日15-67

「駆込み女と駆出し男」
    

                2015(平成27)年5月23日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督・脚本:原田眞人
原案:井上ひさし『東慶寺花だより』(文春文庫刊)
中村信次郎(見習い医者で駆出しの戯作者、柏屋源兵衛の甥)/大泉洋
鉄練りじょご(東慶寺に駆込んできた女、堀切屋三郎衛門の妻)/戸田恵梨香
お吟(東慶寺に駆込んできた女)/満島ひかり
三代目柏屋源兵衛(御用宿・柏屋の主人)/樹木希林
堀切屋三郎衛門(日本橋の豪商・唐物問屋の主人)/堤真一
曲亭馬琴(江戸時代を代表する戯作者)/山﨑努
戸賀崎ゆう(略奪婚させられた女)/内山理名
法秀尼(東慶寺の院代)/陽月華
お勝(柏屋で賄い方を勤める女)/キムラ緑子
利平(柏屋の番頭、お勝の亭主)/木場勝己
おゆき(東慶寺で妊娠騒動を起こす女)/神野三鈴
重蔵(仕事もせずに放蕩三昧のじょごの暴力夫)/武田真治
鳥居耀蔵(東慶寺の取り払いを企む町奉行、水野忠邦の腹心)/北村有起哉
近江屋三八(おせんを取り戻しに柏屋に来たやくざの親分)/橋本じゅん
石井与八(東慶寺の寺役人)/山崎一
清拙(円覚寺の和尚、東慶寺の担当医代わり)/麿赤兒
風の金兵衛(じょごの祖父)/中村嘉葎雄
水野忠邦(天保の改革を断行した老中)/中村育ニ
おせん(花魁の世界から逃げ出すために駆込もうとする女、おみつの妹)/玄里
おみつ(油屋使用人の今朝治の妻、おせんの姉)/円地晶子
田の中勘介(戸賀崎道場を乗っ取ったゆうの夫)/松岡哲永
2015年・日本映画・143分
配給/松竹

<離婚に関する法科大学院絶好の教材が登場!>
 2015年1月1日に施行された相続法の改正によって基礎控除額が大幅に引き上げられた結果、相続に関する争いが増加しているが、離婚に関する紛争は・・・?日本の婚姻率と離婚率は今世紀は漸減中だが、夫婦間の調整や離婚問題の処理には人生の機微や男女の機微を理解することが不可欠だから、教科書だけの勉強ではダメ。本作のような映画を観る必要がある。そんな法科大学院用の絶好の映画が本作だ。
 12代将軍徳川家慶の江戸時代末期。全国的には「天保の改革」のため質素倹約令が発令され、庶民の暮らしに暗い影が差し始めていたが、鎌倉には離縁を求める女たちが賭け込んでくる幕府公認の縁切寺・東慶寺があった。東慶寺が果たす離婚交渉や離婚調停の役割については、パンフレットにある「駆込み女が離縁を達成するまで」や「豆知識」等の詳しい解説や、高木侃氏(太田市立縁切寺満徳寺資料館名誉館長、専修大学史編集主幹)のConsideration(考察)「江戸時代の離婚事情と縁切寺」があるので、是非それらを参照されたい。
 本作冒頭、東慶寺に駆込んでくる女は、洒落本から抜け出したようなお吟(満島ひかり)と七里ガ浜・浜鉄屋の鉄練り職人じょご(戸田恵梨香)の2人。お吟は日本橋唐物問屋・堀切屋三郎衛門(堤真一)の囲われ者だが、この男もこの女も何か曰く因縁がありそうだ。他方、じょごの顔の火ぶくれは、彼女が必死に働いてきた証だったが、東慶寺にたどり着いた2人の、御用宿・「柏屋」での聞き取り調査は?

<駆出し男の役割に注目!>
 私は弁護士兼映画評論家という「二足のわらじ」を履いているが、本作で曲亭馬琴(山﨑努)を尊敬する「戯作者見習い」兼「見習い医者」の中村信次郎役を軽妙なセリフ回しで怪演するのは大泉洋。東慶寺の御用宿・柏屋の三代目女主人・柏屋源兵衛(樹木希林)の甥である信次郎にとっては、文書蔵にある多くの戯作本は絶好の戯作の勉強の素材であり、駆込んでくる女から源兵衛や番頭の利平(木場勝己)、その女房のお勝(キムラ緑子)らが行う「聞き取り」は、司法修習生の離婚に関する実務修習のようなもの。そのため、柏屋における信次郎の役割は、次第に大きくなることに。
 さらに信次郎は、お吟とじょごが、東慶寺の院代として、駆込み女たちを時に厳しく、温かく見守る聖母である法秀尼(陽月華)が仕切る東慶寺に入った後は、じょごの顔の傷の手当てのための薬草取りはもとより、労咳を患ったお吟の手当てのため、見習い医者として腕を振るうことに。もちろん、医師免許を得ていない信次郎によるこれらの医療行為は今なら刑事処罰ものだが、クライマックスに向けておゆき(神野三鈴)の「想像妊娠騒動」が起こると、腰を痛めている清拙(麿赤兒)に代わってその代診一切をするまでに。
 本作の原案は井上ひさしの『東慶寺花だより』だが、大泉洋演じる信次郎が、後に登場してくる剣術道場の娘・戸賀崎ゆう(内山理名)を含む3人の「駆込み女」を優しく受け止めるだけでなく、軽妙なトークでストーリー全体を牽引する重要な役割を担っているので、この「駆出し男」に注目!

<2年間で変わるものと変わらないもの、を考える>
 縁切寺では武家の妻の駆込みを認めず、庶民の妻の駆込みのみを受け入れていたため、戸賀崎ゆうと、ゆうの父親の道場破りをしたうえ、ゆうを凌辱して無理やり祝言を挙げた夫・田の中勘介(松岡哲永)の離婚については、東慶寺が持つ離婚調停の「特権」だけでは解決できなかった。しかし、お吟とじょごについては、典型的な手続きで離婚調停が進んでいくのでそれに注目したいが、それだけではなく、そこにみる人間の変化に注目したい。東慶寺に駆込んだ妻が夫から離縁状をもらうためには、妻が2年間東慶寺に入山することが条件となるが、2年間は長いようで短く、短いようで長い。そして、東慶寺の密閉された空間での女だけの2年間の生活はそれなりに大変だ。その結果、その2年間で男も女も、変わるものと変わらないものが・・・。
 変わった典型は、鉄練りの家業をじょご1人にやらせ、自分は女遊びにうつつを抜かしていた夫・重蔵(武田真治)の変化。2年後の今では改心し、じょごの幸せを心底祈るようになった重蔵は、じょごとの復縁を申し出たが、さてじょごは・・・?また、ゆうも入山当時は勘介への敵討ちに執念を燃やしていたが、2年後に東慶寺を出て行くときの心境の変化は・・・?
 他方、変わらない典型は、油屋使用人・今朝治の妻おみつ(円地晶子)と花魁となった妹おせん(玄里)の姉妹。幼い頃に吉原の始末屋にさらわれ、花魁となったおせんと再会したおみつは、おせんが田舎大名に身請けされようとしているのを知って、夫らと知恵を絞り、おせんをおみつと偽らせて東慶寺に駆込ませていた。すべてを察した源兵衛はそれを黙認し、御山入りさせていたが、さて、おみつとおせん2人の2年間の生活は?

<「天保の改革」に対する庶民の抵抗は?>
 膨張する国家予算と、それに対応して伸びない国庫への収入。その結果、膨れ上がる財政収支の赤字。そこで要請されるのが「財政再建」だが、それは現在の日本国も江戸時代後期の徳川幕府も同じだ。そこで、12代将軍・徳川家慶が老中・水野忠邦(中村育ニ)を起用して行った「天保の改革」は、2001年から06年に小泉純一郎総理が竹中平蔵を閣僚に起用して行った「小泉改革」と同じようなもの?いや、財政再建という目標は同じでも、小泉改革では公共事業や社会保障費の切り下げと同時に成長戦略もあったのに対し、天保の改革は経費切り詰め一辺倒だから、そこが違う。むしろ現在、中国の習近平国家主席が行っているぜいたく禁止令と同じようなもの?いやいや、習近平のぜいたく禁止令は権力闘争の側面が強いのに対し、天保の改革は単なる経費の節減策・・・?
 他方、中国では「上に政策あれば下に対策あり(上有政策下有对策)」と言われているように、水野忠邦が質素倹約令をいくら強行しても、庶民はそれに抵抗していた。とりわけ、日本橋の豪商・唐物問屋の主人・堀切屋三郎衛門(堤真一)は、「幕府の政策なんぞクソくらえ」とばかりに座敷寿司をやったり、バクチ場をやったりと好き放題・・・?お吟に言わせると、この堀切屋は苦味走ったいい男らしいが、お吟が東慶寺に駆込んだのも「堀切屋がどうやって身上を築いたのか、もしかしたら多くの人を殺めたりしているのではないかと思うようになり、一緒にいるのが怖くなったため」というから、堀切屋にはかなりの秘密がありそうだ。
 本作中盤には、そんな堀切屋の裏稼業の顔が明らかとなり、水野忠邦によって一斉に弾圧されるシーンが登場する。さらに、天保の改革を徹底させようとする水野忠邦の腹心で、東慶寺の取り払いを企む町奉行の鳥居耀蔵(北村有起哉)は、東慶寺の特権を奪おうとしていたから、東慶寺の存亡そのものも危ういことに・・・。本作は大泉洋の軽妙なセリフ回しによってエンタメ色が強い作品に仕上がっているが、そんな時代状況のお勉強もしっかりと。

<それぞれの第二の人生の選択は?やっぱり前向きが一番!>
 私の大好きな若手女優である満島ひかりは、本作で「お吟さんのあだっぽさに憧れて」はじめて時代劇に挑戦し、それなりの存在感を見せつけている。しかし、私の印象では現代顔をした彼女の着物姿はあまり似合わないし、化粧の仕方もイマイチ。それに対して、じょごを演じる戸田恵梨香の方は、夫の重蔵から「火膨れ顔」とボロクソに言われている割りに、その美形ぶりが目立っている。また、ストーリーの展開につれて、信次郎から教えられた薬草採りの技術や、ゆうを追っかけてきた夫・勘助を追っ払う時の武術までその存在感が光っている。また、ゆうを演じる内山理名の凛とした女武士としての美しさや、東慶寺の院代としてトップに立つ法秀尼を演じる陽月華の毅然とした(?)美しさも際立っている。しかして、本作ラストは、東慶寺における2年間の修行を終えた女たちのそれぞれの「第二の人生」の選択がポイントになる。
 不幸な(残念な?)結末を迎えるのは、東慶寺に駆け込んできたことについて堀切屋三郎衛門との結びつきという、相当の裏があったはずのお吟。お吟にとって労咳を患い残り短い人生になったのは想定外のはずだし、「天保の改革」に抵抗を続けてきた堀切屋三郎衛門にとっても、南町奉行・鳥居耀蔵によるあれほどの大弾圧は想定外だったはず。もっとも、お吟が信次郎から曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」の最新作を読み聞かせてもらいながら死ぬことができたのは最高の贅沢だったが、一人江戸から脱出し、仲間たち(同志たち?)を失ってしまった堀切屋三郎衛門の第二の人生の選択は・・・?
 他方、2年の修行を終えた今、一方では重蔵から復縁の申し出を受け、他方では信次郎から医者修行のために行く長崎への同行を求められたじょごの選択は?本作中盤に曲亭馬琴を尊敬している信次郎の生い立ちが語られる中で、「じょごの祖父・風の金兵衛(中村嘉葎雄)が若い頃、洪水で溺れていた馬琴を救った」というエピソードを聞かされるというストーリーはちょっと出来すぎの感があるが、本作ラストでは、そんな境遇にあるじょごの思い切った第二の人生の選択が明らかになる。5月25日の夜、BS放送で観た、クリント・イーストウッドとメリル・ストリープが共演した『マディソン郡の橋』(95年)では、メリル・ストリープ演じるフランチェスカの決断は揺れに揺れていたが、本作にみるじょごの決断はお見事だ。仇討ちをきっぱりと諦めたゆうの決断を含め、本作のラストでは、東慶寺への「駆け込み女」たちの第二の人生の選択をしっかり確認し、それぞれの前向きの決断に拍手を送りたい。
                                  2015(平成27)年5月26日記