日15-75

「おかあさんの木」
    

                      2015(平成27)年6月7日鑑賞<梅田ブルク7>

監督・脚本:磯村一路
原作:大川悦生『おかあさんの木』(ポプラ社刊)
田村ミツ(7人の子供の母親)/鈴木京香
田村謙次郎(ミツの夫)/平岳大
一郎(ミツの長男)/細山田隆人
二郎(ミツの次男)/三浦貴大
三郎(ミツの三男)/大鶴佐助
四郎(ミツの四男)/大橋昌広
五郎(ミツの五男)/石井貴就
誠(ミツ夫婦の6番目の息子。姉夫婦の養子に)/安藤瑠一
六郎(ミツの七男)/西山潤
坂井サユリ(ミツの夫の同僚の娘)/志田未来
坂井サユリ(現代)/奈良岡朋子
坂井昌平(ミツの夫の同僚)/田辺誠一
村山ヨネ(産婆)/松金よね子
鈴木実(兵事係)/有薗芳記
小林(反戦行為を行う若者)/波岡一喜
校長/大杉漣
河辺(木の伐採を提案しにきた農水省職員)/市川知宏
大野(木の伐採を提案しにきた県職員)/菅原大吉
2015年・日本映画・114分
配給/東映

<戦後70年記念作品の第1弾!まずはその原作に注目!>
 今年2015年は、1945年の敗戦から70年目の年にあたるため、政治的には「村山談話」(95年)、「小泉談話」(05年)に次ぐ、安倍首相談話がどんな内容で出されるかが注目されている。映画館でも、今年の夏には「戦後70年記念作品」が目白押しだ。その第1弾が、40年前から教科書で愛されてきた国民的児童文学である、児童文学者・大川悦生(98年没)著の『おかあさんの木』を、東映の須藤泰司製作企画部長の企画によって映画化した本作。そう言われても私には全然わからなかったのは、『おかあさんの木』が小学校5年生の国語の教科書に掲載されたのは、1977年から計27年間にわたってのことだからだ。
 『キネマ旬報』2015年6月下旬号には、本作を監督・脚本した磯村一路氏の「次の世代へ戦争を伝える」があるが、それによると、磯村氏は「小学生時代に授業で原作と出会い、感銘を受けた」らしいが、この原作ってどれくらい磯村監督世代に影響を与えているの?私は弁護士になってからも若者たち、とりわけ大学生たちとの交流を続けて、その中では常に社会問題についての議論を続け問題点をさぐっているが、残念ながらその中でこの原作のことが話題になったことは一度もない。今年の「戦後70年記念作品」はすべて必見だから、私は本作を公開2日目の日曜日に鑑賞したが、朝一番の上映だったこともあり、観客席はまばら。もちろん年寄りばっかりだから、彼らも小学生時代に原作を読んだことはないはずだ。しかして、本作を鑑賞するについては、まずはそんな原作に注目!

<現場主義VS銃後の母、2つの視点の対比をしっかりと>
 「戦後70年記念作品」だからといって、ド派手な戦闘シーンを満載させる必要はない。しかして、東映の須藤泰司企画製作部長から監督を依頼された私と同じ1949年生まれの磯村一路監督は本作を、東映がかつて大ヒットさせた『男たちの大和/YAMATO』(05年)(『シネマルーム9』24頁参照)のような戦闘シーン満載の「現場主義(?)」とは正反対の、「銃後の母」の立場に徹する「戦争映画」にした。したがって、本作にはドンパチの戦闘シーンはごくわずかしか登場しないから、製作費との兼ね合いでも東映は大いにありがたいはずだ。
 本作のヒロインとなるのは、割烹着姿がよく似合う日本のお母さん役にはじめてチャレンジした美人女優・鈴木京香扮する田村ミツ。あの当時は少子化が進む昨今とは違い、「産めよ、増やせよ」の時代だから、夫の謙次郎(平岳大)と相思相愛で結婚したミツは、結婚直後次々と7人の子供を産んだのはある意味当然。しかし、それがすべて男の子というから、すごいお手柄だ。もっとも、六男の誠(安藤瑠一)だけは、子供に恵まれないミツの姉夫婦の「たっての願い」によって養子に出したが、その後も七男の六郎に恵まれたから、本作導入部に見る、家族たちによる雪合戦の姿は華々しくかつ楽しさでいっぱいだ。長男・一郎(細山田隆人)が15歳になったある日、郵便配達中に謙次郎が心臓発作で急逝した後も、6人の子供たちはしっかりミツを助け、家族7人が寄り添って生きていた。
 そんな大正から昭和初期にかけての「貧しいながらも楽しい田村家」も、戦争直前(ちなみに満州事変が起きたのは1931(昭和6)年)の長男・一郎の出征に続いて、次男・二郎(三浦貴大)が1939(昭和14)年に出征し、続いて四男・四郎(大橋昌広)らも次々と出征していくことに。三男・三郎(大鶴佐助)だけは目が悪く、乙種合格だったため、なおミツを助けて田を耕していたが、さて銃後の母には全く見えない「外地」での戦争は・・・?本作の鑑賞については、戦艦大和の現場から見る「あの戦争」と、銃後の母から見る「あの戦争」をしっかり対比したい。

<ど真ん中の直球勝負!その完成度は?>
 息子が一人出征する度に、息子の無事を祈って木を植え大切に育てていれば、7人の息子を出征させると合計7本の木が育つことになるのは当然。しかし、いくら何でも7人の息子が7人とも、すべて戦場に行く(行かされる)とは・・・。私の父親も7人兄弟の長男だが、男女が入り混じっていたこともあり、兵隊に行って死んだのは1人だけ。日露戦争当時の乃木希典大将の2人の息子、勝典氏と保典氏は2人とも旅順の攻防戦で名誉の戦死を遂げたが、それはそのクラスの軍人の息子としてある意味で仕方ない。しかして、出征の度に植えられ、7本にもなった桐の木を、再び故郷に戻って見ることができたミツの息子は果たして誰?
 そんなストーリーの作り方はいろいろあるが、ネタバレ的に結論を言ってしまうと、五男の五郎だけは敗戦の翌年の秋になってやっと故郷に戻ってきたものの、その時ミツは桐の木の下で亡くなっていたという悲しい設定になっている。15ページ程の短い原作の設定がどうなっているのかは知らないが、ヒロインのミツが謙次郎と結婚し、次々と男の子を産み、子供たちが成長するにつれて次々と出征し、死んでいくというストーリーは、言ってみれば単純そのもの。
 エピソードとしては、①五郎と謙次郎の同僚・坂井昌平(田辺誠一)の一人娘である坂井サユリ(志田未来)との恋模様、②反戦行為で警察に追われる若者・小林(波岡一喜)とミツとの交流(?)、③出征した次男・二郎と五男・五郎との南の島での再会、等が少し入っているが、本作全体のストーリーとしては、①兵事係・鈴木実(有薗芳記)による赤紙(召集令状)の配達、②一郎以下の次々と続く出征シーン、③出征の度に木を植え、息子たちと語るシーン、③次々と続く遺骨の到着、をくり替えすパターンだ。これを須藤泰司企画製作部長は「ど真ん中の直球勝負」と話しているが、さてその完成度は?
 そんな「ど真ん中の直球勝負」のため、本作の出来は90%以上が主演女優・鈴木京香の演技にかかってくる。そして、鈴木京香は「美人女優」を封印し、「銃後の母」としての静かな熱演をくり返しているが、やはり「ど真ん中の直球勝負」だけでは・・・。消える魔球とか、絶対打てないフォークボールとまでは言わないが、やはりそれなりの変化球を織り交ぜなければ、「戦後70年記念作品」の戦争映画としての完成度はイマイチ・・・?

<今の若者は、おむすびと卵焼きをどう理解?>
 本作は「ど真ん中の直球勝負」の映画だけに、いかに「銃後の母」ミツの気持ちに共感し同化できるかが最大のポイント。したがって、どちらかというと若者向けの戦争映画とは言い難い。『男たちの大和/YAMATO』のような戦争映画なら若者は、戦闘シーンの中からいろいろ感じるところがあるだろうが、本作はそれが少ない。しかして、私が今の若者に観て感じてほしいのは、出征していく二郎が列車の中で開くお弁当のシーンだ。
 今の時代とあの時代が大きく異なるのは、戦争VS平和、軍国主義VS民主主義等の他、貧しさVS豊かさ。戦後の1949年生まれの私ですら、まだ「あれを食べたい」という欲求があったが、それは食べたくても食べられないものがたくさんあったため。そんな私の感覚から見ても、本作に見る白いおにぎりと黄色い卵焼きは、出征していく兵士のお弁当としてはかなり豪華。同じ席に座っている戦友(?)が思わず唾を飲み込んだのも当然だ。私が本作を鑑賞した時、若者は一人もいなかったが、さて論点の少ない本作で、今の若者はこのおむずびと卵焼きのシーンをどのように受けとめ、あの時代をどのように理解するのだろうか?
 
<天皇陛下万歳!VS非国民!本作は反戦映画?>
 長男以下7人の息子を次々と「お国のため」に出征させ、次々と「名誉の戦死」を遂げた息子の遺骨を受け取っていくミツが、「愛国の母」と称えられたのは、あの時代特有のもの。本作のパンフレットには川本三郎氏(評論家)の「母の悲しみ、嘆き」があり、そこでは「子供を死なせたくないというホンネと、『忠君愛国』のタテマエとに引き裂かれた母親の悲しみはどんなに深かったか。嘆きはどんなに大きかったか」という視点で本作の評論をしている。鈴木京香が「銃後の母」を熱演している本作をよく観れば、一郎が出征していく時から、ミツは本心からそれを喜んでいるわけではないことがよくわかる。したがって、同じことが二度、三度と続けば、赤紙を運んでくる兵事係・鈴木実に対してミツが「もうここへ来ないでくれ」とうめいたのは当然。他方、思わず感情が激してしまったとはいえ、五郎の出征の時には、息子の足元にすがり付いたため、憲兵から「非国民!」と罵られ足蹴にされたのは悲しい光景だ。もちろん、この母にしてのこの行動だから、兵事係・鈴木実の取りなしでコトなきを得たのは当然だが、本作ではそんなミツの行動の中から「天皇陛下万歳!」VS「非国民!」について、しっかり考えたい。
 「僕にできることはせいぜいビラまきと落書き」と言って登場する、反戦行動をする若者・小林のキャラクターに私は全然賛同できないし、そのエピソードは本作ではマイナスでしかないと思っているが、鈴木京香の名演技の中で、本作では徹底的に上記について考えてみたい。
 ちなみに、川本三郎氏の「母の悲しみ、嘆き」の中には戦時下の母親の悲しみを描いた木下恵介監督の名作『陸軍』(44年)で、出征していく息子を万感の思いで見送る田中絹代扮する母親の姿に軍が怒り、以降木下恵介監督は戦争が終わる1945年まで映画が撮れなかったことを書いているように、『陸軍』はれっきとした「反戦映画」だった。そういう視点で見れば、本作も反戦映画?私には本作が到底そこまでの政治的意図を持った映画とは考えられないが、少なくとも本作を鑑賞するについては、天皇陛下万歳!VS非国民!の視点は不可欠だ。

<切ってはいかん木はCG!VS戦艦大和は本物!>
 今は老人ホームに入っている坂井サユリ(奈良岡朋子)が、木の伐採を提案しにきた農水省職員の河辺(市川知宏)と県職員の大野(菅原大吉)に対して、「あの木を切ってはならん・・・・・・。あれは・・・・・・おかあさんの木じゃ・・・・・・」と語る導入部の後、タイトルと共にスクリーンいっぱいに広がる立派な7本の桐の木が登場する。ちなみに、私の故郷・松山の家にも、立派な桐の木が1本あった。それは、桐の木は成長が早いため、女の子が産まれると植え、嫁入りの際にはその木を切って嫁入り道具の箪笥にするという習わしに沿ったものだったが、残念ながら私の姉は生まれてすぐに亡くなったため、この桐の木は箪笥になることはなかった。しかして、本作冒頭に登場する7本の桐の木は・・・?
 本作のパンフレットには、美術担当者の「時代設定」の「苦労話」が載っているが、中でも大変だったのが、7本の桐の木をスクリーン上にどう映すかということだったらしい。スクリーンだけを観れば立派なものだから、その製作(美術部門)について、いらざる知識が入るとかえって白けるかもしれないが、実はこれはすべてミニチュアのCG合成によるもの。つまり、観客は目の錯覚で騙されているわけだ。そんなことを言えば、映画はすべて目の錯覚を利用した芸術だが、やっぱりそこには何らかの説得力が欲しいものだ。
 そこで私が改めて思い出したのは、『男たちの大和/YAMATO』の時は、CGではその「質感」をスクリーン上に表現することが難しいため、建造費6億円をかけて艦首から艦橋にかけての190m、約3分の2相当分を現実に建造したこと。これを知った、日本の軍国主義化を警戒する隣国の中国では、「日本が再び戦艦大和を建造!」とのニュースも流れるほど、大きな話題となったそうだ。また映画公開後、長い間この巨大セットの観光客が相次いだ。かくいう私も、呉市にある通称「大和ミュージアム」内にある、大和の10分の1のミニチュアセットと共に、この実物大のセットを見学して写真を撮り、それを『シネマルーム9』(06年)の表紙にしている。つまり、それだけのカネをかけてホンモノを作り、多くの見物客を集めれば、それだけの記憶に残るということだ。したがって、本作のように7本の桐の木を安上がりのCGで撮り、「あの木を切ってはならん」と口で言っただけでは、時代の波に抗うこともできなければ、7本の「おかあさんの木」から、ミツのような「銃後の母」の気持ちを記憶し、今の若者たちに伝えていくことも難しいのでは・・・?
                                  2015(平成27)年6月10日記