洋16-11

「白鯨との闘い」
    

               2016(平成28)年1月24日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:ロン・ハワード
原作:ナサニエル・フィルブリック『白鯨との闘い』(集英社文庫刊)
オーウェン・チェイス(エセックス号の一等航海士)/クリス・ヘムズワース
ジョージ・ポラード(エセックス号の船長)/ベンジャミン・ウォーカー
マシュー・ジョイ(エセックス号の二等航海士)/キリアン・マーフィ
トーマス・ニカーソン(エセックス号の14歳のキャビン・ボーイ)/トム・ホランド
ハーマン・メルヴィル(アメリカの新進作家)/ベン・ウィショー
老年期のトム・ニカーソン/ブレンダン・グリーソン
ミセズ・ニカーソン/ミシェル・フェアリー
カレブ・チャペル(エセックス号の船員)/ポール・アンダーソン
ヘンリー・コフィン(ポラード船長の従兄弟)/フランク・ディレイン
ペギー/シャーロット・ライリー
ポール・メイシー/ドナルド・サムター
2015年・アメリカ映画・122分
配給/ワーナー・ブラザース映画

<名作『白鯨』ではない、原作『白鯨との闘い』に注目>
 捕鯨船ピークォド号の船長エイハブが義足になったのは、白い巨大鯨に足を奪われたため。その復讐に燃えるエイハブは狂気にも似た執念でモビィ・ディックと名づけられたその白鯨を追うが、さてその結末は・・・?。これは、私が少年時代に『世界文学全集』の1つとして、血湧き肉踊る思いで読んだ、ハーマン・メルヴィル著『白鯨』(1851年)の物語だ。また、それを映画化したのがジョン・ヒューストン監督、グレゴリー・ペック主演の『白鯨』(56年)だが、私はつい最近テレビでそのBS放送を見たばかりだった。そのため、本作の公開を聞いた時は一瞬「そのリメイク?」と思ったが、そうではない。本作の原作は、ナサニエル・フィルブリックが書いた『白鯨との闘い』で、2000年に全米図書賞のノンフィクション部門を受賞した、つい最近のヒット小説らしい。
 メルヴィルの『白鯨』はメルヴィルが想像した「作り話」だが、ナサニエル・フィルブリックの『白鯨との闘い』は、1819年に現実に起きた捕鯨船エセックス号の沈没事件をエセックス号の犠牲者と同じナンタケット島に住む歴史家であるナサニエル・フィルブリックが綿密な調査のうえで書いた「真実の物語」らしい。日本トルコ友好125周年記念事業として作られた『海難1890』(15年)はエルトゥールル号の遭難事件とそれを救助する日本人の姿を描いたものだが、その遭難事件は台風によるもの。しかし、エセックス号の沈没事件は全長30メートルを超える巨大な白鯨(の攻撃)によるものだから、「人とクジラとの対決」というストーリーが面白い。本作を鑑賞するについては、まず、そんな原作に注目!

<強引な取材に渋々口を開いたが・・・>
 1985年の第57回アカデミー賞で作品賞など8部門を受賞した名作『アマデウス』(84年)は、年老いた作曲家サリエリがどうしても乗り越えられなかったライバル(?)であるアマデウス(モーツァルト)との思い出(?)を語る(告白する?)スタイルで物語が構成されていた。それと同じように、本作も、後に名作『白鯨』を完成させて世界的作家になる若き日のメルヴィル(ベン・ウィショー)が、今は年老いてエセックス号ただ1人の生き残りとなっているトム・二カーソン(ブレンダン・グリーソン)の取材のため、その自宅を訪れるシーンから始まる。
 二カーソンは沈没したエセックス号から何とか生還できたものの、以降数十年間にわたってその沈没事件については堅く口を閉ざしていたから、メルヴィルはまずその説得に一苦労。自分の有り金すべてを取材費として注ぎ込んでまで二カーソンから「生の話」を聞きたいと乗り込んできたメルヴィルに対して、当初二カーソンは語ることを拒否していたが、生活費にも困っている妻が大声で二カーソンを叱責したことによって、二カーソンは渋々口を開くことに・・・。メルヴィルは人とクジラとの対決によるエセックス号の沈没という面白さに注目して二カーソンに取材をしようと必死になったわけだが、さてその成果は?

<20世紀は石油。しかし、19世紀は鯨油>
 ウィキペディアによれば、シーシェパード環境保護団体、通称シーシェパードは、海洋生物保護のための直接行動を掲げる国際非営利組織の海洋環境保護団体を自称しているが、実は「海賊」と解説されている。現に、2005年からは南極海での日本の調査捕鯨を妨害するようになっている。また、アメリカ連邦高裁からは海賊(海上武装勢力)の認定もを受けているそうだ。このように、今日ではシーシェパードの活動が活発化するとともに、反捕鯨に共鳴する欧米の資産家や著名人も増えている。しかし、本作の主人公オーウェン・チェイス(クリス・ヘムズワース)が愛妻とともに暮すナンタケット島の町は、捕鯨で成り立っている町だ。日本では、和歌山の「太地町」が捕鯨の町として有名だが、本作導入部に見るナンタケット島における捕鯨の活況ぶりはすごい。
 ジェームズ・ディーンの出世作となった『エデンの東』(55年)や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07年)(『シネマルーム19』300頁参照)を見ればわかるように、アメリカでは1850年代に石油採掘が開始されて以降、エネルギー源は石油に集中した。しかし、1760年代から1830年代までに世界に先駆けて産業革命を成し遂げたイギリスでは、19世紀はじめまでは鯨油文明が続いたらしい。日本では1950~60年代にエネルギー源が石炭から石油に代わったことによって大きな産業構造の変化が起きたが、本作導入部では1819年当時のイギリスのナンタケット島における鯨油文明の繁栄ぶりを見ることができる。
 大量の鯨油を獲得するためには、大量の捕鯨船を出港させることが必要。それに大量の鯨油を載せて帰港すれば、その捕鯨船に投資した投資家は大儲けできると同時に人間の生活の質も大幅に向上するわけだ。20世紀は石油文明一色だが、19世紀初頭にはそんな鯨油文明の時代があったことを、本作を見てしっかり勉強したい。

<イギリスの階級制度は?船長との確執は?>
 本作導入部では、今回の捕鯨船での功績によって一等航海士から船長に「格上げ」されると確信し、大喜びしているチェイスの姿が登場する。しかし、その直後には、次に出航するエセックス号の船長はチェイスではなくジョージ・ポラード(ベンジャミン・ウォーカー)になると、出資者から宣告され激怒するチェイスの姿が登場するので、その落差に注目!一等航海士として捕鯨船に乗り込み、捕鯨作業時はボートで前線に立ち、銛を放って獲物を仕留めるチェイスは、鯨油産業への投資家にとって貴重な人材。しかし、19世紀はじめのイギリスはまだ階級制度の厳しい国だったから、名士である船乗りの家系に生まれたポラードを船長にすると宣告されると、下々の階級であるチェイスはそれに従わざるをえない。そこで、チェイスは次回も大量の鯨油を持ち帰れば必ず船長にするとの文書による確約をとりつけた上で、愛妻に「必ず帰る」と誓ってエセックス号に乗り込むことに。
 同乗する二等航海士のマシュー・ジョイ(キリアン・マーフィー)やカレブ・チャペル(ポール・アンダーソン)らは昔からの仲間だが、海も捕鯨も全然知らないくせにプライドだけは人一倍強いポラード船長の下では何かと確執が生まれ、チェイスは大いに苦労するのでは・・・?

<大嵐、捕鯨の旅を経て、白鯨との死闘に!>

 海戦モノや海洋アドベンチャーものは面白いものが多いし、生存をかけて大嵐と闘う船の姿も面白いものが多い。さしずめ、後者の典型は『パーフェクト・ストーム』(00年)だが、本作では、ポラード船長の誤った判断のため大嵐に翻弄されるエセックス号の姿に注目!次に、今でこそ良い漁場を見つけるためにソナーを使う技術が進んでいるが、1819年当時のクジラ捜しは経験とカンに頼るだけ。しかして、なかなかクジラの群れに出会えなかったポラード船長やチェイスは、ある日白鯨によって大被害を受けた某捕鯨船の船長から、赤道方面に白鯨と共に大量のクジラがいると聞かされたから、直ちにその方面にエセックス号の船首を向けることに。
 この捕鯨の旅の中では、14歳の時にはじめてキャビン・ボーイとしてエセックス号に乗り込んだトマス・ニカーソン(トム・ホランド)が、身体が小さかったため、仕留めたクジラの腹の中に潜り込んで、異臭漂う油をすくうシーンが登場するので、それにも注目!その臭さは、いかにもスクリーンを通じて観客にまで臭ってくる感じがするほどだからすごいものだ。もっとも、そんな鯨油獲得に伴う苦労は、本作前半のクライマックスとなる30メートルを超える白鯨との死闘に比べれば、屁みたいなもの。海洋哺乳類に属するクジラは利口な動物らしいが、『白鯨』で観たのと同じように、エセックス号をめがけて突進し、身体全体をぶつけてその破壊を狙う姿は、まるで意志をもった獣のようだ。去る1月24日に千秋楽を迎えた大相撲初場所では10年ぶりに日本人大関・琴奨菊が優勝したが、その馬力に勝るとも劣らない白鯨の体当たりに注目!その体当たりを受けたエセックス号はたちまち浸水し、沈没を免れないことになったから、さあ、そこでのポラード船長の決断は?そして、チェイスたち乗組員の運命は?

<ボートでの漂流に見るサバイバル模様は?>
 李安(アン・リー)監督の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12年)は、大量の動物を乗せた貨物船が大嵐の中で沈没した後、救命ボートの上で虎と同居(?)しながら、7カ月以上も太平洋を漂流した少年の「千夜一夜的な作り話(?)」だった(『シネマルーム30』15頁参照)。したがって、それは言ってみれば気楽な一人旅(?)だが、白鯨によってエセックス号を破壊され、小型ボートに乗り移って生き延びたチェイスやポラード、そして若き日のニカーソンら数名の生存者にとっては、食糧と水が不足する中、どうやって生き残るかが最大の問題に。海図や動力があればボートの向かう方向を決めることができるが、それもできない今はただ波の流れに身を委ねるしかないから、誰かが発見してくれるか否かも運まかせだ。
 昨年は「戦後70年記念作品」として公開された、大岡昇平の原作を塚本晋也監督が映画化し自ら主演した『野火』(14年)では、フィリピン戦線をさまよう中で、ついに人肉を食らうまでに至る「人間の業」が強烈に描かれていた(『シネマルーム36』22頁参照)。また、少し古いがドキュメンタリー映画の傑作『ゆきゆきて、神軍』(87年)は、戦時下における、くじ引きによる兵士たちの“共食い”の現実を浮き彫りにしていた。それと同じように、本作でも水が尽き食糧が尽きる中で、1人の男が死亡すると、チェイス、ポラードたち生存者は遂に「ある決断」を!
 さらに食べるものがなくなると、残った男たちは「戦時下」ではないにもかかわらず、『野火』や『ゆきゆきて、進軍』と同じように「くじ引きによる共食い」を始めたからすごい。そんな経験をして今日まで生き残ったニカーソンが、自らの体験について一生口を聞くことができないのは当然だろう。しかして、今ニカーソンから真実のサバイバル模様を聞きとったメルビルの心境は?

<ロン・ハワード監督の名作の1つとして本作の鑑賞を!>
 ロン・ハワード監督といえば、何よりもトム・クルーズとニコール・キッドマンが共演した『遥かなる大地へ』(92年)が印象に残っている。これは土地問題をライフワークとする私が講演のネタとしてもよく使っていた映画だ。その後の『アポロ13』(95年)を私は観ていないが、『身代金』(96年)、『ビューティフル・マインド』(01年)(『シネマルーム2』40頁参照)、『ダ・ヴィンチ・コード』(06年)(『シネマルーム11』26頁参照)、『フロスト×ニクソン』(08年)(『シネマルーム22』22頁参照)、『天使と悪魔』(09年)(『シネマルーム23』10頁参照)を、私はすべて観ている。直近の『ラッシュ/プライドと友情』(13年)も、メチャ面白い映画だった(『シネマルーム32』184頁参照)。
 そんなロン・ハワード監督にとって、本作のテーマは何としても映画化したいと思うほど刺激的で魅力的なものだったはずだ。『野火』や『ゆきゆきて、進軍』は「戦時下における人肉喰らい」というテーマだけが重くのしかかっていたが、本作はそれだけではなく、ラストシーンではチェイスが約束通り生還し、愛する妻と再会する感動的シーンが登場する。しかも、そこでは出港時に妊娠していた妻がかわいい女の子を連れていたから、チェイスの再会の喜びは更に大きいものになったはずだ。人間の暗さだけではなく、そんな人間の希望を本作のラストにもってきたロン・ハワード監督の演出はさすがだ。ロン・ハワード監督の名作の1つとして、是非本作の鑑賞を!
                                  2016(平成28)年1月28日記