洋15-59

「ターナー 光に愛を求めて」
    

      2015(平成27)年5月15日鑑賞<ビジュアルアーツ専門学校大阪試写室>

監督・脚本:マイク・リー
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(英国最高の風景画家)/ティモシー・スポール
ウィリアム・ターナー・シニア(ターナーの父親、元理髪師)/ポール・ジェッソン
ハンナ・ダンビー(ターナーの忠実な家政婦)/ドロシー・アトキンソン
ソフィア・ブース(ターナーの2番目の恋人、マーゲイトの宿を営む女主人)/マリオン・ベイリー
メアリー・サマヴィル(19世紀科学の女王、ターナーの友人)/レスリー・マンヴィル
サラ・ダンビー(ハンナ・ダンビーの義理の叔母、ターナーの年上の愛人)/ルース・シーン
ベンジャミン・ロバート・ハイドン(イギリスの画家、ターナーの友人)/マーティン・サヴェージ
ジョン・コンスタンブル(ロイヤル・アカデミー準会員の画家)/ジェームズ・フリート
エグルモント卿(ペットワース・ハウスの主人、絵画収集家)/パトリック・ゴドフレー
ジョン・ラスキン(ヴィクトリア朝を代表する美術評論家)/ジョシュア・マグワイア
ジョセフ・ジロット(ジロット社創設者、絵画収集家)/ピーター・ワイト
マーティン・アーチャーシー卿(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/クライヴ・フランシス
チャールズ・イーストレイク卿(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/
ジョージ・ジョーンズ(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/リチャード・ブレマー
ジョン・カルー(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/ニール・バギー
デイヴィッド・ロバーツ(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/ジェイミー・トーマス・キング
クラークソン・スタンフィールド(ロイヤル・アカデミーのメンバー)/マーク・スタンレー
エヴリーナ(ターナーの娘)/サンディ・フォスター
ジョージアナ(ターナーの娘)/エイミー・ドーソン
2014年・イギリス、フランス、ドイツ映画・150分
配給/アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル

<光の画家ターナーとマイク・リー監督の名前をインプット!>
 「光の画家ターナー」と言われても、それを知っている人は・・・?プレスシートには「世界のアート史を語る時に、決して外すことのできない英国の画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー。19世紀初頭に若くして認められ、76歳の生涯を終えるまで≪戦艦テメレール号≫を始めとする数々の傑作を世に送り続けたロマン主義の巨匠」と紹介されているが、さてそれを知っている人は・・・?
 プレスシートにある、黒田邦雄氏(映画評論家)のEssay「太陽に解放された男」によれば、本作は「ターナーに関する有名なエピソードを次々と綿密に再現した映画なのだが、教科書的な単調さは全くなく、まさにリーらしいリアル感と人間臭さに溢れている」そうだから、興味深い。さらに、そこには「同棲を繰り返しながら、一度も結婚しなかった女性関係も謎のひとつ」と書かれているから、そんな謎に満ちたターナーの女たちをめぐる私生活も興味深い。
 他方、第87回アカデミー賞撮影賞、衣装デザイン賞、作曲賞、美術賞にノミネートされるとともに、第67回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞と芸術貢献賞を受賞した本作を監督したマイク・リーにも注目!マイク・リー監督は過去、『秘密と嘘』(96年)で第49回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、『ヴェラ・ドレイク』(04年)(『シネマルーム8』335頁参照)で第61回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞している、1943年イギリス生まれの巨匠。『秘密と嘘』は観ていないが、『ヴェラ・ドレイク』は素晴らしい映画だった。
 そんなマイク・リー監督の最新作に注目するとともに、本作を契機に「光の画家ターナー」の名前をインプット!

<ターナーの生きザマを描く本作の切り口は?>
 私は日本経済新聞が1か月に1人、各界の「功成り名を遂げた人物」を取り上げてその生きザマを切り取った「私の履歴書」のファンだが、そこでは取材し、文章を書くライターの切り口が最大のポイントになる。ヨーロッパ大陸のパリがフランス革命の真っ只中にあった1789年に14歳でアカデミー付属の美術学校に入学したターナーは、「旅の画家」として頭角を現し、1799年に24歳でロイヤル・アカデミーの準会員に、1802年に史上最年少の27歳でアカデミーの正会員に選出されたそうだ。
 映画にも登場するターナーの傑作は≪戦艦テメレール号≫、≪奴隷船≫、≪吹雪―港の沖合の蒸気船≫等々。本作は画家ターナーの生きザマを描く映画だから、当然これらの作品が生まれた背景やその時々の彼の生活ぶりが描かれるが、それだけでは単なる絵画の解説映画になってしまう。マイク・リー監督のインタビューによれば、マイク・リー監督がターナーを映画にしようと考えたのは「ターナーその人については知りませんでした。そこで調査をはじめました。1990年代の終わりごろです。そして、複雑でエキセントリックなキャラクターとわかりました。それに関連付けられる、あのすばらしい作品群!作品自体が映画的です。これは題材になると思いました」というためだ。そこで、本作をひもとくキーワードは、プレスシートにまとめられているとおり、①ロイヤル・アカデミー、②ターナーのアトリエとギャラリー、③ターナーのパフォーマンス、④作品をめぐる批評、⑤旅の画家、⑥パトロン、⑦近代科学とテクノロジー、⑧ターナーを取り巻く女性たち、ということになる。
 マイク・リー監督でさえ「ターナーその人については知りませんでした」と言っているくらいだから、多くの日本人がターナーについて知らないのは仕方ないが、本作の「良さ」をしっかり理解するためには、そんなキーワードでターナーの物語(生きザマ)をひもといていく必要がある。かなりしんどい作業だが、それをやれば楽しくかつ勉強になるはずだし、本作の素晴らしさがより一層理解できるはずだ。

<視点1 旅の画家、風景画家として>
 本作は2時間30分の長尺だが、ターナーの生きザマは興味深いから、途中でダレることなく集中力を保ちながら鑑賞することができる。そこで、以下3つの視点から本作の評論を述べたい。第1は、何といっても旅の画家、風景画家という視点。つまり、16歳の時にはじめて行ったイギリス西部旅行以降、片時もスケッチブックを手放さず、ほぼ毎年夏には各地にスケッチ旅行に出かけていたというターナーの旅の画家、風景画家としての視点だ。
 本作冒頭のストーリーは、オランダ旅行から父親ウィリアム・ターナー・シニア(ポール・ジェッソン)と家政婦ハンナ・ダンビー(ドロシー・アトキンソン)が住む家に戻ってくるターナー(ティモシー・スポール)の描写からはじまる。ターナーがヨーロッパ大陸をはじめてスケッチ旅行したのはロイヤル・アカデミーの正会員に選ばれた1802年。それは1789年のフランス革命から13年後だから、フランスは大変な激動の時代だ。西洋美術の伝統に連なることを強く意識していたターナーは、同時代の主題ばかりでなく、古典や聖書をテーマにした作品も数多く手がけたが、その代表作が1812年の作品≪吹雪――アルプスを越えるハンニバルとその軍隊≫。もっとも、ここでもターナの主眼は、アルプスの山中に吹き荒れる吹雪のダイナミックな効果を表現することに置かれており、画面の奥に小さく見えている象に乗ったハンニバルには、ターナーの時代にやはりアルプス越えをしたナポレオンの姿が重ね合わされているらしい。したがって、18世紀のフランスの新古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた≪アルプスを越えるナポレオン≫と、ターナーが描いた≪吹雪―アルプスを越えるハンニバルとその軍隊≫を見比べれば興味深いはずだ。
 若い時ならともかく、中年から老年になるとスケッチ旅行は億劫になるものだが、本作を観ていると、ターナーにとって、旅は創作上のインスピレーションを得るために不可欠のものであったことがよくわかる。また、≪戦艦テメレール号≫を描くために、テムズ川でボートに乗ってその視察(?)に赴くシーンはすごいし、≪吹雪―港の沖合の蒸気船≫を描くために自らをマストにくくりつけさせて嵐の海を観察したシーンもすごい。さらに、ターナーのスケッチの意欲がロンドンのチェルシー地区でソフィア・ブース(マリオン・ベイリー)が借りた家に隠遁した後も続いているのもすごい。ターナーの最後の外国旅行は1845年、70歳の時というのも、すごい。ターナーの没後、アトリエには300冊ものスケッチブックが残されていたそうだが、この旅先で描きためたスケッチが、今でいうデータベースのような役割を果たしたわけだ。

<視点2 ターナーの作品をめぐるパトロンや批評家たち>
 本作では、全編を通じてスクリーン上に登場する、第67回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したターナーに扮するティモシー・スポールの演技が冴えわたっている。とは言っても、それは「黒味の強い色をバックに正面を力強く見つめる美しい青年」として、ターナーが24歳頃に描いた自画像のそれではなく、小男で小太り、短足の中年男ターナーとしての演技だ。そんなターナーと、その良き理解者として旅から戻ってきたターナーを温かく迎え、かつ絵の具やカンヴァスを調達し、アトリエ兼住居に設けたギャラリーで買い手をもてなす父親との仲の良さは微笑ましいかぎり。そんな2人の体形や顔、そして立ち居振る舞いが似ているところが、余計に面白い。
 音楽家のモーツァルトやベートーベンは、パトロンや批評家との関係がなかなかうまくいかなかったが、本作をみて意外に思ったのは、頑固で偏屈な画家ターナーが、ペットワース・ハウスの主人で絵画収集家のエグルモント卿(パトリック・ゴドフレー)や、ジロット社創設者で絵画収集家のジョセフ・ジロット(ピーター・ワイト)等のパトロンと意外にうまく付き合っていること。学校教育を受けなかったターナーが、「19世紀の科学の女王」と呼ばれる自然科学者のメアリー・サマヴィル(レスリー・マンヴィル)が見せるプリズムの実験に魅了され、交友を深めていく姿を見ると、その好奇心と向学心の高さに驚かされる。また、ターナーはロイヤル・アカデミー(RA)の画家であるジョン・コンスタンブル(ジェームズ・フリート)に対しては猛烈なライバル心を燃やしていたが、ヴィクトリア朝を代表する美術評論家のジョン・ラスキン(ジョシュア・マグワイア)と、それなりにうまく付き合っている姿を見ると、それも意外だ。
 年に1度の大イベントであるロイヤル・アカデミーの展覧会で、自分の作品の隣に並ぶ最大のライバル、ジョンの絵を観た後に見せるターナーの奇抜な行動など、本作がみせるターナーのエピソードは面白い。その結果、批評家のラスキンが「実に感動的だ」と絶賛すれば、女王陛下は「薄汚い絵だわ」と吐き捨てたように、ターナーの評価は天と地に分かれていくらしい。そんなターナーの作品をめぐる、パトロンや批評家たちの姿を本作でしっかりと勉強したい。

<視点3 ターナーをめぐる3人の女たち>
 ターナーと父親との関係は気持悪いくらいに良好だが、ターナーが8歳のときに、5歳の妹メアリー・アンを亡くしたことをきっかけとして母親が精神を病んだ頃から、ターナーは母親との関係に悩み、それがターナーの女性関係に大きく影響したらしい。ターナーの最初の恋人(愛人)は、音楽家の未亡人であった年上の女性サラ・ダンビー(ルース・シーン)。ターナーがロイヤル・アカデミーの準会員に選ばれた24歳の頃から交際をはじめ、公には認めることがなかったものの、長女エヴリーナ(サンディ・フォスター)、次女ジョージアナ(エイミー・ドーソン)をもうけたらしい。しかし、サラとの関係が終わってからは、ターナーは金銭的な援助もせず、会いに行くこともなかったというから、かなり薄情な男だ。
 そして本作には、家政婦としてターナーに献身的に仕える女性ハンナと、海辺の町マーゲイトで知り合った女性ソフィアの2人がターナーの重要な女性として登場する。これは言ってみれば、坂本龍馬における、千葉道場の千葉さな子とお竜さんのようなもの(?)・・・?
 ハンナを演じるドロシー・アトキンソンもソフィアを演じるマリオン・ベイリーもスクリーン上では到底魅力的とは言えない中年女として登場するから、ターナーとこの2人の女性との恋模様(?)やH模様(?)はそれほど心をときめかされるものではないが、ターナーの女性観を知るうえでは非常に興味深い。ターナーはソフィアに慰安を見いだし、70歳を超える頃からは彼女がテムズ川沿いのチェルシーに借りた家で夫婦同然の生活を送り、そこで最後を迎えたが、他方、家政婦として40年以上もの間クィーン・アン街のターナーの家を切り盛りし、遺言によって作品の管理も託されたのはハンナの方だ。本作ラストには、家の中のベッドで息絶えるターナーを見守るソフィアの姿と、はじめてチェルシー地区に住んでいるターナーを訪れるハンナの姿が登場するが、そこでの女同士の確執はいかばかりだったことだろう。

<視点3の続き ターナーの女は実は8人・・・?>
 サラ、ハンナ、ソフィアの3人の女だけでも、ターナーをめぐる女たちは複雑だが、マイク・リー監督は、パンフレットのインタビューでターナーの女たちについて面白いことを語っているのでそれに注目!それは、「あなたの映画の女性キャラクターにはいつもとても惹かれます。今回はターナーが主人公ですが、それを囲む女性たちはバラエティ豊かで、まるでさまざまな女性タイプのショーケースのようですね」という質問に対する次の答えだ。すなわち、

 ええ、思うよりももっと多いかもしれませんよ。まず、娘を連れた元パートナーが現れます。この娘たちも、それぞれに違いますからタイプとして加えられます。そこまででもう3種です。そして家政婦のハンナ、複雑なことになりますが、これで4。それからブース夫人で5。科学者のサマヴィル夫人、知的な面で重要な人ですが、それで6。それに、これは架空キャラクターなのですが、ピアノの女性で7。ターナーが娼館に行くシーンで出てくる娼婦で8。大きな役以外も加えたら、もっと数えられるくらいです。それはターナーの多面性でもあります。ある面では不安定でもあるけれど、とても情熱的な面もある。複雑な男です。それを表すのに、ターナーのいた世界からの女性を出しました。

 聞くところによれば、1970年代に一世を風靡した日活ロマンポルノの新プロジェクト「ROMAN PORNO PEBOOT PROJECT」が近々開始されるらしい。1971年に日活が立ち上げた男性向け成人映画のレーベルである日活ロマンポルノ製作のルールと条件は「10分に1回絡みのシーンを作る、上映時間は70分程度」だけで、それ以外はすべて自由だったが、今回もそれは同じにされるらしい。日活ロマンポルノにおける「絡み」シーンは、そのすべてが男性を興奮させるものだったが、さて本作でターナーがみせる「絡み」シーンの興奮度は?それはお世辞にも高いものとは言えないが、それも含めて本作に見る旅と光の画家ターナーの女性観と実際の女性遍歴は興味深い。
                                  2015(平成27)年5月18日記