洋16-19

「オデッセイ」
    

             2016(平成28)年2月7日鑑賞<大阪ステーションシティシネマ>

監督:リドリー・スコット
原作:アンディ・ウィアー『火星の人』(ハヤカワ文庫SF)
マーク・ワトニー(宇宙飛行士、植物学者、メカニカル・エンジニア)/マット・デイモン
メリッサ・ルイス(友人火星探査ミッション<アレス3>指揮官、地質学者)/ジェシカ・チャステイン
アニー・モントローズ(NASA広報責任者)/クリステン・ウィグ
ビンセント・カプーア(火星探査ミッション責任者)/キウェテル・イジョフォー
テディ・サンダース(NASA長官)/ジェフ・ダニエルズ
リック・マルティネス(少佐、<アレス3>操縦士)/マイケル・ペーニャ
ベス・ヨハンセン(<アレス3>システムオペレーター、原子炉技術者)/ケイト・マーラ
ミッチ・ヘンダーソン(<アレス3>フライトディレクター)/ショーン・ビーン
クリス・ベック(博士、ミッションドクター、生物学者)/セバスチャン・スタン
アレックス・フォーゲル(化学、天体物理学者)/アクセル・ヘニー
リッチ・パーネル(宇宙力学者)/ドナルド・グローヴァー
ミンディ・パーク(サットコンエンジニア、衛星写真担当)/マッケンジー・デイヴィス
2015年・アメリカ映画・142分
配給/20世紀フォックス映画

<宇宙飛行士を目指す若者は必見!>
 若い頃には『エイリアン』(79年)や『ブレードランナー』(82年)という「宇宙もの」「SFもの」の傑作をつくり、近時は『グラディエーター』(00年)、『キングダム・オブ・ヘブン』(05年)、『ロビン・フッド』(10年)、『エクソダス:神と王』(14年)等の「歴史もの」大作が目立つリドリー・スコット監督が、近時は『ボーン』シリーズでの活躍が目立つマット・デイモンと初のタッグを組んで、本格的な「宇宙もの」に挑戦!
 2014年の第86回アカデミー賞の監督賞など7部門を受賞した『ゼロ・グラビティ』(13年)は、シャトルから放り出された2人の宇宙飛行士の宇宙遊泳の中でのサバイバルぶりを描いていた(『シネマルーム32』16頁参照)が、本作は火星にたった一人で取り残された宇宙飛行士マーク・ワトニー(マット・デイモン)のサバイバルぶりを描くもの。オタクに近い(?)、無名の新人作家アンディ・ウィアーがネットに書き始めた『火星の人』があれよあれよという間に人気を呼び、出版社との契約から映画化へと進んだうえ、監督がリドリー・スコット、主演がマット・デイモンに決まったというから今の時代、ネットの威力はすごい。しかも、本作は第88回アカデミー賞の作品賞、主演男優賞等7部門にノミネートされたというからさらにすごい。日本では近時金星への軌道に投入された「あかつき」の話題で持ちきり。また、日本人宇宙飛行士の毛利衛さん、若田光一さんの登場以降、宇宙飛行士を目指す若者たちは確実に増えている。そんな人たちには、本作は必見だ。
 もっとも、火星に取り残された宇宙飛行士の物語より、孤島に流れ着いたロビンソン・クルーソーの物語の方により興味を持つ、老い先が短い人々には本作はイマイチ・・・?ちなみに、パンフレットにあるマット・デイモンのインタビューによれば、「リドリーはロビンソン・クルーソーの映画を以前から作りたいと思っていたそうで、それと本作との共通点をあげ、本作はその思いを遂げるチャンスだと言った」そうだから、若者必見の本作に続き、次は是非、老人必見の「ロビンソン・クルーソー」の映画を作ってもらいたいものだ。

<大航海時代の船乗りVS火星有人探査のクルーたち>
 太陽系の中で地球のすぐ外側を回っている火星は、人類がはじめて訪れてみたい惑星のナンバー1。しかし、火星への有人探査にさまざまな障害があることは、本作のパンフを含めてしっかり勉強すればすぐにわかる。かつて15世紀半ばから17世紀半ばまで続いた「大航海時代」には、ポルトガルやスペインは先を争って大海原に乗り出し、コロンブスは1492年にアメリカ大陸を発見した。その動機には、カネ(黄金)、領土(植民地支配)など不純なものがあったが、「地球は丸い」ということすらまだ一般に(科学的に)認識されていなかった時代に、危険を顧みず大航海に乗り出していった当時の船乗りたちの心意気はすごいものだ。
 他方、宇宙船ヘルメス号に乗り込み、人類による3度目の有人火星探査ミッションである<アレス3>に従事している宇宙飛行士は、船長のメリッサ・ルイス(ジェシカ・チャステイン)を含めて計6名。作業は順調に進んでいたが、18日目に発生した猛烈な嵐のため、作業の中止、撤収を余儀なくされたばかりか、ワトニーが空中に吹き飛ばされて行方不明になったため、ルイス船長はワトニーを置き去りにして母艦を発進させるという苦渋の決断を。
 導入部における、そんなスリリングなシークエンスの後、本作の本格的ストーリーが展開していくが、大航海時代の船乗りとは比較にならない、ミッション<アレス3>に従事しているクルーたちの苦労とは?

<火星への有人探査は夢?それとも現実?>
 本作のような「SFもの」を娯楽作として楽しむだけなら何の勉強もいらないが、その面白さをしっかり理解するためには、さまざまな勉強が必要。しかして、本作のパンフには、第1に「『オデッセイ』の中のリアルなNASAの9つのテクノロジー」として①居住モジュール、②植物の栽培、③水再生システム、④酸素発生システム、⑤宇宙服、⑥ローバー(探査車)、⑦イオンエンジン、⑧ソーラーパネル、⑨RTG(原子力電池)の解説がある。第2に、「About Mars(火星ってどんな惑星?)」には、火星の大きさ、火星の地形等の解説があり、第3に、「『オデッセイ』で感た火星有人探査のリアリティ」がある。もちろん、これらをすべて理解しなければ本作を楽しめないわけではないが、火星への有人探査は夢?それとも現実?それを考えるについては、これらの知識が不可欠だ。
 アメリカ大陸を目指したヴァスコ・ダ・ガマやコロンブスたち大航海時代の船乗りの冒険は、ただ西を目指して進むだけの盲目的な旅だった。しかし、火星への有人探査についてはそうはいかず、ものすごい量の勉強が必要だ。ちなみに、ワトニーは宇宙飛行士であると同時に植物学者だが、なぜ植物学者が宇宙飛行士に?ちなみに、ロビンソン・クルーソーは海が好きだというだけで船乗りになった男だが、本作ではワトニーが植物学者ということがストーリー構成上大きな意味を持つので、それに注目!

<マット・デイモンは一人芝居で主演男優賞をゲット!>
 嵐のために船が沈没した中でただ一人生き残ったのがロビンソン・クルーソーだったが、ワトニーの場合は、彼以外の5名のクルーは任務の途中ながら無事地球への帰路につき、ワトニーだけが火星に取り残されてしまったわけだから、一人ぼっち状態にされてしまったという客観的状況は同じでも、その意味は大きく違う。
 本作は、NASA全体を指揮する長官のテディ・サンダース(ジェフ・ダニエルズ)と火星ミッションの責任者ビンセント・カプーア(キウェテル・イジョフォー)をはじめとする、地球側の登場人物も多い。カプーアの下で働くのは、①リッチ・パーネル(ドナルド・グローヴァー)、②リック・マルティネス(マイケル・ペーニャ)等々、多士才々だが、彼らはワトニーとの通信上で登場するだけの、あくまで脇役的存在。ルイス船長やクリス・ベック(セバスチャン・スタン)たち、ヘルメス号のクルーたちもそれは同じだ。つまり、本作は9割以上がマット・デイモン扮する主人公ワトニーの一人芝居で見せる映画になっている。したがって、本作の出来の良し悪しはその9割以上がワトニーを演じるマット・デイモンの一人芝居にかかっているわけだ。『ゼロ・グラビティ』はサンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの「二人芝居」だったが、こんな大作をマット・デイモンの「一人芝居」で大丈夫?
 奇しくも、本作とほぼ同じ時期に公開された、本作と同じ(?)サバイバル劇である『レヴェナント:蘇えりし者』(15年)に主演したレオナルド・ディカプリオが、第73回ゴールデン・グローブ賞の「ドラマ部門」で主演男優賞を受賞したが、同じゴールデン・グローブ賞の「ミュージカル/コメディ部門」ではマット・デイモンが本作で主演男優賞を受賞している。さらに、前述のとおりマット・デイモンはレオナルド・ディカプリオと共に第88回アカデミー賞の主演男優賞にもノミネートされているから、本作でユーモアまじりのサバイバル能力をみせつけるマット・デイモンの「一人芝居」に注目!

<生きる糧は知識、アイデアそしてユーモア!>
 本作前半は、たった一人で火星に取り残されるという絶望的な状況下ながら、嵐に耐えたハブ(居住施設)の中に残されたわずかな食糧、水、酸素でどう生き延びるかという、ワトニーのサバイバル物語となる。そこで役に立ったのが、ワトニーの植物学者としての知識とそれにもとづくアイデアだ。火星の土をクルーたちの排泄物で肥沃な土にすることによって、残されたジャガイモから新たなジャガイモを栽培できるのでは?また、そのために必要な大量の水も○○すれば、あるいは△△すれば作り出せるのでは・・・?
 「ロビンソン・クルーソー」でも、不撓不屈な自立精神の下での知識欲とアイデア力が生きる糧となっていたが、本作前半では、火星でワトニーが見せる、生きるための知識欲とアイデア力に注目!また、ワトニーが毎日の自分の活動をビデオカメラに収めていたのも、ロビンソン・クルーソーが毎日日記を書き綴っていたのと同じだ。
 ちなみに、ワトニーのサバイバル能力の中で、リドリー・スコット監督が特に強調しているのは、ワトニーのユーモア心。日々の活動をビデオに残すについて、対外的にアピールしたりサービス精神やユーモア心を見せるのは当然だが、本作ではそれ以外の完全なプライベートな生活でも、ワトニーのユーモア心が目立っている。下手すると退屈になりがちな本作前半の一人芝居でも観客を楽しませることができたからこそ、マット・デイモンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたわけだ。

<ハリウッド映画得意のヒーロー救出劇の展開は?>
 それにしても、ワトニーによるジャガイモの栽培の成功とNASAとの通信手段回復のお手並みは見事なもの。ロビンソン・クルーソーは生き延びるための食糧等は十分確保できたが、通信手段は最後まで回復できなかったため、28年間にわたる漂流を余儀なくされた。しかし、NASAとの通信が回復できた今、補給機の準備も開始されたし、補給機到達までの新栽培のジャガイモも充分確保できたから、ワトニーは一安心。誰もがそう思ったが、火星には予期せぬハプニングが・・・。
 「一人の生命は地球より重い!」、これは1977年9月28日に日本赤軍が起こしたダッカ日航機ハイジャック事件において、時の福田赳夫総理大臣が①身代金600万ドルの支払いと、②超法規的措置として獄中メンバーなどの引き渡しを決断するについて語った有名な言葉だ。一人の生命の重さはたしかにそのとおりだが、福田総理のこの決断の是非は後に大問題になった。他方、ハリウッド映画の得意なパターンの1つが、アメリカのために命を捧げたヒーローの救出劇。『プライベート・ライアン』(98年)は、4人兄弟のうち3人がノルマンディー上陸作戦従事中に戦死したため、生死不明の末息子ライアン二等兵まで戦死させるわけにはいかないとして編成された特別部隊によるライアン二等兵の救出劇だった。また、『エネミー・ライン』(01年)は1990年代にバルカン半島で起きたボスニア・ヘルツェゴビナ戦争の中、偵察機飛行中にミサイルで撃墜され敵中に孤立してしまったアメリカ兵士の救出劇だった(『シネマルーム1』71頁参照)。
 しかして、本作後半のテーマはNASAの全力を挙げてのワトニー救出作戦になるが、一口で「救出作戦」と言っても、何せ地球と火星は遠い。また、食糧補給機やワトニーの救出機を飛ばすについても、それなりの入念な準備が不可欠だ。幸いワトニーによるジャガイモの栽培によって食糧は十分だったが、ある日の「ハプニング」によってせっかく確保したジャガイモがすべてボツになってしまったから大変。早く補給機を到着させなければ、『野火』(14年)(『シネマルーム36』22頁参照)で見た日本兵と同じように、ワトニーは餓死してしまいそうだ。さて、本作後半に見るワトニー救出作戦の展開とその結末は・・・?

<本作のヒーロー救出劇に見る3つの注目点>
 本作後半のヒーロー救出劇については、次の3点に注目したい。第1はNASAのリーダーであるサンダースの徹底した安全主義(官僚主義)と火星チームのリーダーであるカプーアの現場主義(突破主義)との対立に見る、組織内の人間模様。本作では結局カプーアは若いスタッフの意見を容れ、自分のクビをかけてサンダースの命令を無視するわけだが、その是非は?上司の命令を無視するのは、ワトニーが生きていることを帰還中の宇宙船の中で聞かされたルイス船長も同じ。5人のクルーが多少のリスクを背負っても、ワトニーの救出に向かうべし。そんなルイス船長たち5人のクルーの決断も上層部の命令に逆らったものだから、それにも注目したい。
 第2は最初の補給機打ち上げに失敗し、万策尽きたかに見えた中で急浮上してきた中国との協力のシークエンス。「宇宙での米中の対立と共存」は『ゼロ・グラビティ』でも特徴的に描かれていたが、習近平政権が、陸軍主体の7つの「軍区」を5つの「戦区」に変更するとともに、従来の戦略ミサイル部隊「第2砲兵」を「ロケット軍」に改組している今、映画の上ではともかく、ホントにこんな協力が可能なの?
 第3は、カプーアの部下でオタク気味のパーネルのアイデアが採用され、結果的にそれが成功したことによってワトニーの救出に結びつくわけだが、その科学的根拠は如何?ということ。誰かそれを教えてくれる人はいる?
 ハリウッド映画のヒーローの救出劇のパターンはいささかうんざり気味だから、もし本作がアカデミー賞作品賞を受賞できなかったり、マット・デイモンが主演男優賞を受賞できなかったら、その原因はそこにあるかも・・・?
                                  2016(平成28)年2月9日記