洋15-58

「グローリー -明日への行進-」
    

                      2015(平成27)年5月13日鑑賞<GAGA試写室>

監督・製作総指揮:エヴァ・デュヴァネイ
脚本:ポール・ウェブ
マーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師/デヴィッド・オイェロウォ
リンドン・B・ジョンソン大統領/トム・ウィルキンソン
フレッド・グレイ/キューバ・グッディング・Jr
ジョージ・ウォレス(アラバマ州知事)/ティム・ロス
コレッタ・スコット・キング(キング牧師の妻)/カーメン・イジョゴ
アメリア・ボイントン/ロレイン・トゥーサント
ダイアン・ナッシュ/テッサ・トンプソン
アニー・リー・クーパー(セルマに住む黒人の老女)/オプラ・ウィンフリー
ジミー・リー・ジャクソン(デモで殺される26歳の黒人青年)/キース・スタンフィールド
リー・ホワイト/ジョヴァンニ・リビシ
アンドリュー・ヤング/アンドレ・ホランド
ベイヤード・ラスティン/ルーベン・サンチャゴ=ハドソン
ラルフ・アバナシー/コールマン・ドミンゴ
ジェームズ・オレンジ/オマー・J・ドージー
ダイアン・ナッシュ/テッサ・トンプソン
2014年・アメリカ映画・128分
配給/ギャガ

<キング牧師の物語が、はじめて映画に!>
 世界を動かした伝説的な黒人を主人公にした映画はたくさんある。ネルソン・マンデラを主人公にして描いた『マンデラの名もなき看守』(07年)(『シネマルーム20』146頁参照)や、マルコム・Xを主人公にして描いた『マルコムX』(92年)等だ。また、黒人奴隷をテーマにした永遠の名作は、ハリエット・ビーチャー・ストウの小説『アンクル・トムの小屋』(1852年)だが、映画でも『アミスタッド』(97年)(『シネマルーム1』43頁参照)、『それでも夜は明ける』(13年)(『シネマルーム32』10頁参照)、『大統領の執事の涙』(13年)(『シネマルーム32』152ページ参照)等の名作がある。黒人俳優のトップとなったデンゼル・ワシントン主演の映画『グローリー』(89年)や、盲目の黒人歌手レイ・チャールズを主人公にして描いた『Ray/レイ』(04年)(『シネマルーム7』149頁参照)も感動的だった。
 ところが、マルコム・Xと同世代を生き、マルコム・X以上に有名な、1960年代の「公民権運動」の指導者キング牧師の物語はこれまで一度も映画化されていなかった。キング牧師といえば、何よりも1963年8月28日のワシントンD.C.で行われた「ワシントン大行進」が有名だし、ワシントン記念塔広場で行った「I Have a Dream(私には夢がある)」の演説は、1961年1月20日のジョン・F・ケネディの大統領就任演説と並んでアメリカの歴史に残る演説とされている。「公民権法」は1964年7月2日に制定されたが、その公民権運動に対する多大な貢献が評価されたキング牧師は、「アメリカ合衆国における人種偏見を終わらせるための非暴力抵抗運動」を理由として、1964年には「ノーベル平和賞」まで受賞した。そんなキング牧師を主人公にした映画が、これまで1本もなかったのは一体なぜ・・・?また、本作の原題とされている『Selma』とは一体ナニ?

<脚本のネタはFBIの監視記録!監督はアラバマ出身!>
 実在の人物の物語を映画にするのは意外に難しい。さまざまなエピソードを羅列しただけでは映画としての面白さに欠けるし、そうかといって事実に則っていないエピソードを追加したり、ヘンな部分をヘンに誇張するのも厳禁。また、約2時間という映画化の制約があるから、キング牧師のどんな活動やどんなエピソードをどのように切り取り、観客に感動を与える物語に仕上げるかが脚本作りや演出の最大のポイントになる。
 本作には原作はないが、脚本作りのネタになったのは、何とFBIの監視記録らしい。それは、当時FBIがキング牧師の一挙手一投足を監視しており、彼の日々の生活から、人生の決定的瞬間までを記録した17,000頁に及ぶファイルが現在も残されていたためだ。
 他方、大規模な長編映画のメガホンを今回はじめて取った女性監督エヴァ・デュヴァネイの出身は、黒人差別で有名なアラバマ州。本作には、南部のプライドを体現する政治家で、白人と黒人の人種隔離政策に執念を燃やすアラバマ州知事ジョージ・ウォレス(ティム・ロス)の姿が登場する。そんなアラバマ州で幼少時代を過ごした女性ならではの感性で、エヴァ・デュヴァネイ監督はFBIの監視記録を脚本作りのネタとして活用したらしい。
 プレスシートの中でエヴァ・デュヴァネイ監督は、「私は真実を語ることに全力を尽くしたわ。実際に起こった出来事や、その場にいた人々は、どんな創作より魅力的だから。この映画には、断片を寄せ集めたような人物は1人も出てこない。映画に出てくるあらゆる人物は、実際に生きて、実際に闘って、実際にこれらの物事を成し遂げたの。私は彼らの心の在り様を捉えようとしている翻訳者のような気分だったわ」と語っているとおり、スクリーン上にはセルマに住む黒人の老女アニー・リー・クーパー(オプラ・ウィンフリー)や、デモで殺される26歳の黒人青年ジミー・リー・ジャクソン(キース・スタンフィールド)等、多くの日本人の知らない市井の人物たちが登場してくるので、それに注目!

<セルマの行進とは?投票権法とは?>
 他方、キング牧師については、前述のワシントン大行進が有名だが、セルマの行進とは?それは、1965年3月に行われた、全国から集まった、年齢も肌の色もさまざまな男女2.5万人が心を1つにし、アラバマ州セルマから州都モンゴメリーまでの80キロに及ぶ、未来への希望を賭けた抗議の大行進。キング牧師はこのセルマの行進を成し遂げたが、そこではどんな事件が起こったの?それは意外と知られていない。
 他方、去る5月17日に行われた「大阪都構想」の是非を問う住民投票は、賛成69万4844票(49.62%)、反対70万5585票(50.38%)という、わずか1万741票差で反対多数となったが、大阪市の有権者210万4076人の投票率は66.83%に達した。ところが、セルマでは黒人市民のうち選挙人登録をされている者はわずか2%だったらしい。そこでリンドン・B・ジョンソン大統領(トム・ウィルキンソン)が1965年8月6日に署名し、成立させたのが「投票権法」だが、それは一体ナニ?
 本作はキング牧師について、そんな意外に知られていないエピソードをメインとして描いており、ラストに見るクライマックスの演説も「I Have a Dream(私には夢がある)」ではない。それは、ウェブサイト「映画情報サイト<ビーグル・ザ・ムービー>」によると、キング牧師の演説に関する内容の権利すべては遺族によって管理されいるため、権利関係を解決しない限り、「I Have a Dream」で有名なワシントン大行進をクライマックスに映画を作ろうとしても、一番重要な「I Have a Dream」が使えないためだそうだ。なるほど、なるほど・・・。

<「血の日曜日事件」いろいろ!>
 私が中・高校の歴史で習った「血の日曜日事件」とは、1905年にロシア帝国の当時の首都サンクトペテルブルクで起きた、ロシア民衆による平和的デモに対して発生した軍隊による発砲事件。これにより1000人以上が死傷し、第1次ロシア革命の引き金となる大事件となった。ウィキペディアを調べてみると、「日曜日に起きた虐殺・暴力的弾圧事件」という意味での「血の日曜日事件」は他にもたくさんあることがわかる。
 他方、日本では1952年5月1日に「血のメーデー事件」が起きているが、これは日曜日ではなく木曜日。「血のメーデー事件」は、戦後の復興期を経て左翼勢力が力を増す中、警察予備隊による「再軍備反対」と「人民広場(皇居前広場)の解放」を主張したデモ隊に対して、警視庁が大量の警察官に出動を命じたことによって発生した死傷事件だ。しかして、本作中盤のハイライトとして描かれるアラバマ州のセルマで1965年3月7日に起きた「血の日曜日事件」とは?
 キング牧師は、黒人市民のうち選挙人登録をされている者は2%のみで、黒人の選挙権登録が長きにわたって妨害されていたセルマに目を向け、投票権抗議運動を展開していたが、その一環としてセルマからモンゴメリーへの行進を計画。投票権法成立に向けてのジョンソン大統領との交渉においても、その態度が煮え切らないため、遂にセルマからの行進を開始したところ起きたのが「血の日曜日事件」だ。催涙ガス、棍棒、鞭等による弾圧の惨状についてはスクリーンを注視してもらいたいが、興味深いのはそんなウォレス知事の弾圧に屈せず、キング牧師自身が率いた2度目の行進だ。これは「反転の火曜日」と呼ばれているが、さてその展開は・・・?

<連邦裁判所の判断と大統領の決断にも注目!>
 日本でも、最高裁判所の判決によって国の政策の根本が変更することがあるが、その多くは現状追認型。それは、いわゆる衆議院と参議院の「一票の格差」について、高裁判決が次々と「違憲状態」あるいは「違憲」の判決を出しているのに、最高裁判所の判決が変わらない状況を見ればよくわかる。しかし、「デモ行進は違法で、強行すれば断固取り締まる」と主張し、現に「血の日曜日事件」を引き起こしたウォレス知事の政策判断の是非を裁く、連邦裁判所裁判官フランク・M・ジョンソンによる法廷のシーンは興味深い。
 また、日本では業界や団体の代表が総理大臣と直接交渉するシーンにはあまりお目にかかれないが、本作に見るキング牧師とジョンソン大統領との直接交渉(?)のシーンは興味深い。民主主義の国ではトップ同士による、本音の議論のぶつけ合いが行われていることに感心させられる。1963年11月22日にジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された後、大統領職を引き継いだジョンソン大統領の本作における描き方については賛否両論があるそうだが、私の目にはジョンソン大統領の人となりもよくわかり、興味深かった。
 しかして、①1965年3月17日にはフランク判事の法廷で勝利し、②3月25日には2万5000人近い行進者たちが到着したモンゴメリーのアラバマ州議会議事堂の檀上で演説を行い、③8月6日にはジョンソン大統領が投票権法に署名したわけだから、キング牧師は万々歳!

<本作に見るキング牧師の暗殺は?>
 私が大阪大学に入学したのは、1967年4月。私は入学早々から学生運動にのめり込んだが、当時の闘争テーマは、大学内の諸課題の他は70年安保改正阻止とベトナム戦争反対だった。
 そんな中、日本では1970年11月25日に三島由紀夫の割腹自殺事件が起きたが、アメリカでは、ケネディの暗殺(1963年11月22日)、マルコム・Xの暗殺(1965年2月21日)に続いてキング牧師も1968年4月4日にテネシー州メンフィスにあるメイソン・テンプルで遊説した後、暗殺された。ケネディ大統領の暗殺をテーマにした『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』(13年)(『シネマルーム33』未掲載)はすごい映画だったし、『マルコムX』でもマルコム・Xが暗殺されるシーンは大きなポイントだったが、さて本作に見るキング牧師の暗殺シーンは?
 本作は第87回アカデミー賞作品賞と主題歌賞にノミネートされたが、受賞したのは主題歌賞だけにとどまった。本作に「I Have a Dream」の演説シーンが登場しないのは、演説に関する内容の権利すべてが遺族によって管理されているためらしい。すると、暗殺シーンは?本作の原作が『Selma』とされ、モンゴメリーにあるアラバマ州議会議事堂での演説がクライマックスシーンとされたのは仕方ないが、本作が主題歌賞しか受賞できなかった理由は、やはりワシントン大行進での「I Have a Dream」の演説や暗殺シーンが描かれなかったため・・・?そう思うと少し残念だが、それがなくても本作は本作としてキング牧師の物語として十分な完成度を持っていることはまちがいない。
                                  2015(平成27)年5月19日記