洋15-95 

「ボヴァリー夫人とパン屋」
    

                      2015(平成27)年8月8日鑑賞<テアトル梅田>

監督:アンヌ・フォンテーヌ
マルタン・ジュベール(フランスの小さな村でパン屋を営む男性)/ファブリス・ルキーニ
ジェマ・ボヴァリー(パン屋の向かいに引っ越してきたイギリス人女性)/ジェマ・アータートン
チャーリー・ボヴァリー(ジェマの夫)/ジェイソン・フレミング
エルヴェ(司法試験勉強中の美青年)/ニールス・シュナイダー
ヴァレリー・ジュベール(マルタンの妻)/イザベル・カンディエ
レシニー・パトリック(ジェマの昔の恋人)/メル・レイド
ランキン/ピップ・トンプス
マダム・ド・ブレシニー/エディット・スコブ
ウィジー/エルザ・ジルベルスタイン
2014年・フランス映画・99分
配給/コムストック・グループ

<ボヴァリー夫人とは?小説は?コミックは?>
  ボヴァリー夫人とは言うまでもなく、19世紀のフランス人の小説家フローベ-ルが書いた小説『ボヴァリ―夫人』の女主人公エマ・ボヴァリーの名前。したがって、本作を楽しく鑑賞するためには、最低限そのヒロインの名前とその小説のあらすじを知っていることが不可欠。そうでなければ、『ボヴァリー夫人とパン屋』という邦題の意味も全く分からないはずだ。もっとも、本作はその小説を映画化したものではなく、本作の原作は、ポージー・シモンズが書いたグラフィック・ノベル『ジェマ・ボヴァリー』というから、驚き。ひょっとして、フランスはコミックの分野でも日本よりレベルが上・・・?
 フランス人が文学好きなことは、ボヴァリー夫人と並ぶ本作のもう一人の主人公マルタン(ファブリス・ルキーニ)をみればよく分かる。彼は、フランス西部にあるノルマンディー地方の小さな村で稼業のパン屋を、妻のヴァレリー(イザベル・カンディエ)とともに営んでいる、ごく平凡な男。ところが、その愛読書が『ボヴァリー夫人』というから、その知的水準の高さにビックリ!
 そんな彼が、イギリスから夫のチャーリー(ジェイソン・フレミング)と共にすぐ向かいの家に引っ越してきた妻の名前が「ジェマ・ボヴァリー」と聞いて興味を示したのは当然。そして、「10年ぶりに性欲がよみがえった」とほざくとおり、その目はいかにも好色そうだ。さて、これから毎日ジェマを見つめる中、彼の「妄想」はどのように膨らんでいくのだろうか。

<この味わい深いフランス人男優に注目!>
 私は本作でマルタンを演じたフランス人俳優ファブリス・ルキーニの顔を何度も観ているが、本作を契機に整理してみると、それぞれの出演作における彼の味わい深い演技に改めて感心させられる。私が観た彼の主演作は、①『親密すぎるうちあけ話』(04年)(『シネマルーム11』215頁参照)、②『屋根裏部屋のマリアたち』(10年)(『シネマルーム29』27頁参照)、③『危険なプロット』(12年)(『シネマルーム32』180頁参照)だが、その内容はいずれもグッド。ちなみに、マルタンは本作ではジェマの行動に『ボヴァリー夫人』の小説を重ね合わせる妄想にふけったが、『危険なプロット』では、アルチュール・ランボー並みの早熟な高校生クロードの書く小説に惹かれて右往左往していたから、マルタンの演じた役割はよく似たものだった。
 彼のパン職人としての腕前は立派なようだが、一方では「10年ぶりに性欲がよみがえった」とほざきながら、他方ではハチに刺されたと訴えるジェマのドレスをはぎ、背中に唇を当てて身体に入った毒を吸い取る行為程度にドギマギする情けない中年男のサマまでを熱演している。さらに、本作ではいかにも好色そうだが、それ以上に『ボヴァリー夫人』の小説に沿ったストーリー展開を、文学的に楽しむマルタンの表情が見どころなので、それに注目!

<ジェマを演じるイギリス人の美人女優にも注目!>
 他方、本作で奔放なイギリス人女性ジェマ・ボヴァリーを演じるジェマ・アータートンを私がはじめて観たのは、『007/慰めの報酬』(08年)(『シネマルーム22』88頁参照)。そこでは、ダニエル・クレイグ扮するジェームズ・ボンドがジェマ・アータートン扮するボリビア駐在の女性諜報員フィールズと一夜を共にするシークエンスを、「ボンドガールもサマ変わり?」という小見出しで書いた。私は以降、そんなジェマ・アータートンを『アリス・クリードの失踪』(09年)(『シネマルーム27』155頁参照)、『タイタンの戦い』(10年)(『シネマルーム25』13頁参照)、『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(10年)(『シネマルーム25』10頁参照)で観ているが、本作のような色気タップリのジェマ・アータートンを見るのははじめてだ。
 夫のチャーリーと共にマルタンの向かいの家に引っ越してきた時は普通の主婦と思えたジェマは、司法試験浪人で受験勉強に励むため広大なお屋敷に戻ってきたという美青年エルヴェ(ニールス・シュナイダー)と知り合うと、突然大変身!その変身ぶりは、まるでかつての日活ロマンポルノの『○○夫人』や、エロが売りモノのフランス書院文庫の『△△マダム』のようだから、その落差にビックリ!ちなみに、2015年キネマ旬報8月上旬号の「REVIEW鑑賞ガイド」における那須千里氏の評は、「ボヴァリー夫人ことジェマは最後まで自我を確立できなかった女性として描かれる。自覚があるにせよないにせよ服装も髪型も言動も隙だらけで、本能的に男に甘えることを知っていて、夫、元カレ、年下の不倫相手、パン屋の夫とあらゆる男を頼りまくって生きている。」とボロクソだが、そない、ボロクソに言わなくても・・・。

<小説どおりの、不倫、借金、自殺という展開に・・・?>
 小説『ボヴァリー夫人』に描かれたエマの物語は、不倫から始まり借金、自殺という悲劇的な結末に向かっていく。したがって、美しいジェマの姿を見て、小説『ボヴァリー夫人』ばりの妄想を次々と膨らませていくマルタンにとっては、ジェマがエルヴェとの不倫に浸っている姿をみると、次の借金、そして自殺へと妄想が膨らんでいったのは仕方がない。エルヴェの登場と夫チャーリーとの別居に関連性があるのかどうかは、もちろんマルタンにはわからなかったが、エルヴェとの不倫がバレれば離婚は必至・・・?
 マルタンがそんな心配(妄想)をしていたところ、さらにイギリスから裕福そうなカップルが町に引っ越してきたり、その友人としてジェマの昔の恋人であったレシニー・パトリック(メル・レイド)が登場したりしてきたから、話は更にややこしいことに・・・。そのうえ、エルヴェとのハードなセックスの真っ最中につい壊してしまった、エルヴェの家で代々大切にしていた飾りモノをチャーリーに修理してもらうためにジェマが預かっていたことをめぐって、エルヴェの母親とジェマ、そしてチャーリーとの間で訴訟沙汰にまで発展したから、これまた大変。
 こんなことが重なっていけば、ひょっとしてジェマは不倫のみならず、借金、自殺という小説『ボヴァリー夫人』の筋書きどおりの展開に・・・?

<悲劇的結末にも、フランス的な面白さが・・・>
 本作はジェマのお葬式のシーンから始まる。悲しみにうちひしがれている夫のチャーリーはジェマの思い出の品をすべて焼き捨てていたようだが、そこでチャーリーを優しく慰めていたマルタンは、ジェマの日記帳らしきものを発見。秘かにそれを服の中に隠して持ち去り、自宅でコッソリ読んでみると・・・。
 そんな冒頭のシーンの意味がやっとわかるのは、本作のラストに至ってジェマが死亡してしまうためだが、これは小説『ボヴァリー夫人』通り、不倫、借金から必然的に到達する筋書き・・・?そう思って観ていると、本作は小説とは全く違う(ハチャメチャな)展開で、ジェマが死亡してしまうことになるので、それに注目!
 本作全編を通して大切な小道具は、マルタンが作るパン。パンをこねまわす手つきも「そんな目」で見れば何となくエロティックなら、ジェマがおいしそうにパンを食べる姿も何となくエロティック。しかして、夫チャーリーの留守中にジェマの家を訪れ、ジェマに対して復縁を迫る昔の恋人パトリックが、あんな風にジェマと絡んでいる姿を見れば、誰だって誤解するのは当然。たまたまそこに戻り、そんなシーンを目撃したチャーリーが怒りに震えながらパトリックに殴りかかったのは当然だが、さてジェマの死亡原因は・・・?何とも人を喰ったような、いかにもフランス映画的なおしゃれさに脱帽。
 さらに、本作はジェマ亡き後、「ボヴァリー夫人」に代わって今度は「アンナ・カレーニナ」の登場となるから、さあ、それにもお立ち会い!
                                 2015(平成27)年8月13日記