洋15-66

「チャイルド44 森に消えた子供たち」
    

                      2015(平成27)年5月22日鑑賞<GAGA試写室>

監督:ダニエル・エスピノーサ
製作:リドリー・スコット
原作:トム・ロブ・スミス『チャイルド44』(新潮文庫刊)
レオ・デミドフ(国家保安省(MGB)のエリート捜査官)/トム・ハーディ
ネステロフ将軍(レオの捜査に協力する地方都市ヴォリスクの民警署長)/ゲイリー・オールドマン
ライーサ・デミドワ(国家にスパイ容疑をかけられるレオの愛妻、教師)/ノオミ・ラパス
ワシーリー(国家保安省(MGB)で敵対するレオの部下)/ジョエル・キナマン
アレクセイ(レオの部下で戦友)/ファレス・ファレス
ヴラッド(殺人犯)/パディ・コンシダイン
ブロツキー(スパイ容疑で逮捕された男)/ジェイソン・クラーク
クズミン少佐(国家保安省(MGB)のレオの上司)/ヴァンサン・カッセル
2015年・アメリカ映画・137分
配給/ギャガ

<原作のすごさとテーマの重さに注目!>
 『CHILD44』というちょっとワケのわからない原題の本作は、「このミステリーがすごい!」第1位に選ばれた原作にもとづくもの。それだけ聞くと、本作は近時の若者向けの、ひょっとしてアイドルが登場する、テレビドラマの方が向いているかもしれないスリラーもの?つい、そう思ってしまった。私が邦画のベスト1に挙げる、野村芳太郎監督の『砂の器』(74年)は、松本清張の小説『砂の器』を原作とするすごい映画だったが、近時の邦画は、いくら「このミステリーがすごい!」第1位の小説を原作とするものでも、薄っぺらなものが多い。
 そう思っていると、母親がスウェーデン人、父親がイギリス人で、1979年生まれのロンドン在住の作家トム・ロブ・スミスが2008年に発表した『チャイルド44』3部作は、世界的センセーションを巻き起こし、国際スリラー作家協会賞の処女長編賞、ギャラクシー・ブック賞の新人作家賞、英国推理作家協会(CWA)賞のイアン・フレミング・スチール・ダガー賞他、数多くの賞を受賞したすごい小説らしい。つまり、同作が2009年に「このミステリーがすごい!」の海外部門第1位を獲得したのは、いわば付録みたいなものだ。なるほど、なるほど。これによって、『チャイルド44』がすごい小説であることはわかったが、そのタイトルの意味は?また、そのテーマは?
 それは、「スターリン独裁政権下のソ連の内幕」を暴いたもので、「44人の子供たちが姿を消した」ミステリーを描くものらしい。邦題についている『森に消えた子供たち』というサブタイトルを読めばさらによくわかる。『デビルズ・ノット』(13年)では、凶悪犯の手によって3人の子供たちが消え、変死体となって発見された(『シネマルーム35』86頁参照)が、何とこちらは44人!しかも、本作最大のポイントは、スターリン独裁政権下という時代状況にあるらしい。しかし、原作者はロシア人ではないのに、なぜスターリン独裁政権下のソ連のことを?

<1932~33年のウクライナ飢饉とは?そのお勉強をしっかりと!>
 ニキータ・ミハルコフ監督の『太陽に灼かれて』(94年)、『戦火のナージャ』(10年)(『シネマルーム26』110頁参照)、『遥かなる勝利へ』(11年)(『シネマルーム31』44頁参照)3部作はすごい映画だった。そこでは、ソ連におけるスターリン独裁と共産党の軍隊の怖さが徹底的に描かれていた。
 2014年2月に発生した「クリミア危機」以降、「ウクライナ問題」は中東問題やイスラム問題と並んで緊迫した世界問題の一つとなっている。しかして、本作冒頭には1933年にソビエト連邦のウクライナ社会主義ソビエト共和国で発生した「ホロドモール」によって、1日2万5千人の餓死者が出ていたことが字幕表示される。「ホロドモール」とは、当時のソ連の最高指導者であるスターリンが1932年から1933年にかけて「ウクライナ人に対するジェノサイド」として行った、人工的な大飢饉のこと。中国では、毛沢東が1958年から60年にかけて大号令をかけて実施した「大躍進政策」の下で、推計2000万人から5000万人が餓死するという悲劇が発生したが、それと同じく、独裁政治の悲劇の典型だ。
 もっとも、本作は「ホロドモール」の歴史上の悲劇を追及するものではなく、あくまで「ミステリーもの」だから、ウクライナ飢饉という歴史上の出来事は、そんな悲劇から必然的に大量の孤児が生まれたという状況を示すためにのみ使われているが、そのお勉強はしっかりと!

<この男の出生の秘密に注目!>
 本作の主人公となる男レオ・デミドフ(トム・ハーディ)の出生の秘密は、そんなウクライナ飢饉の中で誕生した孤児ということだ。ウクライナの孤児院を逃げ出し、軍人に拾われ、レオという名前を与えられた少年は大人に成長した後、1945年のベルリンの「国会議事堂攻防戦」で武勲を立てたことによって、戦争の英雄として報道された。誰にも触れられたくない出生の秘密を持った人間は世間にたくさんいるが、本作では、44人の子供を次々と殺害した犯人像が少しずつ明らかになるにつれて、レオのそんな出生の秘密や孤児院時代の思い出(?)が重要な意味を持ってくるのでそれに注目!
 1953年の今、ソ連の国家保安省(MGB)に勤務し、反体制活動を取り締まるエリート捜査官に出世し、美しい妻ライーサ・デミドワ(ノオミ・ラパス)にも恵まれたレオは、モスクワにある立派なアパートの中で豊かな生活を満喫していた。もっとも、レオの仕事は自由で平和な国ニッポンで66年間も過ごしてきた私の目には、かなりイヤな仕事。導入部では、スパイ容疑でブロツキー(ジェイソン・クラーク)という男を逮捕するシークエンスが描かれるが、その男を逮捕し自白させる「捕りもの」を観ていると、思わずゾッとしてしまう。しかも、そこでのレオの部下ワシーリー(ジョエル・キナマン)の冷血無比な行動には、レオですら腹を立てて罵倒したほどだ。MGBのような仕事をしていると、必然的にワシーリーのような完全に人間性を失った男(?)が誕生するのだろう。もっとも、このワシーリーが本作全編を通じてレオと敵対する男として立ちはだかってくるとは、その時点では想像すらできなかったが・・・。

<社会主義国には殺人事件はない!?そんなバカな!>
 司法試験の刑法の勉強を始めた時、「犯罪とは何か?」「刑罰とは何か?」という根本的なテーマに取り組んだが、その中で資本主義国と社会主義国で根本的な違いがあることを知ってビックリした。また、学生運動にのめり込んでいた当時は、共産主義は理想的な社会だから、そこでは人間が欲望のままに生きても何の犯罪も生まれないという考え方を学んだが、それには大きな違和感を持った。また、ドストエフスキーの『罪と罰』では、主人公の青年ラスコーリニコフが老婆を殺し、その金を奪ってもそれは悪いことではなく、理想的な国家や社会を建設するための一助だという考え方が披瀝されたが、結局それは通用するものではないことが明らかになった。血で血を洗う「階級闘争」の他、そんなこんなの「理論闘争」を経て1918年7月に成立した世界初の社会主義国である「ロシア=ソヴィエト連邦社会主義共和国」では、1953年当時の最高指導者スターリンの言葉によれば、「犯罪は資本主義の病だから、理想国家の社会主義国ソ連では殺人はあり得ない」そうだ。しかし、そんなバカな・・・。
 ある夜、クズミン少佐(ヴァンサン・カッセル)に呼び出されたレオは、今はレオの部下となっており、ベルリンの「国会議事堂攻防戦」の戦友でもあるアレクセイ(ファレス・ファレス)の8歳になる息子ユーラの遺体と対面することに。クズミン少佐はスターリンの言葉に従い、レオに対してアレクセイ一家に殺人だという訴えを撤回させるよう命令。レオはその命令に従ってアレクセイを説得したが、アレクセイとその妻から「目撃者もいる」と聞かされると・・・。

<一瞬も目を離せないストーリーに注目!>
 本作は137分間もあるから、近時はたびたび途中で居眠りしてしまうクセがある(?)私には、ちょっとしんどい長さ。しかし本作は、冒頭のシーンからずっと緊張感が続き、一瞬も目を離せないストーリーが続いていくから、それに注目!本作の鑑賞については絶対に途中居眠りすることはできないはずだ。
 本作のストーリーに沿ってポイントや見どころを拾い、評論を書いていくと膨大なボリュームになってしまう。そこでプレスシートにある本作のストーリーの「項目」だけを並べると次のとおりだ。
①出世した孤児―戦争の英雄からエリート捜査官へ
②友の息子の死―楽園に殺人は存在しない
③妻のスパイ容疑―すべてを奪われ、転落
④死体の“しるし”―線路、溺死、内臓除去
⑤妻の告白―恐怖による結婚
⑥存在する連続殺人事件―真相解明へ
⑦44人の子供たちの死体―目撃者を追え
⑧国家の陰謀―真実はひとつ
そのうち、①と②については既に書いたが、③から⑧へと流れるストーリーの中では、大きく次の2つのストーリーがある。すなわち、
(A)森に消えた44人の子供たちの犯人ヴラッド(パディ・コンシダイン)を苦労しながら追跡し、対決に至るストーリー
(B)その追跡の過程で、大きく揺れ動くレオとライーサの愛のストーリー
そして、前者(A)では
(1)レオが左遷された寂れた地方都市ヴォリスクで上司となった、民警署長であるネステロフ将軍(ゲイリー・オールドマン)との共同捜査のストーリー
(2)無謀にもライーサを連れて秘かにモスクワに戻って捜査を続けたレオとワシーリーとの対決のストーリー
また、後者(B)では
(1)ブロツキーの共犯者として名前が挙がった妻ライーサをレオが告発するのか否か?
(2)レオが告発しなかったのはなぜか?レオとライーサとの愛と信頼はホンモノだったのかどうか?
これらのストーリーはそれぞれ複雑であっと驚く内容をもっているので、本作については丁寧に目を凝らして137分間スクリーンを観続けてもらいたい。

<妻の秘密とそれを知った夫の苦悩に注目!>
 スパイを取り締まるべき職にある夫の前に、スパイの共犯者として妻の名前が挙がってくるという設定は「ミステリーもの」ではよくあるが、本作がすごいのは、幸せいっぱいに見えたMGBのエリート捜査官レオとその妻ライーサとの仲が、実はかなり危ういものだったということ。その「危うさ」はレオがライーサに求婚するシーンでも感じられたが、MGBの捜査官として妻を尾行し、疑いを深めていくレオの姿を見ていると、その苦悩がよくわかる。
 ポイントになるのは、レオが両親たちと食事をするシーン。なぜ、そこにライーサが現われたのか自体に疑問を抱くレオは、ライーサに対して真実を語るよう迫ったが、そこでライーサが「病院に行ったのは妊娠したため」であると明かされると、事態は一変することに。すると、レオが処刑を覚悟で上司のクズミン少佐に対してライーサの無実を主張したのは、妻を守るためというより、そのお腹の中に宿った子供を守るため・・・?
 国家への不服従によってレオがMGBをクビにされ、左遷されたのは仕方ないが、レオと共にヴォリスクに赴いたライーサの身には、レオの後釜に座ったワシーリーから魔の手が伸びてくることに。なるほど、社会主義国に殺人事件があるのが当然なように、社会主義国にも男女関係をめぐる不倫問題(?)やチョッカイ出し問題(?)も・・・?

<犯人像や犯人の姿かたちが少しずつ明確に!>
 本作はスターリン独裁時代を背景とした珍しいミステリーものだが、製作に回ったリドリー・スコットが全幅の信頼を置いて起用したスウェーデン出身のダニエル・エスピノーサ監督は、意外にも犯人像を比較的早くからスクリーン上に見せていく。とは言っても、最初は微妙に顔だけは隠して、子供たちに迫っていくその不気味な様子を演出していたが、中盤の「⑥存在する連続殺人事件―真相解明へ」「⑦44人の子供たちの死体―目撃者を追え」、あたりからは堂々とその顔を見せてくるし、姿かたちも明らかにされてくる。もちろん、観客には、この男が誰かはわからないままだ。この男の真の姿が孤児時代のレオに重なるものであることは、「⑧国家の陰謀―真実はひとつ」で、「果たして彼は真犯人に辿り着くことができるのか?」とボヤかされて問題提起されたところから、更に、観客がストーリーの中に入っていってはじめてわかることになる。なるほど、犯人を追いつめたレオにも、レオから追いつめられた犯人にも孤児時代にそんな苦労が・・・。

<独裁国家で生きるには、やはり妥協が不可欠!>
 次々と子供たちの殺害事件を起こしていく犯人像について、犯人は駅の近くの自動車かトラクラーの製造工場に勤務する男ではないか?という仮説をたてたのはネステロフのお手柄。そして、ネストロフが直接調査に向かったロストフの町では、9名の子供たちが殺されていたから、間違いなくこの地に謎を解く鍵があると確信し、少しずつ犯人像は特定されていくことに。もっとも、ロストフの住民たちはその事件を生き残ったヒトラーの部隊たちの仕業だと信じていたが、そんなバカな・・・?
 本作後半からクライマックスにかけて、レオがライーサと共に犯人ヴラッドを追い詰めていく姿は、前述したプレスシートのストーリー紹介の①から⑧には一切書かれていないから、あなた自身の目で観るしかない。しかして、トラクター工場にレオとライーサが乗り込み、そこから逃げ出したブラッドをレオとライーサが追いつめ、対決するシーンは少し出来すぎの感も・・・。それはともかく、そこでのレオとヴラッドとの対決、さらに、そこに登場してきたワシーリーとレオとの対決を経て映画は結末に至るが、さて、そこでレオは死亡もしくは失脚しているの?それとも・・・?
 その結末はあなた自身の目で確認してもらいたいが、そのシーンでは、犯人が「西側の思想」に毒されていた男とレオが認めるか否かが大きなポイントになる。結局、ソ連という独裁国家で生きていくためには、一定の妥協が不可欠ということだ。そんな結末に納得するか失望するかは別として、137分に及ぶ壮大な人間ドラマと犯人捜しのミステリーの展開にとにかくビックリ!こりゃ、ひょっとして今年のベストワン作品かも・・・。
                                  2015(平成27)年5月28日記