洋16-10

「消えた声が、その名を呼ぶ」
    

                  2016(平成28)年1月23日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:ファティ・アキン
共同脚本:マルディク・マーティン
ナザレット・マヌギアン(アルメニア人の鍛冶職人)/タハール・ラヒム
バロン・ボゴス/セヴァン・ステファン
ラケル(ナザレットの妻)/ヒンディー・ザーラ
ヴァハン/ジョージ・ジョルジョー
フラント/アキン・ガジ
アニ/アレヴィク・マルティロシアン
メフメト(処刑人)/バートゥ・クチュクチャリアン
オマル・ナスレッディン/マクラム・J・フーリ
クリコル/シモン・アブカリアン
孤児院院長/トリーネ・ディアホルム
ナカシアン夫人(娘たちを引き取ったアルメニア人)/アルシネ・カンジアン
ピーター・エデルマン/モーリッツ・ブライプトロイ
2014年・ドイツ、フランス、イタリア、ロシア、カナダ、ポーランド、トルコ映画・138分
配給/ビターズ・エンド

<トルコ人監督による愛、死、悪についての3部作が完成>
 若きトルコ人の監督ファティ・アキンは、『愛より強く』(04年)でベルリン国際映画祭金熊賞を、『そして、私たちは愛に帰る』(07年)でカンヌ国際映画祭最優秀脚本賞を、『ソウル・キッチン』(09年)でベネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞している巨匠。私は『ソウル・キッチン』だけは観ていないが、『愛より強く』と『そして、私たちは愛に帰る』は鑑賞済みだ。
 パンフレットにあるファティ・アキン監督のインタビューで、彼は「もともと<愛、死、悪>という三部作のコンセプトには、三角のように均等にこの3つを描くことで人間という存在をより深く理解できればという思いがありました」と答えている。しかして、偽装結婚から生まれる愛を情熱的に描いた『愛より強く』は愛をテーマにしたもので(『シネマルーム11』123頁参照)、『そして、私たちは愛に帰る』は3組の親子、6人の登場人物の織り成す壮大な物語で、死をテーマにしたものだった(『シネマルーム22』138頁参照)。本作はそれに続いて、「良心の探求」や「自らの歴史に向き合うことへの恐怖」を描くもので、「愛、死、悪の3部作」の最終章として位置づけているらしい。
 ドストエフスキーの『罪と罰』は老婆殺しの正当性の有無を中心とした普遍的かつ哲学的なテーマを描いた最高峰の小説だが、それにも匹敵する人間の壮大な3つのテーマに挑んだ3部作の最終章たる本作の出来は?

<最大のタブー、「アルメニア人大量虐殺事件」とは?>
 スパイク・リー監督の『セントアンナの奇跡』(08年)は「セントアンナの大虐殺」を(『シネマルーム23』88頁参照)、アリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを』(08年)は「サブラ・シャティーラの虐殺」を(『シネマルーム23』93頁参照)、テーマにした映画だった。また、アンジェイ・ワイダ監督の『カティンの森』(07年)は、1939年9月1日に発生したナチス・ドイツによるポーランドの侵攻直後に発生した「カティンの森虐殺事件」を、それぞれ描いたものだった(『シネマルーム24』44頁参照)。しかして、今から100年前の1915年にオスマン・トルコ国内で起きた、犠牲者数100万人とも150万人とも言われる「アルメニア人大量虐殺事件」が本作のテーマだ。
 中東情勢に疎い日本人は、私を含めてそんな事件のことを全く知らないだろうから、本作によって「セントアンナの大虐殺」「サブラ・シャティーラの虐殺」「カティンの森虐殺事件」と同じように、しっかり勉強する必要がある。本作のパンフレットには、「Reference」があり、そこでは「1915年にオスマン帝国で起こったアルメニア人をめぐる悲劇。それは、『20世紀最初のジェノサイド』とも言われ、100年後の現在においてもなお、アルメニアとトルコだけでなく、世界を巻き込んだ論争が続いている。欧米ではユダヤ人と同様に離散の民と言われ、世界各地に広がるアルメニア人の歴史とは。」と問題提起をしたうえで、その内容が詳しく解説されているので、これは必読!

<「家族」「喪失」から「希望」へ!>
 1915年といえば、ヨーロッパで第1次世界大戦が始まった年の翌年だが、本作冒頭では誇り高き鍛冶職人であるナザレット・マヌギアン(タハール・ラヒム)が妻・ラケル(ヒンディー・ザーラ)とかわいらしい双子の娘ルシネとアルシネの4人家族で幸せに暮らす風景が描かれる。もっとも、第1次世界大戦の影響を受けて、オスマントルコのマルディンという町に住むナザレットたちアルメニア人への弾圧は、すぐ近くまで迫っているらしい。もちろん、ナザレットたちもそれを心配していたが、最悪の事態の到来は予想よりはるかに早く、ある夜憲兵たちによってたたき起こされた男たちは、すべて兵士として強制的に徴用されることに。
 娘から受け取ったスカーフを手に、ナザレットは「心配ない、すぐ戻る」と言い残したが、その後に続く男たちの「行進」は文字どおり「死の行進」になってしまったからひどいものだ。ナチス・ドイツはユダヤ人の大量殺人のためにガス室を用意したが、本作では、弾を使うのがもったいないばかりに男たちを岩壁に向って膝をつかせ、ナイフで「喉を切れ!引き裂け!」と命令しそれを実行するシーンが登場するから、唖然。もっとも、男たちの中でナザレットだけは、処刑人のメフメト(バートゥ・クチュクチャリアン)が喉を掻っ切ることを躊躇したため、何とか生き延びることができたが、これによって声を失ってしまったから、この先どうやって生きていけばいいの・・・?その場を必死に生き延びたナザレットは町の住人たちが連れて行かれた砂漠の強制収容所に入ったが、そこには妻と娘の姿はなく、ただ一人の生き残りの義理の姉がいた。しかし、彼女は「私たちの家族はみんな死んでしまった。神は慈悲深くなどない」と告げたうえ、「この苦しみから解放してほしい」と自分を殺すよう懇願する有り様だったから、まさにナザレットの周りは地獄の風景ばかり!
 このように本作は、冒頭の「家族」(幸せだった日々)から、中盤は「喪失」(虐殺を生き延びて)に続くが、戦争が終わり、平和が訪れる中で、ナザレットはある日「娘さんの無事はご存知ですよね?」と告げられたから、本作のテーマはそこから俄然「希望」(娘を探す旅が始まる)に!

<この地球半周のロードムービーはすごい!>
 ロードムービーの名作は多いが、本作後半は、声を失い生きる希望まで失くしていたナザレットが、「娘さんの無事はご存知ですよね?」と聞かされたことによって、再び「生きる希望」を持って娘たちを探すロードムービーになる。「あの惨劇」の中で、戦争終了後も生き延びているとすれば、娘たちは今、①砂漠の遊牧民の下?②売春宿?それとも③孤児院?ナザレットがそう考えたのは正解だったらしい。レバノンの孤児院に辿り着き、娘たちの写真を見つけたナザレットは、院長(トリーネ・ディアホルム)に対し身振り手振りで娘たちの居場所を尋ねたが、「娘たちは1年前にここを去り、アルメア人の住むキューバへ向かった」と聞かされてガックリ!
 それでも気を取り直したナザレットは、現在多くのシリア難民が決死の覚悟で小舟に乗って、ヨーロッパを目指しているのと同じように、船に乗りキューバに渡っていくからすごい。ところが、キューバで娘たちを引き取ったアルメニア人のナカシアン夫人(アルシネ・カンジアン)からは、「彼女たちは半年前にミネアポリスへ向かった」と言われたから、再びナザレットはガックリだ。しかし、それでもなおくじけず、娘を探す旅はアメリカのフロリダへ、さらに、アメリカのノースダコタへと続くから、ナザレットのロードムービーはすごい。
 ちなみに、『タイタニック』(97年)では、イギリスのサウサンプトン港からニューヨークへの処女航海に出るタイタニック号の切符を、ジャックは賭けポーカーで稼いでいた。それに対してナザレットは、フロリダ行きのラム酒の密輸船に乗り込むための費用はある男を殴りつけて奪ったサイフから出していたから、この行為は褒められたものではない。しかし、ナザレットはこれ以外の旅費についてはさまざまな肉体労働によって受け取る賃金でまかなっていたから、えらい。
 それはさておき、ナザレットはフロリダでは娘たちの姿を求めて、縫製工場やアルメニア人の家を訪ね歩いたが、さて娘たちとの再会は?

<緊張の連続だが、このハッピーエンドに思わずホッと>
 写真だけを頼りに声も出せないナザレットが1人で続ける、娘たちを探す旅は基本的に無茶。誰もがそう思うはずだ。現に、本作後半から始まったナザレットのロードムービーは、娘たちの居場所についてのそれなりのヒントはもらえるものの、決定的な情報に辿り着かないから、緊張とイライラの連続になる。しかも、旅の途中で旅費を稼ぐためにナザレットの足は止まるから、時間との兼ね合いでも、どんどん娘との距離は遠くなっていくのでは?
 しかも、アメリカは広い。その広いアメリカでナザレットは今フロリダからノースダコタへと移動したが、そこでもナザレットが得る情報は、娘の写真を見せて「知ってる人はいないか?」と尋ねるだけだから、これでは心もとないことおびただしい。もっとも、世界各地に散らばっているユダヤ人はユダヤ人同士の、中国人や華僑はその人たち同士のコミュニティや連絡網があるのと同じように、世界各地に難民として逃れているアルメニア人にもアルメニア人同士のコミュニティや連絡網があるようだ。そんなコミュニティや連絡網を最大限に活用した結果、ナザレットが最後に辿り着いた場所での結末は?
 娘たちと別れた1915年から既に8年。第1次世界大戦が終了してからでも既に5年が経っている。今、娘が生きていれば立派な大人に成長しているはずだが、さてナザレットはそんな娘たちと再会することができるのだろうか?本作はアルメニア系脚本家のマルディク・マーティンの助けを借りたり、マーティン・スコセッシ監督のアドバイスを仰いだそうだが、本作のコンセプトは、すべてファティ・アキン監督の構想から生まれたもの。したがって、その結末を悲劇的なものにするか、それともハッピーエンドにするか、はすべてファティ・アキン監督の思惑一つにかかっているが、さて本作の結末は?それは、一部不幸な面はあるものの、やはりハッピーエンドと言えるものだから、思わずホッとすると共に、その心に染みる感動をじっくりと。

<ドイツ生まれのトルコ移民2世監督の視点は?>
 2016年1月8日付朝日新聞夕刊に掲載された、独北部ハンブルク=玉川透氏の新聞紙評によると、ファティ・アキン監督はトルコ移民2世としてドイツのハンブルクで生まれ育ったそうだが、アルメニア人大量虐殺事件については、「子供心にもタブーと肌で感じていた」そうだ。それでも、「禁じられるからこそ、いっそう興味がわいた。映画を通じて、トルコでも自由にこの問題が議論される環境をつくることが、トルコにルーツを持つ自分の役目だ」と感じたらしい。
 本作中盤から後半にかけては、アルメニア人であることだけでひどい迫害を受ける主人公ナザレットの、生きるためとはいえトルコ人への暴力や反撃も目につくが、それでも私の目にはそれはまだ抑制されていると感じてしまう。この点について、ファティ・アキン監督は、「主人公の暴力性をもう少し前面に出してもよかったと、今は思う。私がトルコ系であるがゆえに、(迫害を受けた)アルメニア人の悪い面を強調したくないという意識が働き、自分に歯止めをかけてしまった」と話しているが、さてあなたはそこらあたりをどう評価?
 さらに、監督は「過去を振り返ることは意味がある。個人と同様に社会も精神を病み、治療が必要な時があるから。それを治すきっかけを与える力が映画にはあると、私は信じている」と言っているから、私たち日本人も本作を鑑賞する中で、その言葉の重みをしっかり感じとりたい。
                                  2016(平成28)年1月29日記