洋15-57

「グッド・ライ いちばん優しい嘘」
    

                2015(平成27)年5月5日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:フィリップ・ファラルドー
キャリー(カンザスの職業紹介所職員で働く女性)/リース・ウィザースプーン
マメール(スーダン難民、医者志望)/アーノルド・オーチェン
ジェレマイア(ポールの兄)/ゲール・ドゥエイニー
ポール(ジェレマイアの弟)/エマニュエル・ジャル
ジャック(キャリーの上司)/コリー・ストール
アビタル(マメールの姉)/クース・ウィール
パメラ(支援団体の女性)/サラ・ベイカー
モーヤン博士/アフェモ・オミラミ
リード/ヴィクター・マッケイ
2014年・アメリカ映画・110分
配給/キノフィルムズ

<同じ「アフリカもの」「難民もの」でも、本作の方が・・・>
 私はさだまさしの歌が大好きだ。その彼が歌った1987年の曲『風に立つライオン』はそのストーリー性において、ちあきなおみが歌い、1972年の第14回日本レコード大賞を受賞した名曲『喝采』に肩を並べるものだし、そのスケールの大きさにおいては、日本の歌謡曲やポップスの中では特筆すべきものだ。そんなさだまさしの歌を映画化したのが、三池崇史監督の『風に立つライオン』(15年)で、現在公開中。したがって、ホントはそれを観なければならないのだが、近時の邦画(の出来)にイマイチ不信感を持っている私は、同じ「アフリカもの」「難民もの」でも「アカデミー賞スタッフ&キャストが集結!世界の裏側の驚くべき実話をベースにした感動の物語」と宣伝されている本作の方を選択。TOHOシネマズ西宮OSでも19時から一度だけの上映だからかなり冷遇されているが、鑑賞後はその完成度の高さに感激。
 『ぼくたちのムッシュ・ラザール』(11年)(『シネマルーム29』107頁参照)で2012年の第84回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたフィリップ・ファラルドー監督は、本作のパンフレットの中で「こんなによくできた脚本は初めて読んだよ。戦争を描いた冒頭部分の恐怖から、難民がアメリカにやって来るユーモアと笑いに満ちた中盤部分、そして非常に感動的な結末までが見事に展開されていたし、ストーリーの中でその3つのバランスが上手に取れていたんだ」と語っているが、まさにそのとおりだ。

<まずは、ロストボーイズの逃避行の悲惨さに注目!>
 本作の前半3分の1で描かれるのは、1983年に起きた「第2次スーダン内戦」における、北軍によるある村の襲撃の様子と、そこで両親を殺された子供たちが生き延びるための旅の姿。旅を続けるのは、長男のテオをリーダーとする、マメール、ジェレマイア、アビタル、ポールたち。彼らこそ、第2次スーダン内戦(83~05年)のために家を追われ、ケニヤやエチオピアの難民キャンプに流れ着いた「ロストボーイズ」と呼ばれる約2万人の子供たちだ。テオは途中で捕まってしまったが、マメールたちが4年もの歳月をかけて、裸足で飲まず食わずで歩いた距離は1600キロメートルというから恐れ入る。
 コンゴ共和国における子供兵を描いた『魔女と呼ばれた少女』(12年)では、「お前が撃たなければ俺がナタで殺す」と言われ、12歳の時に自分の手で両親を射殺せざるをえなかった少女が、「魔女」と呼ばれるようになる悲惨なストーリーが描かれていた(『シネマルーム30』180頁参照)。しかして、本作の前半3分の1にみるマメールたちの逃避行もそれと同じで、悲惨そのものだから、まずはそこに注目!
 もっとも、それをずっと見続けていると疲れてしまうが、それから13年後、大人に成長したマメール(アーノルド・オーチェン)、ジェレマイア(ゲール・ドゥエイニー)、アビタル(クース・ウィール)、ポール(エマニュエル・ジャル)の4人が「難民の第三国定住制度」によってアメリカに旅立ち、そこでたくましく成長していく中盤になると、一転ユーモラスな展開に。

<マメールたちを世話する女性は?>
 もっとも、アメリカのJFK空港に降り立った4人に最初に待ち受けていた試練は、「女性は一般家庭が受け入れる」という移民局の規制によって、家族でありながらアビタルだけがマメールたち男3人と切り離されてしまったこと。「そんなバカな!」とマメールたちが抗議しても、規則は規則だから仕方ない。
 他方、マメールたち男3人を「難民の第三国定住制度」で受け入れたアメリカのまちカンザスシティで、マメールたちの仕事や住居の世話等々の支援をするのが職業紹介所で働く女性キャリー(リース・ウィザースプーン)だ。難民キャンプで医者の見習いとして働いていたマメールはアメリカで医者になる夢をもっていたから当然かもしれないが、ビックリするのは3人とも英語をスムーズにしゃべれること。彼らは3人だけの会話でも、現地語ではなく英語を使っているから更にビックリ。そんな彼らだからキャリーとの日常会話で不便なことは何もないが、マクドナルドがわからず、電話のかけ方もわからないうえ、価値観や生活習慣が独身のキャリアウーマンであるキャリーとは全く違うから、キャリーの苦労は並大抵ではない。
 定住支援センターが用意した部屋に送り届けたキャリーが、マメールから「優しい夫が見つかりますように」と言われたことにムッとなるのは当然だが、そのくらいの価値観の相異は仕方ないだろう。キャリーがボスのジャック(コリー・ストール)の援助を受けながら、コトあるたびに問題を起こすマメールたちがアメリカで自活できる道を支援している本作中盤の展開はユーモアと人間の善意にあふれているから、心地よくストーリーに溶け込んでいくことができる。

<男3人の生活ぶりは?キャリーの成長ぶりは?>
 本作中盤では、ユーモアたっぷりに描かれるマメール、ジェレマイア、ポールの3人のアメリカでの生活ぶりに注目!また、価値観の相違にとまどいつつ、彼らの生活を支援していく中で自らも成長していくキャリーの姿にも注目!医者への道を目指しているマメールは勉強もバイトも順調そうだ。また、牧師になることを目指しているジェレマイアが、バイト先で捨てなければならない賞味期限切れの食品を、それ目当てにもらいに来ている女性にあげたことによって雇い主から怒られると、敢然と雇い主に対してたてつく姿は何ともかっこいい。しかし、良いことばかりではないのは当然で、素行の悪い職場の同僚たちから勧められてポールが薬物に手を出すようになると、ポールとマメール、ジェレマイアとの仲も険悪に・・・。
 マメールたちのアメリカ生活についてはそんなこんなのたくさんの課題があり、その都度キャリーは真摯に対応していたが、ある日不満をぶちまけたポールが警察に連行される事件が発生したから、最悪の事態に。そんな風にロストボーイズが苦しむ姿を見て、キャリアウーマンとして生きていると言いながら、実は自分が傷つかないで済むように他人とは一定の距離をおいて生きてきたのではないかと反省したキャリーは、以降単なる支援者という立場を越えて、あっと驚く勇気を見せ、大きく成長していくことに・・・。

<やればできる!要は熱意と根性!>
 近時はイタリア南方の地中海で、アフリカのリビアからの大量の難民の遭難による死亡事件のニュースが注目を集めている。そんな情勢下で本作を観ていると、2001年にアメリカで発生した9.11同時多発テロの影響が、「難民の第三国定住制度」にも大きな影響を及ぼしたことがよくわかる。マメールたちに続いて「難民の第三国定住制度」の活用を希望していたマメールたちの親友は、9.11テロのおかげでアメリカ行きが中止されてしまうことに。また、規則のちょっとした手直しによってカンザスシティでの家族一緒の生活が可能になると考えていたのに、9.11テロのおかげでアビタルがマメールたちに合流する手続も進展しないままだった。本作後半では、マメールたちの真摯な生きザマに刺激を受ける中、自分の生き方について新たな模索を始めたキャリーが、職業紹介所の「でもしか職員」から脱皮し、アビタルをカンザスシティのマメールたちの元に招き入れるための奮闘ぶりが描かれるので、それに注目!
 弁護士生活40年となる私が痛切に思うのは、目標が達成できるかどうかは「やればできる!」という気持でその目標に立ち向かっているか否かだということ。キャリーの交渉ぶり(?)を見ていると、かなりハラハラ・ドキドキの面もあるが、これくらいの気迫で、これくらいの交渉をすることによって、やっと規則、規則でがんじがらめになっている「でもしか社会」を動かしていくということができるのだということがよくわかる。スーダン出身のマメールたち3人にとって、カンザスシティの冬の寒さは驚くべきものだったし、クリスマスプレゼントというものも知らなかったはずだが、キャリーの努力の甲斐あって、彼らがその冬に受け取ることになったクリスマスプレゼントとは・・・?やればできる!要は熱意と根性であることを痛感!

<タイトルの意味は?クライマックスの感動に思わず涙!>
 「嘘つきは泥棒の始まり」という諺があるくらいだから、嘘はダメ。そのことは物心のついた子供に対して、親が最初に教え込むべき道徳だ。しかし、同時に「嘘も方便」という諺もあるから、人生は難しい。パスポートの偽造は重大な犯罪だが、犯罪映画やサスペンス映画には度々出てくるシーン。その最高にカッコ良かったのが、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』(60年)におけるサインの練習シーンだった。
 本作ラスト3分の1では、子供の時の逃避行の中で、自分たちの犠牲となって兵隊たちに連行されたため、死亡してしまったとばかり思っていた兄のテオらしき人物が難民キャンプにいるという情報を受け取った後のマメールたちの行動となる。少しでも手がかりがあれば難民キャンプを訪れ、直接テオを探したい。マメールたちがそう願ったのは当然だが、そこでも9.11アメリカ同時多発テロの影響のため、マメールたちの難民キャンプ地の訪問は難しかった。ところが、一皮剥けた(?)キャリーの獅子奮迅の交渉力によって、マメールがテオを探すために難民キャンプ行きが決まったからすごい。
 もっとも、高度な情報化社会が整備された日本では、地震や火山噴火、土砂災害、さらに航空機や列車の事故等が起きればすぐに被災者名簿が発表されるが、1983年の内戦で揺れたアフリカ大陸のスーダンでは、誰が犠牲になったのかという犠牲者名簿の整備自体が到底ムリ。しかも、13年以上昔に敵兵に捕まったテオが、今難民キャンプの中で生きているというのは奇跡に近いことだ。さあ、そんな難民キャンプに1人で乗り込んだマメールは、どんな手段でテオを探すのだろうか・・・?
 本作ラストに見るマメールとテオの再会シーンには思わず涙が溢れ出るはずだ。そして、本作のタイトルとなっている『グッド・ライ いちばん優しい嘘』とは一体ナニ?パスポートの偽造は重大な犯罪だが、ひょっとして映画ではそれが許されるの?いやいや、そんなことはないはずだが、『グッド・ライ いちばん優しい嘘』なら、ひょっとして・・・?
                                  2015(平成27)年5月18日記