洋15-83

「アリスのままで」
    
                   2015(平成27)年7月5日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚色: リチャード・グラッツァー/ウォッシュ・ウエストモアランド
原作:「アリスのままで」リサ・ジェノヴァ(キノブックス刊)
アリス・ホーランド=ジョーンズ(若年性アルツハイマー病と診断された50歳の言語学者)/ジュリアン・ムーア
ジョン(アリスの夫、医学博士)/アレック・ボールドウィン
アナ(法科大学を卒業した長女)/ケイト・ボスワース
リディア(ロスで女優を目指す次女)/クリステン・スチュワート
トム(医学院生の長男)/ハンター・パリッシュ
チャーリー(アナの夫)/シェーン・マクレー
2014年・アメリカ映画・101分
配給/キノフィルムズ

<女優として世界三大映画祭の三冠と主要映画賞の三冠を制覇!>

 韓国のキム・ギドク監督は『嘆きのピエタ』(12年)(『シネマルーム31』18頁参照)で第69回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を、『サマリア』(04年)(『シネマルーム7』396頁参照)で第54回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を、『アリラン』(11年)(『シネマルーム28』206頁参照)でカンヌ国際映画祭ある視点賞を受賞したことによって世界三大映画祭の三冠を制した監督。
 それと同じように、ハリウッドの美人女優ジュリアン・ムーアは既に『エデンより彼方に』(02年)(『シネマルーム3』165頁参照)でヴェネツィア国際映画祭女優賞を、『めぐりあう時間たち』(02年)(『シネマルーム3』88頁参照)でベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を、『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(14年)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しているから、いわばキム・ギドク監督と同じように、世界三大映画祭の三冠王。そのうえ、本作で若年性アルツハイマー病の主人公アリスを演じたジュリアン・ムーアは見事第87回アカデミー賞主演女優賞を受賞したから、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞と並ぶ主要映画賞の三冠を制覇したことになる。
 ジュリアン・ムーアが第87回アカデミー賞主演女優賞を受賞した時点で、私は『博士と彼女のセオリー』(14年)(『シネマルーム35』35頁参照)、『ゴーン・ガール』(14年)(『シネマルーム35』159頁参照)、『わたしに会うまでの1600キロ』(14年)の3本を見ていただけだったが、そこでは『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイクを主演女優賞に予想していた。しかし、その後マリオン・コティヤール主演の『サンドラの週末』(14年)(『シネマルーム36』)と本作を観て、やはり、本作のジュリアン・ムーアが本命だったことを実感。

<またまた、「アルツハイマー病」をテーマにした名作が!>
 若年性アルツハイマー病をテーマとした名作には、韓国映画ではソン・イェジンとチョン・ウソンが共演した『私の頭の中の消しゴム』(04年)(『シネマルーム9』137頁参照)と、邦画では渡辺謙と樋口可南子が共演した堤幸彦監督の『明日の記憶』(06年)(『シネマルーム10』172頁参照)がある。前者はイケメンと20代の若き美女との恋愛の中に突然悲劇が襲うストーリーだったから、いわば「対岸の火事」としてその悲劇のサマを味わった。それに対して後者は、主人公が日本の高度経済成長を支えるバリバリの広告代理店の営業部長という設定だっただけに、若年性アルツハイマー病と診断されるに至る「簡単なテスト」の風景や、発病後、日々悪化していく病気と闘う主人公の姿は身につまされるものがあった。
 しかして、当年50歳になるアリスは、『明日の記憶』の主人公とは男女の差こそあれ、高名な言語学者として知られ、ニューヨークのコロンビア大学の教授を務めていたから、まさに人生の絶頂期。冒頭に描かれる50歳の誕生日の風景は、法科大学を卒業した長女アナ(ケイト・ボスワース)と彼女の夫チャーリー(シェーン・マクレー)、医学院生の長男トム(ハンター・パリッシュ)らに囲まれ、医学博士である夫のジョン(アレック・ボールドウィン)から「僕の人生を通じて、もっとも美しくもっとも聡明な女性に」という愛のこもった乾杯の挨拶を受けるものだったから、まさに言うことなし。この時のアリスの心配の種は、ロサンゼルスで女優を目指す次女のリディア(クリステン・スチュワート)だけだったが、実は・・・。

<家族性?遺伝?すると子供たちは・・・?> 
 若年性アルツハイマー病については、『私の頭の中の消しゴム』や『明日の記憶』で十分学ぶことができたし、本作のパンフレットにある医療法人社団こうかん会日本鋼管病院神経内科部長・吉井康裕氏の「若年性アルツハイマー病とは?」や、原作翻訳者の古屋美登里氏の「アリスが気づかせてくれる、私たちのすぐそばにある『現実』」を読めば、さらによくわかる。
 しかし、本作で特に驚いたのは、本作を脚本・監督したリチャード・グラッツァー監督とウォッシュ・ウェストモアランド監督のうち、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を受けたグラッツァー監督はその病気に苦しみながら、不自由な身体で毎日撮影現場を指揮したということ。本作は徹底的にアリスの視点から若年性アルツハイマー病に向き合う姿を描いているが、これはきっとしっかりALSと向き合ってきたグラッツァー監督の視点でもあったのだろう。
 もう1つ本作を観て理解し、ビックリしたのは、家族性の若年性アルツハイマー病なら子供たちに遺伝する確率は50%、発症は100%だということ。アリスの母は事故で早くに亡くなり、アルコール依存症の亡き父とは疎遠だったそうだが、もしアリスの若年性アルツハイマー病が父親からの遺伝によるもので、家族性のものだったら・・・?
 毎年一度弁護士会の健康診断を受けると共に、食事と運動にかなり気を遣っている私は今のところ健康だが、8月中旬には久しぶりに大腸の内視鏡検査を受けることになっている。たったそれだけのことでも気になり心配するわけだから、若年性アルツハイマー病と宣告されたアリスが、更にそれが家族性のものなのか否かについての医師の診断結果を聞かされる時の不安な気持ちはいかばかり・・・?

<強いけど弱い。しかし、弱いけどやっぱり強い!>
 本作でジュリアン・ムーアが第87回アカデミー賞主演女優賞をゲットできたのは、仕事の面のみならず家庭面でも理想的な状態を築き上げ、日々強く生きてきたアリスが、若年性アルツハイマー病の宣告を受けた後に見せる人間としての弱さを的確に表現したからだ。アリスにとって若年性アルツハイマー病の宣告は突然奈落の底に落とされたのと同じだった。さらにそれが家族性のものであり、トムは陰性だったものの、アナは陽性と宣告されたことはそれに追い打ちをかけたものだった。これが男なら、さしずめ一晩で髪の毛が真っ白になってしまうほどの大ショックだ。『明日の記憶』でも日々少しずつ記憶を失っていく主人公の怖さを渡辺謙が静かに熱演していたが、本作にみるジュリアン・ムーアの静かな熱演もそれと同じだ。
 学生から「散漫な授業」「不安定でムラがあった」と不満が殺到したため、学校を辞めざるを得なくなったアリスのくやしさは、いかばかりだろう。
 さらに、病気が進み、自宅でのトイレの場所が思い出せないために失禁してしまい、立ち尽くし泣きじゃくるアリスの姿をみていると、痛ましくなってくる。このように見ていると、いかに有能で社会的地位を築いていても、人間なんて所詮弱いモノということを痛感させられる。他方、頭のいい人、意思の強い人はここが違う。そうビックリさせられるのは、アリスがすべての記憶を失った時にも、人間の尊厳を保つことができるようパソコン内に自分だけのメッセージ(遺言)を残すこと。それはかなり用意周到なものだったが、本作ラスト近くに訪れるサスペンス的な展開を観ていると、ホントはそううまくは機能しなかったことがよくわかる。なぜなら、アリスがパソコンのそのサイトを開いたのは、まったくの偶然からだったからだ。そんな偶然からであっても、「アリス、私はあなたよ。大事な話があるの」から始まり、アリスへの具体的行動を提示する、このサイトが有効に機能すれば、アリスは自分が望んだ通りの「安楽死」を遂げることができるはずだったが、さてその展開と結末は・・・?

<次女の意外な決断は映画なればこそ・・・?>
 
本作のタイトル『アリスのままで』は、若年性アルツハイマー病によって記憶喪失が否応なく進んでいく中で、アリスが「アリスのままで」いられる時間がどんどん少なくなっていく危機感を見事に表している。本作はジュリアン・ムーア扮するそんなアリスが唯一無二の主人公だから、夫のジョンはアリスを優しく受けとめるだけの役割になるのは当然。そう思っていたが、ラスト近くになると意外にもジョンは自分の転職を含めた家族の「引越し」を提案してきたから、アリスがこれにムクれた(?)のは仕方ない。もっとも、これはジョンだけの都合や出世欲だけで決めたことではなく、家族全体のことを考えたものであることは物わかりの良い長女アナが賛成したことを見ても明らかだが、さてその顛末は?
 このような引越を決めたファミリーに急浮上してきたのが、それまで自分の好き勝手なことばかりしているとアナからもアリスからも思われていた(?)次女リディアの存在だ。リディアを演じるクリステン・スチュアートは『トワイライト』シリーズで人気急上昇の女優だが、本作ではそんなヴァンパイア色はまったく出さず(当たり前だが!)リディア役を好演している。長女も長男も父親と母親に似て優秀だったのに、次女のリディアだけは芝居にうつつを抜かす異端児で、アリスやアナの心配の種。本作前半ではそんな位置づけだったリディアが、引っ越しが決まった後、アリスの面倒を誰が見るかという局面で「それは自分がやる!」と名乗りを挙げてきたのは一体なぜ?芝居の世界で成功を収めるのは、学者の世界のそれ以上に厳しいのは常識。したがって、やっと今成功の足がかりとなりうる役を与えられようとしている大事な時期のリディアには、若年性アルツハイマー病を煩う母親の面倒を見るよりも、自分の人生設計の方が大切。誰しもそう思うところだが、さてそこで変わり者(?)のリディアが見せた決断とは?
 リディアのこの決断は映画なればこそ、という感もなくはないが、これによって本作はきっちりとした収束を見せることになるから、結果的には万々歳。もっとも、これによってアリスを演じるジュリアン・ムーアは第87回アカデミー賞主演女優賞を受賞することができたが、この結末のつけ方ではアカデミー賞作品賞、監督賞へのノミネートがちょっと無理・・・。
 

                                 2015(平成27)年7月10日記