洋15-88

「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」
    

                   2015(平成27)年7月20日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督:スティーヴン・ナイト
アイヴァン・ロック(妻と子2人に恵まれ、順風満帆な生活を送っている建築現場監督)/トム・ハーディ
ベッサン(声)(アイヴァンの浮気相手)/オリビア・コールマン
カトリーナ(声)(アイヴァンの妻)/ルース・ウィルソン
ドナル(声)(アイヴァンの部下)/アンドリュー・スコット
ガレス(声)(アイヴァンの上司)/ベン・ダニエルズ
エディ(声)(アイヴァンの長男)/トム・ホランド
ショーン(声)(アイヴァンの次男)/ビル・ミルナー
2013年・イギリス、アメリカ映画・86分
配給/アルバトロス・フィルム

<『リミット』に続く「密室劇」のアイデアに拍手!>
 密室劇は面白い!それが私の持論だが、そこで私がイメージする密室は潜水艦や列車や飛行機などだ。したがって、究極の密室は人間ひとりだけが入ることができる棺桶だから、棺桶という密室の中に閉じ込められた人間だけが登場する映画『リミット』(09年)(『シネマルーム25』未掲載)を観たときは、そのアイデアにビックリさせられた。そこでのストーリー構成の小道具はケータイだったが、さて本件は・・・?
 登場人物がアイヴァン・ロック(トム・ハーディ)1人だけという設定は『リミット』と同じだが、本作の密室は車。高速道路をロンドンに向かってひた走るアイヴァンの愛車はBMWだが、今ドキの車はハイテク装備が万全だから、電話だってスピーカーを使えば自由自在だ。『リミット』にみた主人公ポール(ライアン・レイノルズ)は不便この上ない姿勢で棺桶の中に横たわっていたが、アイヴァンは手だけはハンドルにとられているものの、電話でのしゃべりは自由。したがって、『リミット』と同じように、車という密室の中でハイテク電話を駆使しながら、誰と、どんな電話を交わすのかという展開だけで86分間のスリリングな物語を構成することはきっと可能。まずは、そのアイデアに拍手!

<この設定の是非は?賛否は?>
 本作冒頭のシーンはアイヴァンが車に乗り込みスタートさせていくだけの描写だから、何の映画かさっぱりわからない。しかし、車を運転しながら、スピーカー越しの電話を次々とこなしていく中で、この現場監督の(だった)有能な男は、①旅先で愛もない女ベッサン(オリビア・コールマン)と一度だけ犯した「過ち」によって、今その出産に立ち会うべくロンドンに向かっていること、②そのため、明日の朝に抱えている55階建ての巨大ビルの基礎を築くコンクリート流し込み工事の現場責任者としての晴れ舞台を放棄し、信頼する部下ドナル(アンドリュー・スコット)に委ねようとしていること、③そのため、アイヴァンは愛する妻カトリーナ(ルース・ウィルソン)との離婚や長男エディ(トム・ホランド)、次男ショーン(ビル・ミルナー)との別れまで決意していること、がわかってくる。そこで、問題はアイヴァンのこの決心の是非、すなわち本件の設定の是非だ。
 ちなみにキネマ旬報7月下旬号の『REVIEW 鑑賞ガイド』によれば、筒井武文氏は「これは再見に値する。特に脚本志望の方にお勧め」と評しているが、内藤誠氏は「円満な家庭を営んでいた建築現場監督のハーディが、愛もなく、旅先で一度だけ浮気した女が妊娠し、その出産に立ち会うために、翌日の大事な仕事も放棄して、ハンドルを握っているという設定が弱い。出産時間に間に合うことなどより、ハーディには人間としてやるべきことがあるのではないか」と辛辣な批評をしている。さらに那須千里氏は「運転中の彼にはひっきりなしに電話がかかってくるが、画面を埋め尽くすナレーションは主に相手との対話ではなく心の声。肥大した自己の成れの果てが物悲しい」と書いている。
 しかして、私の評価も内藤誠氏と同じだ。つまり、一方ではホントに自分の子供かどうかの確認もしないでよくぞここまでの決心をしたものだと感心すると共に、他方ではこの男はバカかとすら思えてくる。私の知る限り、こんな状況下でこんな決断をし、こんな行動をとる男は、きっと世の中に一人もいないと思うのだが・・・?

<聖徳太子並みの処理能力に注目!>
 聖徳太子は10人からの請願を一度に聞き、それぞれに的確な答えを返したため「豊聡耳(とよとみみ)」と呼ばれている。それと同じように、本作に観るアイヴァンは、<仕事の電話>では①怒り狂う上司ガレスへの冷静な対応、②明日の重要な仕事を委ねる部下ドナルへのコト細かな指示、<家族への電話では>①妻カトリーナへの謝罪と今後の話し合いの提案、②サッカーの試合観戦をドタキャンした2人の息子への謝罪、<病院への電話>では①一度の過ちでこれから子供を産もうとしているベッサンへの勇気づけ、②分娩の異常を伝える医師や看護師への「生まれてくる子供の父親」としての必要な同意等々、まさに八面六臂の活躍だ。
 もちろん、こんな電話はそれぞれ簡単な説明で片がつくはずはないから、とりわけ妻との会話はあっちにそれたりこっちにそれたりした挙げ句、何度もガチャンと電話を切られることも。さらに、ドナルへの明日の仕事の段取りについても、あれこれと確認すべき点が出てくると、警察に電話したり役所に電話したりする必要が生じてきたから大変だ。アイヴァンはよほど有能な現場監督らしく、工事に必要な車の台数やコンクリートの量など、すべての数字が頭に入っているらしい。しかし、警察も役所も夜の9時、10時までは仕事をしているはずはないから、そこへの緊急連絡は大変だ。さらに、ドナルとの打ち合わせの中で追加工事の必要性が明らかになってくると、そこで見せるこれまで培ってきたアイヴァンの人脈を含めた手腕(総合力)はすごい。もっとも、その分そんな有能な男が突然仕事を放り出してしまったことに対する上司ガレスの怒りは大きく、上層部に現状が報告されるとアイヴァンは即刻クビを宣告されてしまったが、もとよりこれは覚悟の上だ。
 本作では、聖徳太子並みのそんなアイヴァンの電話による処理能力をタップリと味わいたい。ちなみに、私に言わせれば、世の男性諸君はすべからくこれくらいの働きをしてほしいものだが・・・。

<「一度の過ち」についての主人公の価値観、倫理観をどう見る?>
 さだまさしの1979年のヒット曲に『関白宣言』がある。その歌詞のラストは「愛する女は 生涯お前一人」で終わるが、冒頭は「俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない めしは上手く作れ いつもきれいでいろ」と、まさにタイトル通りの男のワガママ宣言だから、一時は「女性差別」「男尊女卑」と物議を醸したこともある。昔は「浮気も男の甲斐性」と言われていた時期があったから、冒頭の歌詞に続いて「俺は浮気はしない たぶんしないと思う しないんじゃないかな ま、ちょっと覚悟はしておけ」と微妙にトーンダウンしていく歌詞は面白かった。そんな歌詞に照らしてみると、「一度の過ち」についての本作の主人公アイヴァンの価値観、倫理観は?
 アイヴァンと妻カトリーナや長男エディとの会話を聞いていると、「仕事人間」で家庭のことは多少疎かになっていたという問題点はあるものの、アイヴァンには浮気その他妻から咎められる点は全くない模範亭主らしい。しかして、アイヴァンが今日急にロンドンに向かって車を走らせているのは、数ヶ月前に長期出張していた際、なりゆきでつい愛も情もない女と一度だけ犯した過ちによって、女が妊娠し今日出産すると告げられたためらしい。
 しかし、少なくとも「関白宣言」をしたような男なら、たった一度だけ過ちを犯した女から「子供が産まれる」と電話がかかってきても「それは本当に俺の子供か?」と聞くだろうし、弁護士の私から見てもそれは不当な質問ではない。だって、相手の女ベッサンは売春婦とは言わないにしても、その氏素性をアイヴァンはほとんど何も知らないのだから。そう考えると、ベッサンからの今日の出産を告げる電話は、そのために長年頑張ってきた職場でのクビを覚悟のうえで明日の大切な仕事を放り出したり、何の問題もない妻との離婚を決断する根拠にはならないはずだ。
 ちなみに、さだまさしは1994年に『関白宣言』のアンサー・ソングとして『関白失脚』を発表したが、さてそこでの彼の結婚や夫の役割についての心境の変化は・・・?私は前述したように、こんな行動に走るアイヴァンはバカかと思ってしまったが、それもこれも含めて、さてあなたはアイヴァンの「一度の過ち」についての価値観、倫理観をどう見る?

<ながら運転は厳禁!交通安全週間での上映は?>
 近時自転車での無茶な運転が目立ってきたため、道路交通法の改正が行われた。毎日通勤に自転車を使っている私にとっては、これは重大な関心事だが、つい最近電動アシスト付き自転車に乗り換えた私は、電灯はもちろんヘルメットまで着用して万全の体制をとって安全運転を心がけている。ケータイで電話しながらの運転がいかに危険かは自転車でも自動車でも同じだ。さらに近時は、歩きスマホの危険性が強調されている。ところが本作を観れば、タイトル通り「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」のほとんどはスピーカーを通した電話をしているが、これは法律(道路交通法)に違反しないの?
 道路交通法70条は一般的に「安全運転の義務」を規定している。それに続く71条は具体的に「車両等の運転者は次に掲げる事項を守らなければならない」として5項の5で、当該自動車等が停止している時を除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置を通話のために使用することを禁止している。但し、それはその全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信ができないものに限られているし、また、傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除かれている。これらの規定によれば、ハンズフリー装置を併用して携帯電話等を使用する場合は対象とならないことは明らかだから、アイヴァンの場合は71条違反とはならないことは明らかだ。しかし、この装置を使用して事故を起こした場合等は法第70条の安全運転義務の違反に問われることとなる。したがって、スクリーン上で観るように、頻繁に電話を続けることによって注意が散漫になって事故を起こしたり、資料をめくるために脇見をして事故を起こしたりすれば、71条違反の罪に問われることになる。
 以上のように、ながら運転は厳禁だから、本作の交通安全週間での上映は・・・?
                                  2015(平成27)年7月23日記