洋15-77

「フレンチアルプスで起きたこと」
    

      2015(平成27)年6月11日鑑賞<ビジュアルアーツ専門学校大阪試写室>

監督.・脚本:リューベン・オストルンド
トマス(スマートなビジネスマン)/ヨハネス・バー・クンケ
エバ(トマスの美しい妻)/リサ・ロブン・コングスリ
ヴェラ(トマスとエバの娘)/クララ・ヴェッテルグレン
ハリー(トマスとエバの息子)/ヴィンセント・ヴェッテルグレン
マッツ(宿泊中の中年男)/クリストファー・ヒヴュー
ファンニ(マッツの若い彼女)/ファンニ・メテーリウス
2014年・スウェーデン、デンマーク、フランス、ノルウェー映画・118分
配給/マジックアワー

<スウェーデンの新星リューベン・オストルンドに注目!>
 去る5月23日に観た『真夜中のゆりかご』(15年)は、デンマーク出身の女性監督スサンヌ・ビアの作品だったが、私は同監督についてははじめて観た『アフター・ウェディング』(06年)(『シネマルーム16』63頁参照)で注目し、以降『ある愛の風景』(04年)(『シネマルーム16』70頁参照)、『悲しみが乾くまで(THINGS WE LOST IN THE FIRE)』(08年)(『シネマルーム19』245頁参照)、『未来を生きる君たちへ』(10年)(『シネマルーム27』177頁参照)、『愛さえあれば』(12年)(『シネマルーム31』62頁参照)を注目しながら鑑賞してきた。
 デンマークのお隣にあるスウェーデンでは、作家スティーグ・ラーソンの処女作にして遺作となった『ミレニアム』シリーズが有名。同作は全世界40カ国以上で翻訳され、『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』を凌ぐ今世紀最大の傑作ミステリーとして、全世界で累計2100万部を売り上げて大ヒットになっており、それをスウェーデンで映画化した『ミレニアム』3部作、すなわち①『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(09年)(『シネマルーム24』182頁参照)、②『ミレニアム2 火と戯れる女』(09年)(『シネマルーム25』73頁参照)、③『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(09年)(『シネマルーム25』76頁参照)が大ヒットし、ハリウッドでは『ドラゴン・タトゥーの女』(11年)としてリメイクされている(『シネマルーム28』37頁参照)。今回は、そのスウェーデンで「2015年観るべき映画監督TOP10」(variety誌)に選出された、1974年生まれの若手監督リューベン・オストルンドに注目!
 同監督の長編第4作目となる本作は全米を席巻し、外国語映画賞最多15冠受賞に輝いたらしい。つまり、北欧から世界の映画シーンへと躍り出たリューベン・オストルンド監督が、本作で日本初上陸を果たしたわけだ。本作の鑑賞については、まずはそんなスウェーデンの新星リューベン・オストルンド監督に注目!

<やっぱり映画は、アイデア勝負!>
 6月8日に観た『人生スイッチ』(14年)は『アナと雪の女王』(13年)にダブルスコアをつける大ヒットとなったらしい。しかも第87回アカデミー賞外国語映画部門にアルゼンチンから選出された、メチャクチャ面白い映画だった。同作を観ると、やっぱり映画はまずアイデア!ということがよくわかる。同作を観ていると、「世界のキタノ」と称される北野武監督が、これくらいのアイデアを思いついて脚本を書けば、相当な毒気・皮肉・ユーモアを含んだ面白い映画になると思うのだが、『龍三と七人の子分たち』(15年)を観れば、逆に彼はわかりやすい大衆路線に先祖返りしている感がある。
 『人生スイッチ』は新鮮なアイデアの宝庫で、独立した6つの物語の中で、これでもか、これでもかと思うほど、あっと驚く展開が満載されていた。しかして、本作も「アイデア勝負」という点では全く同じだが、本作のアイデアはワンポイント。つまり、原題の『Turist』からも、邦題の『フレンチアルプスで起きたこと』からもわかるとおり、本作はフレンチアルプスにスキーバカンスにやってきた、スマートで都会的なスウェーデン人一家が陥った家族の危機と、そこから脱出しようとする夫と妻の心理的攻防を、絶妙なユーモアと鋭い洞察力で綴った人間ドラマだ。フランスのスキー場には、爆発によって人工的に雪崩を起こし、それをスキー客に楽しんでもらうというイベントがあるらしい。そのこと自体が私たち日本人には驚きだが、テラスで昼食をとっているとき、突然爆発音と共に発生した雪崩があっという間に目の前に迫ってきたら、観光どころではなく、恐怖心いっぱいになるのは当然。さあ、突然そんな局面に遭遇した場合、一家4人の大黒柱たるあなたなら、どんな行動を・・・?

<やっぱり映画は、人間の洞察力の勝負!>
 男の役割と女の役割、あるいは男らしさと女らしさという議論は、今ドキ流行らない。しかし、ある意味で潜在的に前提とされている「それ」があることは、ある現象、ある事件が起きるとよくわかるものだ。しかして、本作では男の役割、とりわけ一家の大黒柱たるトマス(ヨハネス・バー・クンケ)の役割に焦点を絞って、人間の洞察力の勝負をしているのでその点に注目!
 本作導入部で示されるシチュエーションの中で、トマスが見せるべき行動は、妻と2人の子供を守りながら雪崩から避難する途を模索するもの。それが本能的なものか、義務感にもとづくものかはさておき、男たるもの、夫たるもの、父親たるものは当然そうすべきという絶対的な価値観があるわけだ。私は『タイタニック』(97年)においてレオナルド・ディカプリオ扮するジャックだけが冷たい海の中に浸かり、明らかに皮下脂肪の多いケイト・ウィンスレット扮するローズの方はずっといかだの上に乗っている構図に違和感を覚え、なぜローズは途中で少しでも「代わりましょうか?」と言わないの?と思ったものだ。しかし、そうかといって、本作のように、迫ってくる雪崩を見て妻子を放棄したまま自分一人だけが先に逃げていくという行動はいかがなもの・・・?妻のエバ(リサ・ロブン・コングスリ)は11歳の娘ヴェラ(クララ・ヴェッテルグレン)と8歳の息子ハリー(ヴィンセント・ヴェッテルグレン)の上に覆い被さったままモロに雪崩を受けたわけだから、そのまま時間が流れたら妻子はアウトで、先に逃げたトマスだけセーフ。そんな事態になるはずだ。
 しかし、ここフレンチアルプスのリゾートホテルでの雪崩はやはり演出だったようで、しばらくの間は真っ白で何も見えなかったものの、まもなく何事もなかったような元の美しい風景が・・・。そこに今更、「大丈夫か?」「何事もなかったか?」と言いながら、夫が父が戻ってきたら、さあ妻と2人の子供はどう思う・・・?その後の食事中、何の会話もなかったのは当然だが、それは互いに(とりわけ妻と子が)言いたいことを腹の中に収め、表立ったケンカを避けただけのこと。さあ、本作はそんなシチュエーションの中で、人間の洞察力をどのように見せていくのだろうか?

<助演男・女優賞俳優2人のアシストは?>
 家族でリゾート地を旅行した場合、普通は家族ベッタリの行動に終始するものだが、本作はホテルで知り合った中年男マッツ(クリストファー・ヒヴュー)とその若い恋人(?)ファンニ(ファンニ・メテーリウス)の2人が「家族のきしみ」が生まれかけたトマスたち4人家族の4日間のリゾートホテル生活に大きな影響を与えることになる。それも普通は一緒にスキーを楽しんだり、レストランで一緒に食事したりというレベルだが、本作でスウェーデンアカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞したクリストファー・ヒヴュー扮するマッツと、助演女優賞にノミネートされたファンニ・メテーリウス扮するファンニの2人は夫婦間の微妙な会話や議論、口ゲンカの内容にまで深く立ち入ることになるから、そのアシストの責任は重大だ。中年男のマッツは若く美しいファンニに対して恋心を抱いているようだから、本来ならそのアタックに重点を置きたいはずだが、こんな状況になれば、トマスとエバ夫婦のモメ事に対していかに適切なアドバイスをするかによってファンニに対して自分の存在感や価値を見せつけることが大切だ。さあ、本作ではそんなスウェーデンアカデミー賞の最優秀助演男優賞、助演女優賞の2人のアシストぶりにも注目!

<男だって泣きたいもの、近時は特にその傾向が>
 
かつて「五社協定」があった時代の邦画は、松竹を除き、看板となる男性スター中心の映画が多かった。東宝は三船敏郎、日活は石原裕次郎、小林旭、東映は中村錦之助(後の萬屋錦之介)、大映は勝新太郎、市川雷蔵等々だ。とりわけ、三船敏郎は「男は強くなければ!」の代表格で、その手のコマーシャルも多かった。しかし、近時はキムタクこと木村拓哉のカッコ良さや優しさに代表されるように、必ずしも強さだけが男の価値ではなくなっている。さらに、近々公開される呉美保監督の『きみはいい子』(15年)では、「男だって泣きたいもの」が一つのテーマになっているらしい。
 しかして、本作に見るリゾートホテル内でのトマスとエバの議論(?)が少しずつ本格的になってくると、遂にトマスが泣きじゃくるシーンが登場してくるから、それに注目!男だって、いつもいつも果たすべき義務を果たしていれば疲れるのは当然。また、失敗することがあるのも当然だが、あれほど決定的な失敗をしたのは、まさに大チョンボ。それは自分自身が一番よくわかっているのに、それを妻や2人の子供たちからネチネチと攻撃されては・・・。男だって泣きたいんだ!そんな心の叫びがある日、とうとう現実の行動に。スクリーン上に見る、トマスのこの気持ちが痛いほどわかるのは私だけ?いやいや、一家の支柱たるあなたなら、きっと同じ感覚を持つはずだ。

<インターナショナルタイトルは?その意味は?>
 本作のプレスシートのラストには「トリビア」があるが、これは豆知識のこと。そして、「トリビア」の最初に「『FORCE MAJEURE』について」と書かれているが、これは本作のインターナショナルタイトルで、フランス語で「不可抗力・大きな力」という意味の言葉らしい。本作のスウェーデン語タイトルは『Turist』(旅行者)という意味だが、なぜリューベン・オストルンド監督はインターナショナルタイトルとしてあえて「FORCE MAJEURE」=「不可抗力」という言葉を使ったの?ちなみに英文の契約書などでは「FORCE MAJEURE(フォース・マジュール)」条項、不可抗力についての条項がよく盛り込まれるが、「地震、台風、洪水等の自然災害」「戦争、暴動、ストライキ、政府関連の事件等の人的災害」等が、典型的なFORCE MAJEUREの例にあたるそうだ。
 本作は、フレンチアルプスのリゾートホテルにおける、1日目から5日目までのトマスたち4人家族の姿を追っていくが、さて帰路につく時の4人家族のありさまは?あれだけ大きな問題が突然降りかかってきたのだから、その解決が容易でないのは当然だが、マッツやファンニたちの助力を得た4人家族の立ち直りは?それはあなたの目でしっかりと見届けてもらいたいが、本作が面白いのは帰りのツアーバスの中でインターナショナルタイトルの「不可抗力」を暗示するシークエンスが登場することだ。
 ツアー客を乗せたバスの運転手が、慎重の上にも慎重に運転するのは当然の義務。私は中国旅行の際に一度だけツアーバスが軽い交通事故を起こしたことがあったが、自分たちが乗ったツアーバスの運転手がもし本作ラストに見るような異常な運転をしていれば、パニック状態になるはず。それは、一家の大黒柱と頼りにしていたトマスのあまりの行動に唖然とさせられたエバも同じだったらしい。曲がりくねった道をスムーズに走るのが難しいのは当然だが、本作ラストに見るこの運転手の運転ぶりはかなり異常!ひょっとして、薬物を飲んでいるのでは?そんな疑いを抱かせるような運転を見て、エバが「バスを停めて!」「降りるわ!」と叫んだのはある意味当然だ。多くの乗客もそれに従ってバスを降り、自分の足で歩き始めたが、さてそこで問われる、インターナショナルタイトルの「不可抗力」とは?
 ちょっと哲学的な意味(?)が深くなりすぎた感がある、このラストのシークエンスの問いかけには賛否両論あるはずだが、さて、あなたの賛否は?
                                  2015(平成27)年6月17日記