洋15-90 (ショートコメント)

「約束の地」
    

                      2015(平成27)年7月24日鑑賞<テアトル梅田>

監督:リサンドロ・アロンソ
ディネセン大尉(デンマーク人エンジニア)/ヴィゴ・モーテンセン
インゲボルグ(ディネセン大尉の娘)/ヴィールビョーク・マリン・アガー
ピッタルーガ中尉/アドリアン・フォンダリ
コルト(兵士の男性)/ディエゴ・ロマン
(洞窟の女性)/ギタ・ナービュ
スルアガ/ガブリエル・マルケ
2014年・アルゼンチン、デンマーク、フランス、メキシコ、アメリカ、ドイツ、ブラジル、オランダ映画・110分
配給/ブロードメディア・スタジオ

◆時代は1882年。舞台はアルゼンチンのパタゴニア地方。だそうだが、それは一体どこにあるの?また、ヴィゴ・モーテンセン扮する主人公ディネセン大尉はデンマーク人のエンジニアだそうだが、軍服を着て銃やサーベルを持った立派な軍人で、アルゼンチン政府軍による先住民掃討作戦に参加しているらしい。そういう歴史的背景は全く知らなかったが、本作を契機に勉強できればラッキー。そう思っていたが、本作を観てもそこら辺りの説明は全くないまま、突然ディネセン大尉とピッタルーガ中尉(アドリアン・フォンダリ)との会話が始まる。
 冒頭からビックリするのは、スクリーンの四隅が丸みを帯びた正方形であること。これは、グザビエ・ドラン監督の『Mommy マミー』(14年)と同じようなスタイル(『シネマルーム36』)で、昭和の高度経済成長期に庶民の憧れだった初期のテレビジョンと同じようなもの。これだと、いつも見慣れているワイドスクリーンの映画と違って上下が長いから、地上の荒野の風景と空の景色の両方が欲しい本作にはピッタリ。たしかにそんな気はするが、水の中で身体を洗っているピッタルーガ中尉の両手の動きが何となく怪しげなのが気になるところ。さて、彼は一体ナニをしているの?

◆本作は冒頭に、『約束の地』という邦題がいかにもピッタリするような意味シンな字幕が登場するからそれに注目!しかし、ロブ・マーシャル監督の『イン・トゥ・ザ・ウッズ』(14年)を彷彿させる(『シネマルーム35』53頁参照)パタゴニア地方の荒野における原住民掃討作戦に、なぜ長いドレスを着たディネセン大尉の年若い娘インゲボルグ(ヴィールビョーク・マリン・アガー)が同行しているの?2人で岩の上に座り、「可愛い娘よ」と娘の頬を撫でるディネセン大尉に対して、その腕をとりその肩に頭を埋めていく娘。そんな2人の様子を見ていると、2人の父娘の愛や信頼関係は抜群のように思えたが、その後には父親に隠れてインゲボルグが政府軍の若者コルト(ディエゴ・ロマン)と「逢い引き」(?)しているシーンが登場するから、アレレ・・・。
 それをピッタルーガ中尉に目撃されたため、コルトはかなり厳しいお咎めを受けたようだが、何とその日の晩に、インゲボルグはコルトと共に二頭の馬を連れて「駆け落ち」(?)してしまったから、ディネセン大尉はビックリ。わけもわからないままそんな展開になっていく本作のストーリー構成に私もビックリだが、ディネセン大尉が1人で娘を捜しに出るところから、本作のホントのストーリーが・・・。

◆ディネセン大尉は軍人らしく立派な軍服を着てサーベルを下げて馬に乗ったが、広いパタゴニア地方の荒野の中でどうやってインゲボルグを捜すの?誰が考えてもコンパスや双眼鏡、食料や水そして地理に詳しい案内人が必要だと思うのだが、ディネセン大尉が持つのはオモチャのような単眼鏡だけで、コンパスも持っていない。これでどうやってインゲボルグとコルトの後を追えるのか不思議だが、それでもディネセン大尉はインゲボルグとコルトが馬を停めて「情を交わした」場所まで探り当てるからすごい。
 さらに、本件の「抽象性」を象徴する小道具が小さな軍人の姿をした人形だが、それすらディネセン大尉は広いパタゴニア地方の荒野の中で見つけてしまうからすごい。スクリーン上で観るパタゴニア地方の荒野の風景はたしかに美しく神秘的だが、ストーリーに「説得力」を欲しがる私は、そんな展開に少しイライラ感も・・・。

◆娘を捜して荒野を一人馬に乗って進むディネセン大尉の姿はそれなりにカッコいいが、その中で展開される、①ある先住民らしき死体の発見、②コルトの死体の発見、そして③その混乱の中でのスルアガ(ガブリエル・マルケ)による馬とライフルの盗難事件の発生、によって、以降「徒歩」を強要されることになったディネセン大尉の運命は?そうなれば、もはや愛する娘を捜し出すというテーマより、自分の命が大丈夫かということになるはずだが、さてその後のストーリー展開は?
 ここまでも私流の「合理性」とはほど遠い展開だったが、その後の一匹の犬との出会い、そして洞窟の中でその犬と共に暮らしている老女(ギタ・ナービュ)との出会いというストーリーも合理性とはほど遠い。あの時代のアルゼンチンのパタゴニア地方には、こんな人物やこんな暮らしがあっても不思議ではないのかもしれないが、ここまでくるともはや私の理解の範囲外・・・。

◆2015年キネマ旬報7月上旬号の「REVIEW鑑賞ガイド」では、本作について三人の評論家がそれぞれ星5つ、4つ、3つをつけている。また、3人とも「魔術的なレアリスム世界が待ち受ける」「物語にはふしぎな飛躍があり、マジック・レアリスムの愛好者にはおすすめ」「なんという物理的マジック!」と、魔術やマジックという言葉を使っている。他方、日経新聞では「思わせぶりな情景、意味ありげなセリフが交差する。物語の伏線かと思いきや、幕切れは唐突で不可解」と評されている。
 愛する娘を捜して荒野をさまようディネセン大尉のストーリーなら、最後は娘を見つけられるか否かについての結末が待っていると思うのが当然だが、本作ラストはそんな想像とは全く違う結末になるので、それに注目!しかし、アレレ・・・、これは一体ナニ・・・?

◆あの時代のパタゴニア地方に、あんな大型でちょっと気味の悪い犬がいることにもビックリさせられたが、それ以上にビックリさせられたのが、ラストに訪れる唐突な全く別個のストーリー展開。そこにも、あの大型の犬と1人の少女が登場するが、さらにビックリさせられるのはそこでも小道具としてあの軍人の人形が登場すること。ひょっとして、この物語はすべてあの人形がつくり出した妄想なの・・・?
 本作は第67回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した映画だけに、正方形のスクリーン上に映し出される風景の美しさはすごい。しかし、そのストーリーは?説得力は・・・?こんな映画が好きな人もいるだろうが、私の好み的にはイマイチ・・・。
                                  2015(平成27)年7月28日記