洋16-14

「ヘイトフル・エイト」
    

                     2016(平成28)年1月28日鑑賞<ギャガ試写室>
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
マーキス・ウォーレン少佐(黒人で元騎兵隊のの少佐だった賞金稼ぎ)/サミュエル・L・ジャクソン
ジョン・ルース(ハングマンと呼ばれる賞金稼ぎ)/カート・ラッセル
デイジー・ドメルグ(1万ドルの賞金をかけられた女囚人)/ジェニファー・ジェイソン・リー
クリス・マニックス(新任保安官)/ウォルトン・ゴギンズ
ボブ(メキシカン)/デミアン・ビチル
オズワルド・モブレー(英国人の絞首刑執行人)/ティム・ロス
ジョー・ゲージ(カウボーイ)/マイケル・マドセン
サンディ・スミザーズ(南部の元将軍)/ブルース・ダーン
O.B.ジャクソン/ジェームズ・パークス
シックス・ホース・ジュディ(六頭立て馬車の御者)(女)/ゾーイ・ベル
デイジー(ドメルグの弟)/チャニング・テイタム
2015年・アメリカ映画・168分
配給/ギャガ

<タランティーノ監督が密室劇、推理劇に挑戦!>
 密室劇は面白い!それが私の持論だが、その典型は「潜水艦もの」や「列車もの」。それに対して、アメリカの陪審映画の名作『十二人の怒れる男』(57年)は、陪審員たちの密室での迫真の討議が注目の的だが、B級(C級?)のグラビアアイドル、如月ミキの自殺をめぐって、5人のファンによる怒涛の推理合戦を描いた『キサラギ』(07年)は、ハチャメチャで奇想天外なもの。二転、三転するサスペンス劇は数多いが、『キサラギ』では少なくとも5人分、すなわち五転することは確実・・・?そんな面白い映画だった(『シネマルーム13』61頁参照)。
 監督だけではなく脚本家としても特異な才能を発揮するクエンティン・タランティーノ監督は、『キル・ビル~KILL BILL~Vol.1』(03年)(『シネマルーム3』131頁参照)、『キル・ビルVol.2~KILL BILL~Vol.2』(04年)(『シネマルーム4』164頁参照)以降、『イングロリアス・バスターズ』(09年)(『シネマルーム23』17頁参照)、『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)(『シネマルーム30』41頁参照)と大ヒットを飛ばしてきたが、今回は脚本家を兼ねて「密室劇」「推理劇」に挑戦!時代は南北戦争の直後。舞台はレッドロックまでの中継地にあり、うまいコーヒーにシチュー、装飾品から武器まで何でも揃っているミニーの店。季節は、どこまでも白銀の世界で被われた真冬だ。
 本作は7人の男と1人の女たちが織り成す密室劇かつ推理劇で、『そして誰もいなくなった』的な結末に至るストーリーになるが、8人の主人公たちはタイトルどおり一癖も二癖もあるヘンな奴、イヤな奴で、嘘つきばかり。『キサラギ』はグラビアアイドルの死因をめぐって推理(妄想?)をたくましくするだけの、たわいもない5人の男たちの物語だった。それに対して、本作は、紅一点(?)のデイジー・ドメルグ(ジェニファー・ジェイソン・リー)が1万ドルの懸賞金をつけられたお尋ね者という設定だし、男たちはみんなライフルや拳銃を持っているから、危険なことこの上ない。本作は2時間48分の長尺だが、さすがタランティーノ監督の脚本だけに観客を飽きさせることは、絶対なし!

<ハングマンのこだわりとは?リンカーンの手紙とは?>
 本作導入部の主人公は、①北部の元騎兵隊の少佐で、今は賞金稼ぎをしている黒人のマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)と、②「首吊り人」と呼ばれる賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)、そして、③ルースと手錠でつながれている、1万ドルの懸賞金をかけられた女囚人デイジーの3人。レッドロックへと続く白銀の世界の中で馬がやられ、誰かが通りかかって拾ってくれるのを待っていたマーキスをルースは用心しながら馬車に乗せてやったが、そんな導入部では、ルースの絞首刑へのこだわりとウォーレンが持っているリンカーンの手紙が興味深く語られるから、それに注目!
 1万ドルのネタを逃がさないため、ルースが自らの手と囚人の手を手錠でつなぐのはたしかに1つのやり方だろうが、下手すると隙を狙って反撃される危険があるのでは?ターゲットが「生死不問」にされるのなら「殺した方が安全」というのがマーキスの持論だが、なぜルースは生きたまま絞首台に届けることにこだわるの?他方、マーキスが懐から出したリンカーンの手紙は、黒人解放のために命を捧げたリンカーン直筆のものだから、そんな大統領と個人的な手紙のやりとりをしていた男マーキスの信用を高めるに十分。ルースがマーキスを馬車に乗せてやり、多少の信頼感を見せた(?)のはそのせいだ。ところが、その直後には何とこの手紙が真っ赤な嘘であることが判明するから、アレレ・・・?
 そんな導入部の後、馬車は更に新任保安官としてレッドロックに向かう途中でこれまた雪の中に立ち往生していたクリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)を乗せてミニーの店を目指したが、この男はホントに新任保安官?

<先客も怪しそう!一触即発の雰囲気下の会話に注目!>
 ミニーの店には女主人のミニーがいるはずだが、今日はなぜかミニーはおらず、ミニーから店の留守を任されているというメキシカンのボブ(デミアン・ビチル)が店を仕切っていた。また、店内には「小さき男」、オズワルド・モブレー(ティム・ロス)、「カウボーイ」、ジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)、「南部の老将軍」、サンディ・スミザーズ(ブルース・ダーン)らの先客がいた。マーキスとルースはまず暖炉にあたり、温かいシチューで一息入れたが、本作前半のハイライトは、この店の中で舞台劇のように展開していく男たちの会話だ。
 その口火を切ったのは、マニックス保安官による老将軍に会えたことへの感激の辞と、「ニガー」をキーワードとしたウォーレンへの差別発言。馬車の中で散々悪態をついたことによってルースに殴られ、大量の出血をしていたドメルグが、「ニグロ発言」に輪をかけたようにはやし立てたため、ドメルグはルースのひじ打ちによって再度大量出血することに。続いて衆目の尊厳の対象となるはずの老将軍に対して、ウォーレンが「俺はお前の息子を知っている」「お前の息子がどんな運命をたどったか知っているか?」と盛んに挑発!そして、自分の持つ2丁拳銃の1つを老将軍の前に置き、更に聞くに絶えない露骨な「口撃」を続けたが、これは一体なぜ?西部劇のルールは、「相手が先に拳銃を手にすれば、それに反撃するのは正当防衛としてOK」というもの。それを信奉しているウォーレンは、今それを実践しているだけだから、周りの男たちは黙ってそれを眺めているだけだ。そして、遂に我慢が限界に達した老将軍が拳銃に手をかけると、ウォーレンは楽々とこれを撃ち返したから、これにて老将軍はあえなくジ・エンド。
 この老将軍が怪しげな「ヘイトフル・エイト」の犠牲者第1号になったわけだが、これがタランティーノ脚本の序章にすぎなかったことは、次の毒入りコーヒー事件によって更に鮮明に!

<毒入りコーヒー事件で、2番目、3番目の犠牲者が!>
 ミニーの店では、好き嫌いはあるらしいが、濃い目のコーヒーが売りモノで好評だったらしい。ところが、店を任されているボブが入れた今日のコーヒーは「激マズ」だったらしい。そのため、凍えた身体を温めるべくシチューに続いてそんなコーヒーを飲んだルースは、自分の手で淹れ直したコーヒーを飲んだが、その直後にドバッと血を吐いたからアレレ・・・。その間、およそ本作のイメージとは異質ながら、店主がわりのボブが店に置いてあるピアノの前に座り、たどたどしい指で『きよしこの夜』を弾き始めたが、これは一体なぜ?
 私は上映直前に本作が「R18指定」されたことを聞かされたが、それをなるほどと思ったのは、導入部でルースに殴打されたドメルグの鼻からの出血シーン。しかし、毒入りコーヒーを飲んだルースが、のたうち回りながら手錠で繋がれたドメルグの上に覆いかぶさり、その顔の上に真っ赤な血を吐くシーンを見て、更に納得。その納得感は、本作の中盤以降に続く拳銃の撃ち合い(?)における大出血シーンの連続をみれば更に進むはずだから、本作ではこのグロテスクぶりにも注目したい。これが、タランティーノ流であることは明らかだが、ここまでやるのはアメリカ人には好まれても、日本人的にはいかがなもの・・・?

<毒を入れたのは誰だ?ウォーレンの推理力は?>
 シャーロック・ホームズ、明智小五郎、金田一耕助たち、有名探偵が展開する推理はあっと驚くすばらしいものが多い。他方、『キサラギ』で、グラビアアイドルの死因について5人の男たちが展開したハチャメチャかつ奇想天外な推理もそれなりに面白かった。しかして、毒入りコーヒーを飲んだルースの突然の死亡で身の危険を察知したウォーレンは、とっさに2丁拳銃を抜いて先客の男たちを壁に立たせたが、マニックスにだけはあえて自分の拳銃を渡し、自分の補助者的な役割を担わせることに。
 その理由は、マニックスは「コーヒーを飲む直前だったから、彼は毒を入れた犯人ではない」という推理にもとづくもの。そして、ウォーレンの推理は、先客の男たちの1人または複数がドメルグと組んでコーヒーに毒を入れたというもの。そのココロは、ルースの手によって絞首台に送られようとしているドメルグを奪い返すためというものだが、さてその推理は当たっているの?
 本作中盤では、毒入りコーヒーの犯人をめぐるそんなウォーレンの怒涛の推理をタップリと楽しみたい。そしてまた、そんな展開の中、自分が黒人であることと、拳銃の腕前を表に出して店の中での存在感を高めていたウォーレンと、あれほど「ニガー」を嫌っていたマニックスが自己防衛のための連合軍を形成していくサマを、しっかり確認したい。

<少し時間軸を戻せば・・・?こんな禁じ手もご愛敬?>
 去る1月10日に観た、行定勲監督の『ピンクとグレー』(16年)では、ちょうど前半の半分が終わった時点で、それまでの物語がすべて劇だったことが明らかにされ、後半ではそのタネ明かし的物語が展開されていった。つまり、観客は前半の約1時間については、完全に監督の演出に騙されていたわけだ。
 このように、まずあっと驚かせるストーリーを観客に見せたうえで、その後にそのタネ明かし的ストーリーを展開するのは映画では本来禁じ手のはずだ。しかし、本作でもタランティーノ監督は、あの毒入りコーヒー事件の犯人は誰だ?という物語のタネ明かしをするべく(?)、あえて時間軸を少し戻して、あの事態に至る経緯を明らかにしてくれるので、それに注目!

<大幅に時間軸を戻せば?そこから見えてくる真実は?>
 毒入りコーヒー事件を解明するため、少しだけ時間軸を戻すという「禁じ手」をあえて使ったタランティーノ監督はさらに、ミニーの店に4人の男たちが先客として入っていたことのタネ明かしとして、大幅に時間軸を戻してくれるので、それにも注目。本作前半では、「ミニーの店」という名前は何度も出ていたものの、ミニーの姿は全く登場しなかったため、具体的イメージが湧きにくかったが、そのタネ明かしによって、なるほど なるほど・・・。
 『ヘイトフル・エイト』と題された本作の主役はあくまでその8名の男女だが、本作中盤のタネ明かし的物語の中では、六頭立ての馬車の御者をしている美女(?)シックス・ホース・ジュディ(ゾーイ・ベル)や、本作後半に「準主役」として俄然存在感を発揮する、ドメルグの実の弟であるデイジー(チャニング・テイタム)らが登場してくるので、それらのキャラもしっかり確認したい。そこにはもちろん、来客をもてなす店主ミニーの姿や従業員たちの姿も登場するが、彼女たちが大量の血を流して死んでいくシーンも、タランティーノ監督のそういう演出が大好きなお方は、しっかり注目を!そんな風に大幅に時間軸を戻す中で見えてくる、あっと驚く真実とは?

<マニックスとドメルグとの「取引」の成否は?>
 本作中盤から終盤にかけては、何かと先手、先手で仕掛けてくるウォーレンの手早さと、それによる優位性が目立っている。そのため、最初に血祭りにあげられた老将軍以下、ミニーの店の中の男たちは次々とウォーレンの手で始末されていったが、マニックスは一貫してそれを補助する役割を担っていた。しかし、地下に潜って隠れていたドメルグの弟であるデイジーが、見事に地下からウォーレンの睾丸をぶち抜くと、さすがにそれは致命傷になったらしい。また、「撃ち合い」の中で左足に弾丸を受けたマニックスが歩けなくなると、ドメルグはここぞとばかりに手錠で繋がれていたルースの腕を切り落として銃を手にしようとしたが、そこでのウォーレン連合軍とドメルグとの対決の行方は?
 ここでもウォーレンはマニックスに対して「早く女を撃ち殺せ」と上から目線だが、今や弾の切れた銃しか持っていないウォーレンの命令に、マニックスが従う必要がないのは当然。それを見込んだドメルグは、マニックスに対してニグロを殺せ、そして、今や死体となった懸賞金付きの男たちをすべてマニックスに渡すから、自分を解放しろ、という「取引」を持ちかけたが、なるほどこりゃ合理的。これは、マニックスにとっても、かなり魅力的な提案だ。更に、もしマニックスがこの取引に乗らないなら、15人の手下が町を襲うことになっているという奥の手も披露したが、そんな脅しの是非は?
 そんな風向きになってきたためウォーレンは大慌てだが、さてそこで見せたマニックスの究極の決断は?そして、その理由は?私はここでのマニックスの決断にいささか異議があるが、さてあなたのご意見は?

<なぜ最後に絞首刑を?そして誰もいなくなった状態に>
 本作導入部から一貫して、紅一点ながら、殴られ、出血し、毒入りコーヒーを飲んだルースから血ヘドを吐きつけられるという、何ともつらい役をこなしてきたドメルグ役のジェニファー・ジェイソン・リーは、第88回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたから、熱演の甲斐があったというもの。そんなドメルグが、睾丸を撃ち抜かれてベッドの上で動けないウォーレンを横に置いて、マニックスと行う「取引」は虚実入り交じったかなりハードな知的作業だ。前述した、①ニグロを殺せ、②死体を渡すからそれで懸賞金を受け取れ、③私を解放しろ、だけなら合理的な提案だった。しかし、もしそれに乗らなければ、15人の手下がお前を襲うと脅したのはどうもまちがっていたらしい。なぜなら、「それはウソだ!」と簡単にマニックスに見ぬかれてしまったからだ。
 そうなると、一方的にドメルグの分が悪くなってしまったのはやむをえない。その結果、ウォーレンとマニックス連合軍は、ドメルグを簡単に射殺したのではつまらない、ルースの意志通り首吊りで殺してしまえ、となったからドメルグは大変だ。そこで、本作ラストはほとんど動けない状態の2人が見せる、ドメルグの絞首刑の実行となるから、それに注目!しかして、本作の結末は『そして誰もいなくなった』状態になってしまうが、ホントにこれでよかったの・・・?
 人間の営みのバカさ加減もここに極まれりという映画だが、良くも悪くもタランティーノ流B級映画の醍醐味がこんなところにも満ち溢れていることは明らかだ。ああ、しんどかったと思いつつ、大きな充足感と満足感も・・・。
                                  2016(平成28)年2月3日記