洋15-76

「人生スイッチ」
    
                      2015(平成27)年6月8日鑑賞<ギャガ試写室>

監督・脚本:ダミアン・ジフロン
製作:ウーゴ・シグマン、ペトロ・アルモドバル、アグスティン・アルモドバル、エステル・ガルシア、マティアス・モステイリン
サルガード(音楽評論家の男):ダリオ・グランディネッティ
ウエイトレス/フリエタ・ジルベルベルグ
料理人/リタ・コルテセ
ディエゴ(新車に乗る男)/レオナルド・スバラ―リャ
シモン(ビル爆破解体職人)/リカルド・ダリン
モーリシオ(金持ちの父親)/オスカル・マルティネス
ロミーナ(花嫁)/エリカ・リバス
2014年・アルゼンチン・スペイン合作映画・122分
配給/ギャガ

<アルゼンチン映画歴代興行収入No.1!こんな映画みたことない!>
 本作はアルゼンチンアカデミー賞圧巻の最多10部門を受賞したうえ、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたもの。また、『アナと雪の女王』(14年)にダブルスコアの大差をつけて、アルゼンチン歴代興行収入No.1の映画となったもの。その原題は『WILD TALES』(ワイルド・ストーリー)で、邦題は『人生スイッチ』だが、そりゃ一体ナニ?一体何の映画?
 プレスシートには、「今年一番の大胆不敵な怪作!」「色んな意味で超ワイルド!」「精巧に磨き上げられた6つのストーリーに爆笑!そして待ち受ける驚愕のラスト!」「“のぞき窓”から見た鮮やかに落ちていく人々に爆笑必至!」「タランティーノやコーエン兄弟を彷彿とさせる」と絶賛されており、「『こんな映画みたことない!』カンヌ国際映画祭は、一本の映画に揺れた。」と書かれている。しかし、それってホント?それとも誇大宣伝?
 第87回アカデミー賞外国語映画賞は『イーダ』(13年)が受賞したが、これは近時のわかりやすい邦画とは全く異質な「ポーランド派」の正統作で、メチャ難しい映画だった(『シネマルーム33』81頁参照)。それと同じく外国語映画賞にノミネートされながら、惜しくも受賞を逃した本作は、一方では『イーダ』と同じように人間の本性に真正面から向き合ったものだが、他方で皮肉タップリ、毒気タップリ、そして笑いタップリの「エンタメ怪作」に仕上がっている。したがって、カンヌ国際映画祭なら当然『イーダ』が選択されるだろうが、アカデミー賞なら『イーダ』より本作と私は思ったが、残念なことに。つまり、本作の宣伝は全て誇大ではないということだ。まさに、こんな映画みたことない!こりゃメチャ面白い!

<本作誕生のいきさつは?白紙での鑑賞がお勧め!>
 何も知らない人のために私なりの本作の紹介をすれば、次のとおりだ。
 ①監督のダミアン・ジフロン氏が思いつくままに浮かんだアイデアを書き起こし、4、5話できたところでそれらは同じDNA、同じテーマを持つものだと気付いたため、いわば曲でいうなら1枚のアルバムに収めるべきという感覚で本作の脚本を完成。
 ②こういう形式の映画は商業的にも芸術的にも成功しないものだが、アルモドバル兄弟が気に入り、即座にプロジェクトが立ち上がった。
 ③各エピソードの順番はいろいろ考えた挙げ句、結局書いた順番になったが、それは最終的にそれがベストと思ったため。
 なるほど、なるほど・・・。
 他方、本作は、①「おかえし」、②「おもてなし」、③「エンスト」、④「ヒーローになるために」、⑤「愚息」、⑥「HAPPY WEDDING」、というそれぞれ独立した6つのエピソード(ストーリー)に分かれている。また、邦題を『人生スイッチ』としたこともあって、プレスシートのストーリーのページには、「私たちの日常の中には、切り替えてはいけないスイッチがある。それは身近にあって、うっかり押したときには、時すでに遅し。何がきっかけで押してしまうのか、押したらどんな世界が待っているのか―覗いてみよう。」というイントロダクションがある。なるほど、これはこれで本作をうまく解釈し、うまい日本語で表現しているし、各エピソードのタイトルもそれなりに的を射たものだ。さらにプレスシートは見開き1ページの中で6つのエピソードを要領よくまとめているから、これを読めば6つのエピソードの内容はよくわかる。
 しかし、本作については、事前にこれらを読まなくてもスクリーンを見ているだけでストーリーは十分理解できる。逆に、事前情報なしでスクリーンを見ている方が、次々と登場してくるあっと驚く展開の驚きが新鮮だから、白紙の状態での鑑賞を勧めたい。もっともこれは「ネタバレ厳禁」という近時の流行に乗ったものではなく、あくまで「こんな映画みたことない!」の驚きを新鮮なものにするためだから、誤解のないように。

<6つの物語の見どころは?論点は?>
 本作は6つのエピソードから構成されているが、①「おかえし」、②「おもてなし」、③「エンスト」は人間観察の視点からメチャ面白い。しかも、その論点はワンイッシュに絞っているから単純。さらに、周星馳(チャウ・シンチー)監督の中華風エンタテインメント映画である『少林サッカー』(01年)、『カンフーハッスル』(04年)(『シネマルーム17』484頁参照)、『ミラクル7号(長江七号)』(08年)が「ありえねー!」を旗印としたように、3つが3つとも「ありえねー!」展開、かつ「ありえねー!」悲劇的(ブラックユーモア的)結末になっているので、それに注目!
 続く④「ヒーローになるために」、⑤「愚息」は、人間観察の視点は共通だが、それ以外に、④は駐車違反・レッカー移動の事例からアルゼンチンの社会批判の視点を、⑤は交通事故のもみ消しの事例からアルゼンチンの司法界批判の視点を前面に押し出しているので、それに注目!これらの論点を枝分かれさせていけば、それだけで1本の長編映画が作れるほどのアイデアが盛り込まれている。そして、ラストの⑥「HAPPY WEDDING」は全世界に共通する男女の愛と嫉妬をめぐる物語だが、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』のような悲劇モノではなく、あらゆるドタバタ劇を入れ込んだうえで、あっと驚く結末に導いている。本作はとにかくメチャ面白いので、以下ひとつずつその見どころと論点を紹介する。

<これも一種のハイジャック・・・?>
 
たまたまファッションモデルをしている美女の隣に座った男サルガード(ダリオ・グランディネッティ)が、ちょっとしたおしゃべりを始める中で、その飛行機に乗り合わせた乗客のすべてに「ある共通点」があった。①「おかえし」は、そんなありえねー物語。
 たまたま隣に座った男が自分の元カレを知っていたうえに、元カレのことをボロクソに。すると、それにつられたように「小学校の教え子だった」「同級生だ」「元部下だ」と乗客全員が元カレと関わりがあることが判明した。彼らの話を総合し、元カレの立場から言うと、この乗客たちはすべて元カレに対してひどい仕打ちをしていた男女らしい。そのうえ、この乗客らはすべて自分のカネでチケットを買ってこの飛行機に乗り込んだのではないことが明らかになったから、このツアー(?)を仕組んだのは一体誰・・・?
 しかして、その後に起きるあっと驚く展開と、あっと驚く結末に注目!よく考えてみれば、これも一種のハイジャック・・・?

<この偶然とそこから生まれる物騒な展開に注目!>
 
①「おかえし」の偶然は、見かけだけの偶然、作られた偶然ではなく、真相は周到に仕組まれたハイジャック事件・・・?しかし、②「おもてなし」のウエイトレスとして働く女(フリエタ・ジルベルベルグ)の前に、父親を自殺に追いやり、母親を誘惑したという高利貸しの男が客として現れたのは全くの偶然。それだけなら何の物語も成立しないが、調理担当の女が「猫いらずを入れちまいな」と物騒な提案をしたところから物語はわかったような、わからないようなありえねー展開に・・・。
 ③「エンスト」と合わせて人間観察を徹底すれば、殺人事件なんてホントにちょっとしたきっかけで、いくらでも生まれるものだということを痛感!
 
<車の運転はモロに性格が出るが・・・>
 
私は車を売り払い、自転車生活に入ってから15年以上になったが、車を運転していた当時は③「エンスト」に登場するような「トロいんだよ、田舎者!」と捨て台詞を吐き捨てながら新車を運転する男ディエゴ(レオナルド・スバラ―リャ)と全く同じ性格だった。そんな自覚を持つ私には、新車がまさかのパンクをしたためやむなく修理している時、あの追い越したはずのポンコツ車が追いつき、大男が降りてくれば、そりゃ怖い。ディエゴも同じと見えて、さっきの勢いはどこへやら、ロックをした車の中に閉じこもったが、さあスパナで車をボコボコにすることから始まったこの大男の乱暴狼藉ぶりは・・・?
 嘉納治五郎を創始者とする日本の「講道館柔道」の教えは、「柔よく剛を制す」。一般的には大男の方が優男より強いのは当たり前だが、牛若丸が弁慶に勝ったように、また大相撲で「技のデパート」と呼ばれた舞の海がそれなりの成績を残したように、優男だって一定の条件さえ揃えば反撃は可能!たしかにそのとおりだが、それをお互いに徹底していくと、③「エンスト」のような大悲劇に・・・。

<ツキのない解体職人の武器はダイナマイト!>
 
駐車違反で愛車をレッカー移動されれば運が悪かったと諦めるしかないが、駐車禁止区域でもないのにレッカー移動されてしまったら・・・?④「ヒーローになるために」の主人公は、仕事を終えて娘の誕生日会のケーキを買っているわずかの時間に、駐車禁止区域でもないのに車をレッカー移動されてしまった解体職人の男シモン(リカルド・ダリン)。
 おかげで誕生会に遅れてしまい、妻から大目玉を喰らったシモンは翌日陸運局の窓口に出向き、必死で自分の言い分を述べたが、窓口の男は全く聞く耳なし。日本の役人組織もきっと同じだろうが、アルゼンチンの役人組織はもっとひどいようだ。もっとも、その窓口で暴言を吐いたり、暴れたりしてはダメ。それは市民社会のあり方として当然だが、シモンの怒りがごもっともなだけにその後スクリーン上で展開されるシモンの負のスパイラル(連鎖)がうら悲しくなってくる。ちょっとした駐車違反(かどうか?)を契機としたモメ事が派手に報道されたことによって職場をクビにされ、妻から離婚を言い渡され、子供の親権も奪われ、果ては職探しの最中に再び停めていた車をレッカー移動されることに。私も車に乗っていた当時は、高速道路を走行中、一度ならず二度までもスピード違反で検挙されたという話を聞いたことがあり、世の中には不幸な人がいるものだと同情していたが、シモンの場合は二度もレッカー移動を・・・。しかして、シモンの頭に入ったスイッチとは?
 ほんの数秒で巨大なビルを爆破し解体するのが俺の本業。もちろんその武器はダイナマイトだ。そんなスイッチをホントに入れてしまえば、凶悪非道な犯罪者になるのがオチだが、意外や意外。腐敗にまみれたアルゼンチン社会の中で起きた、シモンの問題提起の反響とは・・・?

<アルゼンチンの司法の腐敗はここまで?>
 
日本では近時、飲酒運転の厳罰化が進み、まず2001年11月には危険運転致死傷罪が新設され、続いて2007年5月には自動車運転過失致死罪が新設された。他方、交通事故処理をめぐる警察の不祥事は後を絶たず、近時は奈良県警の巡査部長による無免許運転のもみ消しという不祥事が暴露され大問題になっている。
 しかして、⑤「愚息」では、瀟洒な屋敷で暮らす裕福な男モーリシオ(オスカル・マルティネス)の愚息が、飲酒運転で起こしたひき逃げ事件について、身代わりを立てる中、赤裸々になっていく金の亡者たちの物語が描かれる。今ニュースで報道されている悪質なひき逃げ事件について、その犯人である「愚息」に代わってこれまで忠実に働いてきた使用人を身代わりに立てようと「企画」したのはモーリシオだが、その「脚本」を書いたのがモーリシオの顧問弁護士。使用人は50万ドルの報酬ですぐにOKしたが、自宅にやってきた検察官の買収に100万ドル、交渉をまとめる弁護士に50万ドルは、モーリシオにとっても重いらしい。しかし、かわいい愚息のためならそれも仕方なし・・・。ところが、ストーリーが展開していくにつれて、検察官の報酬が100万ドルと知った使用人は、別途海辺のマンションを要求。また、検察官は「必要経費」として3万ドルの上乗せを要求してきたから、さすがのモーリシオも金の亡者たちの横暴に逆ギレ。その結果、愚息に対して「自首しろ!」と命令し、すべての話を白紙に戻すと宣言したから、以降さらなるドタバタ劇が続くことに。
 そう言われると、使用人はもとより、検察官も弁護士も何を今更とムクれたのは当然。赤信号はみんなで渡れば怖くないのだから、みんなで団結しなければ・・・。そんなわけのわからない理屈を駆使した、その後に展開される金の亡者たちのとんでもない交渉とは?
 この物語に登場する弁護士は、悪徳弁護士であるだけでなく犯人蔵匿罪や罪証隠滅罪に該当すること明らかだが、アルゼンチンにはここまで金の亡者が多いの・・・?そんな批判の目で、これから司法の場で明らかにされるであろうFIFAの会長(だった)ゼップ・ブラッター氏の悪業もしっかり検証しなければ・・・。

<盛大な結婚式が一転!花嫁アクションに注目!>
 盛大な結婚式場で花婿が親しそうに話している女性は、何と昔の浮気相手の女・・・?それに気付いたウエディング姿の花嫁ロミーナ(エリカ・リバス)が、直ちに花婿のケータイをチェックしてみると・・・。
 そこまでは誰でも思いつく映画的アイデアだが、⑥「HAPPY WEDDING」は、ショックのあまり泣きながら会場を抜け出し、一人屋上に上った花嫁が、たまたまそこで休憩していたコックに慰められると、たちまち「コト」に及んでいくからすごい!さらに、そこに駆けつけてきた花婿に「屋上ファック」の姿を目撃されると、「全財産はぎ取ってやる!」と逆ギレ。さあ、それに対して、気の優しいマザコンタイプの花婿は・・・?
 ウエディング姿の花嫁のアクション劇はタランティーノ監督の『キル・ビル~KILL BILL~Vol.1』(03年)(『シネマルーム3』131頁参照)、『キル・ビル~KILL BILL~Vol.2』(04年)(『シネマルーム4』164頁参照)が有名だが、本作に見る花嫁のパワーとそのアクションもすごい。混乱する会場の中から帰ろうとする浮気相手を引き留めたロミーナは一緒に踊りはじめたが、そこで見せた恐るべき復讐劇とは・・・?さらに、さらに・・・?本作の原題は『WILD TAILS』となっているのが「なるほど!」と納得できる、その後の怒濤の展開を含め、本作のアイデアと構成力に拍手!
 もっとも、ここに見るハードでタフな花嫁はアルゼンチン特有のものだろうから、アイデアは秀逸でも日本版リメイクはちょっとムリ・・・?
                                  2015(平成27)年6月11日記