洋16-24
「スティーブ・ジョブズ」
    

               2016(平成28)年2月21日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:ダニー・ボイル
スティーブ・ジョブズ(アップルの創業者)/マイケル・ファスベンダー
ジョアンナ・ホフマン(マーケティング担当の女性)/ケイト・ウィンスレット
スティーブ・ウォズニアック(アップルの共同創業者)/セス・ローゲン
ジョン・スカリー(アップルの新CEO)/ジェフ・ダニエルズ
アンディ・ハーツフェルド(アップルの開発技術者)/マイケル・スタールバーグ
クリスアン・ブレナン(スティーブ・ジョブズの元恋人)/キャサリン・ウォーターストン
リサ・ブレナン(19歳)(クリスアン・ブレナンの娘)/パーラ・ヘイニー=ジャーディン
リサ・ブレナン(9歳)/リプリー・ソーボ
リサ・ブレナン(5歳)/マッケンジー・モス
アンドレア・カニンガム/サラ・スヌーク
2015年・アメリカ映画・122分
配給/東宝東和

<パソコンの巨人スティーブ・ジョブズの伝説が映画に!>
 マイクロソフトを創業したビル・ゲイツとアップルを創業したスティーブ・ジョブズは、パソコンを巡る20世紀の二大巨人。本作より先に映画化された『ソーシャル・ネットワーク』(10年)(『シネマルーム26』18頁参照)は、世界最大の「ソーシャル・ネットワーキング・サービス、フェイスブック」の創始者となったハーバード大学の学生、マーク・ザッカーバーグの(伝記)ドラマだったが、本作はアップルの創業者スティーブ・ジョブズの伝記ドラマだ。
 私の息子のように、子供の頃からパソコンに親しんできた世代は、「君はアップル派?それとも君はマイクロソフト派?」のテーマになるとエンドレスの議論になるそうだが、私たち団塊世代はそれにはトンと興味がない。ましてや、フェイスブックも近時のLINEもほどほどには使っているものの、それにのめり込むつもりは全くない。したがって、その分、マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツ、そしてスティーブ・ジョブズという各創業者について、特に興味が薄いのも仕方ない。本作はスティーブ・ジョブズ役のマイケル・ファスベンダーとジョアンナ・ホフマン役のケイト・ウィンスレットが共に第88回アカデミー賞の主演男優賞と助演女優賞にノミネートされたと聞いて、こりゃ必見!と思い、鑑賞したが・・・。

<全編会話劇!世紀のプレゼン三態からその人間像を!>
 『ソーシャル・ネットワーク』も2時間全編にわたって速射砲のような会話が続く「会話劇」だったが、本作もそれは同じ。弁護士は人の話を聞き理解するのが最初の仕事だが、いくらなんでもこりゃ疲れてしまう。しかも本作は、①1984年のMacintoshの発表会(クパチーノ)、②1988年のNeXT Cubeの発表会(サンフランシスコ オペラハウス)、③1998年のiMacの発表会(サンフランシスコ シンフォニー・ホール)という、スティーブ・ジョブズにとって人生最大の試練となった3つのプレゼンにおける、直前40分の舞台裏に限定したストーリー構成になっている。したがって、この3つの「世紀のイベント」をリアルタイムで「体験」している人には興味深いだろうが、私にはあまり興味がない。
 ダニー・ボイル監督が本作をあえてそういう構成にしたのは、スティーブ・ジョブズの人生において最も凝縮された三度にわたる40分間の舞台裏にこそ、彼の人生の縮図があると判断したためだ。しかし、同じような構成のドラマ三度も続けて観るのは、はっきりいってかなりしんどい。やはり、映画は2時間を通してそれなりの起承転結があった方がいいし、あっと驚くドンデン返しがあったりの波瀾万丈の物語の方が面白い。
 それにしても、起業家、事業家、経営者としてのスティーブ・ジョブズがどれだけすごいか、またどれだけ欠点を持っているかはある程度想像できたが、女性関係において彼がこれだけ不器用だったのは大いに意外。つい先日の「ゲス不倫問題」で議員辞職を余儀なくされた自民党の長身イケメン議員・宮崎謙介氏は、もしあの問題がバレることがなければ華麗な「平成のドンファン」として君臨していたであろうことを考えると、なおさら、女性関係におけるスティーブ・ジョブズの不器用さが際立つことに・・・。

<内部分裂、権力闘争のサマもリアルに!>
 アップルと言えばスティーブ・ジョブズだけが有名だが、ウォズニアック(セス・ローゲン)はアップルの共同創業者であり、スティーブ・ジョブズの親友。また、冒頭の1984年のMacintoshの発表会で、本番40分前に「ハロー」と挨拶しないMacintoshを「直せ!!」「直らないなら発表会は中止だ!」という無茶な命令をスティーブ・ジョブズから受けるのが、開発技術者のアンディ・ハーツフェルド(マイケル・スタールバーグ)だ。
 スティーブ・ジョブズはマーケティング担当のジョアンナ・ホフマン(ケイト・ウィンスレット)の言うことは公私共にある程度受け入れている(?)ようだが、仕事の関係では絶対に自分の主張を譲らない頑固者。それは、元恋人のクリスアン・ブレナン(キャサリン・ウォーターストン)に対しても同じだ。その娘リサ・ブレナンについて、スティーブ・ジョブズは「自分はリサの父親ではない」との主張を絶対に譲らないから始末に困る。こんな私的な紛争は、日本のマスメディアを賑わせた喜多嶋舞VS大沢樹生のように、裁判やDNA鑑定によって決着をつければいいが、会社の経営を巡る男たちの内部分裂と権力闘争は、アップル社創業以来の伝統らしい(?)。
 1984年のMacintoshの発表会では、その直前にスティーブ・ジョブズはジョン・スカリーを新CEOとして連れて来たから、その後の仲間割れや権力闘争は不可避に・・・。しかして、スティーブ・ジョブズが固執したMacintoshが売り上げ不振に陥る中、AppleⅡに重点を移すべきだと主張する勢力との対決ぶりや、一時的にスティーブ・ジョブズがアップルを退社し、新たにネクストを立ち上げざるをえなかった経過等の権力闘争は見応えがある。また、私がビックリしたのは本作を観てはじめてスティーブ・ジョブズはマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツを、一方では尊敬しながら他方ではバカにしていたことだ。
 こんな風に生々しいスティーブ・ジョブズの「実像」を見せつけてくれれば、「スティーブ・ジョブズって本当に天才?」「かなりの性格異常者では?」と思ってしまうが、さて、あなたは?

<ボブ・ディランのファンだったのは反骨心の表れ?>
 本作のパンフレットには、「ジョブズの人生に寄り添い背中を押した、ボブ・ディランの音楽。」と題する中川五郎氏の「Review ⅲ」がある。そこでは「映画『スティーブ・ジョブズ』にはボブ・ディランが何度も登場する。ジョブズが大のディラン好きで、彼のことを“人と違うように考える反逆者”、すなわち自分にとってのヒーローの一人と思っていたのは有名な話だ。」と書かれている。ボブ・ディランの代表曲は『風に吹かれて』(63年)。私たち団塊世代が1967年に大学に入り、「安保条約改定阻止」「ベトナム戦争反対」を叫んでいた頃、プロテストソングの代表曲だったのがそれだ。
 1984年のMacintosh発表会の直前に、スティーブ・ジョブズがボブ・ディランの「時代は変わる/The Times They Are A-Changin’」の歌詞を引用するについて、作家や批評家たちに呼びかける2番の歌詞にするか、親たちの世代に向かって語る4番にするかで迷っているシークエンスが登場する。しかし、物語はものすごいスピードで進んでいくから、私たち観客にはなかなかそれを理解することができない。したがって、この「Review ⅲ」の勉強が不可欠だが、そもそも今どきの「パソコン世代」はボブ・ディランという歌手自体を全然知らないのでは?
                                  2016(平成28)年2月24日記