洋16-20

「ディーパンの闘い」
    

               2016(平成28)年2月14日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督・脚本:ジャック・オディアール
ディーパン(妻子を殺された元兵士)/アントニーターサン・ジェスターサン
ヤリニ(偽装でディーパンの妻となる女)/カレアスワリ・スリニバサン
イラヤル(偽装でディーパンの9歳の娘となる少女)/カラウタヤニ・ヴィナシタンビ
ブラヒム(麻薬密売組織のリーダー)/ヴァンサン・ロティエ
2015年・フランス映画・115分
配給/ロングライド

<スリランカからの難民をテーマとした映画が初登場!>
 偽装結婚による不法移民や難民問題を扱った映画は『堕天使のパスポート』(02年)(『シネマルーム6』156頁参照)、『この自由な世界で』(07年)(『シネマルーム21』247頁参照)、『ロルナの祈り』(08年)(『シネマルーム22』133頁参照)等いろいろあるが、それぞれ奥が深く、その理解は難しい。そのうえ、2011年の「シリア紛争」に端を発する、ヨーロッパへのシリア難民の増加は2015年以降大きな社会問題になっている。また、2015年11月13日にパリで発生した「同時多発テロ」は、「難民」の中にイスラム過激派組織(ISIL)のテロリストが混入しているのでは?という不安を一気に拡大したため、フランスでは今なお「戒厳令」体制が続いている。
 第68回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した本作はそんな難民問題をテーマにした映画だが、その主人公ディーパン(アントニーターサン・ジェスターサン)はスリランカからの難民。映画の中で、ディーパンの偽装家族の一員となる9歳の娘イラヤル(カラウタヤニ・ヴィナシタンビ)は「インドから来たのか?」と聞かれ、「いいえ。スリランカから来ました」と答えていたが、スリランカって一体どこにあるの?なぜ、そこからフランスへの難民に?私が知る限り、スリランカからの難民をテーマとした映画はこれがはじめてだ。
 スリランカはインドの南東、インド洋に浮かぶ人口2000万人余の小さな島国。「セイロンティー」が有名だからそれくらいのことは知っていても、島国ニッポン人の多くはそれ以上のことは知らないだろう。そんな本作から学ぶべきものは多いが、実は私ですらかなり難解・・・。

<素人が主演!その導入部は?>
 近時、ワークショップと称して、素人が映画俳優の真似事(?)をする例が増えている。「2015年第89回キネマ旬報ベスト・テン」で「日本映画 ベスト・テン」第1位になった橋口亮輔監督の『恋人たち』(15年)の3人の主役たち、第3位になった濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(15年)の4人のアラフォーの女性たち、はすべてそれだ。しかして、本作でディーパンを演じた、『恋人たち』の篠原篤とよく似た(?)いかつい風貌のアントニーターサン・ジェスターサンも素人で、本作が映画初出演らしい。
 1月23日に観た『消えた声が、その名を呼ぶ』(14年)の導入部では、銃弾を惜しんでナイフで首を掻っ切る「虐殺シーン」が強い印象を残したが、本作の導入部では集団の死体を焼くシーンが印象的。何でもクソ丁寧に説明してくれる近時の邦画と違って、本作は極めて不親切なため(?)そこらを十分説明してくれないが、どうもこれは「分離独立」を掲げたスリランカの反政府勢力である「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の兵士たちの死体を焼くシーンらしい。

<兵士から作家へ!偽装家族での脱出は?>
 そんな政府軍との死闘の中を何とか生き延びたディーパンは、内戦の中で親類が住むイギリスへ逃れようとする女性ヤリニ(カレアスワリ・スリニバサン)と、前述した9歳の女の子イラヤルと偽装家族になることによって、かろうじて難民審査をパスしてフランスへ赴くことになる。そのシークエンスの中で、偽装家族ではないかと疑った通訳官は当初冷やかだったが、ディーパンが死んだとされていた「タミル・イーラム解放の虎」の兵士だとわかると、一転してディーパンに協力することに。これはもちろん脚本上の設定だが、実はアントニーターサン・ジェスターサンは19歳まで本物の「タミル・イーラム解放の虎」の兵士だったというから、ビックリ!
 彼は16歳にして「タミル・イーラム解放の虎」に入隊し、19歳まで少年兵として戦っていたらしい。その後の4年間を亡命先のタイで過ごし、25歳でフランスへの政治亡命を果たした彼は、その後作家として活動を続け、自分の体験を発表していたそうだ。そして、今般は、ジャック・オディアール監督によってはじめて本作の主演俳優に抜擢されたというから、さらにビックリ!篠原篤の演技と同じように素人臭さがにおう(?)ものの、それがまた本作のディーパン役にピッタリだ。

<なぜ本作がカンヌでパルム・ドール(最高賞)を?>
 毎年2月にもなると、アカデミー各賞にノミネートされた話題作が目白押し。『キャロル』(15年)も、『グランドフィナーレ(Youth)』(15年)もその一つだが、そんな「話題作」を抑えて第68回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞したのが本作だ。そもそも、パルム・ドールをはじめ各賞の受賞作は作家主義の難解なものが多い。ちなみに、第65回は『愛、アムール』(12年)(『シネマルーム30』未掲載)、第66回は『アデル、ブルーは熱い色』(13年)(『シネマルーム32』96頁参照)、第67回は『雪の轍』(14年)(『シネマルーム36』124頁参照)がパルム・ドールを受賞している。
 また、カンヌ国際映画祭は毎年誰が審査委員長を務めるかが注目されるが、第68回カンヌ国際映画祭の審査委員長を務めたのはコーエン兄弟。映画評論家失格と言われそうだが、寡聞にして私がコーエン兄弟の作品をはじめて観たのは『ノーカントリー』(07年)だった。第80回アカデミー賞の作品賞を始め監督賞、助演男優賞、脚色賞の4冠を受賞した同作はすごい問題提起作だった(『シネマルーム18』21頁参照)。
 そんなコーエン兄弟なればこそ、強烈な問題提起作として本作がパルム・ドールに選ばれたのだろう。現在のヨーロッパにおける移民・難民問題は深刻だが、もちろん本作はそれを問題提起するだけではなく、その本質は愛と人間のドラマに仕上がっている。その内容はかなり難解だが、それに注目!

<普通の家族として生きたいだけだが・・・>
 「タミル・イーラム解放の虎」の兵士として多くの仲間を失い、失意の中で偽装家族を構成して難民となったディーパンが、偽のパスポートでパリ郊外の古い集合団地の管理人という職業と住居にありつけたのはラッキー。タミル語しかしゃべれない彼がすぐにフランス語に慣れるのは無理だとしても、朝から晩まで一生懸命働くその姿は、まさに妻子を養うために働く典型的なパパそのものだ。
 ところが、年が離れていても女同士は何かと難しいとみえて、子供を産んだことのないヤリニは子供の扱い方がわからないことを理由にイラヤルと距離を置いたから、イラヤルはそれに反発。また、本来ヤリニは親類のいるイギリスに行きたかったのに、ディーパンのような無骨なおっさんとイラヤルのような手のかかる女の子と一緒に、家族としてフランスで生活すること自体が大きなストレスだったらしい。もっとも、ハビブという老人の家で家政婦の仕事にありついてからは、給料が結構高かったこともあり、ヤリニの精神面は少しずつ安定。さらに、一つ屋根の下に暮らしていると、いつの間にかディーパンとヤリニとの間には男女関係も生まれてきたから、この(偽装)家族も少しずつ本来の家族らしい形に・・・。
 他方、ハビブにはブラヒム(ヴァンサン・ロティエ)という甥がいたが、彼は警察から足にGPSをつけられている危険人物。去る2月2日に元プロ野球選手・清原和博が覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されて以降、日本のマスコミはその話題でもちきりだが、どうもブラヒムは麻薬密売組織のリーダーらしい。そんな男ながら、ブラヒムはなぜかヤリニの料理を褒め、「困ったことがあれば力になる」とえらく親切にしていたから、こりゃいつかヤバイことになるのでは・・・?「タミル・イーラム解放の虎」の兵士たることを完全に消去し、今は普通の家族として生きることだけを望んでいるディーパンだが、さてその前途は・・・?

<ラストに向けて邦題の意味がくっきりと!>
 家族の幸せを求める映画は、山田洋次作品をはじめ世界中に多い。また、『96時間』3部作等、家族の一人が悲惨な犯罪に巻き込まれて死亡したという設定で、その復讐に向かう父親の姿を描いた映画は近時やたら多い。何度も述べているとおり、本作の主人公ディーパンは元「タミル・イーラム解放の虎」の兵士だから、その兵士としての能力や狂暴性は高いはずだ。しかし、本作前半から中盤にかけてのストーリーにおけるディーパンは団地の管理人としての仕事を果たしているだけで、元兵士というイメージは全くない。そんな中、秘密裏にパリに潜伏する「タミル・イーラム解放の虎」の上官が突然登場し、祖国への武器調達を命じても、ディーパンはひたすら「私の中で戦いは終わっている」と拒否するばかりだから、上官の目にはディーパンは腑抜けのように映ったはずだ。
 ちなみに、本作の原題は『DHEEPAN』だが、邦題は『ディーパンの闘い』。何の予備知識もないままそのタイトルを見た私は「本作は戦争モノ」と直感したが、それは全然まちがっていた。本作中盤までの展開を見ていると、『DHEEPAN』でOKと思えるものだ。ところが、ある日ヤリニがブラヒムの部屋の中で見た風景は、まさにブラヒムがいかに危険な人物であるかを実証するものになる。銃弾が飛び交う中、ヤリニは何とか携帯でディーパンに連絡をとったが、その時既にディーパンはヤリニとの生活が決裂する中、一人別の地に向っている最中だったから、ヤリニの救出はとても無理。
 誰もがそう思ったが、さてそこでのディーパンの決断は?そして、その後にディーパンが見せる、元「タミル・イーラム解放の虎」の兵士らしい闘いとは?なるほど、これを見れば本作の邦題はいかにもピッタリ!
                                  2016(平成28)年2月18日記