洋15-68

「真夜中のゆりかご」
    

               2015(平成27)年5月23日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:スザンネ・ビア
原案:アナス・トーマス・イェンセン、スザンネ・ビア
アンドレアス(刑事)/ニコライ・コスター=ワルドー
シモン(アンドレアスの同僚の刑事)/ウルリッヒ・トムセン
アナ(アンドレアスの妻)/マリア・ボネヴィー
トリスタン(サネの夫、前科者)/ニコライ・リー・コス
サネ(トリスタンの妻)/リッケ・メイ・アンデルセン
2014年・デンマーク映画・102分
配給/ロングライド

<エリート刑事がなぜ赤ん坊のすり替えを?>
 アンジェリーナ・ジョリーが主演した『チェンジリング』(08年)は、「失踪」「発見」「別人」をストーリーの軸とした「子供のすり替え事件」がテーマだったが、この子供は9歳の男の子だった(『シネマルーム22』51頁参照)。しかして、本作は湖のほとりに建つ瀟洒な家に、美しい妻アナ(マリア・ボネヴィー)と共に住むエリート刑事のアンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)による「子供のすり替え事件」がテーマだが、こちらの子供は生まれたばかりの赤ん坊。アンドレアスはある夜突然息をしなくなった息子アレクサンダーを、薬物依存症の狂暴な男トリスタン(ニコライ・リー・コス)とその妻サネ(リッケ・メイ・アンデルセン)の息子ソーフスとすり替えるのだが、それは一体なぜ?
 本作冒頭、アンドレアスが同僚の刑事シモン(ウルリッヒ・トムセン)と共に、共同住宅の一室に住むトリスタン、サネ夫婦の家に踏み込むシーンが登場する。踏み込んだ室内は荒れ放題。浴室の床に汚物にまみれたまま放置されている赤ん坊ソーフスを見つけたアンドレアスは、自身も生まれたばかりの赤ん坊を持つだけにトリスタンの行為を許すことができず、ソーフスを強引に保護することに。トリスタンもサネも何の犯罪を犯したわけではないからトリスタンはすぐに釈放され、ソーフスも2人のもとに戻されたが、スクリーン上で見る限り、薬物依存症のトリスタンの子育てはハチャメチャ。これでは母親のサネは大変だ。それに対して、アンドレアスとアナ夫妻のアレクサンダーの育て方は愛情いっぱいで、「溺愛」に近いものだ。少し気になるのは、アレクサンダーの夜泣きがひどいこと。そのため、夜中にたびたびアンドレアスとアナは起こされたが、2人はアレクサンダーに対してはもちろん、互いに不平を言わず、アンドレアスは夜中にアレクサンダーを車の助手席に乗せてドライブに連れて行ったり、アナは夜中にアレクサンダーを乳母車に乗せて散歩に連れて行ったりしていたが・・・。

<多用されるクローズアップに注目!>
 デンマーク生まれの女流監督スザンネ・ビアといえば、クローズアップを多用する監督というイメージが強い。最初に2本同時に観た『ある愛の風景』(04年)(『シネマルーム16』70頁参照)と『アフター・ウェディング』(06年)(『シネマルーム16』63頁参照)でそれに注目した私は、以降『悲しみが乾くまで(THINGS WE LOST IN THE FIRE)』(08年)(『シネマルーム19』245頁参照)、『未来を生きる君たちへ』(10年)(『シネマルーム27』177頁参照)、『愛さえあれば』(12年)(『シネマルーム31』62頁参照)、とずっと同監督作品を観ているが、クローズアップの多用は本作を含めてずっと同じだ。
 過去の作品もそうだったが、本作ではとりわけアンドレアスとアナ夫妻、トリスタンとサネ夫妻の赤ん坊への愛情のあり方と、それを軸とした夫婦間の感情のやりとりがドラマのポイントになるので、クローズアップされた俳優たちの表情が重要になる。

<クローズアップから読み取れる4人の人間像に注目!>
 ニコライ・リー・コスは、『幸せな孤独』(02年)、『ある愛の風景』に続くスザンネ・ビア監督作品3作目だから、気心知れた同監督の注文通りの「荒くれ男」トリスタン役を見事に演じているし、ニコライ・コスター=ワルドーはスザンネ・ビア監督作品初出演だが、刑事でありながら妻への愛情のため大きく道を踏み外してしまう夫の苦悩を見事に演じている。他方、本性がハッキリ見通せる男たちに対して、本性(魔性?)がよくわからないのが女たちだ。
 アンドレアスの妻アナは幸せな家庭の中でひたすら愛する我が子アレクサンダーに愛情を注ぎ、子育てに励んでいる理想的な妻のように思えたが、息をしないアレクサンダーを見て、アナに警察へ通報するように言ったアンドレアスに対して「息子を連れていったら自殺する!」と頑なに抵抗したのはなぜ?また、アンドレアスが引き取ってきたトリスタンとサネの子供ソーフスにおっぱいをやり、「うまくやれるわ。きっと大丈夫」と微笑んでいたのに、その直後赤ん坊を残したまま自殺してしまったのは一体なぜ?また、トリスタンによる虐待の下で何の希望もない夫婦生活を送っていたサネが「死んだのはソーフスではない!」と訴え続け、精神病院に入れられながらもなお強い母性を発揮し、最後には「勝者」となったのは一体なぜ?
 本作のパンフレットには、杉江松恋氏(書評家)のEssay「北欧ミステリーの構図」があり、「『境界』『落差』『逆転』の3つを備えた優れたミステリーである」と面白い分析をしている。それも参照しながら、本作では多用されるクローズアップの映像から読み取れる、赤ん坊をめぐる2組の夫婦の人間像をしっかり考えたい。

<後半からは「相棒」が大きなウェイトを!>
 アンドレアスの相棒の刑事シモンは、息をしないアレクサンダーを車に乗せたアンドレアスが病院に着いた時、酔いつぶれており、アンドレアスからの電話にも出られなかったから、相棒としては失格・・・?幸せいっぱいの生活を送っているアンドレアスに対して、シモンの方は妻と離婚し、酒に溺れる日々を送っていたから、それも仕方ない。したがって、アンドレアスがアレクサンダーとソーフスの「すり替え」という重大な犯罪を犯しても、相棒シモンの捜査能力なんて知れたもの・・・?そう思っていると、いやいや・・・。
 本作後半からはソーフスだと信じてアレクサンダーの死体を森の中に埋めたトリスタンを尋問し、その場所を自白させる、アンドレアスとシモンの捜査活動(?)が描かれるが、そこでのシモンの目はかなりしっかりしている。当初こそトリスタンが自分の赤ん坊ソーフスを殺して山の中に埋めたという筋書きを盲目的に信用していたシモンも、随所で見せるアンドレアスの微妙な表情や「ある発言」から次第に「ある疑惑」が広がっていくことに。本作後半からはそんな相棒シモンが見せる重要な役割と、重厚な演技に注目したい。
 他方、相棒のシモンから疑惑の目で見られ始めたアンドレアスが、森の中から発見された赤ん坊の死体の検死結果を聞かされると、そこにはあっと驚く事実が・・・。

<本作のサスペンス色と「境界」「落差」「逆転」>
 本作のパンフレットにある、相馬学氏(映画ライター)の「高濃度の心理劇をキープしつつジャンル映画に切り込んだビア監督の境地」と題する「Review」によれば、「『真夜中のゆりかご』における、作家性をキープしたままサスペンスという娯楽性をも宿らせた点に、彼女の新境地が見える・・・・・・と言っても言い過ぎではないだろう」とのことだ。たしかに本作は、赤ん坊のすり替え事件をテーマとして、2組の夫婦の人間像を追った人間ドラマだが、アンドレアスが刑事、トリスタンが薬物依存症の前科者という設定もあって、埋められた死体はどこに?というサスペンス色が濃くなっている。
 しかし、スクリーンを見ている観客にはいくらアナから「息子を連れていったら自殺する」と言われたためとはいえ、赤ん坊のすり替えという、アンドレアスがとった行動がまちがいであることはハッキリわかっている。そのうえ、いったんそんなバカげた行動に踏み切ってしまうと(「境界」を超えてしまうと)、その後のアンドレアスは内心の苦悩を誰にも表明できないまま、次々とまちがった行動を積み重ねていくことになる。もちろん、自分のやっていることが悪いことだということはアンドレアス本人がハッキリわかっているから、いつかどこかでその軌道修正をしたいと思っているのだが、修正のチャンスは・・・?
 次第に深まっていくサスペンス色の中、アンドレアスが体験せざるをえなくなる「落差」とは?そして、その後に訪れる「逆転」とは?

<「ごめん!」で済む人間ドラマではないはずだが・・・>
 アレクサンダーの死因について検死官からの報告を聞かされたアンドレアスの絶望感。それと対照的に、ソーフスを自分の腕の中に取り戻すことができたサネの幸福感。それはそれでよくわかるが、他方、本作ではあまり描かれないのが、アンドレアスのまちがった行動によってトコトン犯罪者扱いされたトリスタンの怒りとその行動だ。
 もし私が弁護士としてトリスタンから相談を聞けば、アンドレアス及びその雇い主たる警察に対する損害賠償の提起や断固刑事補償の請求をアドバイスするはずだ。つまり、本作に見るアンドレアスの犯罪は、警察を辞め、執行猶予付き有罪判決を受け、トリスタンやサネに対して「ごめん!」と言えば済むというレベルではないわけだ。
 そんな私の目には、本作に見るラストシーンは少し違和感がある。すなわち、数年後、警察を辞めたアンドレアスは、スーパーの店員として働いていたが、そこで出会ったのが少し成長したソーフスを連れたサネの姿だ。これをみると、アンドレアスもサネも平穏無事に第2の人生を歩んでいることがわかるが、さてトリスタンは・・・?そこらあたりの人間ドラマに若干の不満が・・・。
                                  2015(平成27)年5月26日記