と敗をハッキリさせる法治国家であるのに対し、日本は何かとやさしくてあいまいな法治国家だということだ。
 そんな冒頭シーンの後、本作の主人公であるフロリダの自宅で母親リン・ナッシュ(ローラ・ダーン)と息子コナー・ナッシュ(ノア・ロマックス)と共に暮らしているシングルファザーのデニス・ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)が、保安官を伴ったカーバーから自宅明渡しの強制執行を受ける本格的ストーリーが登場する。そこでデニスが主張することは、私が弁護士生活40年の中で聞き飽きるほど聞いた主張と同じだが、日本の「執行官」と異なりアメリカの「保安官」は2分間の猶予しか与えないで、明渡しの強制執行を完了させてしまったからすごい。車に最低限の家財道具を積み込んでモーテルに入ったデニスは、同じような境遇らしい多くの入居者に対して「数日間の仮住まいだ」と強調したが、さてこの3人家族の前途は・・・?

<サブプライムローン問題とは?住専問題とは?>
 本作を鑑賞するについては、2007年にアメリカで発生したサブプライムローン問題の勉強が不可欠。日本人は更に、その前提として1995年に発生した住専(住宅金融専門会社)問題を勉強する必要がある。それに関連して最新の不動産問題を考えるには、中国における直近の住宅(ローン)問題まで踏み込めば、更に興味深いはずだ。
 もっとも、それらの勉強は、あくまで本作の背景事情の理解のため。本作導入部でデニスが直面する①不況に伴う失業による住宅ローンの不払い、②裁判所による建物明渡しの判決言渡し、③それにもとづく建物明渡しの強制執行、という法的手続はごく当たり前のことだ。それを日本のように長々と時間をかけて行うのか、それともアメリカ(本作)のようにスピーディーに行うかの違いがあるだけだ。
 本作のパンフレットには、立花豊氏の「現役銀行員(融資担当)が解説!『ドリーム ホーム』で描かれるアメリカの住宅ローン事情」という解説がある。都市問題、住宅問題をライフワークとして30年以上取り組んできた弁護士の私の目にはこの解説はかなり不正確だが、一応の法的知識としてこれは必読。もちろん、それがわからなければ本作の面白さがわからないということではないが、近く公開される『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)と並んで、本作を正しく理解し楽しむためには、かなりの法的知識の習得が不可欠だ。

<マイホームは男や家族の夢?単なる投資用のボックス?>
 戦後復興から所得倍増計画を掲げて高度経済成長路線を推し進め、また住宅ローンを利用した持ち家政策を推し進めた結果、働きバチのように勤勉に働く日本人は「一億総中流化」し、すべての男や家族がマイホームを一生の夢と考えるようになった。ところが、1980年代後半から始まった戦後三度目の地価高騰の中で、不動産バブルが高まってくると、不動産は夢のマイホームを超えて、投資用、投機用の「ボックス」と化し、バブルが弾けた後は住専問題の発生、地価の下落、失われた10年、デフレ経済へと進んでいった。
 アメリカのサブプライムローンは日本の住専以上にリスクの高い、低所得者向けの住宅ローンだから、リーマンショックによってアメリカ全土が経済不況に襲われると、たちまちサブプライムローンによって夢のマイホームを手に入れた人々がローンを払えなくなったのは当然。そのうえ、本作導入部に見るとおり、デニスのような建築現場の労働者は仕事にもありつけなくなったから、①ローン不払い、②自宅明渡しの判決、そして③その強制執行という、意に添わない流れになったのはやむをえない。デニスは裁判所の中で裁判官に対して、執行の現場で保安官に対して、しきりにそんな現状を説明し、救済を訴えたが、裁判官や保安官がそんなことに聞く耳をもたないのは当然。
 他方、不動産屋のカーバーの考え方は、不動産は投資用のボックスだということ。導入部の展開を経て、デニスがカーバーの下でその手足となって働くようになった後は、デニスもカーバーのそんな考え方を少しずつ理解するようになってくるが、さて本来、マイホームは男や家族の夢?それとも単なる投資用ボックス?

<デニスの学習能力は?方向性の是非は?>
 私が「師弟もの」という範疇に分類している映画として、古くは『ポロック 2人だけのアトリエ』(00年)(『シネマルーム3』202頁参照)、『トレーニングデイ』(01年)(『シネマルーム1』14頁参照)、『スパイ・ゲーム』(01年)(『シネマルーム1』23頁参照)、新しくは『セッション』(14年)(『シネマルーム35』40頁参照)、『バケモノの子』(15年)(『シネマルーム36』未掲載)等がある。本作は本来「住宅問題」の範疇に分類される映画だが、本作中盤以降のストーリーは、同時にその「師弟もの」映画になっている。もちろん、師はカーバーで、弟子はデニス。そして、師が弟子に教えるテーマは、「不動産でもうける方法」だ。
 デニスは現場の建築作業員としては有能かつ優秀だが、不動産屋としては完全な素人。しかし、少なくとも建物明渡しの強制執行において、敗者に「話し合いの余地はない。おとなしく我々の指示に従うか、もしくは刑務所に入るかだ。」と宣言する執行官に抗うことができないことをデニスは身を持って体験しているだけに、「アメリカは負け犬に手を差し伸べない。この欺瞞の国は、勝者の勝者による勝者のための国だ」という明確な哲学を持ち、日々それを実践しているカーバーの「もうけ方」に納得はできないまでも、圧倒的な魅力を感じたのは当然だ。モーテル暮らしの中で日銭を稼ぎ、マイホームを取り戻したいと願っているデニスがカーバーから目をかけられたのは、その一生懸命さ。ある事件で家じゅうにまき散らされた人糞を清掃するのは、いくらカネをもらってもやりたくないお仕事。しかし、そんな仕事を率先してやったからこそ、デニスは次はエアコンの修理等々の仕事をカーバーから与えられ、日銭を稼ぐことができたわけだ。
 そこには多少違法めいた行為があったとはいえ、その仕事で得た報酬としての小切手には「3250ドル」と記されていたから、デニスはビックリするとともに大喜び。しかも、カーバーは次の仕事は簡単にそれを倍にでもする仕事だと言うから、デニスは今やカーバー流の不動産によるもうけ方にゾッコンだ。24時間カーバーからの連絡を待つ他、自らのアイデアも付け加えたりしていく中、次第にデニスはカーバーの片腕的存在に・・・。このようにデニスの学習能力は抜群だったが、さて、その方向性の是非は?

<自宅の取戻しを越えて、豪邸の購入へ!その是非は?>
 日本のバブル期における不動産によるカネの稼ぎ方は、要するに不動産の転売。その片棒をかついだのが、銀行だ。この単純な構造は、アメリカでも全く同じ。ちなみに、中国での不動産によるカネの稼ぎ方には政府や党の「要人」が入ってくるが、日本やアメリカにはそれはない。商売は何でもそうだが、100戸売って儲けるより、1万戸売って儲ける方が儲けが大きいのは当然。ユニクロでもトヨタでも、そして三菱地所や三井不動産でも、とにかく大量に売れば大量に儲けられるということだ。
 カーバーは個人経営の不動産屋としてさまざまな法律や制度の盲点をついたビジネスモデルで急成長していたが、そのカーバーが今狙っているのは、大量の不動産開発による大量の儲け。そのためには同業他社を出し抜くためのさまざまなテクニック(違法手段?)も必要だが、今やデニスは自ら進んでそんな「汚れ役」まで買って出るほどに「急成長」していた。その結果、デニスは念願の「マイホームの買戻し」を銀行ローンではなく、カーバーの個人ローンによって実現させたから、リンやコナーは大喜びだ。このまま次の大プロジェクトを成功させればケタの違う儲けを手にすることができるから、やっと買い戻した庶民タイプのマイホームは叩き売って、富裕層が住むプール付の大邸宅の入手も可能。それを手に入れて、リンやコナーたちと一緒に住めば、さぞ幸せだろうと考えたデニスは即座にそれを実行したが、プール付の豪邸に入ったリンとコナーの反応は意外にも・・・?

<アメリカ流の銃所持の可否は?>
 日本では、豊臣秀吉による1588年の「刀狩」が有効に実施できたし、明治政府による1876年の「帯刀禁止令(廃刀令)」も、多少の抵抗はあったにせよ有効に実施できた。しかし、「人民は自衛の権利を持つ」という信念を持つアメリカでは、銃規制の必要性が叫ばれながら一向にそれは実現していない。そのため、クリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』(08年)のような意外なラストシーン(『シネマルーム23』48頁参照)が生まれるし、本作冒頭の発砲自殺のシーンが生まれるわけだ。
 しかして、本作終盤は邦題どおり「1%の勝者」として「99%を操る男」(の片腕)に急成長したデニスが、次々と建物明渡しの強制執行の現場で辣腕を発揮する姿が登場してくる。しかし、かつては「敗者」の側にあり、狭いモーテルに住んでいたデニスが、「1%の勝者」になってプール付の豪邸に住み、強制執行の指揮をとっている姿を「他の敗者」たちは一体どんな目で見るの?ラミン・バーラニ監督はあえて本作終盤でそれを強調しているし、リンもそんな風に「変節」してしまったデニスに愛想を尽かしてしまうが、私はデニスの「変節」ぶりを強く批判する気になれない。なぜなら、たしかにデニスは多少汚いこともしているが、現在のデニスの「成功」は人一倍の努力のたまものと評価できるからだ。
 もっとも、いくら大量のもうけのために同業他社を出し抜きたいと考えても、「文書偽造」等の違法行為は絶対にダメ。本作のクライマックスは、マイホームからの強制的な立ち退きを徹底的に拒み、銃を持って家の中に立てこもるフランク・グリーン(ティム・ギニー)の説得をめぐって、デニスのギリギリの「良心」が問われるシークエンスになるので、それに注目!強制執行の現場で、ある文書の偽造を告白したデニスは直ちに逮捕されたが、その首謀者たるカーバーの方は・・・?クライマックス以降の事態の展開は各自の想像に委ねられているが、さて、あなたの想像は如何に?
                                  2016(平成28)年3月4日記